チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第二十九話(短編集) 39!


<第三新東京市郊外 加持邸 リビング>

使徒戦役と呼ばれる使徒と人類との戦いが終わってから10年後。
アスカとシンジは打ち解けたシンジの伯父と伯母と一緒に加持邸で暮らしていた。
使徒戦役で命を落としたリョウジの亡き後、本来の家主であるミサトは10年前から外国で娘と息子と暮らして家をシンジの家族達に任せていたのだ。
伯父と叔母がすっかり寝静まった夜、アスカとシンジはリビングのテレビでユイとキョウコのメッセージが入ったディスクを見ていた。

「アスカ、そろそろ寝ないと体に障るよ」
「うん、でももう一回見たいのよ」
「アスカは産休を取ったから、いつでも見れるじゃないか」
「でも、伯父様と伯母様居る前でみるのは、何となく恥ずかしくて」
「この前までは平気で見ていたじゃないか」
「だって、アタシとシンジはいよいよママとパパになるのよ。いつまでもママ達に甘えているわけにはいかないじゃない」
「それはそうだけど、こんな隠れるようにして見なくたって」

シンジはアスカの妙なこだわりに、苦笑した。
次の日、早朝に目覚めたシンジはアスカを起こさないようにそっとベッドを抜け出そうとしたが、アスカに気付かれてしまった。

「シンジ、今日はこんな早くから仕事なの?」
「うん、アメリカの外相が来日するって言うから、事務方の僕達もいろいろ準備しなくちゃならないんだ」
「じゃあ、情けない格好は出来ないわね」

シンジの服を準備しようとしたアスカをシンジは慌てて押し止める。

「ダメだよアスカ、無理をしちゃ」
「妊婦は適度な運動をした方がいいのよ。アタシだけ産休を取ってシンジに負担を掛けているんだからさ」
「そんな、負担だなんて……」

高校を卒業したアスカとシンジは、外交官の道を選んだ。
使徒との戦いは終わっても、人類同士の戦いは終わらなかったのだ。
ミサトも内戦の起こっている外国で子供達に平和の大切さを教える仕事をしている。
自分達も武力に寄らない話し合いによる世界平和に貢献する仕事を目指したくなったのだ。
アスカとシンジは20歳を超えても必死に勉強した。
そして、24歳となった今、やっと外交官の仕事以外にも余裕を持つ事が出来、アスカの妊娠が発覚した。
シンジがアスカの見立てたスーツとネクタイに着替える中、アスカはシンジの朝食を作る。

「今日のラッキーカラーは青なの?」
「そういうわけじゃないけど、外交官と会うんでしょう? それなら厳格な色の方が良いと思って。 茶色も捨てがたいんだけどね」
「そっか、僕はそう言うの疎いからね」

朝食を食べ終えたシンジは玄関でアスカに見送られる。

「ほらシンジ、忘れ物よ」
「カバンの中は確かめたけど、今日必要な物は全部入っていたよ」

シンジがアスカの質問に首をかしげて答えた。

「んもう、いってきますのキス」
「あ、そうか、一番大事な物を忘れるところだったね」

シンジはそう言ってアスカを抱き寄せてキスをした。

「おや、2人とも起きていたのか?」
「お、おじ様っ!」
「こ、これは……!」

シンジの伯父が起き出して姿を現すと、シンジとアスカはパッと体を離した。

「別にいいんだよ、もう2人とも大人だ。私達が口を出す事じゃない」

シンジとアスカは高校時代から愛のスキンシップが暴走しすぎて伯父夫婦に怒られた事が度々あったのだ。
なので、2人は伯父夫婦にいまだに頭が上がらない。

「しかしゲンドウもついに孫を持つのか」
「お父様よりも先に伯父様が抱く事になってしまうかもしれませんね」
「きっと父さんは仕事を放り出して駆けつけてくるんじゃないかな」
「ふふ、その姿が目に浮かぶようだわ」

すっかり引きとめられてしまったシンジは慌てて玄関を出る。
外では車がシンジの事を待っていた。

「待たせちゃってすまないね」
「いいんですよ、その分私がぶっとばしますから」

車に乗り込んだシンジが話し掛けると、運転手の女性は片目をつぶって答えた。
この女性はシンジより2歳若い。
アスカはシンジがこの女性相手に不倫をしたと勘違いし、新婚早々離婚の危機になったのは過去の話。

「ミサトさんみたいなことしないでよ」
「加持特佐には奥様の妊娠の事、お知らせになったのですか?」
「うん、とっくに知らせたよ。10年遅いって伯父さんと真逆の事を言われたよ」

車の中で2人は声を上げて笑った。

「奥様の出産予定日はいつごろなのですか?」
「多分、5月か6月位になると言われたよ」
「そうですか……それで奥様にあの事は相談なされたのですか?」
「いや、まだだけど」
「身重の奥様を気遣うお気持ちは解りますが、シンジさんが決めてしまわれる方がお怒りだと思いますよ」
「うん、日本にはレイや伯父さんや伯母さんも居てくれるし、きっと平気だよね」
「でも、また私とシンジさんの関係を奥様が疑ってしまうかもしれませんね」
「それが一番の心配だよ」

運転手の女性がもらした冗談にシンジは声を上げて笑った。

 

<第三新東京市 総合病院>

そして出産予定日が近づき、アスカのお腹はすっかりと大きくなっていた。
医師の診断を聞くアスカの隣にはこの病院の看護婦であるレイが立っていた。
元気に育っている事を聞くと、アスカとレイは顔を見合わせて喜んだ。

「お姉さんは生まれてくる子が男の子だと思う? 女の子だと思う?」
「きっと女の子だと思うけど」
「どうして?」
「だって、お腹をこんなに元気に蹴って来るんだし、アタシに似た女の子よ!」
「でも、お母さんは女の子は父親に似るって言っていたわ」
「そんな根拠の無い事を言うなんてリツコらしくないわね。ま、アタシの女の子だと思うって言葉も根拠が無いけどね」

その夜アスカが家に帰ってシンジを出迎えると、シンジは浮かない顔をしていた。
シンジが思い悩んでいる事があるとすぐに分かったアスカは、シンジに声を掛ける。

「ねえ、何か悩み事があるなら言いなさいよ。独りで抱え込んでしまわないで相談する、それがアタシ達の約束でしょう?」

アスカに言われたシンジは、大きく息を吸い込んで深呼吸してから話し始める。

「実は、9月に人事異動でアメリカ大使館の仕事に回されそうなんだ」
「それって、シンジの仕事が認められたって事じゃない、シンジの外交官補をやって来たアタシの鼻も高いわ」
「だけど、僕は断ろうと思うんだ」
「そんな事したら、シンジの将来に関わるんじゃない?」
「だって僕は、アスカと生まれたばかりの子供と離れ離れになりたくないんだ」

シンジが絞り出すようにそう言うと、アスカは堂々とした態度で笑い飛ばす。

「そんな事を気にしていたの? アタシ達は大丈夫だってば」
「そうだよね、レイが居るし、伯父さんや伯母さんだっているから、僕が居なくても問題無いよね」
「違うわよ、アタシ達もアメリカに着いて行くって言っているの」
「ええっ!?」

アスカの言葉にシンジは驚きの声を上げた。

 

<第三新東京市 共同墓地>

シンジにアメリカ行きを告げられたアスカは、身重の体を引きずりながら共同墓地へとやって来た。
ここには使徒戦役で命を落とした人々が葬られている墓地である。
量産機を足止めするために散って行ったオーバー・ザ・レインボーや戦略自衛隊の隊員達。
ゼーレの謀略により殺されてしまった剣崎キョウヤ、加持リョウジ、加賀ヒトミ。
そして、エヴァンゲリオンの実験の犠牲になってしまったユイとキョウコの墓もあった。
墓地の中の小高い丘に登ったシンジとアスカは手をつないで墓地に眠る人々に語りかけるように話し出す。

「使徒が居なくなっても、残念ながら人類同士の戦いは続いています」
「だけど、アタシ達はいつの日か平和な日が来ると信じて努力するわ」

シンジとアスカはそこまで言うと、深呼吸をして声をそろえて発声する。

「「チルドレンのために」」

シンジとアスカの言葉に答えるかのように優しい春の風がシンジとアスカのほおをなでた。
自分達の言葉が届いたと感じたシンジとアスカは再び声をそろえてお礼を言う。

「「ありがとう」」

2人は手を取り合ってゆっくりと丘を降りて行く。

「アスカ、足元気を付けて」
「うん。……さっきの柔らかな風、アタシのお腹もそっとさすってくれた気がするわ」
「そっか、きっと母さんやアスカのお母さん、加持さんやみんなが撫でてくれたんだね」
「ふふ、なんか恥ずかしわね」

共同墓地からの帰り道、シンジとアスカはそんな事を笑顔で言い合った。

 

そしてその年の12月、シンジとアスカはアメリカの地へと降り立った。
アスカの体調を気遣って赴任を3ヶ月伸ばしてもらったのだ。
少しでも長く孫と居たいと言うゲンドウの願望もあったのかもしれない。
赤ん坊を抱えたアスカは出迎えた大使館のスタッフと笑顔でこんなやり取りをするのだった。

「How are you?」
「I'm fine, Thank you!」



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