記者の目:論文捏造問題=久野華代(東京科学環境部)
毎日新聞 2012年08月03日 00時43分
「論文を書く能力がないのに名誉欲はあって、見せかけの業績で教授になった人なんていっぱいいる」。元東邦大准教授(52)の麻酔に関する研究論文172本が捏造(ねつぞう)と認定された問題を取材する中で、ある大学病院関係者が放った言葉に私は開いた口がふさがらなかった。どこの世界にも成果や栄誉をめぐる競争はあるだろうが、データの真実性に絶対の責任を負うべき研究者がそれを放棄し、業績を増やすことにきゅうきゅうとしている。「世界最多」の不名誉な記録は個人の問題では済まないと私は思う。約20年間も放置した研究界の責任は大きく、対応が遅きに失したと言わざるを得ない。
日本麻酔科学会は6月末、元准教授の1990年以降の論文212本のうち少なくとも172本にデータ捏造の不正があったと認定した。なぜこれほど長期間発覚しなかったのか。
論文の大半は、他の研究者との共著だ。調査は「捏造は単独で行われ、共著者の関与はない」と結論付けたが、共著者の一人は学会の事情聴取に「お互いに業績を増やすため、論文に名前を入れ合う約束を結んでいた」と告白している。論文に貢献しない人物に著者の資格(オーサーシップ)を与える「ギフト・オーサーシップ」と呼ばれる行為は研究倫理違反だが、実際には広く行われているのが実情だ。業績が増えれば昇進や研究費の獲得に有利に働く。「見せかけの業績」。冒頭の証言はこうした業界の常識への批判だ。