『僕のアスカ。太陽のような君。』
リベール王国来訪編(FC)
第七話 王都跳梁(前編)
《王都グランセル 遊撃士協会》
アタシたちは、結社による妨害も特に無く、遊撃士協会のグランセル支部までたどり着いた。
結社の幹部はアタシたちの顔を知っているはずなのに、どうして妨害がないのか。
アタシたちのことを無視しているのか。
それともわざと見逃しているのか。
どちらにしても、アタシたちは行動しなければならない。
グランセルの市街は、警備しているのが一般の兵士ではなく、情報部の兵士だったこと以外は平和に見えた。
グランセル支部の受付では、エルナンさんという落ち着いた感じの男の人がアタシたちを迎えてくれた。
「とりあえず、最初にすべきことは情報収集でしょう。結社に協力していると思われる情報部がどの程度活動しているのか、また女王親衛隊やアリシア女王様の様子も気になります」
たぶん、この遊撃士協会は厳重に監視されているに違いない。巡回中の兵士からも張りつめた空気が伝わってくる。
その状況下でどのくらい情報を集める事ができるんだろうか。
「情報収集って、どうするわけ?」
アタシがエルナンさんに尋ねると、エルナンさんは考え込むような仕草をしてアタシの質問に答える。
「そうですね……手分けして王都の各地を回ってもらうしか無いですね。まず王城に探りを入れなくては。リベール通信社はきっと有益な情報を持っているはずです。それと大聖堂と帝国と共和国の大使館でも話を聞く必要があるかもしてません。さらに念を押せば歴史資料館や、空港、港湾地区、居酒屋やホテルなども……しかも、出来るだけ早くに」
「ボク達四人で手分けするにしてもかなり時間がかかりそうですね」
シンジが冷汗を垂らしながらそう答えた。
「……その心配はいりませんよ」
「へ?」
自信たっぷりに言うエルナンさんにエステルが間抜けな声を出すと、入口の方からぞろぞろと足音が聞こえた。
「……久しぶりね。ボースで別れた時よりもかなり頼もしくなっているじゃない?」
「はぁい、子猫ちゃんと小犬君達」
まず始めに声をかけて来たのはシェラさんとオリビエだった。
「……お兄ちゃん、お姉ちゃん、私も力になりたいです!」
「このチビスケが行くってダダをこねるからな。……俺は付き添いだ」
その後ろから現れたのはティータとアガット。
「……アスカちゃん! エステルちゃん! やっほー!」
「遅ればせながら参上しました」
ボースやルーアンで会ったことのあるアネラスさんやクルツさんまで来ているなんて!
「みんな、揃ったようですね。……実は私から王国各地の遊撃士ギルドの支部に連絡を入れていたのです」
「エルナンさん、やるわね……」
アタシは感心してそう呟いた。
「まさか、父さんまで来ているとか?」
「いえ、カシウスさん達とは連絡が取れませんでした。ですが……」
エルナンさんがそこまで言うと、二階から見覚えのある二人が降りて来た。
……なんで遊撃士ギルドに居るのよ!?
「どうやら、上手い具合にみんな集まったみたいやな」
「……良かったわね、ケビン。何回も説明する手間が省けて」
巡回神父の服装の男性に、シスター服の女性。
マノリア村で出会ったケビンさんとリースさんだった。
その互いの手はしっかり握られている。
二人はアタシの姿を見て、嬉しそうだけど困っているような様子にも見える。
ケビンさんは反射的にほっぺたをおさえてる。
……グーでパンチはやりすぎたと反省してるわよ。
「以前にギルドがつかんだ情報によると、アルバ教授は王都の歴史博物館で、オーリ・オールというものについて調べていたようです」
「オーリ・オール?」
アタシがエルナンさんに質問すると、代わりにケビンさんが答える。
「オーリ・オールについては、ワイが説明するわ。そのために来たんやし」
「ええ、お願いします」
エルナンさんがそう促すと、みんなの視線がケビンさんに集中する。
「ワイらが所属する七曜教会では周知の事実となってるんやけど……空の女神エイドスが古代の人々に七つの至宝を授けたって話は聞いた事あるやろ?」
「セプト=テリオンですね」
ヨシュアの言葉にその場に居たエステル以外全員同意した。
日曜学校で教会のデバイン教区長さんが話してくれた話だ。
……エステル、アンタはヨシュアの肩にもたれかかって寝てばかりいるから分からないのよ。
「オーリ・オールは、セプト=テリオンの一つで、輝く環とも呼ばれている。……そして、ワイらはそう言った古代の至宝、いわゆるアーティファクトの調査、回収、管理を行う仕事をしているんやけど……」
「なんと、君達は聖杯騎士団の一員だったのか」
ケビンさんの言葉を聞いたオリビエが驚いて大声でそう言った。
「いや〜、まだペーペーの新米なんですやけどね。……話を戻しますけど、オーリ・オールは人間の願望を無限に叶えるものだと教会には伝えられていて、最も大きな力を持ったアーティファクトの一つだと言われているんですわ」
「……ふええ、そんな凄いものがあるんですか?」
アタシたちの心の中の驚きを代表してティータがそう言った。
「さらに、これは教会の中でも高い地位の人達しか知らんことなんやけど、オーリ・オールがリベール王国のどこかにあるっちゅう話や」
ケビンさんの言葉にアタシは驚いて息を飲んだ。
みんなも黙りこんでいる。
「アルバ教授と名乗っているあの男、元々はノーザンブリアで孤児になってもうて、七曜教会に引き取られた後は、司教にまでなったんですわ。それが突然、教会を裏切って結社に入った。そして今、リベール王国方面の幹部になってやって来ているわけや」
「……ケビンさんは、結社についてどこまでご存じなんです?」
「そうやな……」
「ケビン……」
ヨシュアの質問に答えようとしたケビンさんにリースさんがそっと耳打ちをした。
「そ、そやな説明はこれぐらいで十分やろ! 大聖堂への聞き込みはワイらが引き受けた! ほな、リース行こうか!」
「そうね、ケビン」
突然慌てた様子で二人は急いで出て行こうとする。
しかし、その時リースさんのお腹の虫が盛大な音を立てた!
「アハハハ! リースさん、ご飯食べてなかったんだ!」
エステルの笑い声につられて、アタシ達もみんな大爆笑してしまった。
「ケビン!」
「すまんな、リース。夕方のタイムセールまでには仕事を終わらせるから、勘弁してや」
「もう、そんなことまでばらさなくていいじゃない!」
ケビンさんとリースさんの漫才みたいなやり取りに、アタシ達の笑いは止まらなかった。
これから国の運命がかかった重大な作戦が始まるって言うのに、緊張感が無いわね。
でも、アタシはこんな温かい雰囲気のみんなが大好きよ!
《王都グランセル 西区画》
あたしとヨシュアは、リベール通信社のある西区画を中心に聞き込みを行う事にした。
もちろん、真っ先に向かうのはナイアルさんの居るリベール通信社。
ツァイス地方で別れてからまだそんなに経っていないけど、ナイアルさんなら短期間でもきっと何かつかんでいるはず。
あたし達がリベール通信社を訪ねると、ちょうどナイアルさんは編集部室に居るみたいだった。
「ナイアルさん!」
「おう、エステルにヨシュアじゃないか」
退屈そうに自分の席に座っていたナイアルさんはあたし達を見ると、嬉しそうに返事をした。
「ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
あたしがそう言うと、ナイアルさんは黙ってと言うジェスチャーをする。
「外にコーヒーでも飲みに行かないか?」
ナイアルさんの視線の鋭さで、あたしは状況を察した。
「ええ、いいわよ。もちろん、ナイアルさんがおごってくれるんでしょう? 年長者として」
「はは、こいつめ!」
あたしはおどけた様子でそう言ってナイアルさんに合わせた。
「……と言うわけで、ちょっと行ってきます」
ナイアルさんが席に座っている編集長さんにそう断ると、編集長さんは渋い顔をして頷いた。
「わかった。でも、もう勝手な取材をするんじゃないぞ。これ以上不祥事を起こしたら我が社が潰されてしまうからな」
「へいへい、分かりました」
あたし達がナイアルさんと一緒に廊下に出ると、上の階からドロシーさんが降りて来た。
「わーっ、エステルちゃんとヨシュア君、来てたんだ」
「こんにちはドロシーさん」
ナイアルさんは少し疲れた様子で溜息をついた。
「……これから外でコーヒーを飲むんだが、お前も来るか?」
リベール通信社から出たあたし達四人は、目と鼻の先にあるコーヒーハウス《パラル》へと入った。
「エステルちゃん、ますます女の子らしさに磨きがかかったみたいだね。ヨシュア君と何かあったの?」
「うん、やっぱりドロシーさんにはわかっちゃう? あの後温泉でヨシュアにね……」
「そんな話をしに来たんじゃないでしょう」
ドロシーさんに言われて気分が盛り上がって答えそうになったあたしに、ヨシュアのツッコミが入った。
「温泉で何があったんだって?」
ベテラン記者の勘が何かを嗅ぎつけたのか、ナイアルさんの目が鋭くなった。
「ナイアルさんまで……」
「すまんすまん。会社の中では話せない事を話に来たんだっけな」
ナイアルさんはそう言ってカップに入ったコーヒーを飲み干した。
「僕達、情報部について調べているんですが……何か知りませんか?」
ヨシュアの言葉を聞くと、ナイアルさんは顔をしかめる。
「正直、役に立てる情報はつかめていないな。取材を申し込んでも情報部の兵士はだんまりだし、聞き込みをしているだけで正門から叩きだされた。……編集長も情報部を恐れてビクビクしてる」
「……そう、残念ね」
あたしは落胆してそう呟いた。
「では、何か変わった事は無いですか?」
「そうだな……最近、エルベ離宮に居る友人と連絡が取れなくなったな。そういえばあそこにも情報部の連中がたむろしていたな」
「それって、重要な話じゃない!」
ヨシュアの質問に答えたナイアルさんの言葉を聞いて、あたしは大声を上げた。
「……何だあ?」
ナイアルさんは驚いて目を丸くした。
「それって、クローゼがそこに監禁されてるかもしれないってことじゃない」
「……うん、そうだね」
あたし達の話を聞いたナイアルさんは真剣な顔で、もう一度調査をすることを約束してくれた。
「……ナイアルさん、無理しないでね」
「わかってるって」
あたし達はコーヒーハウスを去ろうとして、店の一角に真新しい写真が貼られているのに気がついた。
そこは、店の自慢の辛口カレーを完食した人が記念に写真をとって展示するコーナーみたい。
一言コメントは『楽勝!』と書かれていて、カメラに向かってピースサインをするリースさんが微笑んでいた。
「ああ、そのシスターさんは今日初めて来店したお客さんでね。あっという間にこの店で一番辛いカレーを食べてしまったんだよ」
店主さんの言葉にあたし達は苦笑しながらお店を後にした。
《王都グランセル 北区画》
ボクたちがホテル《ローエンバウム》に入ると、フロントでは熊のような大きな男の人が話していた。
「ジン様、昨日はよくお休みになられましたか?」
「ああ、気遣い感謝する。これで今日の予選も突破できそうだな」
「それは、良い事でございます」
フロント係の人に見送られて、ジンさんはホテルを出て行った。
ボク達は準遊撃士の紋章をフロント係の人に見せて話を聞くことにする。
「あの……情報部について何かご存じの事はありませんか?」
「ええ、クローディア姫の事はここに宿泊されている遊撃士の方にお聞きしました。全く悲しい事ですね……」
フロント係の人はそう言って顔をしかめた。
「たいした事はお話しできないのですが、情報部がらみで変わった事と言えば、エルベ離宮が一般公開禁止になったと言う事でしょうか。普段エルベ離宮は王都の市民や観光客に開放されているのです。それが情報部が何かと理由を付けて立ち入り禁止にしているのです」
「なんでだろう?」
ボクがそう呟くと、アスカは考え込む仕草をして話し始める。
「多分……クローゼを監禁するのに都合のいい場所だからじゃないかな? ほら、お姫様なんだし、情報部がクローゼを利用しようと考えているなら、粗末な建物で監禁したりしないはずよ。それに庭も広いから外部から目も届きにくいし」
「すっごい、やっぱり頭がいいんだねアスカは!」
「ま、まあね」
アスカはちょっと照れながらそう答えた。
「ところで、さっきの大きい男の人は? ただものじゃないって感じがしたんだけど」
「ええ、彼はカルバード共和国からいらした遊撃士の方で、ジンさんとおっしゃいます。現在東区画のグランアリーナで開催されている闘技大会に参加されているそうですよ」
「何も事件が起こらなかったら、見に行けたのに残念だね」
話題が世間話に移ると、ボク達の雰囲気は柔らかくなった。
「今年はデュナン侯爵が豪華賞品を用意されているそうですよ。なんでも、優勝チームはお城に招かれてデュナン公爵の食事会に参加できるとか」
はは、アスカならそんなのいらないって言いそうだね。
でも、アスカの反応は予想と全く違った。
「その大会には今からエントリーできるの!?」
まさか、アスカは公爵さんに会いたいの?
やっぱりアスカはお金持ちの方がいいのか……。
そうだよね、ボクは頭も良くないし、もっとアスカを幸せに出来る男性は星の数程いるよね。
「アタシは公爵何かに興味は無いけどさ、そうすれば城の中に入れる口実が出来るじゃない」
その言葉を聞いて安心したボクは嬉しくてアスカに抱きついてしまった。
「ちょ、ちょっとシンジ……」
「ご、ごめん……」
ボクの顔を見てアスカは察してくれたのか、安心させてくれるように抱きしめ返してくれる。
「バカね、エヴァンゲリオンのパイロットだったアタシの事を本当に解ってくれるのは世界でただ一人、シンジだけだよ」
「アスカはボクの事も解ってくれてるんだね……」
「いやあ、青春してますね……」
《王都グランセル 南区画》
僕達はナイアルさん達と別れた後、王都にあるモルガン将軍の自宅に寄ると、将軍の孫娘も情報部に誘拐されている事を知った。
国境警備隊の動きを封じるためだろう。
モルガン将軍はアリシア女王様の緊急事態なのに王都に戻る事も出来ないわけだ。
「ひどい、小さい子を巻き込むなんて! きっと今頃両親と離れ離れになって寂しい思いや怖い思いをしているはずよ!」
……そうやって、誘拐されたこの気持ちになって怒るところがエステルらしいね。
僕にはそんな考えは浮かばなかったよ。
やっぱり君は太陽みたいな子だよ。
「……ん? あたしの顔に何かついてる?」
「エステルの怒った顔もかわいいなって思って」
「〜〜っ!」
僕がそう言うとエステルは真っ赤な顔で俯いてしまった。
ちょっと、意地悪しちゃったかな。
「おや、そこに居るのはエステル君じゃないか!」
僕とエステルがグランセルの通りを歩いていると、男の人が声をかけて来た。
街中でも釣竿を背負ったその姿は、釣公師団のロイドさんだった。
「あ、ロイドさん!」
「どう、あれから釣りライフは楽しんでいるかい?」
「まあぼちぼちと……」
ウソだ。
思いっきり満喫しているくせに。
「そういえば、リベール通信で読んだよ。とてつもない怪物を釣り上げたんだって?」
「うん、まあ……」
「その話を聞いたら、団長が是非エステル君に会いたいって言ってね。名誉団員では無くて正式に団員に迎えたいらしいよ」
「そ、それは光栄ね」
興奮してエステルの腕を取るロイドさんに対してエステルは若干引き気味だ。
「これもエイドス(空の女神)のお導きかもしれない。今、フィッシャー団長が本部に居らっしゃるんだよ!」
エステルは困惑した様子でロイドさんにつかまれた手を振り切った。
「あの、あたし達急いでいるので……」
エステルがそう言って断ると、ロイドさんは落胆した表情を浮かべる。
「残念だな……。今度の王都の地下水路での釣り大会も中止になっちゃうし……」
地下水路?
僕の頭にある考えが浮かんだ。
「エステル、釣公師団に行こう」
「ええっ、どうして!?」
「……ロイドさん、釣公師団には王都の地下水路の地図もあるんですよね?」
「ああ、女王様の許可も頂いて、入口の鍵も預かっているよ」
エステルもようやく意味が分かったらしくて目を輝かせて僕の方を見つめる。
「ヨシュア、すっごい! あたし一人だったら気がつかなかったわ!」
「助けてもらっているのは僕もだよ、エステル」
僕達は釣公師団の本部に行き、話せるところまで事情を話して力を貸してもらう事にした。
《王都グランセル 東区画》
ホテルのフロントでシンジと抱き合っていたアタシ達は、ジンさんを追いかけるのがすっかり遅くなってしまった。
アタシとシンジは手を繋ぎながら通りを駆けて行く。
「もうジンさんはとっくに会場に入っちゃっただろうね……」
「アタシ達は多分選手控室に入れてもらえないわね……」
仕方無くアタシ達は闘技場が行われる《グランアリーナ》への入場券を買う事にした。
アタシが財布を出してチケットを買おうとすると、シンジがそれを押し止めた。
シンジの行動の意味を察したアタシは大人しく引き下がる事にする。
「あの、入場券のペアチケットをください」
シンジが受付のお姉さんに話しかけたその声は少し震えていた。
「ふふっ、かわいい彼女と今日はデートですか。楽しんで行って下さいね」
「は、はい」
シンジが赤い顔をしながら二枚のチケットを受け取った。
アタシはシンジからチケットを受け取ると、甘えるようにシンジの肩に抱きついた。
「こ、これは情報収集のためだから……」
「ま、情報収集のついでにデート気分を味わったってことにすればいいじゃないの」
アタシが耳元でそう呟くと、シンジは嬉しそうに頷いた。
「うっわー、予選なのに凄い盛り上がりね」
観客席につくと、座る場所がないぐらい賑わっていた。
今は試合の休憩時間のようでざわざわしている。
「どうやら、立ってみるしかないみたいだね」
シンジは残念そうにそう呟いた。
しかし、アタシ達は懐かしい声に呼び止められた。
「アスカさん、シンジさん、こんな所で会えるなんて面白い偶然ですね」
「メイベル市長さんに、リラさん!」
「……その節はお世話になりました」
リラさんは相変わらず端正な顔のまま礼儀正しくお辞儀をする。
なんか、表情を変えないリラさんを見ていると、あのファーストのやつを思い出しちゃうのよね。
「何でメイベルさんが王都に?」
「実は、先日王都で重大な発表があるとリベール王国内の各都市の責任者宛てに召集の手紙が届きましたの」
シンジの質問にメイベルさんはそう答えた。
「重大な発表?」
「私も詳しい事はわかりません。今の王都を包む物々しい雰囲気に何か関係があるのかどうかも……」
「……お嬢様、そろそろ戻りませんと」
リラさんがメイベルさんに向かってそう呟いた。
「あら、もうそんな時間? ではアスカさん、シンジさん、私達はこれで失礼しますね。私はこの街を包む重い雰囲気が嫌で気晴らしでやって来たんですの」
そう言って、メイベルさんは会場の隅に居る情報部の特務兵を睨みつけて立ち去って行った。
アタシ達は幸運にも一番前のベンチのような席に座る事が出来た。
「あ、試合が再開されたみたいだね」
試合は五人組の団体戦で行われるみたい。
西側から出て来たのは、カルバード共和国からやってきた五人組の戦士のチーム。
第三新東京市に居た頃のテレビで見たサムライと言う物に感じが似てるかな?
東側から出てくる対戦相手も偶然にもカルバード共和国出身らしいわね……。
って、ジンさん一人しかいないわよ!?
「もしかして、一人で戦うつもりなのぉ!?」
驚いたアタシは思わず叫んでしまった。
ジンさんは観客席に居るアタシの方をチラリと見ると、余裕を持った笑みを浮かべた。
「試合開始!」
合図と共にジンさんは突然、体に気合を込め始めた。
「はぁぁぁぁ……! 龍神功!」
ただならぬ気迫に対戦相手の五人もたじろいだ。
「ふん、五人も居て誰もかかって来ないのか? ……面倒くさい、五人まとめてかかって来い!」
ジンさんがそう言うと、対戦相手の五人はすっかり挑発に乗ってしまった様子。
「生意気な若造だ……行くぞ、ケン、チャー、コウジ、ブー!」
「目にもの見せてやりましょう、チョーさん!」
五人がジンさんの正面から斬りかかろうと迫る……!
するとジンさんは手のひらを合わせて光のようなものを発生させた!
「奥義・雷神掌!」
爆音と閃光に包まれる五人。
一番離れていた所に居た一人を除いて、四人全員が倒れ込んでしまった。
残った一人も混乱してふらふらとしている。
「ケン! 後ろーーーー!」
観客席から悲鳴のような声が上がったけど、最後の一人もジンさんの背後からの手刀によって倒されちゃった。
「ジン・ヴァセック選手、決勝進出!」
アタシとシンジはジンさんが一人で五人を倒すのを見て、呆然としちゃった。
我に返ると、今度こそジンさんを逃さないように、急いで選手控室から出てくるジンさんの所へと行った。
「あの、ジンさん。アタシ達は遊撃士協会の者なんですけど……」
アタシが熊みたいに大きいジンさんの背中に声をかけると、ジンさんは穏やかな笑顔を浮かべてアタシ達の方を振り返った。
「おう、観客席で大きな声を出していたお嬢ちゃんか」
あ……何となく雰囲気は加持さんに似てるかな。
アタシはふっと懐かしい感じを受けた。
するとアタシと繋いでいるシンジの手に力がちょっと力が入った。
「アタシは、準遊撃士のアスカ・ブライト。そしてこっちがアタシの彼のシンジです!」
アタシは彼という単語を強調して紹介した。
シンジの手の力が抜けて行くのが分かる。
フフッ、そんなに出会う男性みんなに嫉妬されちゃったら困るわよ。
しっかりしなさいよ、シンジ。
「そうか、同じ遊撃士なのか」
ジンさんは感心した様子だった。
「あの、アタシ達お話があって……」
アタシがそう言いかけるとジンさんは雰囲気を察してくれた様子。
「続きは、遊撃士協会で話そうか」
アタシ達はジンさんと一緒に遊撃士協会に戻る事になった。
《王都グランセル 遊撃士協会》
あたし達が釣公師団の本部から戻ると、アスカとシンジも情報収集から帰ってきていたようだ。
うわ、熊のように大きな人も居る。
エルナンさんはアスカ達の話を聞いていたようだった。
そして、さらにあたし達の報告を聞くと、じっと考え込んでいる様子だった。
「少し考える時間を頂けませんか?」
エルナンさんはそう言って時計を眺めると、あたし達に少し早目の夕食を取ることを提案した。
「食事代はこちらで支給しますので、しっかり鋭気を養ってください」
「本当!? やったー」
あたし達五人は同じ南区画にある居酒屋、《サニーベル・イン》に食事に行く事にした。
店の中では上手なピアノの演奏が聞こえる。
誰が弾いているのかな……と思ったら何とオリビエだった。
「オリビエ、何でこんな所に居るの?」
あたしは演奏を終えて拍手に包まれるオリビエに話しかけた。
「情報収集の都合で酒場に寄ると、いいピアノがあったので演奏してみたくなったのさ」
「……まったくお前は自由なヤツだな」
オリビエの隣にはあたし達が初めて会う人が立っていた。
体格も良くて強そうね。
「彼はミュラー。僕の同郷の幼馴染で、帝国大使館を護っている軍人さ」
「オリビエさんは帝国大使館に行っていたんですか?」
「ああ、そうだ……まあ詳しい話は遊撃士教会に戻ってからすることにして、食事を楽しもうじゃないか」
シンジの質問にそう答えると、オリビエはあたし達のテーブルの隣の席に着いた。
「後で遊撃士協会で話があるんだから、お酒はダメだからね!」
「おや、つれないね……少しぐらい、いいだろう?」
オリビエさんはそう言った直後、怒った感じのミュラーさんの顔を見て動きを止めた。
「……はい、ごめんなさい。お酒は飲みません」
アスカが怒るよりミュラーさんの方がよっぽど効果があるわね。
あたし達はオリビエからシェラ姉にいろいろひどい目に遭わされたと言う話などを聞かされながら食事を終えた。
「あれ、中から食べ物の匂いがする」
あたし達が食事を終えて遊撃士協会に戻ると、遊撃士協会の建物の中にはあたし達の他に手分けして情報収集をしていたシェラ姉やアネラスさん、アガットなどみんなが戻っていた。
みんなはパンとスープの入った皿を手に持っている。
どうやらあたし達より簡素な食事を振る舞われていたようだ。
「何だか、あたし達だけ良い食事して申し訳ないわね……」
あたしが遠慮がちにエルナンさんにそういうと、エルナンさんは穏やかに微笑む。
「明日の作戦の主役を張ってもらうんですから、当然の待遇ですよ」
「主役?」
エルナンさんの言葉の意味が分からず、あたしは首をひねった。
「明日の作戦はチームを二組に分けて行います。一つは王城に行き、アリシア女王陛下の安否を確認し、場合によっては保護・脱出をさせるチーム。もう一つはエルベ離宮に行き王女クローディア姫殿下を救出するチームです。この作戦は同時にやらないと意味がありません。女王陛下を救えば王女の身に危険が迫るかもしれませんし、警備も厳重になります。その逆もしかりです」
「ふーん、それでそのチーム分けはどうするの?」
エルナンさんの作戦に感心した様子のアスカが尋ねる。
「王城に行くチームはジンさんとエステルさん、ヨシュアさん、アスカさん、シンジさんの五人です。ジンさんのチームは明日行われる格闘技大会で優勝して、デュナン侯爵の食事会への参加の権利を手に入れてください。王城に入ってからの手はずはまた私が整えます」
「えーっ!? ボク達が優勝!?」
シンジがそう叫ぶと、エルナンさんは穏やかに微笑んでさらに言葉を重ねる。
「ええ、シンジさん達が優勝しないと作戦は全て失敗になってしまいますから、頑張ってください」
「手え抜くんじゃないぞ」
「あのあの、無理しないでください」
「あらぁ、無理しないと勝てないんじゃないの?」
「フッ、期待しているよ」
「シンジ君、ファイトだよ!」
弱気になったシンジを部屋に居るみんなが励ます。
シンジはプレッシャーからか、ちょっと青い顔になっている。
「他の皆さんはエルベ離宮攻略の準備を整えてもらいます」
その後作戦についての話し合いが行われ、解散となった。
あたし達はホテルに部屋を取ってもらっている。
四人で二部屋。
エルナンさんはどうやって部屋割を取っているのかな……と少しドキドキしたけど、あたしとアスカ、ヨシュアとシンジで一部屋だった。
そ、その……まあ当然よね!
あたしはその日の夜、寝息を立てるアスカを抱きしめながらも全然眠れなかった。
明日の闘技大会が楽しみで仕方無かったからだ。
不謹慎かもしれないけど、あたしは強い相手と戦える事にワクワクしていた。
ごめんね、アスカ。
あたし、まだまだ女の子っぽくなれないみたい。
でも、いつかヨシュアに……って何考えてるのあたし!?
「痛ーい! エステルの寝相悪すぎよ……」
いつの間にかあたしはアスカを投げ飛ばしてしまったみたい。
あたしはアスカに謝って再びベッドに入った……。
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