『僕のアスカ。太陽のような君。』
リベール王国来訪編(FC)
外伝一話 虫取り網と少女達の話
アタシがシンジと一緒にエヴァに乗ったまま使徒に飲み込まれて、今までの常識が通じない剣と魔法の世界に不時着してからしばらくになる。
幸運にもアタシたちはカシウス・ブライトと言う新しい保護者を得て、こうして彼の家に住まわせてもらっている。
でも、何もすることが無く、新しい家族となったエステルとヨシュアの二人に馴染めなかったアタシは、こうして静かに庭にある大木に一人離れて寄りかかかっていた。
ぼーっとアタシが見つめている庭にある大きな池の側では、エステルとヨシュアとシンジの三人が釣りを楽しみながら騒いでいる。
どうやらシンジのやつはエステルに押し切られて釣りをさせられてしまっているようだ。
シンジと他の女が仲良くしていて怒っている?
冗談じゃないわ、誰があんなやつなんか!
一人で居て寂しくないか、ですって?
フン、アタシは自分で考え、自分一人で生きて、自分で勝手に死ぬの。
だってアタシ、聞いちゃったんだから。
ネルフにとってアタシは使徒と戦う”駒”の一つにしか過ぎないんだって。
誰もアタシが居なくなったって、損したぐらいにしか考えていないんだわ。
アタシは憂鬱な気分で視線を反らした。
無邪気に遊んでいる三人の姿が、アタシには眩しすぎる気がして。
それからどのくらい時間が立ったのだろう。
三十分にも満たないかもしれないし、三時間以上過ぎていたのかもしれない。
アタシは自分がいつの間にか眠りこんでしまっていた事に気がついた。
この春の暖かい陽気と、悔しいけど、この家が醸し出す、妙に居心地の良い空気のせいかもしれない。
アタシは大きく深呼吸をして伸びをすると、側に人影が立っている事に気がついた。
「アスカ〜、良く眠れた? 今日こそあたしと虫採りに行くわよ!」
げげっ、このアタシと良く似た栗色のツインテールと鳶色の瞳、子供のような無邪気な笑顔はまさにエステルのやつだ。
気がついたアタシはとっさに逃げようとしたけど、エステルに廻り込まれて逃げる事ができない。
距離を縮めようとするエステルから離れようと後ずさるアタシの背中に、大木がぶち当たった。
アタシはこれ以上後退することができない。
そして、アタシの手に無理やり虫取り網を握らせようとするエステル。
「虫採りなんて、い・や・よ!」
そう言ってアタシが拒否しても、エステルのやつは聞く耳を持たない。
「い・い・か・ら、受け取りなさい!」
この怪力女、何て馬鹿力なの?
アタシはネルフで多少格闘訓練を受けたけど、エステルの腕を振り払えないでいた。
なんて強情なのかしら!
あたしは新しくできた家族の二人と早く仲良くなりたいのに。
母さんが死んじゃってから、ずっと切望していた願い事。
それは新しい家族が欲しいって事だった。
父さんはあれからアタシに気を使って軍隊の仕事を辞めて遊撃士になってくれたけど、遊撃士協会の仕事がある時はあたしはいつも家で一人ぼっち。
シェラ姉が王国一周の旅に出てから、あたしは一人で棒術の練習をすることが多くなった。
だって、虫を捕まえても生きている間に見せる事ができないから。
魚を釣り上げても一緒に喜んでくれる人がいないから。
教会の日曜学校で、エリッサとティオという友達ができたけど、エリッサは食堂の手伝い、ティオは農場の手伝いといった仕事があるから家に泊まりに来るなんて滅多にない。
そりゃ、父さんもあたしが寂しい思いをしないように、出かける時はエドガーおじさんとステラおばさんにあたしを預けて行くんだけどさ。
あたしはずっと妹か弟が欲しいと願っていた。
でも、それは無理なことだとあたしは諦めかけていた。
だって、父さん一人じゃ子供は作れないし、再婚でもすればいいんだろうけど……父さんは今でも母さんのことをとても大切にしているから……。
そんな時、神様はあたしの願いを叶えてくれた。
ヨシュアと言う’弟’を父さんの前に遣わしたのだ。
どういう理由で父さんの目の前に現れたかどうかは知らない。
そんなのはどうでもよかった、ただ新しい家族ができた事にあたしは喜んだ。
出会ったばかりのヨシュアは綺麗な琥珀色の目をしていたけど、それはとても暗くて、冷たい印象を受けた。
今、あたしの目の前に居るアスカも、綺麗な蒼色の瞳を持っているけど、その輝きが少しくすんでいるように見える。
この子も、昔のヨシュアみたいに心を開けないんでいるんだ……。
あたしは、父さんとあたしと一緒に生活しているうちにだんだんとヨシュアの目が優しくなってきたことを覚えている。
きっとアスカもいつか心を開いてくれるって信じている。
自分の髪と似たような紅茶色の髪をした女の子。
父さんはアスカをあたしの妹のようだと言っていた。
うん、あたしもアスカとシンジが本当の家族になれるように頑張る。
だってその方が賑やかで楽しいじゃない!
「お姉さんの言う事が聞けないの!」
あたしは大声でそう言って虫取り網を握る手に力を込めた。
……ったく、今日はやけにしつこいわね!
いつもなら、ここでカシウスさんやヨシュアが止めに入るのに、その気配がまったく無い。
アタシとエステルの攻防が続いてもう何十分も経つ。
仕方無い、適当に付き合ってさっさと追い払おう。
「……わかったわよ!」
アタシがそう言って虫取り網を受け取ると、エステルはやっと腕の力を緩めた。
あ痛たたたた……。
危うく肩が外れそうになったわよ。
「ヒア、ウィー、ゴー♪」
エステルは笑顔でそう言うと、アタシの腕をグイグイと引っ張りながら歩き出した。
アタシは腕が抜けたら本当に困るから、ズルズルと付いて行くしかなかった。
『エリーズ街道』と書かれた看板を越えて、ドンドンと道を進んでいく。
だんだんと小さくなって行くカシウスさんの家。
「ちょっと、どこまで行くのよ!?」
「ミストヴァルトまで。あそこじゃ、面白い虫が取れるのよ。『伝説のアノ虫とか』ね」
エステルは振りかえりもせずに、弾んだ声でアタシの質問に答えた。
「……魔獣が出て危険なんじゃないの!? 伝説の虫なんてどうでもいい、アタシ帰る!」
「へーきだって、魔獣はあたしが倒すから」
アタシはエステルの手を振りほどいて帰ろうと思ったけど、もし一人で居る所を魔獣に襲われたりしたら、と思うとぞっとする。
内臓を魔獣たちに食べられながら絶命して行くなんてイヤすぎる。
そして、ついにアタシたちはミストヴァルトの森にまでたどり着いてしまった。
鬱蒼とした森の影には多数の魔獣が潜んでいるような、そんな気がしてアタシは身震いがした。
森の中を流れる空気もヒンヤリと冷たい。
「さーあ、今日はいっぱい面白い虫を取るぞ〜!」
張り切るエステルとは対照的に、アタシは茂みが揺れる音が聞こえるたびにビクビクしていた。
ミストヴァルトの森を散策することしばらくして、エステルは虫取り網を構え始めた。
木に止まっている大きなセミみたいな昆虫を標的に定めたみたいだ。
アタシはさっきから自分達の近くでざわめく茂みの物音が気になっていた。
誰か……アタシたちを付けてきている?
そんなことをアタシが考えていると、エステルの大声が辺りに響く。
「ああっ、手元が狂っちゃった!?」
エステルの伸ばした虫取り網はセミの止まっている幹をすり抜けて、枝にぶら下がっている昆虫の巣――多分、蜂の巣を叩き落とした。
ブーーーーン。
無数の昆虫たちの羽音が静かな森の中に木霊する。
怒った様子で蛾のような虫型の魔獣の群れがこちらに向かってくるのが見えた。
「逃げよう!」
アタシはエステルに腕を引っ張られて、ミストヴァルトの森の中を駆け抜ける。
森を出て街道にまでやって来ても、蛾のような群れはアタシたちを追いかけてきた。
「息を吸って!」
エステルはそう叫ぶと、目の前を流れていた川に勢い良く飛び込んで、アタシを引っ張りこんだ。
水の中にもぐって息を止めていると、盛大な羽音がアタシ達の頭の上を通り過ぎて行くのが分かった。
「「プハッ」」
もう安全だと判断したアタシとエステルは川の水面から顔を出す。
「アハハ、アスカは変な髪型〜」
エステルは髪留めでしっかりツインテールを固定していたけど、すっかりヘッドセット・インターフェイスを外していたアタシはモップのようなグシャグシャな髪型になっていた。
それを見たエステルは大笑いをしている。
「うっさいわね!」
アタシは大笑いするエステルの頭をつかんで、水面の中に叩き込む。
ガボガボともがくエステルをしばらく抑え込んだ後、アタシは腕の力を緩めてエステルを解放した。
そして、水面から顔を上げたエステルの顔を見て、アタシは爆笑してしまった。
「アハハハハハハ……!」
「な、何よっ!」
アタシはこむら返りを起こしそうになる腹筋を押さえながら、エステルに今見た状況を説明する。
「だって、アンタの鼻から、ドジョウが……しかも、左右同時に二匹もよ!……これが笑わずに……いられるもんですか!」
こんなにアタシが笑ったのは久しぶり。
ユニゾンの時、シンジをからかって大爆笑した時以来かな。
そうか、アタシ、まだ笑えるんだ……。
ここはエステルによると、魚がたくさんとれる釣りスポットだという事。
だからって、鼻からドジョウは無いんじゃない?
アタシたちが適当に魚を釣り上げて家に帰ると、カシウスさんとヨシュアとシンジの男性陣は疲れた様子でへたり込んでいた。
どうやら、エステルを心配して影でこっそり魔獣とかを退治していたみたい。
「こんなにヨシュアに思われているなんて、良い彼氏じゃないの」
「ん〜? ヨシュアはあたしの弟で、彼氏じゃないよ?」
こいつ、なんて鈍いやつなのかしら、そんな理由で同居しているわけ無いじゃない……。
はっ!?
アタシはついシンジの方を見て赤くなってしまった。
そう言えば、アタシもシンジと同居を続けていたんだっけ。
シンクロ率を抜かされて、アタシの最もイヤなライバルともいえる存在なのに……。
アタシはアイツから離れる事ができなかった……。
と、とりあえずその事は置いておいて、問題はエステル(どんかん)の事よ!
スパッツにスニーカーなんて全然色気が無い格好をしているじゃない。
男のヨシュアの方がなんか色気を感じるわ。
明日からアタシが女の子の魅力ってものをたっぷりアンタに教えてあげるから、覚悟しなさい!
アタシはエヴァに乗ること以外にも、生きてやりたいことが見つかった気がした。