社説
消費増税法が成立 国民欺く理念なき改革(8月11日)
政治主導で行政の無駄を削る。そう訴えた民主党に託した有権者の期待は「官僚主導の増税」という正反対の形で返ってきた。
2015年10月までに消費税率を10%に引き上げる法案が、きのうの参院本会議で民主、自民、公明などの賛成で可決、成立した。
最終盤で自民党が内閣不信任決議案に同調する動きを見せ3党合意は揺らいだが、野田佳彦首相の「近いうちに衆院を解散する」という口約束一つで収まった。増税を政争の具とする茶番劇にあきれる。
与野党が入れ替わったこの3年間、政党と政治家の地金を嫌というほど見せつけられた。
民主党は選挙時の約束を破り、自民党は与党をけん制する野党の役割を忘れ党利党略で増税に協力した。
社会保障改革を棚上げしたままの増税先行に多くの国民が納得していない。信を問わずに与野党が談合した責任は重い。
衆院選は「近いうちに」ある。増税の是非は、有権者一人一人の判断に委ねられる。
*消え去った政治主導
政府は関連法を含め「社会保障と税の一体改革」と呼んでいる。
だが、民主党内の議論に始まり政府による法案化、そして3党合意を経て「一体改革」は次々と崩れた。
政府や財務省の本音が、社会保障改革ではなく、年々厳しくなる歳入の手当てにあったからだ。
消費税率を上げたいが、国民の理解を得づらい。そこで財政を圧迫する社会保障を財源と共に見直すという「一体改革」を唱えた。
しかし、止まらない少子高齢化に対応する社会保障の将来像を示すことはなく、年金改革も高齢者医療のあり方の見直しも棚上げされた。
増税する5%分のうち、子ども・子育て新システムなど新制度に充てるのは1%分にすぎない。4%分は従来政策の赤字を埋める増税だ。
民主党は、無駄削減で年間16兆円の財源を生み出すとしていた公約を早々と投げ捨て、財務省が描いた名ばかりの一体改革の図式に乗った。
政治主導の姿はどこにもない。
3党合意では、増税で生じる財政の余裕を公共事業に振り向けることまで盛り込まれた。民主党は「コンクリートから人へ」をうたっていたが、自民党の要求をすんなり受け入れた。変節にあきれるほかない。
社会保障改革は国民会議で1年間かけて考え直すことにし、さらに先送りした。3党が一致しているのは増税だけで、社会保障の理念は全く異なるのだから当然の成り行きだ。
国民を欺く「一体改革」だと言わざるを得ない。
*経済悪化させる恐れ
消費税率引き上げそのものの問題点も少なくない。
国と地方合わせ1千兆円の借金を抱える財政再建は喫緊の課題だ。だが消費税率を10%に引き上げても、20年度までに基礎的財政収支を黒字化するという政府目標の達成はめどが立たないのが実情だ。
長引くデフレ、東日本大震災の影響、歴史的な円高傾向、くすぶる欧州債務危機がのしかかり、経済情勢は不透明さを増している。
そんな四重苦の下での増税は景気をさらに落ち込ませる懸念が強い。
今回は所得税などの減税を伴わない純粋な増税で、国民に大きな負担となる。中小企業も増税分の価格転嫁が難しく事態は深刻だ。
とりわけ零細企業が多い北海道経済へのダメージは大きい。個人消費や観光関連に緩やかながら回復傾向が見え始めた中、政府がどれだけ地域の実情に目配りしているか不信感は拭えない。
消費が低迷して税収が伸びず、財政を立て直すどころか悪化させる可能性もある。
消費税率を3%から5%に上げた1997度以降、所得税などを合わせた一般会計税収が同年度の53兆9千億円を上回ったことはない。
*逆進性緩和は不透明
成立した消費増税法には経済好転が確認できなければ増税を見送る「景気条項」が盛り込まれたが、あくまで努力目標との位置付けだ。増税に踏み切るかどうか、政府には慎重な判断が求められる。
サラリーマンの平均給与は97年の約467万円から2010年は412万円に目減りしている。この間、非正規労働者も急増した。
低所得者ほど負担が重い消費税を引き上げられる環境とはとても言えない。そうした逆進性を緩和する手だても明確に示されていない。
国会審議でこれらの疑問点を指摘されても、野田首相は「どの党が政権を担っても一体改革は必要だ」と財政悪化を強調するばかりで、議論は深まらなかった。
国民の期待をないがしろにした民主党と、これに相乗りした自民、公明両党の責任は重大だ。
各党は次の衆院選で増税についての立場を明確に説明し、しっかりした社会保障政策を示す必要がある。
その場しのぎの公約はもういらない。