「ここは、どこなんだ……？ いったい、何が起こったんだよ！」
そう言ったシンジが上を見上げると血のような真っ赤な空が広がり、足元は白い砂の砂漠。
何の物音も聞こえない奇妙な世界。
砂漠の海には割れた巨大な人間の顔が半分沈みかけていた。
その巨大な顔が綾波レイだと気がつくと、シンジは悲鳴を上げて後ずさりをした。
怯える自分の息遣いしか聞こえない無音の世界。
シンジは巨大な綾波レイの顔から目を反らすように後ろを振り返ると、広い砂漠の上に赤い服を着た人間が横たわっていた。
良く目を凝らして見つめると、それはプラグスーツを着たアスカだった。
肩の部分から痛々しく血が流れ出ている。
「アスカっ！」
砂漠の粒子に足を取られそうになりながらも、シンジは横たわるアスカの下へと走って行った。
「シンジ……」
アスカは痩せて青白い顔をしていたが意識はあるようだった。
「アスカ、凄い血じゃないか！」
シンジはアスカを止血しようと自分の着ているプラグスーツに手を伸ばすが、人の力ではとても引きちぎる事は出来なかった。
「今度は助けに来てくれたんだ……」
「うん、ミサトさんと約束したんだ、アスカを助けに行くって」
「アンタ、らしいわね……」
アスカはそう言うと、口から血を吐き出した。
「アスカ、喋っちゃだめだ！」
「アタシはもう助からない……来てくれて、あ、り、が、と、う」
最後の力を振り絞ったアスカはそう言うと、ぐったりと体の力が抜けた。
「アスカ、目を開けてよ、アスカっ！」
シンジが何度呼びかけてもアスカは全く反応を示さなかった。
手のひらにわずかに残る温もりが先ほどまでアスカが生きていた事を示していた。
「そんな……僕が遅かったせいだ……僕がもう少し早くアスカを助けに行けばよかったんだ……ちくしょおおお！」
冷たくなり始めたアスカの体を抱き寄せながら泣き叫ぶシンジの前に青白い光が差し、幽霊のような白く発光する人影が浮かんだ。
「碇君……」
「綾波、生きていたの？」
シンジが明るい笑顔を取り戻してそう言うと、レイは無表情のまま首を横に振る。
「碇君、ここに居る私は肉体を失って精神体になってしまった存在なのよ」
「じゃあ綾波も死んじゃったの？」
シンジが尋ねると、レイは首を横に振る。
「そうとも言えないけど、今の私は碇君を理想郷へと導く力を持っているわ。そこは争いの無い平和な世界、きっと碇君も気に入るはずよ」
レイはそう言うとシンジに向かって手を差し出した。
差し出されたレイの手を取ればシンジは理想郷へと旅立つ事ができるのだろう。
しかし、シンジは首を振って拒否する。
「だめだ、アスカを置いては行けないよ」
「……そう」
シンジの返事を聞いてレイは悲しげな顔になった。
そして、ゆっくりとした口調でシンジに尋ねる。
「碇君はセカンドと一緒に居たいのね」
「うん、僕はアスカが世界で一番好きだって気がついたんだ、遅かったけど……」
シンジはそう言ってアスカを抱く腕に力を入れた。
「死んでしまった人間を生き返らせる方法はあるわ。世界の運命を変えればいいのよ」
「世界の運命？」
「それをするには碇君はとても辛い思いをしなければならない。その覚悟があるのなら、私は碇君の力になるわ」
「もちろん、アスカとまた生きて会えるなら僕は何でもするよ！」
「本当に、何でもする覚悟はあるの？」
レイに念を押されたシンジはしばらく黙り込んでいた。
しばらく考え込んだ後、シンジはアスカの体を抱き寄せると強いまなざしで答える。
「……うん、覚悟は出来ているよ」
「これから世界の時間を巻き戻すの。そうすればセカンドも死んでいなかった事になるし、サードインパクトも起きなかったことになる」
「そっか、それで今度は上手くやればいいんだね」
レイの話を聞いたシンジは満面の笑みを浮かべてそう答えた。
「そう簡単にはいかないの」
「えっ？」
レイの言葉を聞いたシンジは少し驚いたような顔になった。
「これから私は時間を巻き戻してそこに碇君を送ることになる。そして、私が今持っている残りの力の全てを碇君にあげる」
「綾波の持っている力って？」
「使徒リリスの力」
シンジの言葉に答えたレイは小さめのATフィールドをシンジの目の前に発生させた。
「エヴァに乗らなくてもATフィールドを生身の状態で張ることもできるし、エヴァのシンクロ率も自由に変える事が出来るの」
「そんな力があれば無敵じゃないか！」
レイの話を聞いたシンジは興奮してそう叫んだ。
「力だけではどうにもならない時もあるわ」
狂喜するシンジの気持ちをなだめるかのようにレイは冷静にそう言い放った。
「それに重要な事だけど、この力は永遠じゃないの」
「！？」
「時間が経つほどだんだんと弱まって……最後には普通の人間と変わらない存在になってしまう。エヴァにシンクロする事も出来なくなるの」
「その力は、どのくらい続くの？」
シンジはうろたえた表情になって、レイに尋ねた。
「普通に力を使い続けたら、３ヶ月ぐらい」
「じゃあその間に使徒を全部倒せばいいじゃないか！」
興奮した顔になってシンジはそう言い放った。
レイはそのシンジの言葉には何も答える事は無かった。
「巻き戻した世界では、しばらく碇君一人で戦うことになる。それでもいいの？」
「うん、構わないよ」
「……なら、始めるわ」
シンジの返事を聞いたレイはリリスの力を使い始めた。
今居る白い砂漠と赤い空の世界が歪むのをシンジが感じた時、シンジは気がついたように叫ぶ。
「綾波！」
「何？」
「巻き戻すって事は、アスカは僕の事を忘れてしまうってことなのかな？」
「そうなるわ」
レイの言葉を聞いたシンジは素早くアスカを抱き寄せ、その冷たい唇とキスを交わした。
初めてのキスは息苦しい思い出しか無かった。
そして、２度目のキスは死の味がした。
アスカにキスをしたシンジは次の瞬間、自分の目を疑った。
死んだはずのアスカのまぶたから涙がこぼれ出しているように見えたからだ。
再び確かめようとした時には、シンジの視界はすでにブラックアウトしていた。
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