コラム:宗教学と経済学から見た欧州債務危機の深層=上野泰也氏
こうした指摘は、ドイツの社会学者マックス・ウェーバーが「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」で指摘した近代資本主義の原点を、今回の欧州債務危機における対立の構図に重ね合わせようとする考え方であり、一定の説得力は確かにあると言える。
<宗派にかかわらずバブルは発生する>
ただ、宗教学による欧州債務危機の原因分析でやや苦しいと思うのは、ドイツでは実際は南部のバイエルン州を中心に、若干とはいえ、カトリックの方が数において勝るという事実である(独連邦統計庁の2008年末のデータでは、カトリックは2518万人で、プロテスタントは2452万人)。
さらに、他の「北」の国々でも、たとえばオーストリアではカトリックが約74%で、プロテスタントは約5%にすぎない。オランダではカトリックが27%で、プロテスタントが16.6%である。
また、バイエルン州を地盤にしておりカトリック教会とのつながりが強い地域政党であるキリスト教社会同盟(CSU)は、ドイツの連立与党の一角を占めているが、最大与党であり姉妹政党であるキリスト教民主同盟(CDU)よりも、保守色がはるかに強い。ギリシャ問題ではCSU幹部が、ユーロ圏からのギリシャ離脱論をしばしば唱えている。
加えて、今回の欧州債務危機とは別の扱いになっているが、アイスランドの例がある。金融バブル崩壊によって2008年に国内3大銀行が経営破綻して国有化され、国際通貨基金(IMF)や北欧諸国の金融支援を受けた同国は、プロテスタントが圧倒的に優位の国である(人口の約8割が福音ルーテル派)。
結局、経済活動において人間心理に由来する振れはつきもので、宗派にかかわらず、バブルは発生する条件さえ整えば発生する。今回の危機に対する宗教学的な分析は重要だが、経済学的立場から言えば、「カトリック(およびギリシャ正教)vsプロテスタント」という構図だけで説明することはできない。
筆者が、欧州債務危機と宗派との関連でむしろ注目しているのは、同じ宗派が優位の国家同士に連帯意識が見られているという点である。6月下旬のEU首脳会議では、カトリックが優位の国であるフランス、イタリア、スペインが団結し、最終的にドイツの譲歩を引き出した(ちなみにメルケル独首相はルター派のプロテスタントの牧師の娘である)。 続く...