チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第十九話 母の戦い


<ネルフ本部 第一発令所>

この日はシンジの強い希望により、初号機の起動実験が行われていた。
初号機のエントリープラグに居るシンジの表情は怒りに似た厳しいものだった。

「初号機のシンクロ率、上昇しません」

マヤは落胆した様子で消え入るような声で報告をする。

「もういいだろう。強制射出をしろ」
「だめです、内側から鍵がかけられています」

コウゾウは起動実験を止めさせるためにマヤに命令を下したが、シンジは続行の意思を見せた。

「シンジ君、これ以上続けると君の体が持たないぞ!」

マコトが必死にオペレータ席からモニターを通じてシンジに呼びかける。

「言われ無くても自分の事は解りますよ」

シンジの冷たい闘志を秘めたような声が返って来た。

「僕は初号機を起動させなくちゃいけないんだ。使徒が来たらアスカと綾波だけを戦わせるわけにはいかないんだ」
「今のシンジ君は頭に血が上っていますね」

シゲルが顔をしかめてため息交じりにそう呟くと、マヤは席から立ち上がってシンジに叫ぶように呼びかけた。

「シンジ君、話を聞いて、碇司令もあなたが無茶をしないということを条件に実験を許可したのよ!」
「でも、僕はまだやれます!」

シンジはエントリープラグの中でそう咆哮を上げた。

「教えてよ父さん、僕の声が聞こえているんだろう? 母さんは僕を愛していてくれたの? 答えてくれたっていいじゃないか!」

ゲンドウは何も答えずに腕を組んだままの姿勢で冷静にマヤに対して命令を下す。

「LCLを緊急排水」
「しかし、接続したままでは!」

マヤが驚いてゲンドウの方を振り返った。

「これ以上、息子の我がままに皆が付き合う必要はない」

マヤはゲンドウの言葉に頷いて命令に従った。
エントリープラグの中のLCLの水位が下がって行く。

「い、息ができない、くそう……」

その言葉を最後にシンジは胸を押さえて意識を失った。
ゼーレの要請により使徒戦の状況を報告するためにゼーレに行っていたミサトとリツコは、ネルフに戻ってきてからシンジの実験の事を伝え聞いた。
ミサトは事情を詳しくオペレータの三人から聞くと、険しい顔をして司令室に向かっていった。
そのあまりの形相に心配したリツコも慌ててミサトの後をついて行く。
初号機パイロットに関する重要な話があると言う口実で、司令室のドアは開かれた。
ゲンドウはミサトの視線を跳ね返すような悠然な態度で二人を迎え入れた。

「用件は何だ、加持特佐。私は忙しいのだ、手短に頼む」
「司令、シンジ君から聞いたのですが奥様の記録の全てを処分したと言うのは本当ですか?」

リツコとコウゾウは驚いて息を飲んだ。
ネルフの中では碇ユイの事は口にする事さえタブーとされている。

「聞きたい事はそんなくだらないことか?」
「なぜ、奥様との大事な思い出の品々を捨ててしまわれたんですか? そばに置いておくと奥様に甘えてしまうからですか?」
「加持特佐、口を慎みたまえ!」

コウゾウが怒鳴りつけるがミサトは怯まなかった。
ゲンドウも態度を変えずに黙したままだった。
いや、平静な態度を保つのが精いっぱいで何も言葉が出なかったのかもしれない。

「奥様の匂いのするものを捨てても、司令から完全にユイさんの存在を消す事はできませんよ!」

ミサトはそう言って思いっきり息を吸い込んだ。

「司令の心の中で、シンジ君のお母さんは生きているんですから!」

ゲンドウは思わず自分の胸に手を当ててしまった。

「シンジ君を遠ざけたのだって、シンジ君を通してユイさんの事を思い出してしまうからではないですか?」

ミサトの言葉をそれまで苦い顔で聞いていたコウゾウの顔が青ざめて来た。
リツコはただ驚いて棒立ちになっているだけだった。

「シンジ君は、自分が母親に愛されていた事の『証拠品』を求めています。証拠が無いと信じられないなんて、悲しい事だと思いませんか」
「……そうか」

やっとの事でゲンドウが発した言葉はそれだけだった。
心なしかいつものゲンドウの声に比べて若干弱々しいとミサトやリツコにも分かった。
ミサトは人差し指を突き出してゲンドウに強く宣告をする。

「ゼーレの議長として出来る限り碇ユイに関するデータの提出を命じます。破棄したデータは出来る限り復元してください」

ゲンドウはゆっくりと席から立ち上がってリツコに視線を向けた。
サングラス越しではその表情までは読み取りにくい。

「データの破棄は赤木ナオコ博士に任せた……彼女の事だ、処理は完璧だろう。それでもやってくれるだろうか」
「えっ、私がですか?」

突然話を振られたリツコは目を見開いた。

「しっかりしてよ、シンジ君の新しいお母さんになるかもしれないんだから」

いきなり飛躍したミサトの発言に居あわせた三人は崩れ落ちそうになった。
確かにリツコがゲンドウに好意を抱いている事はネルフ全体の公然の秘密となっているが。

「司令、側に居る人に気持ちが移ってしまうのは仕方のない事です。しかし、過去に縛れらているのをユイさんも望んでいないはずです」
「黙りたまえ加持特佐、ユイ君はまだ死んだとは決まっていないのだぞ? 彼女の反応は現にコアの中に存在している」

コウゾウが声を荒げてミサトとゲンドウの間に割り込む。
普段温厚で知られるコウゾウがここまで怒るのは珍しい事だった。

「ですが副司令、参号機のコアとなった洞木ノゾミのサルベージは実行されていないではないですか。必要が無くなったと言うのに」
「加持特佐の言う通り、現在のネルフの技術力ではとてもコアからのサルベージは無理です。計画が順調に進んでも……何十年も後になるかと」

ミサトとリツコの言葉にコウゾウは言葉を詰まらせて下を向いて黙り込んでしまった。
ミサトは再びゲンドウの方に向き直った。

「過去の不幸に引きずられて、今目の前にある幸せを逃すな」

ゲンドウはミサトの言葉に目を見開いた。

「あなたの言葉じゃないですか。ユイさんは嬉しそうに私に話してくださいましたよ。その言葉で立ち直れたって」
「君は……ユイの護衛をした事があったのだな」
「ええ、ゲヒルン時代に任務で彼女と接触する機会がありました。シンジ君の家にも一度だけ行ったことをこの前のゲスト使徒戦の時に思い出しました」

ゲスト使徒戦の時の発光現象の事に心当たりがあるのか、眉を動かしただけでゲンドウは質問を挟まなかった。

「リツコ、シンジのためにもよろしく頼む」
「は、はい全力を尽くします」

ミサトとリツコは一礼をして司令室から退出した。
二人が完全に退出するのを見届けると、コウゾウは崩れるようにゲンドウの前に倒れ込む。
そして、膝をついて四つん這いになって謝る。

「すまん碇、ユイ君は俺が殺したようなものだ」
「先生、顔を上げてください。あの実験は予想し得なかった事故では無かったですか」
「いや、俺は……分かっていた。正常なシンクロ率の数値の4倍である400%を超えるとどうなるかを……」

コウゾウは顔を床に擦りつけながらうめいた。

「俺は科学者としての欲望に負けてしまった……止める事はしなかったのだ……」
「そのような事は止めてください、私は先生を恨んではいませんよ。むしろここまで支えてくれた恩師であり盟友でもあるあなたが居てくれて感謝しています」

コウゾウはゲンドウに支えられてゆっくりと立ち上がった。

「ですが先生、その事はシンジに言わないでください。これ以上ショックを与える必要はないでしょう」

コウゾウはゲンドウの言葉に納得したように深く頷いた。
一方ミサトとリツコはネルフ内を駆けずり回り、ついに赤木ナオコ博士の残した隠しファイルを探り当てた。
その隠しファイルの入ったディスクは宛て先にリツコの名前が書かれていた茶封筒の中に入っている。
ナオコ博士の研究室を移転する時に雑多な荷物として放置されていた物の中に存在していた。
運良く機密情報の調査員たちには押収をされなかったらしい。

「これは……」

リツコとミサトは隠しファイルの内容を見て驚いた。
碇ユイに関する映像・音声に関する記録を中心に綿密にまとめられている。

「母さんは何でユイさんの記録を残していたのかしら。普通自分が奪おうとしている男性の妻の記録なんて命令が無くても捨てたくなるはずよ」
「もしかして、ナオコさんは本当にシンジ君の母親になるつもりだったのかもしれないわね……そして病に冒された事を知った時、娘にその役目を託した」

リツコは遠い目をして頬杖を付いた。

「母さんは女のしての本性をこらえて母親の感情を優先したのね……私はユイさんが死んだばかりのゲンドウさんに近づく母を軽蔑していたわ。昔から研究に忙しくて、ずっと家に帰って来ない事もザラだった。電話はしてくれるけど、当たり障りのない会話ばかりしていたわ」

そして、リツコは研究室の花瓶に活けてあった一輪の花の茎をいじった。

「私は母の日に嫌がらせでカーネーションじゃなくてバラの花を贈ってあげたの。そしたら母さんはバラの方が好きだって強がっちゃって……。それから意地になって毎年バラの花を贈っていたわ。もう少し素直になってあげたら良かったわね」
「あたしは父さんのS2機関の発表以来、家族で迫害を受ける事になっちゃったしね……心労で日に日に衰えていく母さんを見るのは辛かったわ」
「人は科学の力のみ追い求める事に夢中になって、大切なものを失いかけているのかもしれないわ」
「特にこのビデオレター、シンジ君たちには絶対見せてあげないとね。不幸の連鎖はあたしたちの時代で絶ち切らないと」

ミサトとリツコは見詰め合って繋いだお互いの手を握りしめた。

 

<第三新東京市郊外 加持邸>

初号機の占拠とも言える行為を行ったシンジだが、オペレータの三人をはじめたくさんのスタッフたちの陳情もあり、シンジは罪に問われる事無くおとなしく家に帰ることが許された。
シンジがネルフから戻ると、リョウジとその娘のエツコと息子のヨシアキが三人でスイカ畑で水撒きをしていた。

「リョウジさん。一体何をしているんですか?」
「見れば分かるだろう?スイカの水やりだよ。ミサトのやつの誕生日には上手いスイカを食べさせてやりたいからな」
「スイカ……がプレゼントですか?」

遠くの方でスイカの害虫駆除をしていたエツコが笑顔でヒョコヒョコと近づいて来た。

「うちは娘のあたしの洋服も買えないほど貧乏だからねー。父さんは毎年スイカでごまかしているの」
「お前はすぐに服が小さくなるんだ。おまけにすぐに破くしなあ」
「そんなのあたしのせいじゃないもん。破ける服を買う父さんが悪いのよ」

父娘が和やかに会話するのを眺めていたシンジは、突然とある事に気が付いて叫び声を上げる。

「そういえば、今日はアスカの誕生日じゃないか」
「そういや、そうだな」
「ふーん、そうだったんだ」

リョウジとエツコは平然としている。
シンジはその様子を見て二人を急き立てる。

「誕生日会とか、誕生日プレゼントとか用意しないときっとアスカは悲しみますよ」
「あはは、あたしなんて誕生日なんて小学校の頃からスルーされてるよ」
「小さいころ散々誕生日を祝ってやっただろ?」
「そーだね、だから今さら誕生日会なんて……」

幸せそうな二人を見てシンジは視線を地面に落してしまった。

「僕やアスカは……父さんも母さんも小さいころに側から居なくなったから祝ってもらったことが無いんです」

リョウジはそんなシンジの表情を見て、シンジの肩に手を置いた。

「そいえば、そうだったな。俺はドイツでアスカのお目付け役だったのに気づいてやれなかった。今年は盛大にやるとするか」
「ねえ、そう言えばヨシアキの誕生日も12月20日って聞いたけど、あたしたちここ2年間お祝いしてなかったね。さみしかったのかな?」

腕組みをして考え込んでいたエツコが空を見上げながらそう口に出した。

「シンジ君。俺たちはここでスイカを収穫することしかできない。しかし、給料をもらっている君には出来る事があるはずだ」
「そうですね、お店が閉まらないうちにアスカにプレゼントを買ってきます……って結局お金は出さないんですね」

シンジが呆れ顔で真剣なまなざしのリョウジを見詰めると、リョウジは表情を和らげて肩に置いた手を離した。
シンジが買い物に行こうと加持邸の門をくぐろうとしたところで、リョウジに呼び止められた。

「やっぱり、周りの人が苦しんでいるのを見るのは辛いかい?」
「はい」
「それでいい。他人の悲しみを自分の悲しみのように感じられる人間は、他人の喜びも自分の喜びのように感じられるからな」
「……何が言いたいんですか」
「もっと自然体で自分を大切にして出来る範囲で頑張ればいいってことさ。アスカの自爆未遂の件で、シンジ君にも分かっただろう?」

シンジは強く頷いて、第三新東京市の市街地へと向かった。
加持夫妻は給料や報奨金のほとんどを戦災支援金への寄付へと当ててしまうため、役職の割には慎ましい生活を送っている。
シンジはエヴァのパイロットとして相応の給料をもらっていたので、加持家の家計の負担を軽くするために食事代や光熱費は払っている。
少しだけ残った自分の小遣いで、シンジは迷った末にアスカにアクセサリーを買う事にした。

「アスカ、ミサトお母さん、ヨシアキ誕生日おめでとう! メリークリスマス!」

エツコの掛け声によって加持邸でのお祝いパーティが始まった。
12月にはお祝い事が集中しているので全部まとめてお祝いしようという強引なパーティである。
ツリーなどの室内の飾りつけはされていなかったが、豪華な鳥料理とケーキは用意された。

「ヨシアキ、誕生日プレゼントだよ」
「あ、ありがとう」

ヨシアキがエツコから困惑した顔で受け取ったのは、肩たたき券と書かれた紙きれの束だった。
アスカの誕生日会だと招かれたトウジとケンスケとヒカリの三人はあきれ返ってそれを見ていた。

「見た目はカワイイ子なのに……ショックだな」
「小学生かいな」
「学校の成績だけが人の価値を決めるわけなじゃない……きっとそうよ」

シンジはアスカにプレゼントを渡そうと包装された箱を取り出した。箱を見たアスカの目が輝く。
受け取ったアスカが箱を開けると中から出て来たのはベレッタ(髪留め)だった。

「アスカの髪はいつ見ても綺麗だから、ついこれを選んじゃって」
「……嬉しい。嬉しいけどさ……」

アスカはベレッタを頭につけると嬉しさと困惑が入り混じった表情をした。

「あたしとお揃いの髪型だね」

エツコがアスカの方を振り向いてはしゃいでいる。

「この能天気な娘と同じ髪型って言うのはどうかと思うわ」

シンジは浮かない表情をしたアスカを見て悲しそうに下を向いたが、アスカはシンジの腕を手にとって、笑顔になった。

「リボンと一緒に大切にするから、ありがとうシンジ」

シンジとアスカが顔を上気させて見詰め合っているとレイがアスカの肩をつついた。

「二号さん、私も誕生日プレゼントがあるの」

レイがそう言ってアスカに手渡したのは、ゴム製のアレだった。

「二号さんが抜け駆けしちゃうといけないから……」

顔を赤くしながらモジモジと話したレイ。
和やかだった場の雰囲気が一気に凍りついた。
今まで談笑していた皆の動きが止まる。

「ま、まったくファーストってば誰にこんな冗談を教わったのかしらね?」

気まずい雰囲気をぶち壊そうと、アスカはごまかし笑いを浮かべてプレゼントを受け取った。
しっかり受け取るのかよ! とシンジ達は心の中でツッコミを入れた。
ミサトはリツコと目を合わせると、シンジとアスカとレイのそばに近寄った。

「シンちゃん、アスカ、レイ。見せたいものがあるからちょっとこっちに来てくれない?」

ミサトはそういって奥の部屋へ案内する。
そこはリビングに入りきれなかったオペレータの三人とゲンドウとコウゾウが居る加持家の空き部屋だった。
ミサトがドアをのぞきこんで声をかけるとオペレータの三人が出てきて、ミサトたちは入れ替わるように部屋に入った。
マヤ、マコト、シゲルの三人はリビングのシンジたちの席に座り直し、ヒカリやケンスケ、トウジたちと談笑を始めた。
シンジたちが部屋に入ると、そこではゲンドウとコウゾウが待っていた。
そして正面には薄型テレビとブルーレイレコーダーがセットされていた。

「父さんたちと一緒に何かを見るんですか?」
「ブルーレイとはずいぶんレトロな記憶媒体ね」

ゲンドウはシンジたちと視線を合わせたが何も答えず、リツコの手によってディスクがセットされた。
リツコはこのディスクを入手した時、現在の規格に再収録して編集しようと考えていたが、手を加えるとシンジたちに本当の暖かみが伝わらなくなると思い、そのままの形で再生することにしたのだ。
素人の手で撮影されているからか、お世辞にも洗練された画像とは言えない。
部屋の様子が映し出されると、そこには活発そうな金髪蒼眼のショートカットの女性と黒髪のおっとりとした長い髪の女性が仲良く赤ん坊を抱いて立っている。

「ユイ、黙って笑ってないで何か喋りなさいよ」

金髪の女性が黒髪の女性をせっつく。

「ええっと、本日はお日柄もよくお集まり頂いて……」
「バカユイ、結婚式のあいさつじゃないんだから」

シンジとアスカはテレビに映し出された二人の女性を見て驚いた。

「母さんが僕を抱いて嬉しそうにしている……」
「ママは幸せそう……」

部屋に居る誰もが言葉を発さずにモニターの中のユイとキョウコが楽しそうに話しているのを見ていた。
他愛も無い馬鹿馬鹿しい会話だったが、二人に笑みが絶える事は無かった。

「今度はゲンドウさんたちの番ですよ」

ユイの言葉と同時に体格のいい二人の若い男性が画面に現れた。
ゲンドウはあごひげを生やしているので一目でわかったが、サングラスは掛けていなかった。
その気弱そうな瞳にミサトとシンジは驚いたが、とてもゲンドウの事をからかう雰囲気ではなかった。
アスカの父親のジェイコブはアメリカ人とドイツ人のハーフで白人の中でも大きい方だったが、
ゲンドウもそれに負けず日本人の中では特大とも言える大きな体をしていた。
ジェイコブの方は上手くアスカを抱いてあやしていたが、ゲンドウがシンジを抱くとたちまちシンジは泣き声を上げた。
大笑いするジェイコブと対照的にオロオロしているゲンドウ。
ユイがまた画面に姿を現してゲンドウからシンジを受け取ると、ユイに抱かれたシンジはあっさりと泣きやんだ。

「怖がりながら抱くから、シンジも怖がってしまうんですよ」
「……ごめん」

その後画像は途切れ、今度はユイとキョウコが二人並んでカメラ目線で立っていた。
シンジとアスカはどこかに寝かしつけて来たようだ。

「キョウコ、やっぱり恥ずかしいよ」
「ユイ、こう言うのも楽しい思い出の一つよ」

顔を見合わせて二人は呟きあっていたが、意を決したようにユイがカメラの正面に立ち、キョウコが後ろに下がって笑顔を向けている。

「未来の私とシンジへ。私はシンジを正しく育てられていますか?私はシンジにお金持ちでも頭の良い子でも無くていいから、人の痛みや喜びが分かる、優しい子に育ってくれたらいいと思います。私に似たら将来は頭のいい学者さん、ゲンドウさんに似たらスポーツ選手になっていたらいいかな、なんてちょっと期待しています」
「シンジ君、うちのアスカちゃんがわがまま言っても、優しくしてあげてね」

キョウコがユイの後ろでカメラに向かって手を振っていた。

「シンジ、アスカちゃん。あなたたちに平和な生活を送ってあげられなくてごめんね。でも、きっと私たち大人が頑張ってこの戦いを終わらせようと思います。もし私たちの手で使徒を倒す事が出来ないとしたら……勝手なお願いだと言う事は分かっています。あなたたちの手で平和をつかみとってください。そしてあなたたちの子供には平和な生活を送らせてあげてください」

ユイとキョウコが揃ってカメラに向かって頭を下げた。

「シンジ、生まれてきてくれてありがとう」

テレビの映像はそこで途切れた。
見終わった面々はなお余韻に浸るように黙っていたが、アスカがため息交じりに呟いた。

「アタシのママの動いている映像が見れて良かった。アタシの家が火事で焼けちゃった時、残ったママの品物はアタシが持ち歩いていた写真だけだったし」
「確か、アスカのお父さんの寝タバコが原因で出火したんだよね」
「アタシは今でもパパが寝タバコしたなんて信じられないけどね……」

アスカがコウゾウやゲンドウ、リツコが固まっている方に視線を向けると三人は慌てて視線を避けようとする。
アスカがネルフの大人を完全に信用しきれないのはアスカの母親が実験で弐号機に取り込まれた直後に起きた火災に関する説明が原因だった。

「ユイさんはね、エヴァ初号機に取り込まれてしまうあの実験の直前に受精卵を摘出されたの」

リツコから初めて聞く事実にアスカとシンジは驚いた。

「ユイと私は男の子が生まれたらシンジ、女の子が生まれたらレイと名づけようと話していた」
「じゃあ、綾波は僕の……?」
「ああ、レイはお前の妹同然の存在……いや、れっきとした妹だ」

ゲンドウの言葉にシンジとアスカとレイは顔を見合わせた。
そしてお互い照れ臭そうににっこりほほ笑むと手を握り合った。

「改めてよろしく頼むよ……レイ」
「うん……お兄さん」
「アタシもこれからレイって呼ばないとね」
「分かったわ……お姉さん」
「お、お姉さんって! まだ早いわよ!」

真っ赤になったアスカを見て部屋の中に笑い声が響いた。

「シンちゃん、あなたのお母さんの思い受け取れたかしら?」

ミサトがそう声をかけると、シンジは真面目な顔で頷いた。

「はい、エヴァンゲリオンと使徒との戦いは僕たちが終わらせます」
「アタシたちは次の世代に先延ばしにしたりしません」

シンジたちの誓いを聞いたゲンドウは席を立ちあがった。

「先生、後はよろしく頼みます」
「おい、碇」
「父さん、またそうやって僕の前から逃げるの?」
「お父様には失望したわよね。そう思わない、レイ?」
「司令、交代」

ゲンドウは肩を落として観念して着席した。
後にゲンドウの涙を見たトウジたち三人はいい父親だと印象を改める事になる。

「なんか、ミサトさんの誕生日なのに僕がプレゼントをもらったようですいません」

ミサトは笑顔で人差し指を振りながら笑顔で答えた。

「家族の笑顔を見られるのがあたしにとって最高のプレゼントよ」
「でも、僕とミサトさんは赤の他人ですよ?」
「シンジ君、ミサトの家族はね、世界中に居るのよ」

リツコは不殺の精神を貫くミサトの苦悩を思うと心を痛めた。
家族同士が傷つけあう戦争と言う現実。
使徒との戦いが終わってもミサトの悩みの種は尽きないのだ。
戦争が無くならない限り。

 

<ネルフ本部 第一発令所>

加持邸でのパーティが終わって数日後。再び初号機の起動実験が行われた。
ミサトとリツコはシンクロ率を示すモニターを見て笑みをこぼした。
好調であるアスカを追い抜き、戦闘にも十分すぎるほどの数値である。
初号機で使徒と戦う事が出来るのはシンジにとって喜ばしい事だった。
起動実験が無事終了した翌日、第三新東京市にまた新たな使徒が現れた。
空中に漂う使徒の目が光ると、十字架の形をした光の柱が巻き起こる。
足止めのために威嚇射撃を行っていた地上部隊は一撃で壊滅した。
発令所に居たオペレータの日向マコトはぼう然として被害状況を表示するモニターを見ている。

「特殊装甲を一瞬で破壊するなんて……化け物だ」

彼がそう呟くと同時に発令所のドアが開き、ミサトが姿を現した。
使徒を発見するのが遅すぎた……この様子では作戦を建てる時間すらない。
すると、非常事態宣言の報を聞きつけて学校から駆けつけたシンジたちが到着し、エヴァに乗り込んだようだ。
エントリープラグ内からの通信が発令所に届く。

「ミサトさん、出撃命令をしてください!」
「でも、あんな強い使徒を相手にしたらあなたたちが……」
「今、アタシたちが出撃しないと手遅れになっちゃうわよ!」
「お願いです。出させてください」

シンジたちが言っている事は事実だった。
ミサトがここで迷っていたら使徒は確実に侵入してくるだろう。
ミサトは悔しそうに唇を噛んでマコトに命令を下した。

「エヴァの地上迎撃は間に合わないわ。三機をジオフロント内に配置して!」

エヴァ三機はジオフロントへと射出された。
次の瞬間、ジオフロントが大きく揺れた。
使徒がさらに攻撃を加えたようだ。
ジオフロントの天井に地上へと通じる大きな穴が口を開けた。
どうやら、今の攻撃で完全に装甲の層に穴が開いてしまったようだ。
使徒がその穴を通ってジオフロントに降下してきた。
一番使徒に近いのは初号機だった。
初号機はパレットガンで使徒を撃つが、効き目が無いように感じられた。

「コアに直撃しているはずなのに、どうして倒せないんだよ!」

シンジはエントリープラグの中でそう叫びながら、ロケットランチャーやバズーカ砲を発射する。
使徒が突然剃刀のような腕を初号機に向かって伸ばす。
そして、初号機の左腕は切り離された。

「うわあああああ!」

シンジの肩に左腕をもがれたような痛みが走る。
シンジの苦しむ様子は発令所のモニターにも映し出された。

「初号機の神経接続を切断して!」

リツコの指示により、エントリープラグ内のシンジは痛みから解放された。初号機の戦闘不能を察知したのか使徒は移動を始めた。
使徒の行き先には弐号機が居る。アスカがこのような痛みを味わい最悪の場合死んでしまうかもしれないと言う想像にシンジは寒気を覚えた。

「ここで動かないと、アスカが……ねえ母さん、僕を、アスカを、レイやみんなを助けてよ!」

モニターを見ていたマヤが驚いて叫び声を出す。

「初号機、再起動! シンクロ率が猛スピードで上昇中です!」
「シンクロ率100%、150%、200%、止まりません!」
「まずい!」

マヤとシゲルの報告に、コウゾウは慌てて前かがみになりモニターを見詰めた。
ゲンドウの額にも汗がにじんでいる。

「シンクロ率400%、測定限界を超えました! 」
「何だと……」

コウゾウは頭を抱えて倒れこんでしまった。
ゲンドウもあまりの事態に腰を浮かしてモニターを眺めた。
発令所に居る全員がぼう然としてモニターを見詰めることしかできなかった。

「エントリープラグ内にサードチルドレンの姿がありません!」

再びモニターに映し出された初号機のエントリープラグ内の映像は、LCLにプラグスーツの抜け殻が漂っているだけだった。
零号機のレイと弐号機のアスカがそれを目撃すると、頭を抱えて叫ぶ。

「お兄さん……!」
「シンジっ!」

レイとアスカはエントリープラグの中で気を失ってしまった。



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