『僕のアスカ。太陽のような君。』
リベール王国来訪編(FC)

第三話 そして、幸せが終わる


《翡翠の塔》

僕は体一杯に力を込めた。
すると、苦しいながらも、今までピクリとも動かなかった、
自分の体が動くようになった。
僕はエステルの手をとって、その場から離れていった。
そして、気がつくと冷たい気配は消えた。
振り返ると、アルバの姿が消えていた。

「おい、あの考古学者ってのは何処へ行ったんだ?」

ナイアルさんは屋上を見回して探しているみたいだ。

「さあ。逃げるのが得意だから、一人で帰ったんじゃないですか」

苦しい言い訳にしか聞こえないけど、僕は作り笑いを浮かべながらそう答えるしかなかった。

 

《ロレント西郊外 パーゼル農園》

次の日の依頼は、パーゼル農園の畑を荒らす魔獣の退治だった。
パーゼル農園を経営する夫婦の娘ティオは、あたしたちがよく料理の食材を買いに行くので顔なじみだ。
ティオの両親によると、魔獣は日が沈んでから夜明けまでのうちに集団で畑の作物を食い荒らすという。
あたしたち四人は泊まり込みで見張りをする事にした。
あたしとアスカは、夕方から宵の口を、シンジとヨシュアは夜中から夜明けまで分担して見張る事にした。
昼間はシンジとヨシュアはティオの弟妹の相手をしていた。
あたしたちはティオの部屋で、女の子三人のお喋りを楽しんでいた。
いつの間にか話題は、ヨシュアとシンジの事になっていた。

「えー、付き合ってないの? 信じられない」
ティオはあたしたちがお互いを家族としてしか見ていない、と告げると、驚きの声を上げた。

「ヨシュア君は、日曜学校でもモテていたのよ。交際を申し込んで玉砕した子も何人もいるし」
「ふーん。他に好きな子でもいるのかな」

ティオのその言葉を聞いたあたしは考え込むしぐさをして答えた。
ティオは身を乗り出して、まくしたてるように話を続ける。

「好きな子って意外にすぐに側にいるかもしれないじゃない」
「もしかして、アスカだったり?」

アタシの言葉を聞いたティオとアスカは、うなだれてしまった。

「どこまで鈍いのかしら、エステルって」
「アタシも同感」

あたしはなんで二人がうなだれたのか、わからなかった。

「ところで、アスカの方はどうなの? 早く告白しないと他の子にシンジ君をとられちゃうよ」

ティオは今度はあたしではなくアスカに詰め寄っていた。

「そ、そうかな、でもシンジに告白して、断られたら不安なの。側に居られなくなっちゃう」

そう答えたアスカの目に涙が浮かんでる。
ティオは慌てて話題をすり替えた。
まったく、アスカはシンジの事になると、泣き虫になっちゃうんだから。
もうそろそろ、あたしたちが見回りに出る時間だ。
ヨシュアとシンジはしばらく部屋で仮眠をとってもらう。
あたしたちは部屋をでて、ヨシュアたちと入れ替わった。

「ヨシュアの恋の悩みなら、相談に乗るからね!」
「はぁ!?」

ヨシュアとすれ違う時にそう言ったら、思いっきりあきれ顔をされた。
あたしって頼りにならないのかな。
あたしはアスカと二人で、見て回ったけど、魔獣が現れる気配が無かった。
あたしたちが欠伸を噛み殺していると、ヨシュアとシンジがやって来た。
交代の時間だ。
部屋に戻ると、あたしとアスカは一緒に眠りについた。

 

ボクはヨシュアと一緒に夜の見張りについた。
ヨシュアは寝れなかったようで、眠そうだ。
エステルにあんな事を言われたのが原因なんだろうか。
ボクも鈍感かもしれないけど、エステルもかなり鈍感だよね。
夜明けが近づいてきた頃、巡回していると魔獣の姿を見つけた。
ボクとヨシュアは魔獣が逃げ出さないように、後ろからゆっくりと近づいていったんだけど……。
ボクはつい、足元の小枝をポキリと折ってしまったんだ。
ボクたちが近づいてきた事に気がついた魔獣たちは、逃げようとして、壁に思いっきりぶつかってしまったんだ。
そして、揃って気絶している。
壁に魔獣がぶつかった大きな音に気付いたのか、アスカやエステル、そして農園のみんなまで起きだしてきた。

「みゃあお〜〜っ……」
「みゅう〜〜〜っ……」

そしてみんなで取り囲んだ後、猫みたいな魔獣は、情けない声で泣きだしたんだ。

「退治しなくちゃダメかな?」

それを見たエステルはそう言いだした。
その言葉に対してヨシュアは、冷静な顔で即答した。

「人を守るのが遊撃士の仕事。魔獣に情けは無用だよ」

でも、農園の子供たちも可哀想だ、と言ってるし。
農園を荒らさないように注意すれば、許してあげてもいいってことで、ここは依頼主の意見を尊重して、エステルが魔獣たちを思いっきり脅かして、しかりつける事で解決したんだ。
ボクたち四人は、依頼が解決したので、一旦家に帰る事にした。

 

《ロレント郊外 ブライト家》

家に戻ってもヨシュアは落ち込んでいた。
明るいはずのリビングが暗い雰囲気のまま。
アタシたちは椅子に腰かけて黙ったまま。
ようやくヨシュアが重い口を開いた。

「ごめん。みんなに嫌な思いをさせたね」

ヨシュアはさらに早口でまくしたてる。

「僕はあの魔獣を助けようと全然思わなかった。こういう時、自分がたまらなく嫌になる。人として不完全じゃないか、心のどこかが壊れているのかもしれない。いや、すでに壊れていて人形なのかも……」

アタシはヨシュアを思いっきり平手打ちした。
内罰的な事は大嫌いだ。
アタシは言葉が出ないまま、息を荒くして立っているだけだった。

「ヨシュア、君は人形じゃないよ。一人の人間なんだ。」

と、シンジが囁くような声で優しく励ます。

「この五年間、あたしはヨシュアの事をずっと見てきた! 良いところ、悪いところは誰よりも知っている自信がある! たぶん、ヨシュア本人よりもね! あたしを差し置いて、勝手な事いうんじゃないわよ!」

エステルもテーブルを激しく叩いて怒って叱り飛ばした。
ヨシュアはエステルたちの言葉が嬉しかったのか、笑顔をとり戻し満面の笑みを浮かべると、突然椅子から落ちて倒れこんだ。
慌ててみると、穏やかに寝息を立てている。
まったく、驚かさないでよね。

 

《ロレント 市長邸》

今日の依頼は、カシウスパパから頼まれた、三つの依頼の最後の依頼。
マルガ鉱山で採れたという、翠耀石の大きな結晶を市長邸まで運んできてほしいとのこと。
その後、アタシたちはマルガ鉱山に行って鉱山の親方と面会して、結晶を持って、ロレントの市長邸へ戻って来た。
市長邸に行くと、来客中のようだった。
四人で押し掛けるのも迷惑になると思ったので、結晶を渡すのはエステルとヨシュアに任せて、アタシとシンジは街の食事処《アーベント》で待つ事にした。
エステルとヨシュアは、なにやら話ながら帰って来た。

「いい子だったわね〜。良いところのお嬢さんっぽいのに、それを鼻にかけたところがないし」

どうやら、エステルは市長邸で、ジョゼットと言う女学生に会ったらしい。

「アスカとも友達になれるわよ」

エステルは上機嫌だけど、ヨシュアは何か上の空と言った様子。

「もしかして、ジョゼットに一目惚れとか? ああいうのがタイプなんだ」

エステル、それは違うわよ。
シンジもそう思ってるに違いない。

「まあ、エステルみたいに、野次馬根性と、直情的性格丸出しじゃない事はたしかだね」

うわっ、ヨシュアのツッコミがいつもよりキツイ!

 

《ロレント 遊撃士協会》

ボクたちがカシウスさんから受けた最後の依頼の報告をしていると、血相を変えた市長さんが、飛び込んできたんだ。

「大変じゃ! 家の結晶から金庫が盗まれた!」

市長さんはかなり慌てている様子だった。
犯人はタイミングからして、エステルが会ったジョゼットって子に違いない。
ヨシュアも怪しいと思っていたようだ。
エステルと市長さんは、人が好いのか、信じられない、と言った顔をしていた。
問題は、彼女の行き先だ。

「そういえば、こんな木の葉を拾ったんじゃが」

と、市長さんは木の葉っぱをとり出した。
ボクは、その葉っぱに見覚えがあった。
料理で香り漬けに使ったりする、セルベの葉だ。

「じゃあ犯人は、南の森のミストヴァルトにいるのね?」

ボクの推理を聞いたシェラさんは、同行すると言ってくれた。

 

《ロレント南 ミストヴァルトの森》

ミストヴァルトの森の入口に着くと、シェラさんが複数の人間が通った形跡があると断定。
ボクたちが森の奥へ進んで行くと、森の奥から話声が聞こえた。
エステルによると、女の子の話声はジョゼットみたいだ。
森の奥のセルベの大木の前にある広場では、ジョセットと、その手下らしき男たちが話している。
こちらには気づいていないようだった。
ボクたちは話の内容を聞き出そうと、茂みに身を隠しながら接近した。
すぐに怒って飛び出しそうになるエステルを、ヨシュアは抑えている。
そんな事も知らずに、ジョセットは話を続ける。

「特にあのバカ女! ボクの事を疑いもせずに『友達になれそう』だって! 頭空っぽみたいな笑顔浮かべちゃってさ!」
「「「「あーはっはっは!!!!」」」」

ジョゼットたちはそう言って大笑いする。
その言葉を聞いた、ボク以外の三人の周囲の温度がおかしくなった気がする!

「なんだって!」
「あんですって〜!」
「なんですって!」

エステルとアスカよりも、ヨシュアが先にキレるなんて!
でも、自分の好きな笑顔をバカにされたんだから、怒るのは当然だよね。
よし、ボクも続けて戦闘に参加するぞ!
と思って隠れていた茂みを飛び出したけど、目の前には凄い鋭い眼をしたヨシュアが、『漆黒の牙』でジョゼット一味に凄い勢いで斬りつけていた。
アスカとエステルも真っ赤な顔をして、ボコボコにしている。
特にエステルが振り回した棒で、銃弾を跳ね返すのを見たときは驚きが止まらなかった。
ボクが止めに入った時は、ジョゼット一味は気を失って倒れていた。
無抵抗でもまだ暴れ足りないみたいだ。

「や、やめなさい三人とも、それ以上やったら、死んじゃうわよ!」

シェラさんが大声をだして止めるけど、まだ三人の動きは止まらない。

「仕方ないわね……『エアロストーム!』」

シェラさんが得意とする風の魔法で、三人とジョセット一味とボクはまとめて空中に飛ばされたんだ。
なんでボクまで……。
地面にたたきつけられた三人は、やっと落ち着きを取り戻したみたい。

「遊撃士としての冷静さが足りないわよ!」

シェラさんに、そう説教を受けていた。
三人は正座させられて、しょげ返っていた。
ボクはその時、その場にジョゼットたちの姿が無いのに気づいた。

「……あの、飛ばされた後、みんな逃げちゃったみたいなんですけど」
「しまったあああ!私とした事が!」

ボクが説教中のシェラさんに声を掛けると、シェラさんの叫び声が、ミストヴァルトの森に響き渡った。
結局ジョゼットたちは捕まらなかった。
一人だけ冷静だったボクは損した気分だ。


《ロレント郊外 ブライト家》

次の日の朝、アタシたちは異変に気がついた。
窓の外が濃い霧で覆われている。
ロレントで霧が発生するのは珍しいけど、ここまで濃い霧は初めてなんだって。
霧はお昼になっても消える事はなかった。
このままだと、飛行船も飛べなくなるし、霧で迷子になってしまう人も出てくる。
アタシたちが遊撃士協会に集まって対策を考えていると、街の人から、街の中で眠ってしまって起きない人が居る、って報告を受けたの。
アタシたちの聞き込みの結果によると、眠りこんだ人の近くで鈴の音が聞こえたみたい。

「霧と鈴…まさかね」

その報告を聞いたシェラさんは唇に指を当てて呟いた後、重い口を開いてシェラさんの昔の事を話し始めたの。

「もしかして、ルシオラ姉さんの仕業かもしれない」

シェラさんはゆっくりとルシオラについて語り始めた。
彼女は鈴を使った幻術が得意で、幻でありながら五感までも支配する力を持つ事。
彼女は、昔、サーカス団『ハーヴェイ一座』に身を寄せ、シェラさんを妹ととして接してきた事。
団長の死により一座が解散した後、妹分であったシェラさんを残して「やる事がある」と姿を消した事。
残されたシェラさんは、カシウスパパを頼って、遊撃士になったらしいの。
このルシオラさんの事はヨシュアも知らなかったみたい。
エステルは小さい頃にハーヴェイ一座がロレントに来た時に、ちょっとだけ会った事があるみたい。
その時のルシオラさんは、団長さんと一緒に優しく話しかけてくれたんだって。
好きな団長さんが死んで人が変わってしまったのかな。
アタシもシンジが居なくなったら……。
イヤ。考えたくない。
アタシたちは霧の発生源を調べる事にした。
ロレントの東西南北の霧の範囲を調べた結果、ミストヴァルトの森が怪しい、という結果になった。
シェラさんはルシオラさんがそこに居るなら絶対に会いたい、と言う事で今回もアタシたちに同行する事になった。

 

《ロレント南 ミストヴァルトの森》

アタシたちがついたとき、ミストヴァルトの森は濃い霧に包まれていた。
森の中ほどまで進んだ時、濃い霧が完全に視界を遮り、音も聞こえなくなってしまった。
近くに居るシンジの顔も見えなくなったとき、アタシは鈴の音を聞いた。
いけない、と思った時、アタシは眠るように意識を失った。

 

《第三新東京市 コンフォート17 アスカの部屋》

「アスカ!!起きろよいい加減に!!」
「!?」

アタシは自分の部屋で目が覚めた。

「なんだ、ケンスケか……」
「なんだとは何だよ!?それが幼馴染に捧げる感謝の言葉か?」
「着替えるんだからさっさと出てってよ!」

ハイハイと、ケンスケは部屋を出ていく。
アタシが着替えを終えて部屋から出ると、台所ではアタシのママが皿を洗っている。

「アスカったら、いつまでケンスケくんに迎えに来てもらうのかしら、しょうのない子ね、あなたも新聞ばかり読んでないでさっさと支度してください」

テーブルで新聞を読んでいるのはアタシのパパ。

「君の支度はいいのか」
「はい、いつでも。もう会議に遅れて冬月先生にお小言いわれるのは私だけなんですよ」
「君はモテるからな」
「じゃあキョウコおばさん、行ってきます!」
「行ってきます」

アタシはケンスケに背中を押されて玄関を出た。

「そうそう、今日は学校に転校生がくるらしいぜ」
「ここも来年遷都されて首都になるものね」
「可愛い子だといいなあ」
「もう」

アタシとケンスケは通学路を走って行く。
今朝、何か夢を見たようだけど忘れちゃったわ。

「はぁ〜遅刻、遅刻〜! 転校初日から遅刻ってかなりやばい感じよね〜」

道の向こうから、パンを加えた女の子が走ってきて、ケンスケとぶつかった。
そして、アタシはいつものように学校生活を送った。
アタシは学校の部活動を終えて、家に帰った。
あたりはすっかり暗くなっていた。
玄関のドアを開けると、いつものようにママが優しく迎えてくれる。

「今日は、アスカちゃんの好きなハンバーグよ。さあ、うがいをして、手を洗いなさい」

アタシは、はぁいと返事をして、手を洗う。
学校では、ケンスケを怒鳴り散らしたり、ラブレターを踏みつけたり、気に入らない事があると、すぐに手が出ちゃったりするけど、ママの言う事は素直に聞くんだ。
アタシ、ママが大好きだから。
夕食はいつも、ママとパパと三人で楽しく過ごす。
テーブルの上には、大好きなハンバーグ。
あれ?

「アスカちゃん、どうしたの?」

食事の手を止めたアタシに、ママが心配そうな顔で話しかけてくる。

「ううん、何でも無いの。」

アタシはそう答えて、ハンバーグを食べ始める。
おかしい。もっと大きなハンバーグが欲しいな、と思う。

「アスカちゃん、お風呂が沸いたわよ」

アタシはお風呂が大好きだから、飛ぶようにお風呂に向かった。
浴槽に入る。温い。
アタシはもっと熱いのが好みだったはずだ。
アタシ好みのお風呂の温度?
おかしい。夕食の時から何か違和感を感じる。


web拍手 by FC2
感想送信フォーム
前のページ
次のページ
表紙に戻る
トップへ戻る

inserted by FC2 system