残酷な運命のリヴァース(加筆修正版)
第五話 反乱の予兆

守るべきものを次々と失っても、シンジは心を開いてくれたレイ、これから出会うアスカを守ると心に誓った。
特にミサトも負傷してしまい入院している今となっては、日常生活においてもレイが大きな心の支えとなっていた。
しかしそんなシンジに神は試練を与えるかのように使徒が現れる。
それはシンジにも見覚えのある空中に浮かぶ白黒の縞模様の影を持った使徒、レリエルだった。
シンジは地面に映る黒い影こそが使徒の本体だと知っていたが、外から使徒を攻撃しても全く使徒にダメージを与えられない事も分かっていたため、シンジは手出しが出来なかった。

「くそっ、無駄だって分かっていてもやるしかないのか?」

悔しそうに歯ぎしりをするシンジの前で使徒はグングンと接近して来ていた。
ミサト達は今までのシンジの戦いぶりから、すぐにシンジが使徒を倒してくれるのではないかと期待していた。
しかしシンジが何もしないのを見ると、ゲンドウと冬月は使徒を倒すための作戦を練り始める。
戦略自衛隊の攻撃による使徒のデータを分析した結果を聞いたゲンドウ達は、高エネルギーを使徒の体内に送り込んで爆発させるしかないと結論を出した。
だがその攻撃を実行に移すための手段が見つからない。
戦略自衛隊の戦闘機を集結させて大量のN2爆雷を投下するかと発令所のゲンドウ達が話し合っていると、使徒が侵攻のスピードを速める。
このままでは戦闘機を集める作戦は間に合いそうにない。
すると大量のN2爆雷を胸に抱えた零号機が、使徒に向かって突進を始めたのだ。

「綾波!」
「使徒は私が倒すわ」
「そんな事をしたら、綾波も死ぬじゃないか!」
「問題無いわ、私の代わりは居るから」
「綾波っ、何を言っているんだよっ!」

シンジは渾身の力を込めて初号機で体当たりをして零号機を止めようとしたが、零号機のATフィールドに弾き返された。

「零号機のエントリープラグを強制射出しろ!」
「ダメです、内側からロックされています!」

ゲンドウの命令に、マヤが悲痛な声でそう答える。

「さよなら、碇君」
「嫌だっ、綾波、僕はもう誰かが死ぬのを見たくないんだっ!」
「……ごめんなさい」

それがレイの最期の言葉だった。
しりもちをついた初号機の目の前で、零号機は使徒の本体へと向かって飛び込み、空中に浮かぶ影の球体が光に包まれた。
球体はかき消えるように消滅し、地面の黒い使徒の本体も消滅した。

「綾波ぃぃぃぃーー!」

シンジの悲鳴が初号機のエントリープラグの中に響き渡った。
発令所に居るゲンドウ達もあまりのショックに言葉も出ないようだった。

「パターン青、消滅しました……」

絞り出すようなマヤの声が、静かな発令所に響いたのだった……。
しかし無情にもシンジ達にはレイの特攻を嘆き悲しむ時間は長く与えられなかった。

「衛星軌道上に、新たな使徒の出現を確認しました!」

オペレーターのマヤの報告により、発令所に再び緊張が走る。
発令所のディスプレイに、宇宙空間に浮かぶ使徒の巨体が映し出された。

「使徒が降下を開始しました!」
「我々を押し潰す気か!」

ATフィールドを纏った使徒の巨体が地上へと落ちれば、ネルフ本部どころか第三新東京市全体が削り取られてしまう。
そこへさらに次の使徒が襲来すれば、ネルフは何もできずに敗北してしまうだろう。

「僕が初号機で使徒を受け止めます!」
「今のお前の力では無理だ」

初号機のエントリープラグの中で力いっぱい叫ぶシンジに、ゲンドウはあっさりとそう言い放った。
力を込めた体当たりでも零号機のATフィールドに勝てなかったのだ、あの巨体を止めるのは難しいとシンジにも解っている。

「だけど僕が何とかしないと……!」
「ロンギヌスの槍を使い、ATフィールドごと使徒のコアを貫け。ATフィールドを失った使徒の体は大気圏突入時の衝撃で磨滅するだろう」

非常用出入り口の近くに居たシンジはゲンドウの誘導に従い、ネルフ本部のターミナルドグマへと足を踏み入れた。
ターミナルドグマは巨大な十字架に拘束された白い巨人リリスが胸に刺されたロンギヌスの槍で封印されている不気味な空間だった。

「この場所は……ミサトさんに見た事全てを忘れろって言われた場所だ……父さんはいったい何を考えているんだ?」
「時間は無い、早くロンギヌスの槍を引き抜け!」

ぼう然としていたシンジは、ゲンドウの言葉を聞いて急いでロンギヌスの槍を引き抜き、再び地上へと引き返した。
シンジの投げたロンギヌスの槍は落下してくる使徒のコアを貫き、使徒は殲滅された。
ゲンドウの推測通り、使徒の巨体は大気圏突入の際に燃え尽き、地上への被害はほとんど無かった。
しかしその勝利はシンジの悲しみを晴らす事は出来ない。
起動実験の爆発で負った怪我が快方に向かい、退院して久しぶりに家に帰って来たミサトは、自分より重病人のようなシンジの姿を見てショックを受けた。

「シンジ君……!」
「ミサトさん、ミサトさん……!」

たまらずミサトはシンジを抱きしめてしまった。
出会った時はシンジの圧倒的な力に恐れも感じていたミサトだったが、ミサトの目の前に居るシンジは深く傷つき涙を流す心の優しい少年だった。
1時間ほどミサトの胸で泣き続けたシンジは気持ちが落ち着いたのか、シンジは照れ臭そうに顔を赤らめながらミサトから体を離す。

「ごめんなさいミサトさん、すっかり甘えてしまって……」
「ううん、別に良いのよ。辛かったシンジ君のそばに居る事ができなくてごめんなさい」

ミサトは穏やかに微笑むと、シンジにゆっくりと顔を近づけて行った。

「あのミサトさん、顔が近いですよ」

ミサトの唇が触れる寸前、シンジは顔を背けた。
その反応を見たミサトは少し寂しそうに笑う。

「もしかしてシンジ君って、心に決めた好きな子が居たりするの?」
「えっ、どうしてそう思うんですか?」
「そうじゃなければ、キスを拒んだりしないはずよ。健全な男の子ならね」

ミサトがからかうような笑顔を浮かべてそう言うと、シンジの顔に暗い影が落ちた。

「まさか、その子も使徒との戦いの犠牲に?」
「いえ、そう言うわけじゃないんです。ただ事情があって連絡が取れないだけで」

シンジは寂しそうに首を振って否定した。

「そう……でも、シンジ君に好きな子がいるのなら、ちょっと残念な事になるかもしれないわね」
「どうしてですか?」
「ドイツ支部から渚君の代わりの補充パイロットが派遣される事になっているんだけど、シンジ君と同い年の女の子なのよ」
「へえ、そうなんですか」

シンジは平静を装って相づちを打った。

「他に好きな子が居ても、仲良くしてあげてね」
「もちろんですよ」

ミサトの言葉にシンジは嬉しそうな笑顔をして答えた。

「もしかしてシンジ君って真面目に見えて浮気性なの?」
「そ、そんな事無いですよ」

ずっとアスカが好きだったとシンジはミサトに打ち明けたかったが、逆行なんて話をしても信じてもらえるはずもない。
せっかくミサトの信頼を勝ち得たのに、また怪しまれる事は言いたくないとシンジは考えた。
部屋に戻ったシンジはずっとアスカの事ばかりを考えていた。
もちろん、アスカに告白しても受け入れられる保証などなかった。
シンジはまたアスカに会って、一緒に居られるだけで嬉しかったのだ。
それに、以前よりは鈍感な振る舞いをしてアスカを傷つける事も少なくなるだろうと思った。
シンジはアスカが日本にやって来る日を心待ちにしていた。
しかしドイツ支部は様々な口実でアスカの本部への派遣を拒み続けたのだ。
シンジの初期の使徒戦のデータを持ち出して、初号機だけでも使徒の殲滅は可能なのではないかとも主張していた。

「ドイツ支部の連中は何を考えている、使徒殲滅が最優先課題では無かったのか?」
「おそらく独自の動きを見せている我々へのけん制だろう」

冬月の問い掛けに、ゲンドウはそう答えた。

「弐号機を使いたくば、老人達の意向に従えと言う事か」
「ふん、なめられたものだな」

ゲンドウも簡単にゼーレの命令に従うつもりは無いらしく、弐号機パイロットの引き渡しは難航した。
そんなドイツ支部と日本の本部との対立が続く中、ネルフ本部の電源が全て落とされるという事件が起きた。
ネルフ本部に居たシンジは停電時に使徒がやって来た事を思い出し、初号機の元へ向かった。
シンジが初号機が収められているケージへとたどり着いた時、無人で監視センサーなども全て沈黙していた。
周りに誰も居ない事を確認すると、シンジは初号機へと視線で合図を送る。
すると初号機は勝手に動き出し、エントリープラグを排出してシンジを乗せた。

「良かった、まだ僕の力は残っているんだね」

シンジはそうつぶやくと、力を使い初号機でネルフの通路を移動し、中央の大きな縦穴の側で使徒を待ち受けた。
使徒の通過を待っている間、シンジは暗闇のネルフの中をアスカとレイと3人で移動していた時の事を思い出した。
あの時は3人で力を合わせて使徒に立ち向かい、勝利を重ねていた。
使徒を倒し終るまでずっとあの関係が思っていたのに……。
今はあの時より強い力を身に付けているのに、そばにレイもアスカも居なくて孤独だった。
シンジは寂しそうに大きくため息をついていると、使徒が頭上へと近づいて来たのに気が付く。

「よし、来たっ!」

シンジは横穴から飛び出すと、ATフィールドを張って溶解液を防ぎながらパレット・ガンを地上に居る使徒に向かって乱射した。
そのシンジの攻撃により、蜘蛛型の使徒マトリエルは倒されたのだった。
ネルフ本部の電源が復旧され、いつの間にか初号機が使徒を倒していた事が分かると、発令所は驚きに包まれたが、使徒を殲滅させたと言う結果を出したので、詳しい追及は不問とされた。
そしてシンジがアスカを待ちわびる日々を送る中、浅間山の火口で孵化前の使徒の幼生が発見されたとの報告がなされた。
ゲンドウは使徒をためらいも無く殲滅させるようにシンジに指示を下す。

「……ゼーレからの命令は使徒を生きたまま捕獲するのでは無かったのか?」
「これはハプニングです。それにゼーレの老人達に使徒のサンプルを渡す必要はありませんよ」

冬月に尋ねられたゲンドウは笑いを浮かべてそう答えた。
この件によりゼーレに通じるネルフドイツ支部とネルフ本部の溝はさらに深まって行った。
そしてゲンドウの独断専行に業を煮やしたゼーレの老人達は、実力行使に出る事になる……。


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