『軌跡の戦士エヴァンゲリオン』
第三新東京市帰還編(SC)
第三話 幸福な死を、カオル君に。
《第三新東京市 コンフォート17》
「……どういうこと?」
アスカが走り去った後、あたしたちはシンジに詰め寄った。
「綾波が誤解させるような言葉を言うから悪いんだ。
押し倒したって、あれはつまづいただけだし、ボクが来る前から裸で居たじゃないか。」
シンジの話を聞くと、綾波って子は起こったことの大部分を省略して、
自分の都合の良い部分だけを断片的に喋っただけみたい。
「アスカ、覚悟しなさいよ!首根っこを掴んででも絶対にシンジと仲直りさせてやるんだから!」
あたしはアスカが走り去った方向を見つめて、拳を握りしめた。
アスカは公園の裏山の林の中に居た。
「ゲゲ、エステル!何でここがわかったの?」
アスカはあたしたちの姿を見つけると逃げようとした。
「こら〜待ちなさい!」
「僕から逃げる事は出来ないよ。」
「ヨシュア、ずるい〜。」
ヨシュアがアスカの逃げ道に先回りしたみたいだ。
あたしたちはアスカを連れて、家に戻ったんだけど……。
「嫌。いくら好きっていわれても信じられない。」
「アスカ……。」
「触るな、バカシンジ!」
アスカはずっと部屋に籠りっぱなしになった。
あたしたちは、すっかり輝きを失ってしまった。
いつも前向きなあたしも、今回ばかりは堪えたわ。
《ネルフ 発令所》
衛星軌道上に第十五使徒アラエルが出現したから、
アタシは否応なく部屋から引っ張り出されて、ネルフの発令所まで連行された。
初号機はアタシが心を閉ざしている状態だから出撃を見合わせ、
弐号機が超長距離攻撃で倒すことになった。
だけど、攻撃は使徒のA.T.フィールドに阻まれて効かなかった。
飛行モードに移行して、接近して使徒を倒すことになったけど、
エステルが悲鳴を上げて、弐号機はコントロールを失って墜落してしまった。
どうやら、エヴァが飛行した頃に使徒から光線のようなものが照射されて、
エステルは精神的なダメージを負ったらしい。
『弐号機の回収、急いで!』
弐号機が回収された後、使徒からの攻撃は収まったみたい。
「どうしよう。あたしの心の中、ヨシュアに知られちゃった。」
エステルは明るさの中に隠していた心の傷、
自分の身代わりになって時計台のがれきの下で死んだお母さん、
レナさんの事をアタシ以外の人には話していないけど、ヨシュアに知られてしまったらしい。
「使徒の攻撃は精神的なもので、A.T.フィールドでも防げないようだな。」
「弐号機をメイン操縦していたエステルだけが精神汚染を受けたようです。」
冬月副司令とリツコがぼそぼそと喋っている。
「エヴァ二機のうち、片方が使徒の攻撃を受けている間に、
もう片方が使徒のA.T.フィールドを打ち破る作戦でいくぞ。」
「ああ。問題無い。」
「でも、エステルちゃんは大丈夫なの?」
『あたしは、もう大丈夫……。ヨシュアは、暗いあたしも受け入れてくれたから。』
弐号機からエステルの落ち着いた声が聞こえる。
「初号機は……でられるのかしら。」
ミサトが腕組みをしながら呟いた。
「囮役は、ボクにやらせてください!」
シンジは大声でそう宣言した後、俯いているアタシに声を掛けた。
「……アスカ、ボクと一緒に初号機に乗ってほしいんだ。お願いだから。」
《初号機 操縦席》
アタシは黙ってシンジの後ろから初号機に乗り込んだ。
「さあ。使徒!ボクの心を覗くなら覗け!隅々まで!」
使徒の体から光線が照射される。
シンジの心がアタシの中に入ってくる……。
――絶対に離さない、アスカを見捨てるなんてできないよ!
――アスカの笑顔も眩しかった。蒼い瞳が輝いて。最近見てないな、アスカの笑顔。また見たいな。
――太陽だね!?ボクの太陽を奪いに来たのか!
――アスカはボクの心を輝かせる太陽なんだよ……。
――アスカが撃ち殺されるなんて嫌だ。アスカを守りたい守りたい守りたい守りたい守りたい。
――これは誓いのキス。ボクとアスカが婚約したって事だよ。
シンジはアタシの事、こんなに思っていてくれたんだ。
嬉しさのあまりアタシは座席を乗り越えて、シンジに抱きついてしまっていた。
「シンジ……信じてあげられなくてごめんね。それよりも嬉しい、嬉しいのよ!」
「アスカ……こんな方法で伝えてしまってゴメン。でも、ボクもほっとしたよ。」
その後、弐号機がロンギヌスの槍を投げて、使徒は殲滅された。
《第三新東京市 コンフォート17》
使徒を倒して、あたしたちは家に戻ったんだけど、
綾波さんもシンジに付きまとって、家まで来てしまっていた。
あたしたちは綾波さんをリビングに案内して、ゆっくりと話し合いをすることにした。
「綾波。一方的な思い込みを押しつけるのはダメだよ。」
「碇君が私に優しくしてくれたことは、本当じゃないの?」
ヨシュアが割って入って綾波さんに話しかけた。
「愛には二種類の愛がある。他人に与える愛と、自分のための愛。
シンジが綾波さんにあげた愛は、前者の方、慈愛の心だと思うよ。」
「私は碇君が求める存在にはなれないというの。セカンドとは違うというの。」
「綾波さんの気持ちもわかる。愛とは抑えられない感情だから。
きっと、すぐにでも綾波さんの愛を受け取ってくれる人が現れるはずさ。」
「私はもうエヴァのパイロットとしての価値が無いの。
こんな私の愛を受け取ってくれる人なんていない。」
綾波さんは涙を流しながら暗い顔をして俯いてしまった。
ピンポーン。玄関のチャイムが鳴る。ドアが勝手に開くと、
第壱中学校の制服を着た銀髪で赤い目をした男の子が入ってくる。
「こんばんは、みなさん、お揃いだね。」
「あなた、私と同じ感じがする。何故?」
男の子にいきなり腕をつかまれた綾波さんは顔をあげて問いかけた。
「俺はフォース・チルドレン、渚カオル。君と同じ造られた存在さ。」
「私が造られた存在……?」
「君は第二使徒リリスの魂を肉体に封じ込めるために、碇ユイ博士の遺伝子を使って造られた存在。
俺は第一使徒アダムの魂を肉体に封じ込めるために造られた存在。……第十七使徒タブリス。」
渚君は、ひとりだけ冷静なヨシュアを見て、興味を持ったのか、視線を向けて話しかけた。
「おや、君は俺が来るってことがわかっていたのかい?」
「うん、いつも感じている使徒の気配がしたからね。」
渚君は納得したように軽くうなずいて、こう言った。
「俺は自分の意思で、君たちに殺されに来たのさ。」
「なぜ、カオル君が死ななくちゃならないんだよ!同じ人間なのに!」
シンジが身を乗り出して叫ぶように言った。
「俺たち使徒と君たちリリンはどちらかしか生きられないらしいよ。
俺にとって生と死は等価値なんだ。君たちが生き延びるために、殺してくれ。」
「私も渚君も死ななければいけないの……?」
綾波さんはまた赤い目から大粒の涙を流している。
「アンタ、バカァ!?何でそうなるのよ、納得できる理由を説明しなさい!」
アスカが渚君を指差して詰問をする。
「なぜって……ゼーレの老人たちがそう言ってるし……はは、疑ったことすらなかったな。」
「アンタ、底抜けのバカね。いいわ、死刑執行人、惣流・アスカ・ラングレーが、
綾波レイと渚カオルに死を与えるわ!」
「ア、アスカ。人殺しなんて止めてよ!」
シンジがアスカに駆けよって必死の形相でアスカを引っ張っている。
「アタシが言ってるのは、レイと渚が婚約するってことよ!」
「婚約!?」
「そ。結婚は人生の墓場っていうじゃない!これでアンタたちは死んだのよ!」
「そうか、俺は死んだのか。もう俺はリリンに仇なす存在じゃないんだね。」
渚君は凄い無垢なんじゃないかとあたしはため息をつきながら思った。
「パンパカパーン!このアタシが婚約初心者のアンタたちにありがたい講義をしてあげるわ。」
アスカは、綾波さんと渚君を隣り合わせに、あたしとヨシュアに近づくように、そしてシンジを手招きした。
「じゃあ、ファースト、ううん、ユイママの子供ならアタシの妹だからレイって呼ぶわね、準備はいいわね。」
「はい。アスカお姉ちゃん。」
アスカは出前で取ったピザを一切れ、シンジの前に持って行って、
「渚、ピザをレイの口の前に持って行って、あーん。と言うのよ。」
「こ、こうかい、惣流さん。」
「まあ、初めてにしては筋がいいわね。」
「リリンの行動には興味深いものがあるね。」
「さあ、次はキスの練習よ!キスをするときは、鼻息がこそばゆくならないようにね。」
「じゃ、エステルにヨシュア!お手本を見せるのよ!」
「あうあう。アスカとシンジ以外に見られるのは恥ずかしいよ。」
あたしがとまどっていると、ヨシュアがあたしの唇を奪った。
アスカはシンジの唇を奪っていた。
「行くよ、レイ君。」
コクリ。
綾波さんは黙ってうなづいて唇を重ねた。わずかに触れ合うだけのキス。
「……なんか、唇と胸が熱くなってきたわ。」
「そうよ、レイ!それが恋なのよ。さあ、復習よ、もう一回!」
《ネルフ 発令所》
ネルフでは、コンフォート17にパターン青が検出されパニックになっていた。
発令所から連絡を受けたアタシが渚のヤツに相談したら、
渚のパターン青の反応が消えたみたい。
そういえば、表向きはフォースチルドレンとしてネルフに来たんだから、
普通の人間としても振る舞えるわよね。
「第十七使徒タブリスはコンフォート17で殲滅したとゼーレには報告する。」
レイと渚と一緒に来たアタシたち四人は、
レイと渚が二人でエントリープラグに入れば、
零号機でもアタシたちと同じように攻撃と防御が同時に出来るようになるから、
エヴァ零号機のレギュラーへの復帰を宣言された。
アタシたちはレイと喜びを分かち合ったわ。
その時、第十六使徒アルミサエルが出現し、警報がネルフに鳴り響いた。
さっそくデビューした零号機が偵察行動に出る事になった。
「レイ、帰ったら婚約者講座の続きよ!次はポッキーだからね!」
アタシは出撃していくレイに元気に声を掛けた。
《初号機 操縦席》
第十六使徒アルミサエルは出現した後、環の状態で上空に漂っているだけだったけど、
零号機が出撃すると形を変えて、その矛先を零号機に向けた。
使徒は零号機のA.T.フィールドを突き破って、零号機に食い込んだ。
『使徒と零号機の物理的融合度、9.7%!』
オペレーターのマヤさんが警告の声をあげる。
ボクとアスカは顔を居合わせて、零号機救出のための出撃準備を待った。
『大丈夫です。碇司令。問題ありません。』
『そうか。それならば初号機と弐号機はそのまま待機。』
「父さん!?綾波たちを助けないの!?」
ボクは驚いて抗議した。
『レイと渚君には何か考えがあるようだ。やらせてみよう。』
『零号機の方から使徒に干渉している模様です!浸食率が増大しています!』
『まさか!零号機が使徒を取り込もうとしているの?』
『アルミサエル、あなたも寂しかったのね。いいわ、私たちと一つになりましょう。』
『俺たちのエヴァと一つになろう。』
零号機のエントリープラグから綾波とカオル君の優し声が聞こえてくる。
『使徒のパターン青、消失。零号機との融合を果たした模様です。』
『零号機がS2機関を有することになるとはな。』
『ああ、これでユイの計画の実行可能性が高まった。サードインパクトは確実に起こさねばならん。』
最後の使徒が居なくなった。いよいよ最終決戦だ。
ボクは激しい胸の高鳴りを感じた。
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