チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第二十六話 世界の中心でアイを叫んだもの/まごころを、あなたに


<ネルフ本部 第一発令所>

一時期、ミサトの乱入によって蹴散らされたゼーレの私兵部隊だったが、ミサトが発令所で指揮に専念するようになると、また勢いを盛り返してきた。
入口を守るゲンドウとキョウヤの二人にも疲れが見え始め、ゲンドウより先に一人で戦っていたキョウヤの体力はついに尽きてしまう。
ゼーレ部隊の放った凶弾がキョウヤの急所を射抜いた!
血を流してどっと倒れ伏せるキョウヤ。
交戦中なのでゲンドウは彼の体を抱き止めることもできない。

「キョウヤ君!」
「俺は……ゼーレの人形では無くて……人間として死ねて幸せです……これで加持やヒトミとも胸を張って会う事ができます……」

キョウヤはそこまで言うと、血を口から盛大に吐き出して動かなくなった。
しかし、今のゲンドウには感傷に浸っている暇はない。
一分でも長く、ゼーレの私兵部隊の侵入を食い止めなければならないのだ。
その後も戦闘は続き、ゲンドウの命運もつきかけたと思われたその時、ゼーレの私兵部隊を蹴散らして戦略自衛隊の隊員たちが現れた。
今までゼーレの議員と結託していた日本政府がこのような判断を下すことにゲンドウは驚いた。

「日本政府では豊臣政権が崩壊して、徳川政権が樹立されました。ゼーレのA−801発動がこれまでの悪事が明るみに出るきっかけとなったのですよ」
「そうか。日本も政権交代が起き、新たな明日へと踏み出したのだな」

突入してきた戦略自衛隊の対人部隊の部隊長の言葉に、ゲンドウは感慨深くうなづいていた。

「しかし、遅すぎた……手遅れになってしまったのだよ」

ゲンドウは横たわるキョウヤの亡骸を見て、悲しそうにそう呟いた。

「戦略自衛隊と国連軍が、エヴァ量産機部隊に向けて攻撃を開始しました!」

すでに日本領空に入っていたエヴァ量産機とそれを輸送する輸送機は戦略自衛隊の航空部隊と海上部隊の洗礼を受けていた。
その様子をレーダーを見ながらマヤが実況する。
しかし、中心に位置する黒い人型起動兵器『メディウス・ロクス』の性能は凄まじく、なかなか輸送機を撃ち落とせずにいたが侵攻スピードはだいぶ鈍っている。

「戦略自衛隊の基地からトライデント改三機とJA改一機がネルフ本部に向かっているそうです。あと30分で到着予定です」

マヤの報告に、悲壮感に包まれていた発令所内は活気に包まれた。

「7対9。シンジ君たち3人だけに戦わせるだけより、ずいぶんマシになってきたじゃない?」
「そうね」

リツコの言葉にミサトは安心したが素直に喜べない複雑な心境で頷いた。

「加持特佐。OTR『オーバー・ザ・レインボー』の艦長から通信が入っています」
「繋いで」
「ミサト君、ワシらには足止めすることしかできん。必ず人類の未来を勝ち取ってくれ」
「おじ様…………」

ミサトはそれ以外言葉を掛けることができないでいると、爆発音がスピーカーに響き渡り、通信は途絶えた。

「OTR艦隊、全滅……しました……」

マヤの報告が、冷酷な事実を告げていた。
しかし、ミサトは涙を流すことは許されない。
ぐっと顔を引き締めて作戦の指揮に戻る。
戦略自衛隊の航空部隊や海上部隊にも多大な損害が出ていて、ミサトは胸を締め付けられる思いだった。
退けと言っても退かないことが分かっているだけに、ミサトはただ無事を祈るしかない。
30分後……ネルフに応援部隊のトライデント改三機とJA改一機が到着した。
発令所にそのパイロットたちが迎え入れられる。

「時田博士、ご助力ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ力及ばず一機しか造ることが間に合いませんでした。私は屋外の戦闘指揮車で操作をいたしますので、これで失礼します」

JA改のスタッフの元へ戻るシロウ博士をミサトたちは感謝の念で見送った。
次に後ろに控えていたトライデントの三人のパイロット達がミサトに近づく。

「お久しぶりです、ミサト先生」
「……あなたたちが生きているなんて、正直驚いたわ。しかもトライデントを極秘裏に復活させていたなんて」

近づいて頭を下げるマナにミサトは感心した表情で言葉をもらす。

「加持さんに言われたんです。敵を欺くにはまず味方からって。……シンジ君たちと話をさせてもらいますか?」
「ええ、良いわよ」

ミサトはマナとムサシとケイタの三人をエヴァとの通信のためのコンソールへと案内する。

「シンジ君、アスカさん、レイさん、聞こえる? 私よ、霧島マナ。覚えている?」
「霧島さん!?」
「マナ!?」
「霧島さん……」

エントリープラグ内で待機している驚いたシンジとアスカとレイの三人の姿がモニターに映し出される。

「私たち三人も、あなたたちと一緒に戦うから!あなたたちの力になりたいの……ゴホッゴホッ」

マナはそこまで話すと、激しくせき込んだ。
ミサトもマナの顔色の悪さに今さらながら気付いた。

「霧島さん! 具合が悪いんじゃないの?」
「……シンジ君、別にいいのよ。私、内臓がすっかり悪くなって、もう長くは生きられないんだ。……残りの人生が半年だって3分だって同じことよ! 私はシンジ君たちを守って死ねるんだから、こんなにカッコイイことなんてないじゃない!」

笑顔でシンジに向かって語りかけるマナ。
その言葉を聞いたシンジは怒った表情でモニター越しにマナをにらみつける。

「……死ぬなんて言うなよ! 半年しか生きられないんだってわかっていても、精一杯生きてよ! 霧島さんと一秒でも長く一緒に居たいって人だっているんだからさ……」

シンジの激白にマナは凍りついた顔で下を向いてしまった。
マナの後ろに黙って立っていたムサシがシンジに向かって礼を述べる。

「ありがとう、君は強いんだな。俺はマナにその言葉を言う事ができなかった。マナの生きる目的を奪ってしまう気がして……でも、それは間違っていたんだな」
「ううん、僕は強くなんかないよ。それより、霧島さんを……」

マナはムサシとケイタの説得の結果、トライデントには搭乗せず、発令所にベッドを持ちこんで戦いの行く末を見守ることになった。

「我がまま言って申し訳ありません、赤木さん」
「いいえ、でもあなたの体調が悪くなったら、集中治療室に戻ってもらうから」

マナはベッドに横たわりながらリツコに礼を述べた。
結局ネルフはエヴァ三機とトライデント改二機、JA改一機の合計六機で陣形を組み、向かってくるエヴァ量産機とメディウス・ロクスを迎え撃つことになった。

 

<ネルフ本部 ジオフロント直上>

六体の機体は配置に着き、迎撃の準備は整った。

「エヴァ量産機、絶対防衛線を突破!」

発令所から聞こえるマヤの声に、シンジたちの緊張は最大限に高まった。

「敵機、メディウス・ロクスから通信が入っています!」
「繋げろ」

シゲルの報告に、司令席へと戻ったゲンドウが答えた。

「碇ゲンドウ。なぜ、人類補完計画を発動させようとしない。我らは人類は神の裁きの前に一つの完全な存在にならなければならないのだ」
「そうはさせませんよ、キール議長。初号機に眠る我が妻の魂は悪しき封印を破り、完全な形で覚醒しました。あなたのシナリオは崩れたのですよ」
「そんなことは承知している。だから私自らが新たなる魂となるためにここへ来たのだ、邪魔はさせんぞ」
「私は亡き妻に再会したいがため、愚かな道を進むところでした。私は友との旧き約束を守るためにここに立っています」

ゲンドウとキールの間で会話が交わされる。
シンジたち、いや、この会話を聞いているメンバーではゲンドウとコウゾウとリツコ以外内容をいまいち理解できていなかったが、何やら重要な話であることは感じ取っていた。
そこへ、メディウス・ロクスにメインパイロットして搭乗していたエルデ博士が通信モニターに割り込んでくる。

「久しぶりね、赤木博士。これからメディウス・ロクスの性能をたっぷり見せてあげるわ。あなたの大切なお仲間が傷ついて行く様子を歯ぎしりしながら見ているといいわ」
「エルデ博士……あなたはまだ、『AI1<エーアイ・ワン>』に縛られていたのね……かわいそうな人」
「AI1には、私の全てを注ぎ込んだの……私は、この子がどう成長するか見届けたいだけよ……」

そこでエルデ博士とリツコの通信が途切れた。
シンジたちにはやり取りする音声しか聞き取れなかったが、キール、エルデ博士と言う人物がどのようなことを考えているのか感じ取り、その勝手な言い分に闘志を燃やす。

「シンジ、こんなやつらを絶対に許しちゃいけないわ」
「うん……」
「そうね……」

シンジたちの視界にエヴァ量産機をつり下げた輸送機が姿を現し、目の前でエヴァ量産機は地面へと降り立った。
降り立ったエヴァ量産機は剣を構え、戦闘態勢をとった。
迎え撃つシンジたちの布陣は、JA改が前面の真ん中に立ち、左右をトライデント二機が固め、その後ろに守られるようにエヴァ三機が立つと言う位置関係だった。

「エヴァ量産機にもATフィールドがあるから、エヴァのようにATフィールドを中和しないとダメージを与えられないと思う」

シンジがパレットガンのようなエヴァの武装の弾丸にはATフィールドが張り巡らされている事、刀剣類もATフィールドに阻まれて効果が無いであろうことを説明する。

「じゃあ、力で押し倒してやるわ!」

接近してきたエヴァ量産機Aにムサシのトライデント甲が思いっきりタックルを喰らわせる。
量産機Aはダメージこそ追わなかったが、後ろに突き飛ばされ、後ろから直進していた量産機BとCに激突し、量産機BとCはしりもちをついた。
重量には劣るエヴァ量産機だったが、素早さはなかなかのものだった。
ケイタの乗るトライデント乙に向かって量産機Dの持っていた剣が振り下ろされる。

「うわあっ!」

回避が間に合わないケイタは、機体の損傷を覚悟した。
腕を切り裂くと思われた量産機の剣は固い装甲で覆われたボディに傷痕をつけただけだった。

「へへっ、こいつらの武器はなまくらみたいだぜ」

ケイタの明るい声が通信から聞こえ、シンジたちにも少し安心した空気が流れる。
しかし、前面の三体の妨害をかいくぐってやってきた量産機Eの剣先が初号機の脇腹をかすめると、シンジは鋭い痛みを覚えてうめき声を上げた。

「ぐうっ!」
「シンジ、大丈夫!?」

量産機Eは背面から接近した弐号機のスマッシュ・ホークを脳天に食らい、脳天から赤い血を吹いて倒れこんで動かなくなった。

「痛いけど、大丈夫……あの剣はATフィールドを紙のように突き破ってしまうみたいだ。気をつけて、アスカ」
「ええ、わかったわ」
「すまない、JA改の隙をついて抜けられてしまって……しかし、新しい技をお見せしよう」

シロウの声と共にJA改の腕が垂直に伸び、大回転エルボーにより量産機F、G、Hが突き飛ばされて陣形が崩れた。
チャンスとばかりに初号機のマゴロク・ソードが量産機Hの胴をなぎ払い、二つに切り裂かれた量産機Hは身悶えした後に動かなくなった。

「アインツ」
「ツヴァイ」
「ドライ!」

戦っているメンバーの中でもアスカの格闘能力には目をみはるものがあり、手刀やパンチやキックを叩きこんで量産機を鎮静化させることもあった。

「ほらほら……そんなデクノボーみたいな動きじゃアタシは倒せないわよっ! ……これで終わりか。意外とあっけなかったわね」

横たわるエヴァ量産機のしかばねを見てアスカは勝利宣言をした。
そんなアスカたちにメディウス・ロクスのエルデ博士から通信が入る。

「ふふ、それで勝ったつもり? 甘いわね……倒れた量産機を見てみなさい」
「えっ?」

アスカが胴をぶつ切りにされた量産機Hに目をやると、切られた部分からみるみるうちに元通りに下半身が修復され、何事もなかったかのように立ち上がる。

「これが私が開発した、自己修復機能を備えた自律性金属細胞『ラズムナニウム』よ。これとS2機関が組み合わされれば、無敵の存在なのよ!」

エルデ博士の言葉に呼応するかのように全ての量産機が回復し、ムクリと立ち上がる。

「いつでも回復できるのに、アタシたちを騙したのね!」
「そして、このメディウス・ロクスに搭載された進化を遂げる人工知能AI1こそ、エヴァ量産機を統べるにふさわしい存在なのよ!」

エルデ博士の高笑いを残して通信は打ち切られ、再びエヴァ量産機が動き出した。
エヴァ量産機の剣はトライデント改やJA改に致命的なダメージを与えられなかったが、パンチやキックは確実にそのボディにダメージを与えていた。

「こいつら、何度切りつけても再生するよ! どうしようアスカ?」

初号機でマゴロクソードを振りかざしながらシンジがアスカに問いかけた。

「どうするって……復活しなくなるまで叩きのめすしかないでしょう!」

アスカはそう言いながらスマッシュ・ホークを量産機の脳天に振りかざす。

「やっぱり、私が……リリスの元に帰るしかないのね……」

誰にも聞こえないような小さな声でレイが呟く。
レイの撃つパレット・ライフルの弾は確かに量産機の体を貫いているのだが……量産機は一瞬身じろぎしただけでまた動き出す。

「畜生、これでも食らいやがれっ!」

トライデントに乗るムサシとケイタが無駄だと思いつつも肩のショルダーから中距離用ミサイルランチャーを叩きつける。
すると、先ほどとは違い、ATフィールドに阻まれずに表層部にダメージを与えることができた。

「やった、ATフィールドが張られていない。通常兵器でもダメージを与えられるぞ!」

ムサシの言葉に発令所のミサトが悲観的な意見を述べる。

「違うわ……多分ラズムナニウムの回復機能の能力に自信を持っているからこそ、ATフィールドを張る必要が無いんだわ」
「いま技術部でエヴァ量産機のコアにあたる部分を探しているわ。コアを潰されればS2機関やラズムナニウムがあっても多分倒せるはずよ」

リツコはそう言ってシンジたちを励まそうとするが、エルデ博士の横槍によってその芽生えた希望は摘み取られてしまう。

「無駄よ。コアは一部が破損ししても、ご存じのように復活するってわけ。あなたたちの攻撃がラズムナニウムに勝てるのかしら?」
「こうなったら、火力を集中させて量産機のコアを細胞一片残さず粉々にするしかないわ!」

ミサトの号令の元、それまで物陰で戦いを見守っていた戦略自衛隊の部隊が再び動き出した。
しかし、戦車のほとんどが踏みつぶされ、戦闘機はハエのように叩き落とされる。

「アハハハ、どうしてそこまで無駄な抵抗をするのかしらね」
「それは……僕がここに居るみんなを守りたいからだっ!」

シンジは力強くエルデ博士の声が聞こえる『SOUND ONLY』と表示されている通信モニターに向かって叫んだ。

「くっ、私はあなたみたいに恵まれて育った坊ちゃんみたいなのは嫌いだよ! せいぜい苦しんで死ぬがいいさ!」

エルデ博士は一方的に通信を打ち切った。
そして、果てそうもない戦闘はしばらく続き……ついにケイタの乗るトライデント乙が動きを止めた。
量産機は機会到来とみたのか、無抵抗のトライデント乙をタコ殴りにしている。

「ケイタ、大丈夫か!」
「このままじゃ、ケイタがっ!」

トライデント甲に乗っているムサシと発令所に置かれたベッドの中に居るマナが反射的に悲鳴を上げる。
防戦で精一杯なのか、ケイタからの通信はなかった。

「ケイタ、今助けるぞ!」

親友の危険を感じたムサシは自分の身を顧みずに暴れるように攻撃を繰り返す。
同じ年齢のパイロットの危機を感じたシンジやアスカ、レイも焦りを感じていた。
三人とも息を切らしながらも戦う手を休めようとはしない。
すると、少し離れていたところで待機状態にあったメディウス・ロクスが突然動き出し、鋭い爪で量産機を切り裂きだした。
発令所にいるミサトたちはその動きをぼう然として見ている。

「い、いったいこれはどういうこと!? 勝手に機体が動き出すなんて!」

うろたえるエルデ博士に機内に居るキールが悔しそうに声を荒げる。

「学習したか……AI1は補完を拒む道を選択したということだ。何が成長する機械だ……できそこないではないか!」
「なんですってぇぇぇっ、私はそんなこと認めないわ!!」

AI1をできそこない呼ばわりされ、キールの言葉に逆上したエルデはキールの頭を思い切り殴りつけた!
軽い物音のあと、キールは力を失い、首をだらりと前に垂らした。
キールはすっかり気を失ってしまったようだ。
暴走したように量産機を細切れにして行くメディウス・ロクスに最初はとまどったシンジたちも、自分たちに攻撃が及ばない様子を見ると、量産機への攻撃へと参加して行った。
わずかに残った肉片も、戦略自衛隊の火器兵器によって再生不能な状態にまで処理されて行く。
全ての量産機が全滅すると、メディウス・ロクスは動きを止めた。

「さあ、エルデ・ミッテ博士。エヴァ量産機無き今、人類補完計画は完全に失敗だ。大人しく降参してもらおうか」

ゲンドウがエルデ博士に向けて通信を飛ばすと、モニターには狂った目をしたエルデ博士の姿と、気絶しているキールの姿が映し出され、発令所は騒然となる。

「キール議長……!」

ミサトは気絶しているキールの姿を見て思わず息を飲む。

「認めない……私は認めないわ……私の見たかったのは、こんな結末じゃない……」
「自分の研究の失敗をいい加減に認めなさい、エルデ博士!」

映し出されたモニターの中で狂ったように呟くエルデ博士に向かって、発令所のリツコがきつく糾弾した。
エルデ博士の操縦するメディウス・ロクスは再び動き出し、凄いスピードでネルフ内部へと侵入する。

「大変です、メディウス・ロクスはセントラルドグマを目指しています! 目標は……セントラルドグマです!」

オペレータのマヤが悲鳴に近い声で報告した。
そのスピードの速さはエヴァで追いかけるのは到底難しいものだった。
途中に設けられた防壁などもものともせず、メディウス・ロクスは突き進む。

「セントラルドグマを物理的閉鎖」
「だめです、間に合いません!」

コウゾウとシゲルのやり取りを聞いて、命令が手遅れだと判断したミサトは、マコトの席にそっと近づく。

「日向君」
「わかってます、本部を自爆させるんですね」
「ごめんなさいね」
「あなたと一緒なら構いませんよ」
「……ありがとう」

マコトはそう言って操作パネルに手を伸ばす。
しかし、そこで動きを止めてしまった。

「日向君?」

震えたまま動かないマコトにミサトは声を掛けた。

「やっぱり、一度も加持特佐と食事をご一緒させて頂かないまま死ぬのは嫌です……!」
「日向君、ごめんなさい……でもね……」

ミサトがマコトをたしなめようとした時、大きくネルフ本部が揺れた。
ついにメディウス・ロクスがセントラルドグマの巨大な十字架にくくりつけられているリリスに接触してしまったのだ。
リリスの腹部に飛び込んだ黒い機体メディウス・ロクスは溶けだし、その姿はLCLのゼリーのようなオレンジ色のアメーバのような物体へと変化して行った。
そして顔の部分はエルデ博士のような女性の姿に変化して行く。

「あはははっ、これが私の求めていたAI1の姿だわ……!」

巨大なエルデ博士の姿に変化したリリスは、天井を突き破り、ジオフロント内に姿を現す。
メディウス・ロクスを追ってネルフ本部内に入ったシンジとアスカとレイのエヴァ三機はその異様な姿を目の当たりにする。

「何よ……あれ……」

アスカが気持ち悪いものでもみたかのように顔をしかめた。
ジオフロント内にエルデ博士の勝ち誇った声が響き渡る。

「AI1の本当の意味を教えてあげる。All in 1……全てはAI1と一つになるのよ!」
「なんて、自分勝手な考えなの……」

リツコは顔をしかめながら発令所のモニターをにらみつけた。

「私を認めなかった世界をAI1で創り変えてやるわ!」

巨大化したエルデ博士は弐号機に向かってその白い腕を伸ばした。
そして弐号機の首を絞めて行く。

「アスカっ!」
「お別れを言いなさい、あなたを取り巻く全ての物にねぇ!!」
「ぐぅぅぅ……」

つかまれてもがく弐号機。
しかし突然、その白い腕の力が緩んだ。

「貴様の思い通りにはさせんぞ、エルデ博士。私はこの力を使って、人類を欠点のない完全な生命体へと進化させるのだ」

リリスの内部からキール議長の声がもれ出してきた。
気絶していたキール議長の魂が覚醒したようだ。
リリスは内部で意識の混乱を起こしていた。
その様子を見ていた零号機がリリスに向けて走り出す。

「……リリスの力を正しく引き出せるのは私だけ。お兄さん、お姉さん、ごめんなさい……。こんな解決法しか私には思いつかなかったの」

零号機がリリスと融合すると、世界は白い光に包まれ……消え去った。

 

<宇宙空間>

目がくらむような眩しい光に包まれた後、シンジとアスカは自分たちが宇宙空間のような世界に立っているのを理解した。
首を締め付けられる力から解放されたアスカは激しくせき込む。
シンジは咳き込んでいる目の前のアスカの元に駆けつける。

「ゴホッ、ゴホッ……」
「大丈夫? アスカ」
「はぁはぁ……アタシはもう平気よ」

そう答えるアスカにシンジは安心した表情を浮かべた後、周りを見回す。

「……ここは?」
「凄い星の数……」
「宇宙なのかな?」
「空気や重力があるのはどういうわけ?」

うろたえるシンジとアスカの前に光の粒が集まると、レイの顔をした人間サイズのリリス……白い微かに発光する体を持ったレイと言うのが一番的確だろうか……が姿を現す。

「私が新たな世界を創世してしまったの。その結果、世界はエヴァに守られているシンジお兄さんと、アスカお姉さんをのぞいて無に帰ってしまった……」

そう言ってレイは涙を流し始めた。
シンジとアスカは話の内容が全く飲み込めず、ぼう然と泣きはじめたレイを眺めていた。

「私は……サードインパクトを起こすべきじゃないと判断したのに……アスカお姉さんを助けようと思って……こんなことを」

膝を折って泣き崩れた始めたレイをアスカが優しく抱き止める。

「レイは悪くない。だってアタシを助けるためにやったんでしょう? アタシはレイに感謝している……」
「レイ……アスカを助けてくれて、ありがとう」

しばらく泣いた後、落ち着きを取り戻したレイはポツリホツリと説明を始める。

「……かつて、世界は無の空間だった。その何も無い世界に突如として爆発が起こったのをきっかけに、ほんの瞬きほどの間に時間と空間と物質と生命が創られたの」
「じゃあネルフも、第三新東京市もみんな消えてしまったってことなの!?」

アスカが叫ぶ様に尋ねると、レイはゆっくりとした口調で話を切り出す。

「私たちの力があれば、新しい世界を創ることができるのよ」
「レイ、それは……」

レイの言葉にシンジは大きなとまどいを感じていた。

「これは多分二度とないチャンス。今なら、全てをやり直して、戦争のない理想の世界を創ることができるわ」
「そんな……レイ、何を言い出すんだ」
「お兄さん、なにをためらうことがあるの?」

黙って話を聞いていたアスカがうつむいたシンジに詰め寄るレイに向かって話しかける。

「あのさ、アタシそれは違うと思うんだけど……」
「なぜ、お姉さん?」
「今まであったことを全部無かったことにしても良い結果になるとは限らないと思う。アタシ、これまで何度も失敗して後悔することがあったけど、だからこそ、ここまで来れたんだもの」

アスカの言葉にシンジも首を縦に振る。

「そうだよ。僕だって否定したいことが無いわけじゃない。受け入れたくない出来事や目を背けたくなるような悲惨なことも世の中にはあるけど……でも、それでも僕は今までの世界が好きだよ」

シンジはそう言って息を大きく吸い込む。

「いや、世界のことなんて僕にはよく分からないけど……僕は第三新東京市にいるみんなが好きなんだ!」
「アタシもみんなが好きなんだ。シンジや、レイや、ミサト……。小さい頃のアタシを側で支えてくれたリョウジさんもね」
「間違っていることだってある世界だけど、きっとそれも正しい方向へ変えることだってできると思う。だから……生きているかぎり幸せになるチャンスはどこにでもあると思うから」

シンジがアスカとレイに向かって手を差し出すと、二人は何も言わずにその手を握り、アスカもレイと手を繋ぐ。

「……わかったわ。じゃあ私も……今までの世界を願う……」

シンジとアスカとレイの三人が意識を集中させると、またまぶしい光が辺り一面を包んだ……。

 

<ネルフ本部 第一発令所>

「……はっ!?」
「ここは……」
「あ……」

シンジとアスカとレイの三人は光が収まった後、自分たちが発令所に居ることに気がついた。
ミサトやリツコ、ゲンドウたちも強い光を感じたらしく、よろけながら立ち上がった。
シンジたち三人の目の前で、一人の女性が大声をあげて泣いているのに発令所に居たみんなは気付いた。
その女性はAI1と一緒にリリスと融合したはずのエルデ博士だった。
キール議長は座り込みながら表情を浮かべずに黙って側でその様子を見ている。

「どうして……どうして私だけ残して消えたのよAI1……あなた無しの世界で私はどうすればいいのよ……」

誰もがぼう然として弱々しくすすり泣くエルデ博士の姿を眺めていたが、ゲンドウは懐から銃を取り出し、エルデ博士とキール議長に狙いを定めた。
ミサトが素早くゲンドウの前に立ちはだかる。

「退くのだ加持特佐、災いの種はここで断ち切らねばならない!大犯罪を犯した者は死を持って償わなければならんのだ!」
「赦すこと、受け入れることをせずに命を奪う。それでは、あなたもゼーレがやって来た事と同じ道を歩む事になります!」

ミサトの言葉にゲンドウは持っていた銃を床に投げ捨て、呟く。

「そうだったな、すまなかった……」

ミサトの背後ではエルデ博士がその騒ぎを知ってか知らずか、すすり泣きを続けている。

「いっそのこと私も消えてしまえばよかったのに……この世界は私を受け入れてはくれない。ずっと一人のまま……もう嫌なの、辛いのは……」
「エルデ博士……」

ミサトはエルデ博士の方へとゆっくりと近づいて行った。

「嫌なのよ……」
「顔をあげてください、エルデ博士」
「あなたは……」

エルデ博士は涙にぬれた目でミサトの顔を見上げた。
ミサトはしゃがみ込んでエルデ博士に顔を近づける。

「私は今まで様々な人々が自分勝手な考えで、過ちを犯すのをみてきました……しかし、全てが間違っているわけではなく、正しい事もやっていたはずです。罪を憎んで人を憎まずと言います。あなたも過ちを認めて心を開けば、そうすればあなたを慕ってくれる人が現れるはずですよ……」
「あ、り、が、と、う……」
「さあ……」

ミサトは優しい笑顔でゆっくりとエルデ博士に向かって手を差し出すと、エルデ博士はその手を繋いでゆっくりと立ち上がった。
エルデ博士は罪を犯した以上、刑罰は免れない。
ネルフの保安部員の連行要請にも素直に応じて歩いて行く。
黙って見ていたJAの開発者、時田シロウ博士がエルデ博士の背中に声を掛ける。

「あの……私も機械に心を持たせたいと考えたことがあります……あなたのAI1は素晴らしいものでした。今度よかったらお話を……」

立ち止まったエルデ博士は振り返ってシロウ博士を見つめると、無言で頷いて立ち去って行った……。
次に残されたのはずっと黙り込んでいたキール議長だった。

「……まったく、とんだお人よしだな。あのような危険な思想の持ち主、生かしておけば何をするかわからないではないか」

黙っていたキール議長はやっと重い口を開いた。

「でも、彼女は今まで知らなかった人のまごころを感じ取ってくれました。将来、私たちの心強い味方になってくれるかもしれません」
「私は考えをそう簡単に替えるつもりはない。さっさと殺せ」

そう言ったキール議長の言葉に対してミサトは首を横に振った。

「いいえ、キール議長。生きると言うことは考えるということでもあるんです。今、私たちは正しい方向に進んでいると信じていますが、ふとしたきっかけで悪い方向に考えを変えてしまうかもしれません。私が過ちを犯した時、きっと誰かが正してくれると信じています」
「人類は不完全な群体だからこそ、過ちに気がつけると言うのか。私の人類補完計画とは正反対の考えだな」
「キール議長、あなたは人々を幸せにする方法を少し勘違いしただけですよ」

ミサトの言葉にキール議長は溜息をついて降参したように腕を前に出す。

「その馬鹿馬鹿しい考え、墓まで持って行け。貴様はとんだ大馬鹿者だ。私は死ぬまで今の考えを変えないからな!」

今まで冷静だったキール議長が怒ったようにミサトに怒鳴りつけた。
ミサトは今まで無反応に近かったキール議長の変化にそっと笑みをこぼし、保安部に連行されるキール議長の後ろ姿を見送った。

 

<ネルフ本部 大会議室>

戦闘を終えた戦略自衛隊やJA改、トライデントのパイロットの三人は、戦死者に対する悲しみを抱えながらも彼らの基地に戻って行った。
不思議なことにマナの内臓疾患は元から存在していなかったかのようにマナは元気になり、嬉しそうにムサシとケイタと一緒にシンジたちに再会を約束して帰って行った。
その後の調べで、エヴァンゲリオンは三機とも、量産機の残骸も、エヴァや使徒に関係するものは全て消え去ったことが分かった。
ミサトとレイも、自分の体から使徒の細胞のようなものが全て消え去っていたことを理解した。

「私の中に居たアダムも……旅立っていってしまったのね……全てが終わったのね……リョウジ……寂しいわ!」

ゲンドウから今後のネルフの方針について話があると言う事で、ミサトの執務室にミサトを呼びに来たシンジは、ミサトが机に突っ伏して泣いている姿を見て声をかけずに引き返した。
会議室に一人で戻ってきたシンジにアスカとレイが不思議がって近づく。

「ミサトを呼びに行ったんじゃなかったの?」
「……ミサトさん、リョウジさんの名前を言いながら泣いていたんだ……この前の戦闘で無くなった人もかなりいるし……生き返らせてあげた方がよかったのかな……」
「お兄さん、その気持ちはわかるけど……あるがままの現実を受け入れるって私達は決めたのよ」

レイはゆっくりと会議室の真ん中に掲げられたネルフのシンボルマークを指差した。
そこには例の言葉が書かれている。

『God's in his heaven. All's right with the world.……神は天に在り。世は全て事も無し』

 

<2016年 第三新東京市 第壱中学校>

議長キールが失脚したゼーレは、人類補完計画を行うと言う目標も失い、内輪もめの末、自然消滅して行った。
特務機関ネルフは、今後は世界の平和と地球環境を守ると言う任務を課せられた機関へと目標を変えて存続させられることになった。
ゲンドウとコウゾウはそのまま組織のトップとして残り、多くの職員も従っていった。
そして今は使徒との戦いから約1年後。
シンジとアスカ、レイは卒業生として卒業式に出ていた。

「ミサトもアタシたちと一緒に卒業するって予想外ね」
「うん。ミサトさんは戦争で孤児になった外国の子供たちに正しい正義を教える活動を続けるんだってね。日本に何年も帰って来れないのかもしれない」
「日向二尉は戻って来た時にまたプロポーズするって言ってたわ」
「嘘っ、まだ諦めてなかったの!?」

アスカの大声は厳粛な卒業式をぶち壊しにしてしまったようだ。
壇上のミサトに思いっきりにらまれる。式の後、職員室に来いとの意思表示だ。
もっとも、呼ばれなくてもミサトの周りには生徒が集まってくるのだけれども。
放課後、夕方になりやっとミサトは集まった生徒たちから解放され、落ち着いてシンジたち三人と話すことができた。

「シンジ君、言わなくてもいいとわかっているけど、伯父さんたちに心を開いてあげれば、向こうもきっと応えてくれるはずよ。10年近くも面倒を見てくれたんだもの。お互い心を閉じたままで終わるのは悲しいことだわ」
「はい、だから伯父さんたちは僕たちのことを引き受けてくれたんだと思います」

シンジとアスカとレイの三人は、外国に行く加持一家の代わりに伯父の家族と一緒に第三新東京市の郊外の加持邸でそのまま住む事になった。
多忙なゲンドウの代わりとして伯父一家はわざわざ引っ越してまでシンジたちと暮らすことを引き受けてくれた。

「伯父様たちが来るときには、歓迎の気持ちを表さないとね」
「今度は料理を途中で投げ出さないでよ、アスカ。そうじゃないと伯父さんたちが僕たちの交際を反対されるかもしれないよ」
「頑張ってね、お姉さん」
「そうねー、私も息子のお嫁さんは料理ができないと考えちゃうかもしれないわねー」

ミサトにちゃかされて、ふくれるアスカ。
職員室には笑い声が満ちていた……。

 

<第三新東京市郊外 加持邸>

シンジとアスカとレイの三人は、第二東京市からやってくるシンジの伯父夫妻の乗った車が来るのを玄関の前で今か今かと待っていた。
やがて、ネルフのシンボルマークが付けられた公用車が遠くからやってきて、シンジたちの前に止まる。
そして運転手の手によってドアが開けられ、シンジにとっては久しぶりに見る伯父夫妻の姿。
戸惑いの表情を浮かべ、目を泳がせてシンジの方をチラチラと見る伯父たちに対して、シンジは目をそらさずに笑顔で近づいて行く。
そして、動きを止めた伯父に向かってシンジはゆっくりと抱きついた。

「シンジ君、いつの間にかこんなに大きくなっていたんだなあ……」
「シンジ君、ごめんね。私たちはあなたに家族らしいことを何一つしてあげられなかった」

そう言って謝る伯母に対してシンジは伯父から体を離して優しく笑いかけた。

「いいんですよ、これからが始まりなんですから。僕は15歳、まだまだ伯母さんたちの力が必要な子供です。よろしくお願いします」
「そうですわ、伯母様。アタシたちに色々教えてください」

アスカがシンジの伯母に恭しく頭を下げると、シンジの伯母は愉快そうに笑い声を上げた。
それはシンジが初めて聞く伯母の笑い声だった。

「こんな可愛いお嫁さんが居るなんて、シンジ君はたくましく成長したのね」

シンジの伯母の言葉にアスカは顔を赤くして俯き、その様子をシンジの伯父が微笑えんで見守った。
新しくできた家族は楽しそうに家の玄関へと姿を消して行った……。



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