アノニマスに一理「著作権法改悪」
音楽業界主導で違法ダウンロードに刑事罰。警察に恣意的摘発の懸念も。
「ちょっとミスしました。誤爆ごめんな(笑)」。この片言の日本語でのツイッター発言でファンを増やした集団がある。国際的なハッカー集団「アノニマス」だ。事の発端は日本の著作権法の一部が改正され、違法ダウンロードに対する刑事罰が導入されることが決まったことだ。
これに対して、アノニマスは「歴史的に最も偉大なイノベーションの故郷である日本」が改正著作権法を成立させたことに対し、「多数の無実の市民が不当な懲役刑を受ける」とし、著作権侵害問題の解決にはほとんどつながらないことを確信していると主張。6月27日には、財務省、最高裁判所、国土交通省などを標的にした「オペレーションジャパン」と称したサイバー攻撃を行った。
しかし、「霞が関」と「霞ヶ浦」を間違えて霞ヶ浦河川事務所のサイトを攻撃してしまう「誤爆」があったため、冒頭の謝罪につながったのだ。たどたどしいツイートに、ネットでは「カワユス」「どじっ子萌え」といった発言も見られたが、彼らの実態は可愛らしい発言には到底似つかわしくない集団だ。
記憶に新しいのは、ソニーとの激しい攻防合戦だろう。2011年1月、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の米子会社であるSCEアメリカが同社のゲーム機「プレイステーション3」のプロテクトを解除し、違法ソフトでも動く方法を見つけたハッカーを提訴して損害賠償を求めた。同社のこの行為を快く思わなかったアノニマスはプレステ公式サイトなどソニーの複数のサイトに対してサイバー攻撃を開始。その後、アノニマス側は関与を否定しているものの、1億件を超える個人情報流出事件へとつながり、ソニーは甚大なダメージを被った。
音楽業界は抑止力期待
そのアノニマスが今回、日本の官公庁を狙う背景となった改正著作権法とはどういうものか。国会で可決されたのは6月20日、今年10月1日から施行される改正著作権法では、ネット上の有料の音楽や動画を海賊版と知りつつ、ダウンロードすると罰則を受けるようになるというもの。これまでも違法コンテンツをインターネット上に投稿すると10年以下の懲役または1千万円以下の罰金が科されるほか、ダウンロード行為そのものも10年1月の法改正で違法行為となっていた。今回、新たに定められたのは違法コンテンツのダウンロードに対して2年以下の懲役、または200万円以下の罰金を科すというものだ。
音楽業界関係者は「今回の改正著作権法が消費者における利便性を高める」とみる。その最大の動きがビクター、エイベックス、ワーナーミュージック・ジャパンといった大手レーベルによるデジタル著作権管理(DRM)の撤廃だ。
従来、音楽会社や配信会社は音楽の著作権を保護するため、楽曲に暗号化を施し、自由な複製を禁じる手を打ってきた。そのため、配信ストアで購入した楽曲を別のメーカーの端末で視聴するといったことができず、利便性を大きく損なってきた。さらに、既にアップルの「iT unesストア」やアマゾンがDRMフリーで楽曲を配信しており、DRM自体が時代遅れの戦略でもあった。
音楽業界は今回の罰則規定の強化によって違法ダウンロードに対して抑止力が働くと期待しており、ようやくDRM撤廃の動きが広がってきたのだ。これが実現されれば、一度購入した楽曲は自由に様々な端末に移して聴けるようになるため、消費者の利便性は一気に高まる。これまで業界内の都合で利便性を損ねてきただけとも言えるが、低迷を続ける音楽配信市場にとっては大きな転換期になりそうだ。
だが、今回の改正について専門家の見方は厳しい。アノニマスが突如として反対活動を開始した背景は不明だが、他にも慎重な運用を求める声は少なくない。ファイル交換ソフト「ウィニー」の開発者が逮捕された裁判で弁護人を務めた北尻総合法律事務所の壇俊光弁護士は「最悪の改正だ。条文の拡大解釈が可能で、警察による恣意的運用の可能性が高すぎる」と指摘。「著作権法は処罰の範囲が曖昧に広いことを利用して、逮捕の口実として使われてきたという恣意的運用の実績があり、別件逮捕にも使われる危険性がある。特に刑事罰化は、一時的にPCにデータをダウンロードする仕組みのユーチューブを観ただけでも逮捕されかねない条文であり、特にその危険性が高い」と警鐘を鳴らす。
日本弁護士連合会もまた反対の立場だ。可決の翌日、私的領域の行為に対する刑事罰を規定するには立法手続き上、大きな問題があったと表明。国民生活に重大な影響を及ぼす可能性がある法律改正が、衆参両院でわずか1週間足らずで審議され可決されたという国民不在の法改正に対して異を唱えた。
改正薬事法の二の舞い?
インターネット経由での一部医薬品の販売を規制した改正薬事法が施行されたのは09年6月。規制を加えた厚生労働省の裏には、日本チェーンドラッグストア協会など既存勢力の圧力があったとされている。しかし、3年経過した今、同協会はオンライン販売に対して積極的な姿勢を見せている始末だ。
今回の不自然な刑事罰導入にも同じ構図が透けて見える。参院文教科学委員会に反対の立場として参考人招致されたジャーナリストの津田大介氏は、質疑の場で「一部の業界の意見だけを聞いている」と、音楽業界の要望を受けた自民・公明の議員立法による修正案で刑事罰導入を改正案に盛り込んだ経緯を批判。刑事罰の導入は消費者を萎縮させコンテンツを買わなくさせるだけとの見解を示したが、その声は届かなかったようだ。前出の壇弁護士も「政党の取引材料に使っていい法律ではない」と経緯を憤る。
改正法は処罰の範囲が広く、今後規制範囲が広がっていく恐れが十分にある。拙速な導入の結果、コンテンツ市場がシュリンクしてしまった時の言い訳を音楽業界や賛成した政治家たちは用意しているのだろうか。「ちょっとミスしました」では済まない問題なのは明白だ。
(月刊『FACTA』2012年8月号、07月20日発行)
このコラムのバックナンバー
- エネルギーも「地域主権」基軸に (FACTA) 08月04日
- NHKよ、戦理と志を持て (FACTA) 08月03日
- インタビュー蜂須賀 禮子(国会事故調査委員会委員[大熊町商工会会長]) (FACTA) 08月02日
- インタビュー樋口武男(大和ハウス工業会長兼CEO) (FACTA) 08月01日
- 外堀が埋まった野村「渡部辞任」 (FACTA) 07月26日
- 「官邸デモ」を黙殺した大マスコミ (FACTA) 07月26日
- 先読み情報満載の月刊「FACTA」
FACTAは既存のマスメディアの報道だけでは満足できない、情報感度の高いビジネスリーダー向けの会員制情報誌です。第一線の経営者、金融関係者、専門家、マスコミ関係者に愛読されています。
豊富な人脈と確かな事実をもとに事の真相に鋭く迫る企業情報、徹底した調査に裏付けられたスクープ、事情通やインサイダーしか知りえない「インサイド」情報をはじめ、国内外の政治、経済、社会、文化などあらゆるジャンルで見逃せない情報がぎっしり詰まっています。
FACTA online / バックナンバー / 発行人ブログ / 購読のお申し込み
- 「YouTube視聴には処罰なし」文化庁が違法ダウンロード刑事罰化のQ&A公開(@niftyビジネス) 07月13日 12:05
- ‘スタバでMac’は本当にイケてるのか、お客さんに聞いてみた→「なんとも思わない」!!(@niftyビジネス) 8月10日 14:05
- グーグルで最も活躍する日本人の軌跡 グーグル日本の顔は“異端”の男 彼の運命を大きく変えた高校時代の決断(日経ビジネスオンライン) 8月10日 7:00
- 7月のビール系出荷量、過去最低 天候不順が影響か(朝日新聞) 8月10日 21:21
- 米トウモロコシ生産、大幅下方修正=6年ぶり低水準に―農務省(時事通信) 8月10日 23:57
- 「偽造品の取引防止に関する協定」通称・ACTAを巡るネット上の狂騒【岸博幸コラム】(ダイヤモンド・オンライン) 8月10日 10:05
- 【韓国大統領竹島訪問】日韓関係氷河期に ほくそ笑む近隣国(MSN産経ニュース)
- 政権公約にない消費増税、おわびしたい…首相 : 政治(YOMIURI ONLINE)
- 静岡県、原発協議会を正式脱退 「統一的な行動は困難」 - 政治(朝日新聞デジタル)
- 厚年基金の9割、経理や内部監査に問題 厚労省(日本経済新聞)
- 橋下氏「大阪維新とは関係ない」 中京維新、連携に暗雲 - 政治(朝日新聞デジタル)
- 「原発0%シナリオは取りえない」 関電が政府に意見書(朝日新聞) 8月11日 01:05
- シャープ、鴻海への海外工場売却検討 提携強化目指す(朝日新聞) 8月11日 00:39
- 【レポート】人気の無料/有料アプリを毎週紹介 - 7月31日〜8月8日のAndroidアプリランキング(マイナビニュース) 8月11日 00:30
- NY株、続落(時事通信) 8月10日 23:58
- 米トウモロコシ生産、大幅下方修正=6年ぶり低水準に―農務省(時事通信) 8月10日 23:57