チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第十四話 ゼーレ、新議長の座


<ドイツ ネルフ支部 通信会議室>

ドイツネルフ支部は表向きはネルフの支部であるが、実質的にはネルフの上部組織であるゼーレの本部と同義だった。
ホログラフであるが、日本支部のゲンドウを除く全員が終結していた。
モニターには今までの使徒戦の戦績が表示されている。

「使徒は順調に倒されているようですな」
「何も問題は無いように見えますが」
「キール議長、我々をこうして集めた訳をお聞かせ願いましょうか」

ゼーレのメンバーたちは静かにキールの言葉を待つ。
発言を促されたキールはゆっくりと話しだした。

「実は、ネルフが加持ミサトを中心にまとまりつつあるらしいのだ」
「それは良くない事態ですな。内部を固められると手を出しにくい」
「碇ゲンドウ。彼がネルフの長ではなかったのですか?」
「どうやら奴も上手く丸めこまれているらしい」

ゼーレのメンバーたちは腕を抱え込んで考え込む。
一人だけ余裕の構えを崩さないキールを見て、メンバーの一人がキールに声を掛ける。

「議長は何かお考えがございますかな?」
「加持ミサトをゼーレの顔役にしようと思うのだが」

ゼーレのメンバーはキールの発言の真意がサッパリわからず、思考を停止してしまった。
長い長い沈黙が会議室に染み透っていく……。
キールは穏やかに次の言葉を紡ぎ出す。

「理由は、まず碇ゲンドウに焦りを与え、加持ミサトと対立させるため。そしてゼーレの印象を変え、表世界からも資金を集めやすくするためだ」
「これは奇策にして妙案ですな。しかし奴が応じますことやら」
「そう上手く我々の操り人形になってくれますかね」

ざわめき立ったゼーレのメンバーたちをキールはゆったりとした態度で鎮まるのを待つ。
静まり返ったのを見てキールは話を再開する。

「加持ミサトは階級が低い事を理由に機密情報を知らされない事にかなり不満を抱いている。またゼロ・チルドレンの秘密や家族の事など弱みをかなりこちらが握っている」
「しかし、人類補完計画の事を深く追求されると困る」
「なあに、しょせんは肩書だけのお飾りだ。作戦立案などの用事が山積してゼーレにはほとんど顔をださないだろうよ」
「最後には全ての罪を被って……というシナリオですな。さすがキール議長、人が悪い」
「加持ミサトが応じればそれでよし。断ってもゲンドウの耳に入れば、穏やかではないはずだ」

こうしてゼーレの意見が一致し、会議はひとまず解散となった。

 

<ネルフ本部 エヴァ実験棟>

そのころ、日本のネルフ本部では零号機と初号機のパイロットを入れ替えて起動する相互起動実験が行われていた。

「レイ。どう? 初めて初号機に乗った感想は」
「……碇君と一つになった感じがする」
「なんですって、よくもまあそんなずうずうしい事が言えるわね!」

レイにシンジを盗られた気分になったアスカは怒り心頭に発したようで、同じく実験を見学していたミサトに噛みついた。

「ねえ、ミサト。アタシも初号機に乗せてよ」
「アスカ、無理言わないでよ」
「テストの邪魔をするなら出ていきなさい、迷惑よ!」

リツコの一喝によりアスカはおとなしく椅子に座った。
次はシンジの番だ。

「シンジ君、どう? 初めて零号機に乗った感想は」
「何か暖かい、まるで母さんに優しく抱かれている感じがする」
「レイ、良かったわね、お母さんに見られていて」

アスカはテストを終えて戻って来たレイに嫌みたっぷりに言った。

「うん、それでも碇君と一緒に居られるならそれでいい」
「へこたれない子ね」

アスカは盛大に椅子からずっこけた。

「二号さん、今夜はニンニクラーメンをお願い。チャーシュー大盛りでね」
「なんでアタシがそんなもの作らなきゃならないのよ!」
「だって私はお母さんだもの、クスクス」
「うるさい、静かにしないと叩き出すわよ!」

リツコのこめかみには青筋が立っていた。
アスカとレイは冷汗を流しながら椅子に座り直す。

「シンクロ率は初号機の時とそう変わりませんね」
「これで例の計画も実行できるわ」
「ダミープラグですか? 私は反対です」
「マヤっち。あたしはなるべくあの子たちにエヴァに乗って戦って欲しくないと思っているの。これからもっと強力な使徒が出てくるかもしれないし、あの子たちが傷つくなんて事、あってはならないもの」

ダミープラグ計画はミサトが積極的に推し進めていた。
しかしミサトはダミープラグの素体が綾波レイであることを知らずに、オートパイロットと同じく人工知能、最悪でもブレインコピーの技術が使われているのだろうと思い込んでいた。
零号機のエントリープラグに座っていたシンジは、映像のようなイメージが自分の脳に直接流れ込んでくるのを感じていた。

「なんだこの感じ……綾波レイ?」

笑っているシンジ。
泣いているシンジ。
怒っているシンジ。
照れているシンジ。
色々な自分の顔が浮かび上がってくる。
「綾波」
「綾波?」
「綾波!」
「綾波……」
今度はレイを呼ぶ自分の声が聞こえて来た。

「綾波がこんなにも僕の事を考えていたなんて」
「……父さん?」

父ゲンドウの様々な表情が浮かび上がり、レイを呼ぶ声が聞こえてくる。

「笑っている父さん。頭を優しく撫でている父さん。綾波は僕の知らない父さんをたくさん知ってるのか」
「碇君、私と一つになりましょう。それはとっても気持ちのいいことなのよ」

シンジの目の前に一糸まとわぬ裸の綾波レイのイメージが現れた。
気がつくと自分も生まれたままの姿になっていた。
レイはシンジに向かって滑空するかのように迫って来た。

「綾波、止めてよ!」

シンジがレイのイメージを拒絶すると、意識が無くなるのを感じた。
実験棟に警報が鳴り響く。

「実験中止、電源を落として!」
「停止まで後30秒!」

制御不能に陥ったエヴァ零号機は今まで無い出力で実験棟の強化ガラスを叩き破った。
その場所はアスカとレイが座る席の正面だった。
レイは衝撃で部屋の隅に飛ばされたようだが、アスカは椅子や機材の下敷きになって挟まれて動けなくなってしまった。

「アスカ、危ない!」

アスカは機材ごと零号機につかまれて持ち上げられてしまった。
アスカの周りを囲んでいる機材が音を立ててひしゃげていく。

「アタシ、シンジに握りつぶされて死んじゃうんだ……それもいいか……」

アスカを助けようとミサトが力を解放しようとしたその時、零号機は動きを止めた。

「零号機がアスカを殺そうとしたの!?」
「シンジ君は意識不明状態だからそうとしか考えようがないわね」

リツコとミサトが暴走の原因を探っている様子をレイは眺めていた。
マヤは震えるアスカを医務室に連れて行っていた。

「あれは私が心の奥底で思っている事……?」

レイは停止した零号機をにらみ付ける。

「いえ、私は彼女を憎んではいない。エヴァの中に居る『誰か』の仕業ね。私の心を読み違えたの?」

実験棟から引き揚げた早々ミサトはリョウジから呼び出しを受けた。

「何?重大な連絡って」
「ミサト、ゼーレって知ってるか?」
「確か、あたしのお父さんの研究資金を出した組織よね。噂ではネルフの上位組織だって言う」
「そこから新議長指名の打診が来ている」
「なんで、あたしがトップに?」
「さあな、ただ裏社会に生きる組織だけあって一筋縄ではいかない連中だぞ。引き受けるのか?」
「そうね、引き受けるにしてもただでは引き受けないわ」

ミサトは不敵な笑みを浮かべてそう答えた。

 

<ネルフ本部 司令室>

司令室に居たゲンドウとコウゾウの二人は突然ゼーレからその通達を受けた。
落ち着いた姿勢を崩さないゲンドウに対してコウゾウはいらだった様子だ。

「碇。これはお前をバカにした行為だぞ」
「ふっ、これはゼーレの安っぽい挑発ですよ」
「加持三佐の地位がお前より上になるんだぞ、命令を聞かなくなったらどうするつもりだ」
「彼女はそこまでごう慢じゃありませんよ」

ゲンドウはこの策略がネルフの内部混乱を狙ったものであることを見抜いていた。

 

<ネルフ 301病室>

アスカは検査の結果、全く怪我などはしていないことは判明したが、零号機に握りつぶされそうになった恐怖からベッドの中で震えていた。
自分の分身として頼れる存在だったエヴァがこんなに怖くなることがあるとは、全く想像できなかった。
アスカは正面からシンジに、背中からレイに抱きしめてもらっていた。

「アタシは、あんなものに乗って戦わなくちゃいけないの……」

後日、アスカはなんとかエヴァに乗れるまで復帰したが、以前より大幅にシンクロ率が低下してシンジに追いつかれそうになっていた……。



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