『僕のアスカ。太陽のような君。』
リベール王国来訪編(FC)

外伝三話 アルバ教授の計算違い


《グランセル城 空中庭園》

あれ?なんであたしここにいるんだろう?
あたしは気がつくと、夜の公園のような場所に立っていた。
ハーモニカの音が聞こえる。あれはヨシュアが吹いている音だ。
あたしはハーモニカの音が聞こえる方へ、ヨシュアの元に早足で歩いて行った。

「やあ、エステル。良い夜だね」

柵に腰かけていたヨシュアは、あたしに気がつくと、微笑んでそう言った。

「また、あの曲を吹いていたんだ」
「うん、吹き収めにと思ってね」

ヨシュアは笑顔だけど……なんか悲しそう。なんでそんな悲しそうな顔で笑うの?
ヨシュアはあたしに背を向けて、唐突になんとか聞き取れる弱い声で話し始めた。

「昔、あるところに男の子が居ました。その男の子はショックで心が壊れてしまいました。ある時、とある魔法使いがその男の子の心を好きなように組みたてました。でも、その男の子が偽りの心を手に入れたとき、男の子は人殺しになって居ました」

な、何を言い出すのヨシュア……。
あたしが黙って聞いていると、ヨシュアは淡々と話を続ける。

「ある日、男の子はとある遊撃士の暗殺に失敗しました。そして、その男の子はその人の家に連れてこられて、ひとりの女の子と出会いました……。その後、五年もの間男の子は幸福な夢を見続けました。でも、夢はいつか覚めるものです。現実に戻る時が迫っていました」

ヨシュアはそこまで話してあたしの方に振り向いた。

「でも、その男の子は人の血で汚れている……側に居ても女の子を不幸にするだけ。だから……男の子は旅立つ事にした」
「……いいかげんにしなさいよ。夢なんて言わないでよ!」

あたしはヨシュアに向かって腕をなぎ払うように振りながら詰め寄った。

「あたしを見てよ、あたしの目を見てよ!あたしはずっと……その男の子の事を見てきたわ! 男の子が何かに苦しみながらも、頑張っている事を知っている。あたしはそんなヨシュアが好きになったんだからっ!」

言ってしまった。告白してしまった。

「あたしの気持ちを置き去りにして行くなんて許さないからね!」

あたしが怒鳴るとヨシュアは驚いた顔をして、そしてあたしの肩を掴んで顔を引き寄せた。

「えっ……?」

ヨシュアの唇とあたしの唇が触れあってる……。
ヨシュアの口からあたしの口に何か冷たいものが流れ込んできた。

「即効性のある睡眠薬だよ。副作用はないから安心して」

ヨシュアは真っ暗な目をしてあたしに話しかける。

「なんで……そんなものを」

あたしの体が崩れ落ちる。

「太陽のように眩しかった君。僕はこんな風に好きな女の子から逃げ出す事しかできないけど……。誰よりも君の事を想っている」

そんな――ファーストキスが別れのキスだ、なんて!

「さよなら――エステル」

ヨシュアはそう言ってあたしの横を通り過ぎようとした……その時。

「アンタ、バカァ!?」

あたしの後ろの方から女の子の声が聞こえる。
これは……あたしの知っている声。
妹のアスカの声だ。

「ヨシュアってば、最低っ!」

逃げ道を塞がれたヨシュアは身動きが取れずに固まっている。

「エステルもしっかりしなさいよ! アタシは二人のファーストキスの瞬間も見ているんだからね」

アスカの言葉に、意識がほとんど朦朧とした頭で考えてみる。
あたしは、今までヨシュアを異性として意識してなかったから、キスなんてしたことが無い――。
――違う!ヨシュアはあの風車の展望台でキスしてくれた!
そのことに気付いたとき、あたしは薄れゆく意識の中で呟いた。

「ありがと――アスカ」

次の瞬間、あたしの意識は完全に闇に閉ざされた。

 

 


《ネルフ 三〇三病室》

アタシは気がつくと、浮かんでいる感覚にとらわれた。
目の前に広がるのは、病院のベッド。
ベッドで壊れた目をして眠っているのは……アタシ?
病室のドアの入口から誰かが入ってくる。黒髪の男の子……シンジだ。
シンジはベッドに横たわっている、ガリガリに痩せてしまっているアタシに向かって話しかけていた。

「アスカ、今日も目を覚まさないんだね」

シンジは全く反応を示さないアタシの手をそっと握る。

「ボクはひとりになってしまったんだ。零号機もなくなっちゃったし、みんな死んじゃったんだよ」

シンジはアタシの肩を持ちあげた。

「こんなの、アスカじゃないよ。前みたいに怒ったり笑ったり、よけいなおせっかい焼いたりしてよ!」

シンジはアタシの胸に顔をすり寄せながら、弱々しく呟く。

「ボクが守りたいのは、こんな抜け殻みたいなアスカじゃないんだ……」

ベッドに横たわったまま、何の反応を示さないアタシの体。
そんな光景をアタシの意識は中に浮いたまま、見ているだけしかできなかった。
ああ……。シンジはひとりで苦しんでいるのに。
シンジを優しく抱きしめてあげられたら。シンジに言葉をかけてあげられたら。
お願い、アタシの体。動いて!
すると、それまで動かなかったアタシの体が動き始めた。
アタシ、なんでシンジの首を絞めてるの!?
胸にすがりつくシンジを振り払い、馬乗りになってシンジの首を締め始めるアタシの体。

「アスカ……なんで、ボクの……事……嫌い……なのか」

アタシの体に黒い糸が巻きついているのが見えた。
その糸を使って操って居るのは、見た事のある顔――アルバ教授だった。

「ふふ、これで決定的ですね、アスカ君。これでシンジ君は他人が全く信じられなくなる」

アルバ教授はアタシに向かって勝ち誇ったような笑みを浮かべる。あいつ、アタシの事が見えてるの?
アタシはただ睨みつける事しかできなかった。
アルバ教授は首を絞める力を適度に緩めているのか、シンジの意識が途絶えることはない。
でも、シンジの瞳からは徐々に光が失われて行った。

「アスカ……もう疲れたよ……ボクを殺してよ」

ああ、シンジの心が完全に壊れてしまう……誰か、アルバ教授を止めて、助けて、誰か!

「諦めなさい。さあ、止めを刺しますよ」
「アタシは最後まで……いえ、最後を迎えても諦めない!」
「よーし!それでこそあたしの妹だ!」

殴られる音と共に、アルバ教授が床に崩れ落ちる。
アタシの体を操っていた黒い糸は、ヨシュアの短剣によって断ち切られた。

「な、なぜエステル君とヨシュア君がここに居るのですか!」
「アスカがあたしに助けを求める声が聞こえたからよ!」
「く、くそっ、この空間を保つ魔力が……」

アルバ教授が憎々しげにそう呟くと、周りの景色が歪み始めた。
この夢はアルバ教授によってつくられた悪夢なのね。
まったく酷い手を使うんだから。
ありがとう、助けに来てくれて、エステル……お姉ちゃん。

 

 


《ツァイス ツァンラートホテル》

「アスカ……」
「エステル……」

アタシが目を覚ますと、エステルがアタシの頭を撫でていてくれた。
エステルの顔には涙の跡が残ってる。

「はは、甘えん坊のアスカを励まさなきゃいけないあたしまで泣いちゃうなんて、どうしたんだろう」
「エステルって、夢の中まで助けに来るなんて、なんておせっかいなのよ」
「あはははは」
「あはははは」

アタシたちはお互い顔を見合わせて笑いだした。
落ち着いたアタシは、シンジの事が気になった。多分アタシたちと同じように悪夢を見たんだろう。

「アタシ、シンジの部屋にいってくる」
「今日だけは一緒に寝てもいいんじゃない? 父さんもきっと認めるはずだし」

エステルのからかいの言葉を背にして、アタシはシンジとヨシュアが泊まっている向かいの部屋のドアをノックした。

「え、じゃあシンジはあれが夢だってすぐにわかったの?」

アタシは部屋からシンジを呼び出して、自分の部屋に連れて行った。

「だって、アスカがボクの事を突然嫌いになるなんて信じられなかったから」

シンジがキッパリと言うものだから、アタシは照れ臭くなってぶっきらぼうに言い返した。

「た、大した自信家ね」
「前までのボクなら、アスカは加持さんが好きだって誤解してたけど、もうボクと婚約までしちゃったんだからさ」

シンジ〜。何また自爆してるのよ。
エステルにも黙ってたのに。
あ、エステルとヨシュアがいつの間にか仲良く二人でアタシたちを見てる。
あれはからかいの眼差しね。
アタシはシンジの頭を胸に抱き寄せた。

「ア、アスカ苦しいよ」
「うるさいわよ。あの夢を見たら、孤独に震えるシンジを抱きしめたくなったのよ……本当はこうして欲しいんでしょ」

アタシがそう言うと、シンジの抵抗がピッタリと止んだ。

「ア、アスカ、それ以上はダメだからね!」

エステルが顔を真っ赤にして叫んでた。

 

《結社のアジト》

「ぐぬぬぬぬ、また私の計画が失敗したというのですか!」

戻ってきたアルバ教授は憎々しげにそう呟いた。

「ふふ、教授は男女の恋愛に疎いんだから。あの子たちができている事に気づかずにこんな計画を立てるなんて」

ルシオラはそう言ってアルバ教授を嘲笑した。


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