残酷な運命のリヴァース(加筆修正版)
第六話 再会

ネルフ本部で日課のように行われるシンジのシンクロテスト。
リツコはその結果を眺めて渋い顔をしている。

「シンジ君のシンクロ率がここ最近、ゆっくりと下降線をたどっているわね」
「ネルフに来て、シンジ君には辛い事がたくさんあったから心身ともに疲れが溜まっているのよ」
「シンクロ率は表層的なものに影響されないわ。原因はもっと深い所にあるのよ」
「じゃあシンジ君のシンクロ率が下がった原因は?」
「それはこっちが聞きたいわ。シンジ君の側にずっと一緒についているんでしょう?」
「でもシンジ君には私に明かしてくれない秘密があるみたいだし……」
「あきれた、司令の命令で監視を始めてからずいぶん経つけど、まだ何もつかめていないの?」
「任務だからじゃないわ、シンジ君はもう私の大事な家族なの、弟なのよ!」

リツコに言われたミサトは声を荒げて言い返した。

「でも彼には怪しい点が多すぎるのよ? ATフィールドを自在に操って使徒を倒すなんて得体がしれないわ」
「だからって何だって言うのよ! シンジ君はね、大切な仲間を次々と失くして心が傷ついてしまっているのよ。私達がさらに苦しめてどうするの?」
「……ごめんなさい、確かに私が言い過ぎだったわ」

ミサトが真剣な表情で訴えると、リツコは謝った。

「でも、このままシンクロ率が落ちて行くと、使徒を余裕を持って倒す事は難しくなるかもしれないわ」
「アスカが来てくれれば弐号機がつかえるのに……まったくドイツ支部のやつらは何を考えているのかしら」

ミサトとリツコは困った顔で深々とため息をついた。
それからしばらくしてドイツ支部はセカンドチルドレンの体調不良が回復したとして、日本の本部にセカンドチルドレンを派遣すると通知をしたのだった。
総司令のゲンドウ、冬月、リツコ、ミサト、シンジと言ったネルフの主要メンバーでアスカを出迎える事になった。
そして大きなローターの音を鳴り響かせ、ネルフのヘリコプターがゲンドウ達の前に降り立った。
ドアが開かれ、乗っていたドイツ支部の諜報員とプラグスーツを着たアスカが降りて来る。

「アスカ……!」

シンジは目を輝かせてそうつぶやいたが、降りて来たドイツ支部の諜報員達は突然銃を抜くと、シンジ達に向かって発砲して来たのだ。
完全に不意をつかれたシンジは、ATフィールドを張るのが遅れたはずだった。
しかし放たれた銃弾は全てATフィールドに防がれ、シンジ達を傷つける事は無かった。
驚くドイツ支部の諜報員達にゲンドウが銃を構え、肩を撃たれたドイツ支部の諜報員はうめき声をあげて倒れた。

「セカンドチルドレンを餌に使って私に近づき、暗殺を謀るとはな」

ドイツ支部の諜報員達が倒れた後には棒立ちになったアスカが残されていたが、アスカの様子がおかしい事にシンジ達は気が付いた。
フラフラと身体を揺らしたアスカは焦点の定まらない蒼い瞳でシンジを見つめる。

「う……ううっ……」

人間の言葉を話さず、まるで獣のような声を出すアスカを見て心配になったシンジは、怪しまれるのも構わずにアスカへと近づいて呼び掛ける。

「アスカ、どうしたんだよ!?」

シンジが接近するとアスカは逃げようとシンジのほおを爪でひっかき、シンジの腹に何発も足蹴りを食らわせた。
かなりアスカは衰弱しているのか、その威力は弱くシンジでも耐えられる。
しかしアスカに殴られたり蹴られたりするのはシンジにとって心が痛むものだった。

「う……ううーっ!」
「アスカ、落ち着いてよ!」

暴れるアスカと押さえようとするシンジの姿を、ミサト達は困惑の表情を浮かべて見ていた。
シンジがアスカに呼びかけ続けてもアスカが正気を取り戻さないのを見たゲンドウはミサトにアスカを拘束するように命令を下す。
ゲンドウの命令にうなずいたミサトは手錠を持ってアスカへと近づいて行く。

「アスカに手錠なんてさせないでよ!」

シンジはアスカをかばうように立ち塞がり、ミサトの体をはねのけた。

「でも、アスカは暴れているんだから仕方が無いでしょう?」
「だったら、ずっと僕がアスカの手を握っているから……」

言い聞かせようとするミサトにシンジは必死に食い下がった。
アスカとシンジは初対面のはずだが、恋人を守るようなシンジの態度にミサト達は困ってしまった。

「どうやら、薬か何かで理性を完全に失ってしまっているようね」

アスカの暗い声でリツコはそうつぶやいた。

「じゃあアスカの人格は戻らないって事?」
「ええ、そうなるわね」
「そんな、アスカが壊れてしまっただなんて嘘だっ!」

ミサトの質問にリツコが答えると、シンジはアスカを抱きしめながら叫んだ。
シンジに抱きしめられてもアスカはまだ抵抗を続けている。

「アスカはずっと暴れ続けるだろうから拘束するしかないのよ、分かってシンジ君」
「嫌だっ、せっかくアスカに会えたのに!」

ミサトになだめられても、シンジは声を荒げてアスカを引き渡す事を拒否し続けた。
そこでミサト達はアスカをネルフの病棟に入院させ、シンジもアスカの病室の隣の病室に部屋を確保すると言う条件でシンジを納得させた。
それからシンジは付きっきりでアスカの側に居るようになった。
部屋の中で暴れるアスカをシンジは無理やり拘束する事はせずに、優しく接し続けた。
アスカは生きるための食欲や睡眠などの本能は失われてはいなかったものの、普段の行動は獣そのままだった。
せっかくシンジが用意した食事も床にたたき落とし、犬食いをする。
シンジはアスカに箸を使わせて食べさせようとするが、アスカは暴れて抵抗した。
監視カメラを通じてアスカの病室を見ていたミサトは、シンジの献身的な姿を見続けながらため息を付きながらリツコに尋ねる。

「このままじゃあ、シンジ君の方が参ってしまうわ。何とかならないの?」
「鎮静剤を多量に投与すればアスカの行動を抑える事ができるかもしれないけど……シンジ君の方がそれを拒んでいるのよ」

リツコは強引にアスカを眠らせようと睡眠薬を処方した時、シンジは烈火のごとく怒ったのだ。
二度とそのような事をしたら初号機でネルフを破壊するとまで宣言し、強引にアスカに睡眠薬を注射しようとした医師を突き飛ばしたのだった。
アスカも睡眠薬が含まれている食べ物は本能的に分かるらしく、だまして食べさせるのも難しかった。
そんな日常がしばらく続いた頃、使徒が紀伊半島沖で確認されたと戦略自衛隊の巡洋艦から一報が入った。
ミサトは水際で使徒を倒す作戦を立て、シンジは初号機で出撃した。
シンジは分裂前に使徒イスラフェルを倒してしまおうと攻撃を仕掛けたのだが、コアを貫いても倒す事は出来なかった。
2体に分裂してしまった使徒イスラフェルに対してシンジは同時攻撃を仕掛けようとATフィールドの槍を発生させようとするが上手く行かない。
シンジがレイから受け取った使徒リリスの力は、かなり弱まってしまっていたのだ。

「こうなったら、他の武器でやるしかない!」

シンジはパレット・ガンを両手に装備してイスラフェル甲・乙に向かって攻撃を仕掛けるが、パレット・ガンでは使徒のコアを破壊できるほどの攻撃力は無かった。

「シンジ君、あわてずに1体ずつ倒しなさい!」
「それじゃあ、ダメなんです!」

ミサトの命令に対しシンジはそう答えて拒否した。
シンジは戦い続けたが、疲れ始めたすきを突かれて使徒に初号機を投げ飛ばされてしまった。
初号機の敗北を知った戦略自衛隊はN2爆雷を投下して使徒イスラフェルを足止めした。
ネルフ本部に戻ったミサトは会議室で作戦の練り直しを行った。
使徒のデータを分析した結果、2体に分裂した使徒のコアを同時攻撃するしかないとの結論が出された。

「弐号機を動かせれば、初号機と連携させて倒すと言う作戦がありますが……」
「だがセカンドチルドレンの回復の見込みはあるのか?」
「それは……」

ゲンドウに尋ねられたミサトは言葉を濁した。
ため息をついた冬月がリツコに尋ねる。

「N2爆雷は効果があったのだろう?」
「ええ、使徒の構成物質の48%の焼却に成功し、足止めにはなりました」
「それなら、エヴァで無くても使徒のATフィールドを破れる望みはあると言う事だな」
「ネルフ以外の組織にも協力を要請しろ」

冬月の意見を聞いたゲンドウがそう命令を下し、冬月と共に会議室を出て行った。
後の作戦はミサトに任せると言う事だろう。

「使徒の再侵攻までの時間は?」
「おそらく2週間後ね」
「まだ、余裕があると言う事か……」

リツコの返事を聞いて、ミサトは腕組みをしてつぶやいた。

「まさか、セカンドチルドレンがその間に回復するかもしれないなんて奇跡を信じているの?」
「もちろん弐号機が使えない場合の作戦も考えておくわよ」

ミサトの返事を聞いて、リツコはあきれてしまった。
弐号機を使った作戦も考えると言う事を暗に示していたからだ。
ミサトはロボット兵器を所有している戦略自衛隊に連絡し、1週間後の使徒との再戦での協力を要請したが、ミサトは予感がしていたのだ。
おそらく、初号機と弐号機によってしか使徒のコアの同時破壊は成功しないであろうと。
あれからしばらくして、ミサトは加持の遺したメッセージを聞いた。
加持はドイツ支部でアスカが狙われている事を知って、命を懸けてゼーレの魔の手からアスカを守ろうとしたのだ。

「アスカを助ける事が出来なくて済まない……」

それが加持からの最後の言葉だった。

「お願いシンジ君、また奇跡を起こしてアスカを回復させて……加持君のためにも」

ミサトは胸元のペンダントを握りしめ、祈るようにそうつぶやいたのだった……。 


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