『僕のアスカ。太陽のような君。』
リベール王国来訪編(FC)
第八話 王都跳梁(中編)
《王都グランセル 東区画 グランアリーナ入口》
「おはようございます、ジンさん。メンバーが見つかって良かったですね。お一人で戦っているのを見て、私も不安でしたわ」
「はは、俺も予選は勝ち抜けたものの、これからは一人でやって行くの辛さを感じていましたから、助かりましたよ」
闘技大会が行われる日の早朝。
会場であるグランアリーナの入口についたボク達は受付のリーファさんに声をかけられた。
ジンさんがそれに受け答えする。
「聞けば四人とも遊撃士さんだとか。私も普段から遊撃士さんには助けてもらっているので、ご健闘をお祈りさせていただきますね」
「はは、あたし達まだ半人前なんですけどね」
リーファさんはボク達に笑顔を向けてくれた。
エステルは照れ臭そうに受け答えしていたけど、ボクには答える余裕がなかった。
「はい、入場手続きを完了しました。これからは欠員が出ましても交代できないのでご了承ください」
リーファさんに見送られて、ボク達はグランアリーナの建物の中に入り、右手の蒼の間と呼ばれる選手控室に入った。
予選とは違って本戦と言うだけあって、強そうなチームの人達がすでにたくさん部屋の中でそれぞれ固まっていた。
「賭博防止のためだとは言え、対戦相手が分からないと言うのは難しいわね。対策の取りようがないし」
「へえーっ、アスカはそこまで考えているんだ」
「敵を見て、戦術オーブメントを付け替えたりしているのよ」
アスカとエステルの話を聞きながら、ボクは溜息をついた。
「……緊張のしすぎは良くないよ」
「そう言われても、優勝なんて自信が無いよ……」
「やっぱり、あの後眠れなかったんだ?」
「うん、一睡もできなかった」
ボクの緊張を解すためなのか、ヨシュアが僕に話しかけてきた。
「シンジ、何情けない事を言ってるのよ!」
「でも、ボクは今まで何の力もない中学生だったんだし……」
ボクの言葉を聞きつけたのか、アスカは怒った顔で怒鳴った。
「リベールに来てから、アタシはシンジがどんなに努力して強くなったかわかってる。多分シンジ本人よりもね」
アスカは腰に手を当てて堂々と自信たっぷりにそう言い切った。
その言葉にボクはだいぶ励まされたけど、それでもボクは不安を隠せなかった。
すると、アスカはそんなボクに痺れを切らしたのか、ボクの胸倉をつかみ上げた。
「シンジ、アタシが負ける事は大嫌いだってことは知ってるわよね?」
「う、うん……」
「じゃあアタシに悔しい思いをさせないように死ぬ気で頑張りなさい」
「おいおい、仲間割れは勘弁してくれよ」
ジンさんが困った感じでそう言うと、アスカはボクを放りだすようにして放した。
「確かに、アスカのためにも頑張らないといけないな」
ボクは拳を握りしめてそう呟いた。
「あはは、シンジはやっと気合が入ったみたいだね」
エステルにそう言われて、ボクは後ろ向きだった気持ちが前向きになっている事に気がついた。
「負けた時はさ、僕達のせいにしてくれてもいいから。自分は全力で頑張ったって思えればいいよ」
みんなの励ましを受けて、ボクはさっそく試合に使う戦術オーブメントの選択を始めた。
今まで何となくアスカの指示通りにしていたけど、他人任せにして後悔はしたくない。
アスカの決めてくれたオーブメント配列をいじるなんて怒るかな……。
ボクは視線を恐る恐るアスカの方に向けると、アスカは黙って微笑んでくれた。
多分、ボクの好きなようにしろってことだよね。
「シンジがどんなオーブメントを使うか見て、アタシが使うオーブメントを決めるわ」
そこまでアスカはボクに合わせてくれるんだ。
「でも、今度は戦いは男の仕事だって言わせないわよ。アタシも隣に居るんだからね!」
アスカはそう言うとボクの鼻を指でちょんと軽く突いた。
《グランアリーナ 試合会場》
主催者であるデュナン公爵が席に座り、闘技大会の開始の合図がされたみたいで、観客席からの空が割れるような大歓声が控室に居るあたし達にまで聞こえてくる。
「対戦相手は、まさかあのボクっ娘チームじゃないわよね?」
「まあ、確率的には低いけど、あり得ない事は無いね」
「それとも、あのレイヴンチームに当たるのかな?」
「さあ、どちらにも当たらない事は無いんじゃないかな」
あたしは試合に呼び出されるまでの間、ヨシュアと先ほど控室にまでやってきた『カプア一家&レイヴンチーム』の事を話していた。
あのジョゼット達の居るカプア一家は小型飛行船の修理代を稼ぐために出場することになって、レイヴン達と手を組む事にしたんだって。
カプア一家って空賊なんじゃないの?
そんな人達も参加できるなんて太っ腹というかなんというか……・。
それに、ジョゼット達とレイヴン達はいつの間に知り合ったんだろう?
あたし達が出場することを知って、試合前に向かい側の控室からわざわざあたし達の所に宣戦布告に来たんだってさ。
いろいろごちゃごちゃあたし達に向かって言ってきたんだけど、あたしが正々堂々闘おうって握手をしたら、みんなやる気をなくした顔をして引き返して行っちゃった。
あたし、何か変なことしたかな?
ヨシュアは笑いながら別に何も変な事をしていないって言ってくれたけど。
「それでは、本日の第一試合を開始したいと思います。南、蒼の組――武術家ジン以下遊撃士チーム!」
司会者のアナウンスがあたし達のチームの出番が来た事を告げる。
しょっぱなからなんてビックリね。
「北、紅の組――カプア一家とレイヴンチーム!」
まさか、本当にジョゼット達のチームと対戦することになるなんてね。
あたしはヨシュアと顔を見合せて苦笑するしかなかった。
「それでは……位置について……」
あたし達はアナウンスが流れるとすぐに試合会場に出て、対戦相手のチームと向かいあった。
相手チームは、短剣を装備したレイヴンの二人、ディンとロッコ、そしてジョゼットのお兄さんのキールが前に出ている形。
大砲を持ったジョゼットのお父さんのドルンさんと導力銃を装備したジョゼットが後ろに構えるみたい。
迎え討つあたし達の方も、ジンさん、ヨシュア、そしてあたしが前に出て、後ろに導力銃を装備したシンジとアスカが控える形をとっていて、同じようなものだ。
試合前の緊張が高まってきた。
しかし、そんな雰囲気をぶち壊しにするような歓声が観客席の方から上がった。
「やっほー、エステルちゃん、アスカちゃん! 良い写真撮るから頑張ってねー!」
「ドロシーさん!?」
観客席から間の伸びたような声をかけてくるそばかすが印象的なピンクの髪の眼鏡の女の人は、リベール通信社の新人カメラマンでナイアルさんの後輩の、ドロシーさんだった。
「ナイアル先輩からエステルちゃん達が出場するって聞いて駆けつけて来たんだよ! 良い撮影ポジションも取れたし!」
あたし達が驚いてポカンとドロシーさんの方を見ていると、司会者の人が気まずそうに声をかけて来た。
「あの……試合を始めたいと思うので、正面を向いてください……」
「は、はい……」
あたし達は照れながら正面に体の向きを戻した。
相手チームも毒気を抜かれて気分が白けてしまったようだ。
「それでは……試合開始!」
司会者の合図と共に試合が始まった。
「みんな、あの大砲の爆風に巻き込まれないためにも、固まらないようにするんだ!」
ヨシュアがドルンさんが小脇にかかえている導力砲を指差してそうあたし達に向かってそう警告した。
「キールさんの爆弾もあるしね!」
あたしはそう答えると、試合会場の広さを活用するため、横に飛び退いた。
相手の前衛三人は散開したあたし達を見て、真ん中に居るジンさんに狙いを定めたようだ。
「おっと、こりゃきついな」
ジンさんは迫ってくる三人から逃れるように後ろに後ずさった。
調子づいてジンさんを追いかける三人。
……ふっふっふ、それはアスカの考えた作戦なのよ。
「エアロストーム!」
「エアロストーム!」
アスカとシンジの声が重なり、ジンさんの正面、相手チームの前衛三人が居る場所に突風が巻き起こる。
発動範囲が重なった風の魔法は威力をさらに増したのか、巨大な竜巻となって三人の体を空高く舞い上げた。
「うわあー」
「ひぇぇぇー」
「うぉぉぉー」
悲鳴を上げるキールさんとディンとロッコ。
ディンが一番最初に地面に叩きつけられ、その上にキールさんとロッコが折り重なるように着地した。
「くそ、てめーら、早く退きやがれ、このグズ!」
ディンがそう言った言葉がロッコの怒りを買ったみたい。
「なんだと、お前がデブだから一番最初に落ちたんだろ!」
「まあまあ、今は試合中だぞ?」
キールさんが仲介に入るけど、ディンとロッコの言い争いは試合そっちのけで続いている。
「ちょ、ちょっと、二人とも、キール兄の話を聞けよ!」
「お前ら、言い争いしている場合じゃないだろう?」
後ろの方でその様子を見ていたジョゼットとドルンさんも動揺している。
よし、今がチャンスね!
あたしとヨシュアは、サイドから後衛のジョゼットとドルンさんにそれぞれ接近していたんだ。
「う、うわあ! 来るなこの暴力女! 色気無し! 怪力女!」
ジョゼットは慌てて銃を構えるけど、甘い!
すでにあたしの棒の間合いに入っているもんね!
「言いたい放題言ってくれちゃって! うりゃ!」
あたしは棒でジョゼットの銃を持っている手を思いっきり引っ叩いてやった。
「うわっ!」
悲鳴と共に銃はジョゼットの手を離れ、地面へと転がった。
「これじゃあ、手がしびれて銃が持てないじゃないか……」
ジョゼットは悔しそうにあたしを睨みつける。
「へへん、勝負あったわね」
あたしはジョゼットに向かってそう言った後、ヨシュアの方を見ると、ヨシュアも短剣でドルンさんにかなりの傷を負わせたようだ。
ドルンさんの導力砲は至近距離を狙うのには向いていないし、一度発射すると再充填まで時間がかかるため連射ができないと言う弱点をついたみたい。
ヨシュアはドルンさんの横や背後に回り込んでドルンさんに傷を負わせたのだろう、ドルンさんももう戦う気力が無くなっていたみたいだ。
言い争いをしていた他の三人も再びアスカとシンジのエアロストーム攻撃に引っ掛かったみたいで、さらに昨日の試合でジンさんが見せた技、奥義・雷神掌によって追い打ちをかけられたらしい。
三人ともガックリと膝を折って、へたり込んでいた。
「そこまで! 勝者は遊撃士チーム!」
審判も兼任していた司会者の人がそう言うと、会場は歓声に包まれた。
「ふう、今回の試合は楽勝だったわね!」
「相手が運良く仲間割れしてくれたからね」
あたしとヨシュアがそう話す中、シンジは歓声に包まれてとても照れ臭そうにしていた。
「こんなにたくさんの人の前で褒められるなんて初めてだよ」
「ほら、もっと堂々と胸を張りなさい」
でも、あたし達の晴れやかな気分もそこまでだった。
明日の対戦相手となる『特務兵チーム』の試合を見たあたし達は明日の決勝戦は一筋縄ではいかないだろうと思い知らされた。
「それでは、本日の第二試合は、南、蒼の組――王国情報部特務兵チーム!」
特務兵チームは、全員顔が隠れる兜を被っている不気味な感じのチームだった。
前衛は、ジンさんと同じぐらい立派な体格をした大男と、兜からはみ出るほど長い髪をした兵士。
その兵士の鎧の形から、女性兵士なのだなとあたし達は推測した。
背後を固める三人の兵士も連携がうまく取れている感じだった。
その特務兵チームが華麗なチームワークであっさりと勝利を手にしたのを見たあたしは、身震いを感じた。
《王都グランセル 東区画 エーデル百貨店》
試合を終えた僕達は、明日の試合に備えて傷薬などを買うためにエーデル百貨店に向かった。
明日の対戦相手は手強く、長期戦になりそうだと言う結論に達したからだ。
僕が薬のコーナーやアクセサリーのコーナーでシンジと一緒に品物を調べていると、エステルとアスカが紅茶売り場の女の店員さんに声をかけられていた。
「あそこでぬいぐるみを見ている女の子、ここ数日毎日一人で来てるんです。親の事について尋ねると、しばらくしたら迎えに来てもらうから大丈夫、って答えるんですけど……」
「全然迎えに来る気配がないと……。だから遊撃士協会に相談しようとしてたってわけですか」
「ミディさん、アタシ達は遊撃士なんです、任せてください」
「お願いします」
ミディさんはそう言ってエステルとアスカに向かって頭を下げた。
僕がぬいぐるみ売り場の方に視線を移すと、黒いリボンを頭に付けた白いフリルのついたドレスを着た小さな女の子が立っていた。
多分、ティータと同い年ぐらいだろう。
「こんにちは、ぬいぐるみが好きなの?」
「お姉さん達、誰?」
「アタシはアスカ。で、こっちがエステルよ」
「ふうん、私はレン。で、お姉さん達は何でレンに声をかけたの?」
理知的な女の子の態度に声をかけたアスカとエステルも戸惑った様子だった。
「……ねえ、レンちゃんのパパとママはどうしたの?」
「何、またその話? レンが一人でいるとたくさんのお節介な大人の人達がそう声をかけてくるのよね」
アスカが単刀直入に両親の事を尋ねると、レンはウンザリといった感じで溜息をついた。
「だって、パパとママがいないと寂しくない? 不安にならない?」
「別に、寂しくなんかないわ。レンは自由を満喫しているの」
親が居なくても平気だといったレンにアスカはショックを受けたようだ。
慌ててエステルがフォローに入るように質問する。
「でも、レンちゃんみたいな小さな女の子が一人でうろうろしていたら危ないよ? お姉さん達と一緒に行かない?」
「レンのパパとママは大事な用があるから、しばらくここで待っていなさいって言われたの」
「お店の人にはレンちゃんを遊撃士協会で預かっているって伝言をお願いするから、お父さんとお母さんが戻ってきても平気だからさ」
「じゃあ、エステルとアスカが遊んでくれるならついて行ってもいいよ?」
レンにそう言われてエステルは苦笑している。
アスカも苦虫を潰したような顔をしながらも何かを思いついたような顔をしてエステルに話した。
「ねえ、ティータと同じぐらいの年だから良い遊び相手になってくれるんじゃないかしら」
「そうね」
エステルはアスカに向かってそう頷くと、またレンに向かって笑顔で話しかけた。
「お姉ちゃん達は忙しくて遊んであげられないけど、ティータっていうレンちゃんと同い年ぐらいの子が居るの」
「その子なら、レンの遊び相手になってくれるの?」
レンは嬉しそうにそう言うと、僕達と一緒に遊撃士ギルドについて来る事を了解した。
僕とシンジは買い物を適当に切り上げて、エステル達に合流した。
レンの近くによってその顔をまじまじと見た僕は、ついこんな質問をしてしまった。
「ねえ、僕は君と会ったこと無いかな?」
「レンはお兄さんの事知らないわ」
「そうか、どこかで会った気がするんだけど……」
「やっぱりレンはお兄さんの事を見た事もないわ」
レンはそう言って首を横に振った。
「レンちゃんもヨシュアの事知らないってこんなにも言っているんだから……本当に知らないんじゃない?」
「そうだね」
僕はエステルにそう言われて頷いた。
でも、まだ僕は心の奥底で引っ掛かりを感じていた。
「うわあ、高い!」
レンに肩車を要求されたジンさんは嫌な顔をせずにレンに肩車をしながら、僕達と一緒に遊撃士協会への帰り道を急いだ。
「お帰りなさい、あなた達の活躍はちょっとしたうわさになっていますよ」
遊撃士協会に戻ると慌ただしい雰囲気の中、エルナンさんが笑顔で迎えてくれた。
でもその顔はいつもに比べて少し疲れている感じだった。
「おや、その子は?」
エルナンさんがジンさんに肩車をしてもらっているレンに気がついた。
「熊さん、ちょっと降ろして」
「おいおい、熊さんはあだ名だよ」
ジンさんがそう言いながらレンを床に下ろすと、レンはしゃなりといった感じで白いドレスの裾をつまんでエルナンさんに向かってお辞儀をした。
「レンです、よろしくお願いしますお兄様」
「はい、私はエルナンです。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
「とんだおませさんね」
エルナンさんに挨拶するレンを見て、アスカはあきれたような顔になった。
「レンの両親が行方不明だって言うからここに連れて来たんだけど……」
「行方不明じゃないよ、パパとママはレンにこの街で遊んでいなさいって。しばらくしたら迎えに来るからって」
エステルがそう言うとレンは少し怒った感じで否定した。
「ねえ、ティータは今居ないの?」
「奥で作業をしてもらっています」
アスカの質問にエルナンさんがそう答えると、アスカは困った顔になった。
「レンは早くそのティータって子に会いたいな。邪魔しないで側でおとなしく見ているから、お願い」
「わかりました、ティータさんにも休憩してもらいましょう」
エルナンさんはそう言うと、導力通信機の受話器を取ってギルドの2階に居るティータ達と連絡を取っているようだった。
「作業を中断したようです。二階に上がってもよろしいですよ」
シンジがレンを連れて二階に上がるのを見届けると、アスカはエルナンさんに頼み込んだ。
「お願い、レンのパパとママを探してあげて」
「そうですね、もしかして何かの事件に巻き込まれてしまっているかもしれません」
エルナンさんがそう言うと、アスカの顔色はますます青くなった。
「そんな!」
エルナンさんも言い方がまずいと思ったのか、慌ててフォローする。
「まだ、レンさんのご両親の身に何かが起こっているとは限りません。遊撃士協会の方でも情報提供をして調べてみます」
「お願いします、エルナンさん」
確か、アスカの母さんは何か大変なことになっているってエステルから聞いたことがある。
エステルも良く意味が分からない用語で説明されたって言うけど、アスカは母さんが居なくて寂しい思いをしているんだっけ。
僕は……両親は完全に死んでしまっているって分かっているから諦めがつくんだけど……。
姉さんの事も……。
「ティータも、すぐあの子と友達になれたみたいだよ」
「そっか、よかったわね」
シンジが二階から降りてきてそう言うと、アスカは安心した様子でそう言った。
気がつくと、受付のあるこの一階が人が集まって来ているのが分かった。
多分、エルナンさんに報告をしに来たんだけど、みんな待っていてくれていたんだろう。
僕達はみんなに謝って、遊撃士協会を後にしてホテルに戻ることにした。
《グランアリーナ 選手控室》
次の日、アタシ達は何の作戦も思いつかないまま、試合当日を迎え、蒼の間で待機していた。
エルナンさんに知恵を借りようと思ったけど、エルナンさんはエルベ離宮に捕らわれたクローゼを救出するための作戦で忙しいみたいだし、レンのパパとママの事もあるし。
闘技大会に関しては自分達の力で何とかするしかなかった。
「昨日みたいにおびき寄せ攻撃も効かないだろうし、もう出たとこ勝負、臨機応変に戦うしかないわね」
「アスカ、それって作戦っていえるの?」
「ぐっ……痛いところ突くわね。結局アタシは何も思いつかなかったのよ!」
アタシはヤケになった感じでエステルにそう答えた。
「アスカ、ボク達も頑張るからさ。そんなに肩に力を入れないで自然体で行こうよ」
気がつくとシンジがアタシの肩に優しく手を置いて励ましてくれた。
「シンジ、昨日はあんなに緊張していたのに、どうして今日はそんなに落ち着いているのよ?」
「何だかわからないけど、ボク達なら負けないって気がするんだよ」
シンジが落ち着いているのを見て、アタシも心が落ち着いて来るのに気がついた。
後は戦闘でのヨシュアの指揮に期待しよう。
「それでは、本日の決勝戦を開始したいと思います。南、蒼の組――遊撃士チーム!」
司会者のアナウンスを聞いて、アタシ達は控室から試合会場に出て行った。
登場したアタシ達を見て、観客席から大きな声援が上がった。
中にはドロシーさんやアネラスさんの声が混じっている気がするけど、気にしないでおこう。
「北、紅の組――王国情報部特務兵チーム!」
兜でスッポリと顔を隠した不気味な連中だけど、情報部はリシャール大佐がリベール通信で人気がでていることもあって、好感を持たれていた。
特に髪の長い女兵士の素顔は実は美人だとか、鎧の下はかなりスタイルが良いとか、そんなうわさを街でもアタシは耳にした。
アタシはその女兵士を見ると何か胸がむかつくような嫌な感じがした。
「ヨシュア」
アタシがそう言ってその女兵士に視線を送ると、ヨシュアは意味が分かったようだ。
「それでは、位置について……」
相手チームは昨日と同じように体格の大きい男兵士とその髪の長い女兵士が前列について、後列に三人の兵士が並んでサポートする陣形を取っていた。
アタシ達も奇策を用いることなく、正面にエステル、ヨシュア、ジンさんの三人、後方にアタシとシンジがつくことになった。
ただ、昨日と微妙に違うのはヨシュアがジンさんの位置とは入れ替わる形で真ん中に居て、アタシとシンジが真ん中で固まっている事だった。
「それでは……試合開始!」
司会者の合図と共にジンさんは大男の兵士と一対一に持ち込み、エステルとヨシュアは髪の長い女兵士に向かって特攻した。
アタシとシンジも女兵士を射撃できる場所まで移動した。
これで、集中攻撃できる!
と思ったんだけど……。
その女兵士は身を翻して後ろに後退すると、何と銃を構えたの!
「あいつ、格闘だけじゃなくて、銃まで使えるの!?」
そう叫んだ後、アタシは今度はエステルがピンチに陥っている事に気がついた。
その女兵士と、後列の三人の銃口がエステルに向けられている。
「エステル!」
ヨシュアの悲鳴にも似た注意を促す声を聞くと、エステルは自分が狙われている事に気がついたようだ。
でも、逃げると思っていたエステルは意外な行動に出た。
「うりゃうりゃうりゃ……!」
そう大声を出してエステルは装備している棒を思いっきり回転させた。
「ま、まさかそんなので銃弾が防げるわけ……」
アタシはエステルの行動に呆れて思わずそう呟いた。
……でも、奇跡は起こってしまった。
発射された四発の銃弾は、タイミングが多少ズレていたとは言え、全てエステルの棒に弾き飛ばれた。
「はあ、はあ……どう?」
笑顔でそう言ったエステルは傷一つ負っていない。
相手の特務兵達は驚いてしまっているのか、動きを止めてしまっている。
シンジもアタシと同じようにポカンと口を開けてエステルを見ているのだろう。
しかし、その奇跡は再び起こせそうにない。
エステルは今の行動で肩で息をするほど体力を消耗してしまっている。
また集中砲火を受けたらひとたまりもないだろう。
ジンさんと大男の兵士の闘いは互角のようだった。
「エステル、ひとまず後ろに退いて」
ヨシュアがエステルをかばうように前に出て、息を切らしているエステルを後ろに追いやる。
疲れているエステルでは銃を持った相手に奇襲をかけることは難しい。
アタシ達は守勢に回るしかなかった。
今度はヨシュアがエステルと同じように四つの銃口の射程圏内に入る。
アタシは今度こそヨシュアがめった撃ちにされる場面を想像して思わず目を閉じたんだけど……。
悲鳴を上げたのは周りに居た特務兵達の方だった。
「うわっ」
「きゃああ」
「うおっ」
銃弾を発射出来たのは長い髪の女兵士一人だけだった。
その発射した銃弾も狙いが外れたのか、ヨシュアの腕をかすめるだけだった。
ヨシュアは特務兵達がひるんだすきに、エステルを連れて、銃の射程圏内から下がり、アタシ達の援護を受けられる場所まで退却した。
アタシとシンジにはヨシュアの後ろ姿しか見えなかったからヨシュアがいったい何をしたのか分からなかった。
「こらヨシュア、二度とあんな冷たい目をしちゃダメだって言ったでしょう?」
でも試合中だと言うのに、エステルは突然ヨシュアに向かって怒鳴りはじめたの。
「ごめん、でもあの場はああするしか手が無かったから……」
「あたしは二度とヨシュアのあんな顔を見たくないの!」
エステルは目に涙を浮かべて、ヨシュアに訴えかけると、ヨシュアは真剣な顔でエステルに向かって謝った。
「わかった、もう絶対に『魔眼』の力を使わない事にするよ」
後でエステルに聞いたんだけど、前にエステルが魔獣に囲まれた時、助けようとしたヨシュアが凍りついたような目をしてにらみつけて魔獣達の動きを止めたんだって。
でも、エステルは感情の全てを失ったようなヨシュアの顔は見たくないって言ったみたい。
アタシもヨシュアの『魔眼』という能力があればこの試合にも確実に勝てそうだと思ったけど、エステルを悲しませたくないしね。
それに、アタシもヨシュアの冷たい顔は見たくない。
「こうなったら、アーツ(魔法)で戦った方が良いかもね……」
アタシとシンジは、エステルとヨシュアの影に隠れながら、何とか相手の陣形を崩そうとアーツでけん制することにした。
「ソウルブラー!」
「きゃあ!」
アタシは詠唱時間が少なくて済む魔法を後列の三人組の特務兵の一人にぶつけると、その特務兵は悲鳴を上げて倒れた。
倒れた特務兵を慌てて残りの二人が抱えて治療を施していた。
長い髪の女兵士はまた接近戦に切り替えるみたいでエステルとヨシュアにじりじりと接近していた。
数の上ではこっちが有利だけど、あの女兵士からは圧倒的な強さを感じる。
エステルとヨシュアの二人掛かりでも抑えきれないかもしれない。
一触即発の戦いをアタシ達が覚悟した時、試合会場に電話の呼び出し音のようなものが響いた。
「何の真似だ?」
驚いた様子のジンさんの声がアタシ達の耳に届いた。
アタシ達がジンさんの方を見ると、ジンさんと戦っていた大男の兵士が両手を上にあげている。
気がつくと、髪の長い女兵士も、相手チームの残りの三人も同じように両手を上げていた。
そして、特務兵の一人に耳打ちされた司会者がアナウンスを報じた。
「どうやら、王国情報部特務兵チームは急な任務が入り、試合を棄権するそうです!」
観客席にもどよめきが走る。
「ちょっと、決着を着けずに逃げる気!?」
そう怒鳴るアタシの声に答えず、特務兵チームの五人は素早く会場を後にした。
その後、アタシ達は闘技大会の優勝チームとして表彰されたけど、アタシはなんとなく気分が晴れなかった。
エステルもヨシュアもシンジもジンさんも、何か釈然としない気持ちだと言うのが伝わってきた。
「シンジの予感当たったわね」
「僕はそんなつもりで言ったんじゃないんだけど、何か悔しいよ」
アタシはシンジとそんな会話を交わしながら、遊撃士協会へと戻った。
「優勝おめでとうございます。これで作戦の第一段階は達成ですね」
エルナンさんが笑顔でそう言ってくれて、アタシは少しうっぷんが晴れたような気がした。
「これでデュナン公爵の夕食会に招待されると言う名目で城の中にとりあえず入ることができるわけですね」
そうだ、アタシ達は監禁されているかもしれない王女様を助けると言う大事な任務があるんだ。
今夜、アタシ達は闘技大会の優勝者としてデュナン公爵の夕食会に招待されている。
そして、同時刻にエルベ離宮に捕らえられているかもしれないと言うクローディア王女、いやアタシの大切な友達クローゼの救出作戦が始まるんだ。
アタシは不安を吹き飛ばすためにシンジと繋いだ手にギュッと力を込めた。
シンジもアタシの手を握り返してくれるのを感じた。
この作戦、絶対成功させようね、シンジ。