『僕のアスカ。太陽のような君。』
リベール王国来訪編(FC)

第四話 断てない思い、断つ思い


《第三新東京市 コンフォート17 アスカの部屋》

アタシは、お風呂から上がった後、アタシの部屋の向かいにある、物置部屋の事が気になった。
アタシのパパとママは同じ寝室で寝ているから、一部屋余るのだ。
特に用事も無いのに、アタシはフラフラと物置部屋に入って行った。
物置部屋の中にあったチェロが、アタシには気になった。
ダイニングキッチンでワインを飲んでいたパパに聞いても、パパのものじゃないし、ママのものでもないって言うのよね。
それなら一体誰のものなんだろう。
アタシはチェロを持って、そんな事を考えてると、突然アタシの手が勝手にチェロを弾き出したの。
アタシはチェロを全然弾けないのに……。
アタシはチェロを弾いているうちに、この曲の事を思い出した。
この曲は、シンジがアタシに聞かせてくれた曲だ!
アタシは涙を流しながら、曲の演奏を続けた。
そして、演奏が終わる。
パチパチパチ
拍手の音に振りかえると、そこにはママが立っていた。
マンションの自分の家に居たはずなのに、いつの間にか周りには白い霧が広がっている。

「アスカちゃん、あなたはとても大切な人をみつけたのね」

ママは穏やかに微笑んでくれた。

「うん、ママ。ママ以外にも、アタシを見てくれる人を見つけたよ」

ママは涙を流して喜んでくれた。

「よかったわね。さあ、その人の待つ世界へ帰りなさい」

ママの姿が霧に溶けていくように薄れていく。

「ありがとう、ママ。アタシ、ママに会えてよかった」

アタシは消えていくママに向かって、そう声をかけた。

「ううん、正確には私はアスカちゃんのママ本人じゃないの。アスカちゃんの心が生み出した幻なのよ。でも、幻でも、私はあなたを見守っているわ」

アタシは消えてしまったママの声を最後までなんとか聞き取ることができた。

 

ボクたち四人は、ほぼ同時に目覚めた。
ボクは父さんと母さんと、家族で海に行く夢を見て居たんだけど、そこで溺れかけていた女の子の手をつかんだことで、アスカの事を思い出して、夢から脱け出せたんだ。
ルシオラさんの幻術は、幸福な夢の中に閉じ込める事なのかもしれない。
ボクたち四人が目を覚ますと、すっかり霧も晴れていて、他の三人の姿や、前にあるセルベの大木の側に居るルシオラさんの姿が見えたんだ。
ルシオラさんは、目を覚ましたボクたち四人の姿を見ると、ポツリと呟く。

「作戦は、失敗したようね。あなたたちも、永遠に夢の中に居れば、辛い目に会わずに済むのにね」

ルシオラさんが結社の一員であるなら、気が進まないけど、倒さなければならないのか……。
ボクは悲しげな瞳のルシオラさんを黙って見つめていた。

「では、ごきげんよう。また会いましょう」

するとルシオラさんは、また霧のようなものを身に纏い始めた。

「ふざけるな! なぜ僕と戦わない! 結社は、アルバ教授は何をたくらんでいるんだ!」

ヨシュアは戦おうとしないルシオラさんに向かって、普段の冷静さを失った表情で叫んでいた。

「人類補完計画……」

ルシオラさんはそう呟いて、完全にその姿を霧に変えた。

 

《ロレント 遊撃士協会》

アタシたちが街に戻ると、霧はすっかり晴れて居た。
眠っていた街の人たちも、意識を取り戻したという。
アタシたちは街の人たちから感謝された。
犯人のルシオラを逃がしたのは残念だったけど。

「あんたたちは十分よくやったわ」

シェラさんは、アタシの頭を撫でて、励ましてくれた。

「アイナ、そろそろ推薦してもいいんじゃない?」

シェラさんはカウンターに居るアイナさんにそう声をかけた。

「ええ、私もそうおもいます」

アタシが何の事だろうと疑問に思っていると、アイナさんは、エステルに紙を手渡していた。

「これは、ロレント支部の正遊撃士資格の推薦状よ。今のあなたたちは、準遊撃士だけど、正遊撃士になるためには、王国のすべての地方の支部から推薦を受ける必要があるの」

シェラさんはあたしの肩に手をかけて、ニッコリと話しかけてくれた。

「あなたたちは、ロレント支部において正遊撃士になるだけの力があるって認められたのよ」

アタシはとても嬉しかった。
今までネルフのテストで高いシンクロ率を出しても、使徒を倒しても、それで当然と褒められる事はなかったから。
ジリリリリリリリ…
通信機が鳴る音が響いた。
アイナさんはその話の内容に驚いた様子だった。
アイナさんは通信を切ると、言い出しにくそうに、重い口を開いた。

「通信はボース支部からよ。ボース支部で飛行船《リンデ号》が消息をたったの。乗っていた乗客たちの安否は不明。乗客名簿の中には、カシウスさんの名前もあったそうよ」

アタシはショックを受けた。
実の娘であるエステルは、きっと、もっとショックを受けてるだろうと思った。

「よっしゃ!ボース地方に行って、父さんを助けに行くわよ!」

アタシが心配してエステルの方を見ると、握りこぶしを突き上げて言った。

「エステル、君は落ち込まないというか限りなく前向き思考と言うか……」

ヨシュアは苦笑しながらそういった。
お父さんが心配なのに、空元気でもいつも前向きに振る舞える
エステルの輝きの強さに、アタシは太陽を思い浮かべた。
アタシも太陽みたいになれるのかな……。

 

《ボース 遊撃士協会》

ボース支部の受付では、ルグランさんというおじいさんがボクたちを迎えてくれた。
カシウスさんの事が気になって、ボクたちに同行してきたシェラさんとは知り合いみたいだ。
さっそく、ボクたちは例の飛行船消失事件について話を聞こうとするけど、捜索に当たっている王国軍の情報統制で、遊撃士協会にはまったく情報が入ってこないみたい。
しかし、情報を手に入れる手段がないわけではない、とルグランさんは話を続ける。
市からの調査職員ということにすれば、情報収集の口実が得られる。
と言う事で、ボクたちは市長さんに職員にしてもらうように、市長さんに会いに行く事にした。
市長邸に行くと、市長さんは留守だった。
教会にお祈りに行ったと執事さんが言っていた。

「サボリです。……私に二人分お祈りするように命じてどこかへ行ってしまいました」

教会に行くと、そこにも市長さんの姿はなくて、その場に残されたメイドさんが、ちょっと怒った様子で立っていた。
ボクたちは困った。ボースの街はロレントの二倍ぐらい大きい街だ。
大きな街の門にエステルは驚いていたし。
ボースはリベール王国一の商業都市。
とりあえず、市長さんを探して、まず初めにこの街の名所である《ボースマーケット》に向かう事にした。
《ボースマーケット》は飛行船の事件のせいでいつもより活気がなかったけど、デパートの地下みたいに、様々な店が立ち並んでいた。
アスカとエステルはロレントではあまり見られない外国ブランドの洋服を熱心に見ていた。
ボクはロレントの街でアスカが買った、クリーム色のワンピースがあればいいと思うけどね。
エステルは前はスニーカーにスパッツと言う男っぽい服装をしてたけど、アスカに会ってからはスカートを穿くようになったとか。
ボクはボースマーケットに集められた食材の多さに夢中になってしまっていた。
ボクが八百屋の側に近づいたとき、女の人が店主を叱り飛ばしているのを見た。
後ろにはあの教会で会ったメイドさん、リラさんが立っている。
じゃあこの女の人が市長さん?
ボクたちに気がついた、メイドのリラさんは市長さんにボクたちを紹介した。
ボクたちは高級レストラン《アンテローゼ》で、詳しい打ち合わせをする事にした。
市長さんの話では、市長さんは軍の責任者であるモルガン将軍とちょっとした知り合いであり、市長さんの使いとしていけば、情報を教えてくれるだろうということだ。
ただし、モルガン将軍は遊撃士がかなり嫌いみたいだから、ボクたちが遊撃士だとばれないように気をつけないといけない。
ボクたちが話を交えながら食事を続けていると、店の一角が騒がしくなった。
どうやらお店の高級ワインを飲んだけど、代金を払えない男の人が居たらしい。
その男の人は、店の従業員の人に詰め寄られても、涼しい顔をしている。
傍らにはリュートが置いてあって、外国のブランド品に身を包んだ、優雅な感じの金髪の男性だ。
市長さんはこれ以上騒ぎを大きくしたくないのか、その男の人が一曲披露することで、代金をチャラにする事に。
市長さんはこのレストランのオーナーだったんだって。
男の人は旅の演奏家、オリビエ・レンハイムと名乗って、リュートを弾き始めて、歌詞を歌い出した。
さすが演奏家を自称するだけあって、演奏は上手かった。
演奏が終わると、オリビエさんはアスカに近づいて口説き始めたんだ。
アスカは今も可愛いけど、ここ二年のうちにぐっと美人になった。
背はボクの方が高くなったけど、体つきもさらに女らしくなった。
綺麗な金髪の髪と宝石のような青い瞳は強く人を惹きつけるだろう。
ボクは気障ったらしい言葉で口説き続けるオリビエさんを睨みつけていた。
アスカも外面だけで声をかけて来るような男性は好きにならないはず。
多分、そうだと思う、けど。
オリビエさんはアスカに馴れ馴れしく近づいてくるけど、シェラさんが割って入って離していた。
本当はボクが割って入りたいんだけど、まだアスカの彼氏じゃないからね……。
残念だけど……。

 

《ボース北 ハーケン門》

アタシたちはモルガン将軍の居るハーケン門に行く事になった。
オリビエって男は、アタシたちが断ってもついてくる。
今はシェラさんがオリビエが近くに寄らないように見張っているから露骨に近づいて来ないけど、正直うっとおしい。
モルガン将軍は、飛行船は空賊の一味に奪われて、空賊の一味から犯行声明文と身代金要求が送られて来た事を教えてくれた。
でも、怪しんだモルガン将軍は、アタシたちが遊撃士だという事を見抜いてしまったの。

「身分を隠して情報を盗み出そうとするとは、そういう姑息な真似をするから、遊撃士など信用できんのだ!」
「いい加減にしなさいよ、このケチジジイ!」

怒るモルガン将軍に、シェラさんが逆ギレしてしまった。
こりゃ、収まりがつかなくなっちゃったな、どうしようと思っていると、オリビエがリュートを片手に歌い始めた。
オリビエの歌が終わった時、シェラさんとモルガン将軍は、たがいに怒る気をなくして、アタシたちはモルガン将軍の部屋から追い出されるだけで、お咎めを受けずに済んだ。
アタシはオリビエの事を少しは見直してあげた。
だから、オリビエにお礼を言ったの。
そうしたら、オリビエは、アタシに話があるって。
アタシが着いていくと、オリビエはアタシの両肩をつかんで、キスをしようと顔を近づけて来た。

「助けて、シンジ……」

アタシはオリビエの唇が触れる直前に小さな悲鳴を上げて涙を流してしまった。
オリビエは驚いてアタシから離れた。

「すまなかった」

と言って、シンジたちが居る所へ駆けて離れていった。
その後、アタシの涙の跡を見つけて、シェラさんはオリビエを激しく叱りつけていた。
エステルとヨシュアはアタシを心配してくれている。
シンジは酷い顔をして、オリビエを睨みつけていた。
シンジは嫉妬してくれているのかな?
でも、シンジのそんな顔は嫌だよ。
アタシが大丈夫だと笑いかけると、シンジはやっと穏やかな表情に戻ってくれた。

 

《ボース ラヴェンヌ廃坑》

あたしたちは、街での情報収集の結果、ラヴェンヌ村の上空で大きな黒い影が目撃されたらしいと聞いた。

「しらみつぶしに全部探せばいいのよ!」

あたしは、この情報を聞く前に、そう言ってやったら、みんなに呆れられた。
アスカの提案で、この街にたまたま滞在していた記者のナイアルさんと空賊の事件に関して情報取引をして、証言を聞き出すことができた。
うんうん、アスカはあたしの自慢の妹ね。
目撃者はラヴェンヌ村の子供だった。
でも村の他の住民は誰一人大きな黒い影を見かけていないので、誰にも信じてもらえなかったようだ。
あたしたちは、村の北にあるこの廃坑が怪しいとやってきた。
廃坑の入口はしっかりと施錠されていて、最近人が出入りした様子はなかった。
でも、あたしは奥から風が吹いているのを感じた。

「もしかして、どこか広い空間に通じているのかもしれない」

あたしが風の事を言うと、ヨシュアがそう言った。

「空賊は空から出入りしているから、入口に足跡が残って無くても、居ない証拠にはならない!」

シンジが閃いたとばかりに、そう言葉を続けた。
ナイス推理、シンジ。
『三人寄れば文殊の知恵』ってやつね。
あたしたち四人姉妹兄弟にかかれば解けない謎は無い!
あたしたちが奥に進むと、昔露天掘りをしていた広場に出た。
そこには奪われた飛行船と、空賊の小型飛行船があった。
そして、荷物を積み替えるように空賊に指示している、ジョゼットを見つけた。

「げげ、なんであんたがここに!」

あたしの姿を見て驚いたジョゼットは、いきなり煙幕弾を打ち出した。
あたしたちが煙に驚いている間に、ジョゼット一味は小型飛行船に乗って逃げていった。
一回も戦わずに逃げを打つなんて、あたしたちも随分と恐れられたものね。
飛行船の中には乗客は居なかった。
空賊のアジトに連れ去られたみたい。
どうしたものかと、あたしたちが考えていると、飛行船の外からたくさんの人の声が聞こえてきた。
あたしたちが外に出ると、すっかり王国軍に取り囲まれていた。

「まさか、おぬしらが空賊と結託していたとは思わなんだぞ」

そう言って姿を現わしたのは、モルガン将軍だった。
あたしは犯人じゃないって必死に訴えたけど、聞いてもらえなかった。

「アタシたちは、犯人じゃないよ……グスッ」

あーあ、ついにアスカが泣きだしちゃった。
連行しようとした王国軍の兵士たちはオロオロしている。
モルガン将軍が兵士たちを落ち着かせようとしているけど、効果が無い。
アスカは両手で顔を覆って大泣きしてる。
まるで、モルガン将軍が悪者になったムードが漂ってる。

「こ、これだから遊撃士は困る……引き上げだ!」

モルガン将軍は、顔を赤くしてそう呟いて立ち去ってしまった。
結局あたしたちは、その場で釈放された。
兵士さんの話では、モルガン将軍にはお孫さんの女の子が居るみたい。

 

《ボース 遊撃士協会》

厳重注意をされた僕たちは、空賊事件に関しては、王国軍の人に任せるしかなかった。
しばらくした後、王国軍によって空賊のアジトが突き止められ、乗客は全員無事に救出された。
だけど、救出された乗客の中に父さんの姿はなかったんだ。
乗務員の人の話によると、ボースから離陸する前に降りたらしい。
父さんならこの空賊事件も放っておかないはずなのに。
ルグランさんは、この事件の主犯とされる空賊一味、《カプア一家》に疑問を持っているようだった。
彼らは窃盗などの小さな事件は起こしていたが、今回のような大きな事件を起すとは考えられないと。
僕は結社が関わっているのかと思うと、気分が悪くなって一人で外に出た。

 

《ボース 空港》

僕はいつの間にか空港に来ていた。
今まで空賊事件により運休されていた空港は、まだ飛行船がラヴェンヌ廃坑で修理中のため人気が無い。
僕が一人で佇んでいると、エステルがやって来た。
エステルは、『星の在り処』をハーモニカで吹くように頼んできた。
僕は吹き終わると、エステルに呟いた。

「相変わらず、何も聞かないんだね」
「だって、なんか、どーでもよくなったし」

エステルはけろりとしてそう答えた。

「どうして、何も聞かずに一緒に暮らせたりするんだい? あの日、父さんに拾われた得体の知れない子供を……どうして君たちは受け入れてくれるんだい?」

僕はさらにエステルに問いかけた。

「あたりまえじゃない。家族だから。あたしは父さんの過去だって、全部知ってるわけじゃないのよね。でも、あたしと父さんは家族であることに変わりはないじゃない? 多分それは、父さんの性格とか、クセとか、料理の好みとか。そういった肌で感じられる部分をあたしがよく知ってるからだと思う。ヨシュアだって、それと同じよ」

エステルは極上の笑顔でそう答えてくれた。

「さあ、アスカとシンジも待ってる。帰りましょ」

僕も笑顔でエステルの後をついて行った。

 

《ボース フリーデンホテル》

ボクたちはカシウス父さんの消息を掴むため、しばらくボース地方に滞在することにした。
ボクたちがホテルの部屋で休んでいると、ものすごい大きな破壊音と、街の人たちの悲鳴が聞こえてきた。
ボクたちが驚いてホテルから出てみると、街の中心にあるボースマーケットの屋根に、大きな竜が着地していた。
その竜の側に、背丈ほどもある大きな剣を背負った銀髪の青年が立っていた。
その人は何もせずに、じっとこちらを見ているだけだったけど……。

「レーヴェ兄さん!?」

ボクの隣に居たヨシュアはその人の事を見て、驚いて声を上げたんだ。
その声を聞くと、その人は口の端だけを歪ませるように微笑んで、大きな竜の背中に飛び乗って、そのまま振り返りもせずに竜に乗って飛び去って行った。
ボクたちは呆然と見送るしかなかった。
ボクはヨシュアに、竜の背中に乗って行った男の人の事を聞いた。
ヨシュアは、彼は結社の執行者の一人だ、としか教えてくれなかった。
結社の執行者を放って置くわけにはいかないので、ボクたちは竜が飛び去った方向から検討を付けて、霧降り峡谷へ向かった。
ボクたちが目撃した竜は、『古竜レグナート』と呼ばれる竜だった。
竜は十数年前に目撃されて以来、姿を見せなかったらしいけど、結社がどういう形で関わっているんだろう。

 

《古竜の住処》

僕たち四人は古竜の住処と呼ばれる、巨大な鍾乳洞の一番奥の巨大な広間に辿りついた。
ここに古竜レグナート、そしてレーヴェ兄さんが居る。
僕の予想通り、古竜レグナートとその側にレーヴェ兄さんが立って待ち受けていた。

「久しぶりだな、脱走者のヨシュア。俺はお前だとはいえ、手加減はしないぞ」

僕たち四人は父さんに鍛えてもらったとは言え、まだまだ未熟者の遊撃士だ。
特に結社の執行者として改造された僕と違って、他の三人は素人に近い。
古竜と剣帝を同時に相手にしたら無事では済まない。
どうすればいいんだ……。
僕の全身に冷汗が浮かんできた。

「どうした? 戦う気が無くてもこっちから行くぞ」

レーヴェ兄さんがそう言って、大剣に手をかけた。

「待て! 僕が相手をする!」

僕は反射的に叫んでいた。

「お前が『剣帝』の俺に正面から戦いを挑んで、勝てるとでも思うのか?」

そうだ。僕の特技は暗殺。
不意を打たないと勝ち目はない。
でも、エステルたちを巻き込むわけにはいかない。

「いいだろう。その一騎打ち、受けた!」

レーヴェ兄さんは古竜レグナートを押し止め、ゆっくりと前へ歩いて来た。
それに応じて僕もエステルたちを止めて前へ歩いていく。
僕の懐に飛び込んでの短剣での一撃は、レーヴェ兄さんの大剣に弾かれてしまった。
今度は僕は、背後から回り込もうと、素早い動きでレーヴェ兄さんの周囲を回る。
また間合いに入った時に弾き返されてしまった。
僕はレーヴェ兄さんにダメージを与えられない。
それに対してレーヴェ兄さんは僕に小さな刀傷を負わせていく。

「さあ、もういいでしょう。壊れた人形の始末をしてしまいなさい」

広間の奥の物陰から、アルバ教授が出てきてそう言った。
なぜ、あの男がここに…? 一体いつから?
久しぶりに会うアルバ教授は、最初であった時の穏やかな表情とは似つかない、凶悪な人相を浮かべていた。

「ヨシュア君。いえ、執行者ナンバー13。あなたの役割は終わりました。御苦労さま。解放してあげましょう」

アルバ教授がパチンと指を鳴らすと、僕の頭に記憶が蘇って来た。
アルバ教授、いや、ワイスマンに父さんについて報告する僕の姿が。

「ヨシュア君。あなたの任務はカシウスの暗殺ではない。カシウスの監視ですよ。あなたはずっとカシウスの動向を無意識のうちに報告し続けた」

ワイスマンの冷酷な声が聞こえる。
そうだ、僕はずっと父さんを、エステルを、シンジとアスカを裏切り続けていたんだ!

「嬉しいでしょう。これからはエステル君たちと一緒に暮らせるのですから」

ワイスマンの言葉が続く。

「あんた、ひどいじゃない! そんな事を言ってヨシュアが一緒に暮らせるわけ無いじゃない!」

エステルの怒鳴り声が聞こえる。
でも、僕はずっと動けないでいた。

「観念したようだな」

レーヴェ兄さんが、剣を構える。
僕はエステルたちの方に振り向いて、こう言った。

「今までありがとう。さようなら」


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