サンドイッチ! 〜シンジはアスカに3度恋をする〜
セカンド・インパクト! 〜傷つき合う恋〜


僕は碇シンジ、14歳。
どこにでもいる中学2年生だ。
4年前、母さんと、父さんの仕事の都合で、第三新東京市に引っ越してきたんだ。
小学校から一緒の幼馴染の綾波レイも、同じクラスに居る。
「シンちゃん、起きてよ。早く学校行かないと遅刻しちゃうよ」
レイとは小学3年生の時に出会って以来、腐れ縁みたいなもので、クラスも小学5年の時に一度だけ別になっただけ。 
毎日寝坊助の僕を起こしに来てくれるし、授業中以外はお弁当の時もいつも側に居る。
今日もレイと夫婦同伴だって冷やかされながら、二人で楽しくおしゃべりをしながら教室を出た。
「レイ、カバンを返してよ〜」
「じゃあ、シンちゃんが私を捕まえたら返してあげる!」
放課後、いつものように校門の前で二人で遊んでいると、レイが何かに気づいたように動きを止めた。
「今、紅い髪の毛の女の子が職員室に入って行ったよ」
「紅い髪の女の子って珍しいね。外人さんかな? そんな子、この学校に居たっけ?」
「私も知らないよ。きっと転校生なんだろうね!」
 
次の日、僕が学校に行くと、転校生の子は同じ学年の他のクラスに転入したということが分かった。
名前は聞いてないけど、かなり美人でスタイルが良くて、成績優秀、スポーツ万能で、明るくて、クラスの人気者になっているらしい。
まあ、僕には関係の無い話だよなあ……。
今日も、僕は転校生の事には興味を持たずに、教室でレイやトウジたちといつもの日々を過ごしていた。
そして、転校生が来て一週間ほど過ぎたころ、母さんが夕食の時に言いづらそうに話を切り出したんだ……。
「シンジ、家にアスカちゃんが遊びに来ないけど、学校で会ったりしていないの?」
僕は母さんに言われて初めてアスカの事を思い出した。
あんな大好きだった子の事をすっかりと忘れていたなんて!
「アスカちゃんの家族はね、お父さんの転勤で四年程地方に会社に居たけど、一週間前にまたこちらに戻って来たのよ」
「じゃあ、転校生の紅い髪の女の子って、アスカの事だったんだ……」
アスカはどんな子になっているんだろう。
まだ会ったことの無い、別れた時から四年後のアスカを想像すると僕はなかなか眠れなかった。
僕は学校に早く行きたいという気持ちを抑えきれずにレイが起こしに来る前に着替えを終わって居た。
レイは早起きをした僕の姿に信じられないといった様子で目を丸くしていた。
「転校生がアスカだったなんて、驚いたよ。今日、みんなでアスカに会いに行こうよ!」
レイは振り返って、ほんの少しの間その赤い目を丸くしていたけど、すぐに笑顔になって、
「うん、そうだねー。ヒカリも喜ぶと思うよ」
と答えてくれたんだ。
僕はまた前のようにアスカを交えて楽しく過ごせる。
バカみたいにそんな事を信じていたんだ。
僕たちは放課後を待って、アスカが転校したクラスへ行った。
 
僕たちは教室の中で赤髪碧眼の女の子……アスカを見つけた。
よかった、まだ帰っていなかったみたいだ。
アスカは元々かわいいと思っていたけど、ぐっと美人になっていた。
背もかなり伸びていて僕より高くなっていた。
僕と目が合うと、ちょっと目を反らした気がしたけど、すぐにパッと笑顔になった。
「あら、シンジとレイ、ヒカリにトウジにケンスケ、久しぶりね」
4年ぶりの再会を果たした僕たちは、小学校のころに戻ったようにかなり遅くまで残って話し込んだ。
トウジたちと別れた僕はアスカと二人で僕の家に帰ることにした。
母さんもアスカを連れて来いって言っていたしね。
でも、いつも付いて来るはずのレイがついて来なかった。
そして、僕は二人きりになった途端にアスカに足を踏みつけられた。
「痛い! 何するんだよ、アスカ」
「よくもアタシの手紙を無視してくれたわね、バカシンジ!」
「無視?」
「あきれた! 忘れてたの?」
アスカは痛がる僕の腕を強引に引っ張って、僕の家に入って行った。
玄関に入ると、母さんは嬉しそうにアスカに笑顔を向けた。
「あら、お久しぶりね、アスカちゃん。まあ、すっかり綺麗になっちゃって」
「おばさまぁ、そんなこと無いです」
どっしぇー、凄い変わり身。
アスカは母さんの前ではすっかり猫を被っておしとやかになっていた。
そのままアスカは母さんと玄関でしばらく楽しそうに話をしている。
「それでは、おばさま、さようなら」
そう言ってアスカは帰り際にまた僕の足を思いっきり踏んづけて帰って行った。
 
そして次の日の放課後。
「あら、バカシンジ。こんな所でレイとイチャついていたらカップルに思われるよ」
僕とレイが校門の前でいつものように遊んでいると、アスカが声を掛けて来た。
「もう、ずっと前から思われているみたいだし、別に気にしてないよ」
僕は小学校の頃からレイと一緒だし、落ち着いて素直な気持ちを答えた。
すると、アスカは僕の反応が気に入らなかったのか、怒った顔になった。
「邪魔して悪うござんしたね! あかんべえ!」
そう言ってアスカは駆けて行ってしまった。
「あかんべ……」
その後、僕はレイと遊び続けたけど、なんだか気分が晴れなかった。
レイも明るく振る舞っていたけど、気分が沈み込んでしまったみたいだ。
 
次の日も、その次の日も、アスカは何かにつけて僕やレイたちにちょっかいを出してきた。
アスカを中心に明るくなれると思っていたのに、逆に僕たちの関係はギクシャクし始めたんだ。
困り果てた僕は家に帰って母さんについに心の内をもらしてしまった。
「学校でいつもアスカは何か不機嫌な感じで僕とレイに突っかかって来るんだ。僕は何かアスカの気に障る事をしてるのかな?」
それに答えた母さんの言葉は僕にショックを与えた。
「アスカちゃんの家はね、ご両親が離婚する予定らしいのよ」
「えっ?」
「アスカちゃんのお父さんがね、お母さんのキョウコさんに暴力を振るうようになったらしいの。地方に転勤してすぐらしいわ。きっと仕事で悩んでしまったのね」
……アスカにそんなことがあったなんて。
「そんなことがあったから……シンジに出した葉書が戻って来なくてさらに悲しい気持ちになったんじゃないのかしら?」
だから今のアスカはとげとげしい感じなんだ。
前みたいに明るい笑顔が出来ないんでいるんだ。
 
次の日は日曜日で学校が休みだったから、僕は4年ぶりにアスカの家に遊びに行った。
キョウコさんは穏やかな笑顔で僕を迎えてくれた。
会ったのは4年ぶりのはずなのに、白髪も増えて10歳ぐらい歳をとっているように見えた。
僕はアスカの部屋に足を踏み入れて、そっとドアを閉めた。
アスカはベッドに腰掛けて黙って僕の方をにらみ付けるように見ていた。
「アスカ、もうちょっと無理しないで肩の力を抜いたほうがいいよ」
「何よ! アタシに指図するっていうの?」
「素直に泣いてもいいんだよ、ずっと我慢していたんだろう?」
「バカシンジのくせに何でそんなことわかるのよ! ……ずっと隠してきたのに。おばさまのせいね?」
「アスカ……僕は……」
「そうよ、でもアタシはアンタに安っぽい同情なんかで側に居てもらいたくないのよ!」
アスカは話しているうちに目から涙をあふれさせていた。
ほっぺたにも滝のような筋が流れている。
「違うよ! 僕はその……アスカを誤解していたんだ! アスカは性格もかわいいと思うし……」
目が真っ赤に腫れあがっていても、鼻水をグズグズすすっていてもやっぱりアスカはとてもかわいい顔をしていたから、僕は照れてしまって、その後の言葉が続けられなかった。
アスカはそんな僕を涙に濡れた目で見つめていた。
「ねえ、シンジ。キスしよっか」
「えっ?」
ポツリとアスカが呟いた言葉に、僕はとても驚いてしまった。
「こ、これはただの儀式よ、儀式。中学生になってキスの一つもしたこと無いって恥ずかしいでしょう?」
「で、でも……」
「もしかして、レイとすでにやっちゃったの?」
「そ、そんなことしてないよ」
僕のその言葉にアスカはとても満足そうな笑顔を浮かべて、僕の顔をつかんで強引に唇が互いに接触するように押し付けた。
運よくお互いの歯が衝突することは避けられたみたいだ。
……ファーストキスの味はしょっぱかった。
アスカはさっきまで大泣きしていたからだろうね。
 
「おはよう。バカシンジ、レイ」
「ああ、おはよう、アスカ」
「おっはよー。アスカ」
次の日から僕は朝起こしに来てくれるレイと、通学路の途中でアスカと待ち合わせをして三人で登校するようになったんだ。
アスカは平然と人前で僕をバカシンジと呼び続けたけど、自然に明るく振る舞うようになった。
これで僕達も以前の関係に戻れたんだと、心の底から安心していた。
……でも、その裏で表面上はいつもと明るいレイが実は悩み苦しんでいたなんて、僕はアスカが明るくなった事実に浮かれていて気付かなかったんだ。
いつものようにレイが部屋に入ってきて、僕を起こして学校に行く毎日が続くと思ったんだけど、その日の朝は違っていた。
レイはいつもと違って硬い真剣な表情で僕を見ている。
「……碇君。私の質問に正直に答えて」
僕は驚いた。レイが僕の事を碇君なんて呼ぶのは初めての事だし、こんな暗い落ち着いた声で話すのも聞いたことが無いからだ。
「碇君は、アスカの事が好きになってしまったのね?」
「うん、でも僕はレイの事も……今まで通り……」
するとレイは首を横に振った。
「碇君、私と居る時もアスカの方ばっかり気にしている。起こしに来るのは今日で最後。明日からはアスカに起こしてもらうのね」
有無を言わせないようなとても冷たく冷ややかな声だった。
レイも明るい笑顔の下にこんな素顔を抱えていたなんて。
僕は返事もできずに呆然としているだけだった。
「今度から、私の事は綾波って呼んで。さようなら、碇君」
レイは振り返りもしないで部屋を出ていってしまった。
着替えを済ましてリビングに行くと、悲しそうな顔をした母さんが立っていた。
「……母さん。こうしてみんな、バラバラになって行くんだね。いつまでも一緒にいられないんだね」
「大人になるって、こういうことよ」
 
次の日から僕とアスカの新しい中学校生活が始まった。
毎朝アスカに起こしてもらい、授業中以外はアスカといつも一緒に居るような生活。
レイからアスカに乗り換えた不届き者ってトウジに言われてしまったけど、きっといつかみんなに認めてもらえる恋人同士になれる。
僕はそう思って、荷物持ちという名前のついた買い物デートにも暇つぶしと言う名目の遊園地デートにも喜んで出かけた。
……だけど、アスカに好かれたいという気持ちが強くなりすぎたのか、僕はアスカに嫌われないように振る舞うようになってしまったんだ。
 
その日の夜は母さんも父さんも帰りが夜遅くになるらしいから、僕は一人で夕食を食べた後、テレビ番組を見ながら過ごしていた。
玄関のチャイムが鳴る音が聞こえたので、出てみると、そこに居たのはレイだった。
「こんな時間にどうしたの? レ……いや、綾波」
「碇君。最近のあなたはアスカに道具のように扱われている。本当にそれでいいの?」
「え?……でも僕は……アスカに言われた事は何でもしたいし……」
「ねえ、私、大好きだったシンちゃんが、そんな風に振る舞っているのが見て居られないんだよ?」
レイはそう言って僕の前で泣き出してしまった。
レイをこんなに泣かしてしまった事なんて初めてだ。
僕は為す術もなく立ち尽くしていた。
その時、玄関の方から誰かが入ってくる音が聞こえた。
母さんが帰って来たのかなと思ったら、なんとアスカだった。
「シンジ……。アンタまだレイに未練が残っているって言うの……!」
アスカは怒ったような低い声でそう言いながらリビングに入って来た。
「ア、アスカ、別にそう言うわけじゃないんだってば!」
必死に訴える僕の声にアスカは耳を貸してはくれないみたいだ。
台所にまで進んだアスカは戸棚から包丁を取り出して、手に握りしめてこう言ったんだ。
「アンタが全部アタシのモノにならないなら、アタシは何もいらない……!」
僕はアスカから自分に向けられた狂気に凍りついて。
レイもアスカの殺気に気押されたのか動くことは出来なかった。
アスカは肩で荒々しく息をしている。
この一触即発の対峙は、帰って来た僕の父さんと母さんがアスカを抑えつけたことで一応の解決を見せた。
騒ぎを聞きつけて駆けつけたキョウコさんは土下座して僕とレイに謝った。
……僕はこの一件でアスカの事がすっかり怖くなってしまった。
 
次の日から学校で僕はアスカを避けるようになった。
アスカの方も僕に顔を合わせづらいのか、お互いに会うことは無くなった。
でも、その代わり僕の携帯電話に無言電話がかかってくるようになった。
僕が出るとすぐに切れてしまう。
非通知電話番号からだけれどきっと犯人はアスカだ。
僕はアスカともっと距離的に離れたくなった。
アスカのあの言葉は中学生の僕には重すぎる言葉だったから。
 
進路相談の時、僕は父さんに思いもよらない話を勧められた。
外国の高校に留学してみてはどうかという話だった。
アスカから離れたかった僕は、渡りに船とばかりに必死に外国語を勉強することを父さんと約束して留学することを決めた。
高校生になった僕はアスカから逃げ出すために、外国へ飛び立った。
いくらなんでも外国までは追って来れないだろう。
外国で暮らす苦労より、アスカから逃げだせた安心感の方が大きかったんだ、最初は。
 
でも、アスカは僕の事をあきらめてはくれなかったんだ……。

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