『僕のアスカ。太陽のような君。』
リベール王国来訪編(FC)

第九話 王都跳梁(後編)


《王都グランセル グランセル城 大広間》

ボクとアスカの目の前のテーブルには、豪華な料理が並んでいた。
こんな時じゃなかったらボクは美味しく食べられたんだろうけど……。
隣に座っているアスカも青い顔をして、ほとんど食事に手を付けていない。

「今宵は無礼講だ、飲め飲め!」

そう言って赤い顔でワインを飲んでいるのはこの食事会の開催者のデュナン公爵。
今、ボクとアスカは闘技大会の優勝者として夕食会に招かれている。
これからボクとアスカとジンさんの三人だけで敵である情報部の特務兵がたくさん居るこの城の中からアリシア女王様を助け出さなければならないんだ。
エステルとヨシュアはボク達と別行動を取ることになった。
女王様が居る部屋、女王宮に潜入するための変装用の服装が二人分しか揃わなかったんだって。
そう言うわけだから、ボクとアスカはワインに口を付けるわけにはいかなかった。
でも、ボクとアスカの気分が悪くなったのはそれだけじゃない。

「リゾットを作りましたわ。これならのどを通りやすいから食べやすいでしょう?」

そう言って食事係のメイドさんがチーズリゾットを持ってきてくれた。

「ありがとうございます」
「……」

ボクは引きつった笑顔を浮かべてリゾットのお礼を言った。
ボク達二人の胸にざわつきを与えているのはこのメイドさんだ。
偶然かも知れないけど、このメイドさんはボク達が良く知っている人に良く似ている……。
外見だけじゃなくて、声や仕草もそっくりなんだ……。

「ねえ、やっぱりミサトがこんな所に居るわけないわよね」
「当たり前だよ、使徒に飲み込まれたのはボク達二人だけなんだから」

ボクはそう言って寒気を感じたように体を震わせるアスカの手を取って落ち着かせようと励ました。

「ほら、あのミサトさんがこんな美味しそうなリゾットを作れるわけじゃないか」

湯気を上げるリゾットを指差して、ボクはアスカをさとした。
とまどうアスカを前にして、ボクはスプーンですくったリゾットを冷ましてアスカの口へと運んだ。

「……おいしい」

アスカはちょっと驚いたようにそう言って、ボクに向かって微笑んでくれた。
やっとアスカが笑ってくれたことにボクは安心した。

「なんだ、その庶民的なリゾットは?」

デュナン公爵がボク達の前に置かれたリゾットを見てそんなことを呟いた。

「まあ、そなた達庶民にはそんな料理が口に合うのだろうな、ハハハ」

ボク達は怒りを感じながらリゾットを味わって完食した。

「あら、食べてくれたんですね、ありがとうございます」
「お気遣いありがとうございます」
「チーズの味が効いてて、とってもおいしかったわよ」

ボク達はやっとメイドさんと笑顔を交わすことが出来た。

「それでデュナン公爵、この夕食会で重大な発表があるとか」

夕食会の席に座っていたクラウスさんが市長さん達を代表するようにそう聞いた。
この夕食会にはボク達の他に、リベール王国の各都市の首長が招待されている。
ロレント市のクラウス市長さん。
ボース市のメイベル市長さん。
ツァイス市のマードック工場長さん。
ルーアン市は市長選挙中だと言う事でコリンズ学園長がさんが来ていた。
みんな大事な話があると聞いていたから、ワインをあんまり飲んでいない様子だった。

「うむ、その事は代わりの者から説明させよう。おい、リシャール!」

デュナン公爵が大声でそう言うと、リシャール大佐が姿を現した。
夕食会の席に居た人達の間から驚きの声が上がる。
王国各地で事件を解決して英雄扱いになっているリシャール大佐が悪い事をしているなんてとても信じられない。

「このような席で、見苦しい軍服姿で申し訳ありません」

リシャール大佐はそう言ってデュナン公爵の隣に立つと話を始めた。

「この度、女王陛下は退位して甥であるデュナン公爵に王位を譲ることを決意なされた」
「なんですと!」

クラウスさんと同様に席についていたみんなは驚いて悲鳴に似た声を出していた。

「すなわち、デュナン公爵が次期国王となられます」
「そんな……」

メイベルさんはショックを受けた様子で口を手で覆っている。

「デュナン公爵を自分の好きなように操って国を動かそうって企みなのね……見損なったわ、リシャール大佐」

アスカは小さくそう呟いて怒りで体を震わせている。

「なぜ、突然そんな王位継承の話を?」

クラウスさんがそう尋ねるとリシャール大佐が答える。

「女王様はこのところ体調をお崩しになり、政治に携わることへの不安を常に申していたのです」
「叔母上も今年で60歳。その叔母上の不安をこの私が王位を継ぐことで和らげようとしたわけだ」

デュナン公爵はそう言って誇らしげに胸を張る。

「私は女王陛下の口から直接お聞きしなければ納得いきません!」
「女王陛下は体調を崩しており、公務が出来る状態ではないのです」
「私達には女王陛下にお見舞いのお目通りをすることも叶わないと言うのですか!」

メイベルさんとリシャール大佐の言い争いにクラウスさんも口を挟んだ。

「確か公爵様の他にも王位継承権を持つ方がいらっしゃったはずではないですか?」
「クローディア王女様は帝国の皇子との縁談が決まっておりまして」
「なるほど、それは仕方の無い事ですな」

クラウスさんはリシャール大佐の返事に納得したようだったけど、アスカの怒りが頂点に達しようとしているのがボクはわかった。

「王女様を政略結婚の材料にするなんて……」
「あ、あのちょっとボク達はこれで失礼します!」

今にもデュナン公爵やリシャール大佐に噛みつきそうなアスカの手を引いてボク達は部屋を出た。
廊下に出てもアスカは怒りが治まらない様子で、今にもデュナン公爵やリシャール大佐の悪口を大声で叫びだしそうだった。

「お二人とも、どうぞこちらに。エルナンさんから話は聞いています」

ミサトさん似のメイドさんにそっと声をかけられたボクはアスカの手を引いて後をついて行った。

 

《王都グランセル グランセル城 メイド更衣室》

デュナン公爵やリシャール大佐のワガママな振る舞いに腹が立っていたアタシは、シンジに手を引かれるまま歩いて行った。
気がつくと、アタシとシンジがミサト似のメイドに連れて来られたのは、ロッカーのようなものがあるメイドさんが着替える部屋だった。

「アスカ、怒りは治まった?」
「うん、まあ少しは落ち着いたわ」

アタシはゆっくりと大きく息を吐き出してシンジに答えた。
部屋についてからアタシは気持ちを落ち着かせようと何回も深呼吸を繰り返した。
その間シンジはずっとアタシの手を握って背中を優しくさすってくれた。

「ありがと、シンジ」
「どういたしまして。……それにしても、何でここに連れて来られたんだろう?」

シンジがそう呟くと、入口のドアが開いてミサト似のメイドさんが姿を現した。
でも、様子がおかしい。
今までの笑顔じゃ無くて、目に涙を浮かべて辛そうな表情をしている。

「シンジ君、アスカ、ごめんね……!」
「やっぱり、アンタはミサトだったの!?」

アタシは思わずそう叫んでしまった。
体がこわばるのを感じて、シンジと繋いだ手に力が入る。
頷いたミサトは突然、アタシとシンジを両脇に強く抱きしめ始めた。

「怯えないでアスカ、私にもう一度……失った絆を取り戻させるチャンスをちょうだい……お願いします」

ミサトの自信の無い声を聞いたアタシは、ミサトを振り払う事が出来なかった。
アタシはシンジと一緒に頬をミサトの胸に押し付けられたまま、しばらく抱きしめられていると、安らかな気分を感じるのが分かった。

「ありがとう、シンジ君、アスカ……」

ミサトは安心したように息を吐き出した。
その胸の動きが直接アタシとシンジに伝わってくる。
アタシはミサトに抱きしめられながら次第に違和感を感じた。
果たして、今アタシを優しく抱きしめているのはミサト本人なのか。
確かに、ミサトに全く優しい部分が無かったとは言わないけど、ミサトはアタシに対して腫れものに触るように距離を置いている部分があった。
加持さんの事もあって、アタシの方もミサトと距離を置いていたのはミサトも感じ取っていたはずだ。
そんなアタシの疑問を感じ取ったのか、ミサトは呟く。

「私は、少し未来から来た葛城ミサトなのよ」
「ええっ?」

突拍子もないミサトの言葉に、アタシは顔を離してそう叫んだ。
シンジも呆然とした表情をしている。

「あの、何を言っているんですか、ミサトさん」
「詳しく説明している時間は無いけど、私は二人と別れた時のままじゃなくていろいろな事を経験した未来のミサトなのよ」
「タイムスリップとか? そんなの現実にあり得るわけ?」
「一度だけ起こったのよ。不思議な力でね」

アタシとシンジは釈然としない様子で顔を見合わせた。
でも、アタシとシンジが使徒に飲み込まれて異世界にワープしたのだからあり得ない話ではないと思った。

「私はアスカが寂しい思いを抱えていたって事知っていたのに、シンジ君を特別に優しくしていた事がアスカを傷つけてしまっていたって気がついたの」

ミサトにそう言われて、アタシはミサトに対して自分が苛立った原因がはっきりわかった気がした。

「そうよ、アタシはいっつもシンジばかりが優しくされているのを見てさ……」
「ごめんね、私はアスカに拒絶されるのが怖くて、壁を作ってしまった……」

ミサトはもう一度、今度は軽く優しくアタシの事を抱きしめた。

「アタシの方もさ、ドイツに居た頃からアタシを側で支えてくれたのはミサトだってわかっていたのに、素直になれなかったのは悪かったと思ってる」
「アスカ……」
「いつも一緒に食事とかしてくれたミサトがドイツから日本に黙って行っちゃった時も寂しかったのよ」
「異動命令が急だったから、アスカに言う暇がなかったの」

それまで穏やかにアタシとミサトの様子を見ていたシンジもポツリと呟いた。

「ボクも、使徒にアスカを見捨てるような命令をしたミサトさんと、アスカから聞いた今までアスカに寂しい思いをさせたミサトさんが許せないと思っていましたけど……」
「シンジ君?」
「やっぱり、ボクもミサトさんをずっと憎み続けるなんて嫌です。ミサトさんはボクに優しくしてくれた人だから」
「ありがとう、シンジ君……」
「前のようにシンちゃん、でいいですよ」

シンジがそう言うと、ミサトは声を上げて笑い出した。
何か、二人の間でしか分からない出来事でもあったのかな。

「ミサトがまともにリゾットが作れるようになっていたのは驚いたわ」
「アスカとシンちゃんに喜んでもらおうと、味覚から鍛え直して一生懸命作ったのよ」

アタシがからかうようにそう言うと、ミサトは陽気に微笑んでウインクしながらそう言った。

「おいしかったです」
「ありがとう、シンちゃん」

なんだか、今居る場所が第三新東京市のアタシ達三人が家族として暮らしていたミサトの部屋のような懐かしさを感じた。

「そうそう、今は女王様救出作戦の最中だったわね」

ミサトはロッカーを開けるとメイドの衣装を二着取りだした。

「王女様の居る女王宮には特務兵達が見張っていて、世話係のメイドしか中に入ることができないのよ」
「へえ、メイドさんの服って一度着てみたかったんだ」
「……二着?」

シンジが不安そうな顔でポツリとそう呟いた。

「シンちゃんにもメイドさんになってもらうのよ♪」

ミサトはすっかりからかいモードになっている。
そう言うところは変わらないのね。

「シンジは線の細い顔をしているし、きっとかわいいメイドさんになれるわよ♪」
「アスカまで、悪い冗談はやめてよ!」
「ほら、お姫様用のカツラもちょうどあるし、お化粧をすれば美少女メイドの出来上がりよ♪」

アタシはミサトと一緒にシンジを強引にメイドの服装に着替えさせた。
カチューシャに長い黒髪のカツラ、そしてお化粧も。
ふふ、アタシと違ったかわいさがあるわね。

 

《王都グランセル グランセル城 空中庭園》

「それではヒルダさん、後はお任せしました♪」

ミサトさんがメイド長のヒルダさんにそう言うと、ヒルダさんは溜息をついてボク達を見送った。
どうやら少し前からミサトさんは臨時雇いのメイドとして城に潜入していたらしいけど、いろいろ失敗をやらかしていたみたい。
今回の作戦でミサトさんも王女様と一緒に城を出ると言う事で、やっと肩の荷が下りると安心している部分もあるみたいだ。
ここに来る前に、ボク達は廊下でデュナン公爵にまた会ってしまった。

「おや、ミサトではないか? そちが連れているメイドは新人か?」
「はい……さあ、ごあいさつを」
「ユイです」
「キョウコです」

ミサトさんに促されてボクとアスカが答えると、デュナン公爵はアスカを頭のてっぺんからつま先までなめまわすようにいやらしい視線を送った。

「キョウコとやら、今夜は私と一緒に寝てもらうぞ!」
「ええっ?」
「何を言い出すの……」

ボクとアスカはデュナン公爵の言葉に驚いてあきれ返ってしまった。
そして、すぐに怒りがこみ上げて来た。

「くらええええ!」
「こんのおおお!」
「ぐえっ」

デュナン公爵はボクとアスカのキックを食らうと、後ろにぶっ飛んで頭を柱に強く打ちつけて気絶してしまった。

「ふふ、見事なユニゾンキックじゃない。シンちゃんとアスカの身長差もほとんど無くなったし」

そう言ってミサトさんはボクにアスカの手を握らせて、その上にミサトさんの手を重ねた。

「アスカとシンちゃんがこうやってラブラブになってくれて、私は本当に嬉しいのよ」

ミサトさんの顔はからかっている感じだったけど、ほんの少しだけ真剣な表情が混じっている感じで、ボクとアスカは素直に頷いた。

「この度は公爵様がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、フィリップさんこちらこそすいませんでした」

ちょっとやりすぎたかな、デュナン公爵は白目をむいて気絶しているし。
デュナン公爵の側に居た執事のような感じの人にミサトさんが謝っていた。

「多分、いつものように脳しんとうを起こしているので、公爵様が目覚めたときはこの事は全てお忘れでしょう」
「あはは、そうだと助かります」

どうやらミサトさんはデュナン公爵に何度もセクハラのような事をされて、その度にキックとかして気絶させていたみたいなんだ。
そして、ボク達はいよいよ空中庭園にある女王宮の入口までたどり着いた。

「そこで止まれ!」

入口を守っている特務兵の二人が行く手を阻んだ。
でも、ミサトさんの顔を確認すると敬礼の姿勢に変わった。

「あなたでしたか」
「ふふ、ご苦労さま。このメイド二人は新しく女王様の世話係に任命されたのよ」

特務兵の人達はかぶとを被っていてボクから表情は見えないけど、二人ともボクの方を見ている。
もしかして、変装がばれてしまったんだろうか?

「あの、あなたのお名前は?」
「ユイ……ですけど」
「お名前も可憐ですね、お仕事がんばってください」

多分、アスカとミサトさんは心の中でお腹をかかえて笑っているんだろうな。
ボクとしても可憐だと言われて複雑な気分だった。
そしてボクとアスカは初めて女王宮の中に足を踏み入れた。

「綺麗な模様ね……」

アスカが感心したようにそう呟く。
豪華な宝石によって飾られてはいなかったけど、壁や柱に刻まれた細かい彫刻はとても美しいものだった。
派手さは無いけど、気品のあるたたずまいと言った感じなのかな。
ボクとアスカは辺りをキョロキョロと見回しながらミサトさんの後について行く。

「アリシア様、ミサトです」
「お入りなさい」

ミサトさんがドアをノックすると落ち着いた感じの女の人の声が中から返ってきた。

「失礼します」

ミサトさんに続いてボク達が入ると落ち着いた年配の女の人が立ちあがってボク達に向かって微笑んでくれた。

「いらっしゃい、今日は新しい子たちなのかしら」
「はい、こちらの二人がアスカとシンジ君です」
「まあ実際にお会いできて嬉しいわ」

突然ミサトによって紹介されたボクとアスカは驚いた。

「あの女王様、なんでアタシ達の事を?」
「ミサトさんが、お茶の話題に話してくれたのよ。貴方達二人との同居生活の事をね」
「ミサト!」

アスカがジト目でミサトさんをにらみつけるとミサトさんは気まずそうに笑った。

「ミサトさんを責めないでください、ここ最近重苦しい空気を感じていた私を励まそうとしてくれたのです」

女王様にそう言われて、ボク達はここに来た目的を思い出した。

「女王様、ボク達がここに来たのは……」
「お話は落ち着いて聞きましょう」

ボク達は女王様にうながされて、席に座って紅茶を飲みながら、王女様のお手製のクッキーを食べながら、世間話をするように事情を話した。

「そうですか、リシャール大佐はやはりそのような事を……」

女王様はそう言って深い溜息をついた。

「ですから、女王様の身の安全を確保する必要があるのです」
「しかし、ここから逃げ出そうとした方が、逆にリシャール大佐達は私の身を害そうとするのではないでしょうか?」
「それは……」

女王様に反論されてミサトさんは言葉に詰まった。

「ふふ、ちょっと言い過ぎましたか。着替えてくるのでお待ちください」

しばらくすると女王様はスポーティな服装に着替えて更衣室から出て来た。

「さあ、地下水路から外に出るのでしょう? 参りましょうか」
「……そこまでご存知でしたか」
「私も良くお城を抜け出していたものですから」

心なしか楽しげにそう言う女王様にミサトさんも驚いているようだ。

「それでは、脱出しましょうか」
「外には特務兵が見張っていると思うんですけど、どうやって女王様を連れ出すんですか?」
「援軍が来ないうちに強行突破よ」

ミサトさんはボクの質問にそう答えた。

「うおっ」
「ぐふっ」

入口を見張っていた特務兵の二人はミサトさんの奇襲によってあっという間に気絶させられた。
ミサトさんの後ろを女王様が、そしてアスカとボクが続いて走る。
しかし、空中庭園の出口でボク達は敵に見つかってしまった!

「叔母上、どちらに行かれるつもりですか? 女王宮から出られては困りますな」

姿を現したのはデュナン公爵とフィリップさんだった。
どうやらボク達を待ち伏せしていたらしい、というか少し前に気絶から立ち直ったみたいだった。

「何やら、面白い事になっているようだね」

そう言って姿を現したのはピエロのような服装をしたボクと同じ年ぐらいの男の子だった。

「初めまして、僕は結社の一員で”見届け人”のカンパネルラ」

カンパネルラはそう言うと、導力銃を取り出して女王様に狙いを定めた。

「女王様が逃げ出そうとしたら、殺せって教授から命令を受けているんだ」
「何ですって!?」

アスカが驚いて叫んだ。
ボクは女王様を守ろうと動こうとしたけど……。

「おっと、妙な動きをしたら僕はすぐ女王様を撃っちゃうからね」

そうカンパネルラに言われたボクは動きを止めるしかなかった。

「叔母上を殺す!? 約束が違うではないか!」

いきなり叫び出したのはデュナン公爵だった。

「ハハ、君は何を言っているんだい。女王様が居なくなれば君はすんなりと王様になれるじゃないか」
「私は叔母上を殺そうなどとは思っていない!」
「アハハ、君は黙って僕らに従っているだけで王様になれるんだ、余計な事をしないで欲しいな」

カンパネルラはそう言って大笑いをした。

「叔母上を害そうとするやつは私が許さん!」

デュナン公爵はそう叫んで、カンパネルラにタックルをかまそうとした。
しかし、間一髪でかわされてデュナン公爵は壁に思いっきり体当たりをして気絶してしまった。

「おやおや、ただのボンボンかと思ったけど意外と根性があるじゃないか」

カンパネルラは軽く笑うと、銃の引き金を引いた!
軽い破裂音が響いた後、銃から飛び出したのは手品とかで使う万国旗みたいな物だった。

「アハハ、驚いたかい? 言っただろう、僕は”見届け人”だって。君達が何をしようと、僕は干渉しないのさ。それでは、ごきげんよう」

驚いて呆然としているボク達の前で、カンパネルラは指を鳴らすと、煙のように姿を消してしまった。

「アリシア女王様、新手が来ないうちにお逃げください」

フィリップさんにそう言われて、ボク達は城の地下に向かって再び走りはじめた。
城の地下に降りると、地下水路の入り口ではジンさんが待っていた。

「追手は俺が食い止める。お前さん達は地下水路に早く!」
「無理しないでください、ジンさん」
「おう、女王様を頼んだぜ」

ボク達が地下水路に入ると、暗闇の中から姿を現したのは加持さんだった。

「上手く行ったようだな、ミサト」
「道案内を頼むわね、リョウジ」

予想できないことじゃなかったけど、ボクとアスカは突然の加持さんとの再会に驚いてしまった。

「シンジ君、アスカ。……久しぶりだな」
「加持さん」
「加持さん……」

加持さんはボクとアスカの手を握った後、真剣な顔になる。

「……だが、今は再会を喜んでいる時間が無いんだ、急いでついて来てくれ」

ボク達は加持さんの後をついて迷路のような地下水路を進んで行く。
でも、加持さんより女王様の方が道にくわしかったのは驚いた。
そして、ボク達が地下水路から出ると、そこはグランセル市街の西区画だった。

 

《王都グランセル 西区画 グランセル港》

西区画に出たアタシ達はすぐに大聖堂に逃げ込んだ。
そこには、別行動をとっていたエステルとヨシュア、遊撃士協会の仲間達がアタシ達の到着を待っていたの。
驚いたのはそこに居たクローゼが女王様の孫娘、王女様だったって事。
エステルは随分前に知っていたみたいだけど、アタシ達に黙っていたみたい。
普通の女の子として友達でいてもらいたいというクローゼの希望だったようだけど、水くさい感じがするわよね。
合流したのも束の間、アタシ達はまたエステルとヨシュアと別行動で、ミサトと加持さんと一緒にグランセル港へ向かう事になった。
湖のほとりに建てられた建物にアタシ達二人に来て欲しいと言う事だった。
それって、まさか……アタシとシンジだけが呼ばれたから、アタシは予感のようなものを感じていた。
ミサトと加持さんは着いたら説明してくれるって言うし……アタシ達はまた二人を信じるって決めたんだもん、何も聞かないでついて行くしかない。
港で船に乗ろうとしたアタシ達の行く手を阻んだのは、ロボットの手のひらに乗っている小さな女の子……レンと、その後ろに居る特務兵のグループと戦車のような兵器だった。

「レン!?」
「ふふ、アスカお姉ちゃんにシンジお兄ちゃん、ごきげんよう」

……何で、レンがこんな所に居るの?
しかも、情報部の特務兵達と一緒に……。
アタシはレンの手に握られている死神が持っている大きな鎌のようなものを見て寒気を覚えた。

「まさか……」
「そう、結社の一員、執行者ナンバー15殲滅天使レン。それがレンの正体よ」
「うそ、こんな小さな子が執行者だなんて!」

アタシはレンの言う事にショックを受けて叫んでばかりいた。

「一緒に居たティータはどうしたんだよ!」
「ティータはレン達の仲間として働いてもらうために情報部の基地に招待させてもらったわ」
「どうしてこんなことするんだよ……今すぐやめなよ……」
「嫌よ、レンが自分で望んでやっている事なの」

シンジとレンが言い争いをしているのを少しの間眺めていたアタシだったけど、たまらずアタシも口を挟んだ。

「レン、アンタ結社なんかすぐ辞めちゃいなさい! パパとママが悲しむわよ!」
「ふん、パパやママなんか大嫌い! だって、レンの事を捨てちゃったのよ!」
「そんなこと無いわ、きっとレンのママは戻ってくる!」

アタシがそう言うと、レンはアタシを小馬鹿にしたように笑い出した。

「アスカお姉ちゃんは本当にお人好しね。まだそんなうそを信じているの?」
「じゃあレンのパパとママは……?」
「パパとママはレンが五歳の時ね、人買いにレンを売り払ってどっかに行っちゃったの」
「そんな……!」
「ママが優しいだなんて、アスカお姉ちゃんの勝手な思い込みじゃないかしら」
「思い込み……?」

レンにそう言われたアタシの頭の中にママとの思い出が浮かんで来た。
ママは小さい頃からアタシを大切にしてくれて……縫いぐるみとか作ってくれて……。

「ルシオラに幸せな夢でも見せてもらっていればよかったのに……クスクス」

そのレンの言葉がさらなる追い打ちになった。
前にルシオラさんに見せられた夢の中に出て来たママは、アタシの想像によって創られた存在だって言うのはわかっていた。
アタシは自分が傷つかないように偽りの母親像を作り上げていたっていうの?
そして、あの嫌な記憶が……ママがアタシを絞め殺そうとした時のことを思い出した。

「い、いやああああ!」

アタシは頭を抱えて冷たい石畳の中に座り込んでしまった。
でも、そんなアタシを絶望の底から救い出してくれたのはシンジだった。

「アスカ!」
「シンジ?」

シンジはアタシの手を両手で握ると、アタシの目を見つめて話し始めた。

「ボクも自分の母さんが優しかったかどうかなんて、よく覚えていないよ。小さい頃に居なくなっちゃったからさ」

戸惑って何も答えられないアタシに向かってシンジはさらに訴える。

「でも、ボクは母さんが優しかったんだって信じている、アスカだってそうなんだろう? まだ、母さんがどんな人だったって決まったわけじゃないんだ。希望はあると思うよ」

シンジの言葉を聞いて、アタシは胸を打たれる思いがした。

「そうね、アタシがママを信じてあげないと! ……ありがとう、シンジ」
「そんな、お礼なんていいよ」
「アタシを何度も助けてくれたシンジの手、好きだよ」

アタシはそう言って、シンジにつかまれていない方の手でシンジの手をそっとなでた。

「何よ、勝手に仲良くなっちゃって! レンは頭に来たわ!」

いらだった声でそう言ったレンがアタシ達をにらみつけて手に持った大鎌を構える。
アタシとシンジも手を放して戦闘態勢に入る。
ロボットの手のひらに乗ったレンの背後に居る特務兵達も、アタシ達の側に居るミサトと加持さんからも殺気が走るのを感じた。
……やっぱり戦うしかないの?
アタシはレンが結社の一員だとしても戦う事に気が進まなかった。
にらみ合いを続けるアタシ達の前には、風の音だけが聞こえる静寂が広がっていた……。


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