チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第九話 瞬間、心、通わせて


<ネルフ リツコの部屋>

一人の女性がイラついた様子でキーボードを叩いている。
その女性はネルフ技術部の長、赤木リツコである。
普段冷静で知られる彼女が落ち着かない原因は、後ろで二人の世界を作っている男女にあると思われる。

「リョウジ、今度は一緒に居られるのね?」
「ああ、弐号機の輸送任務が終わったら本部に転属になってな」
「これからが楽しみね」

リツコはついにこらえ切れなくなって、ミサトとリョウジに怒鳴り散らした。

「加持君。あなたは私にあいさつに来ただけでしょう!? そう言うことはミサトの部屋でやってくれるかしら」

その言葉にミサトは口をとがらせる。

「まあ、リッちゃんも辛い恋をしているからなあ」
「司令はユイさんを捨てきれないからね」

この二人に相談を持ちかけたことをリツコは後悔していた。
もっとも相談したところでどうにかなるものではなかったが。

「出て行きなさい!」

ミサトとリョウジはリツコに蹴り出された。
その時、警報がネルフに鳴り響いた。

「警戒中の巡洋艦より入電! 宗谷岬の北方40kmの沖で正体不明の移動物体を確認」

 

<北海道 稚内市 宗谷岬>

輸送機に乗せられたエヴァ三機が到着したとの知らせを受け、戦略自衛隊の兵士たちは歓声を上げる。

「日本に来て最初のデビュー戦、一緒に頑張ろうね、シンジ」
「セカンド、私も居るわ」
「うっさいわね、レイ。それと、アタシをセカンドと呼ぶな!」

アスカとレイは常日頃から小さなことで争っている。
争いの種の当事者であるシンジはそんなことには気づかずにため息をついていた。

「敵は遠距離攻撃はしてこないようだけど、どんな攻撃をしてくるか不明よ。まず、レイのポジトロンライフルで様子を見て……」

ミサトの作戦内容にアスカは不満で一杯だった。
自分の格闘技術を振るう機会がないと思ったからだ。
レイのポジトロン・ライフルが弾を放つ。
弾は使徒のコアと思われる光の球を貫いたが、使徒は動きを止めずに近づいて来た。
ミサトはその様子を見て、自分の無力さに顔をしかめた。
辛そうな表情をしながら命令を下す。

「アスカ、その使徒には遠距離攻撃は無効みたい。先制攻撃で一撃必殺、頼むわよ」
「OK、ミサト!」

アスカは見せ場ができたと喜び勇んで使徒に向かっていった。
ミサトはアスカの格闘能力を高く評価している。

「てやあっ!」

アスカの叫び声と共に飛び上がった弐号機は使徒に手刀を振り下ろした。
使徒は真っ二つに切り裂かれ、動きを止めた。

「どう、アタシの活躍見てくれた?」

アスカは初号機の方に振り返って、嬉しそうに声をあげた。

「アスカ、後ろっ!」

シンジの叫び声に反応したアスカは急いでその場を飛び退く。
そこに使徒のかぎ爪が振り下ろされた。
アスカは後ろに下がりシンジとレイの居る場所まで戻り、体勢を立て直す。

「こんなの、インチキだわ。人間の遺伝子に近いものを持っている使徒がアメーバみたいに分裂するなんて、科学的にあり得ない……」
「光球が三つあるから、おかしいとは思っていたけどまさか分裂するとはね」
「ミサトさん、何かいい作戦は思いつきませんか?」
「そんな、急には考えつかないわ! 私任せにしないであなた達も考えなさいよ!」

ミサトは予想外の事態に苛立っていた。
それは、同じ戦闘指揮車に乗っているオペレーターの三人とリツコ、リョウジにも伝わってきた。

「コンピュータシミュレーションを繰り返さないと、使徒の弱点を分析するのは無理だわ」

リツコの言葉はミサトに届いていたが、ミサトはまだ作戦を考える事に没頭していた。
こちらにはエヴァが三機。
もし、使徒が三体に分裂しても数の上では互角。
そのことが撤退の決断を遅らせたのかもしれない。
アスカとシンジは前面に出て、格闘戦が苦手なレイを守る形で使徒と向き合った。
突然使徒が手のようなものを一番上にある光球に近づけると、眩しい光を放った!

「うわ、まぶしい!」
「め、目がくらんで……!」
「た、太陽の光……?」

エヴァに乗っていた三人、稚内市内に配置された作戦指揮車に居たミサトたち、ネルフ本部の発令所でモニター越しに戦闘を見守っていたメンバーは目がくらんでしまった。
……ただ一人、サングラスをかけて司令席に座っていた男をのぞいて。
ゲンドウは使徒が三体に分裂し、そのうち二体がシンジとアスカの後ろに回るのを見た。

「やっと目が見えてきた」
「何だったのよ、いったい」

シンジとアスカは目の前に立ったままの使徒をにらみつけた。

「使徒がエヴァの後ろに回り込んでいます!」

マヤは警告を発したが、もう遅かった。
初号機と弐号機は後ろから羽交い絞めにされて、使徒につかまれて持ち上げられ、投げ飛ばされた。
そして使徒三体は零号機に向かってゆっくりと歩き出した。
それを見たミサトはオペレーターの一人、日向マコトに告げる。

「至急、戦略自衛隊に言って、N2爆雷を投下するように頼んで」
「それは、どういうことですか?」

ミサトはその問いかけには答えず、作戦指揮車を飛び出し、側に止めてあった青いルノーに乗り込んだ。
そのミサトの行動の意味を察したリョウジは戦略自衛隊の知り合いに電話を掛ける。

「戦闘機を一機、用意してくれ。なるべく足が速いやつを頼む!」

投げ飛ばされた初号機と弐号機は仲良く摩周湖に水没していた。
水面に落下したので、機体自体の損傷は少ないようだ。
一方、零号機はオホーツク海の海岸で、迫りくる三体の使徒から逃げ回っていた。
追っている使徒の動きは非常にゆったりとしたものだったが、三体一では分が悪すぎる。
そこにミサトの運転する青いルノーが波打ち際に姿を現した。
驚いたレイは声をあげる。

「加持一尉?」
「レイ、そこから退却しなさい」

作戦指揮車からリツコの通信が聞こえた。

「でも、加持一尉が……」
「これは、命令よ」

リツコの『命令』という言葉にレイの体は勝手に動き出す。
零号機は海岸から離れていく。
それを確認したミサトは『力』を覚醒させる。
目が赤色に変わり、髪は紫を帯びた黒髪から銀髪へと変わる。
すると三体の使徒は零号機では無く、ミサトの運転するルノーを追いかけはじめた。
ルノーに先導され、四体の使徒は一丸となってオホーツク海に向かっていく。
ルノーは海面を滑るように進んで行く。
戦略自衛隊の戦闘機もN2爆雷を投下する準備が整ったようだ。
突然、使徒の先を行くルノーの動きが止まった。

「ああっ、こんな時に燃料切れなんて、あたしとしたことが抜かったわ!」

ルノーの運転席に座っているミサトは毒づいた。
使徒との距離は縮まっている。
ここでN2爆雷を投下されたら確実に巻き込まれる。
戦略自衛隊の作戦司令部もパニックになっていた。

「あのままでは、ミサトさんが巻き込まれます!」
「しかし、使徒を足止めする機会はこのタイミングしかない。彼女は身を犠牲にして使徒を止めると言ってきたのだ」
「N2爆雷投下まで後20秒」
「一同、ネルフの戦女神に敬礼!」

戦略自衛隊の作戦司令部にいるものたちの中には涙を流す者も居た。
以前は敵対することのあった組織だが、ミサトの数々の偉業は伝わっていたのだ。
誰もがミサトの死を受けとめようとしていた。

しかし、その時戦略自衛隊の戦闘機がマッハを超えるスピードで飛来した。
気づいたミサトはルノーから飛び出し、機体になんとか捕まることができた。
機体がロシアの空に消え去った直後、N2爆雷は使徒に向かって投下された。
使徒は構成物質の45%を焼却され、再度侵攻までしばらく時間が稼げるとの報告がなされた。

 

<ネルフ 作戦会議室>

「ああ、生きて帰れたのはいいけど、水陸両用に改造したルノーちゃんが無くなったのは痛かったな……」

無事に生還したミサトはゲンドウに出頭命令を受け、作戦会議室まで出向いた。

「使徒は分裂して互いを補完し合っているようです。これを撃破するには、使徒の三つのコアを同時に攻撃する必要があります」
「加持一尉。何か作戦はあるかね」
「はい。エヴァ三体でユニゾンを行い三つのコアに対して同時攻撃を行います」
「それで、気ままに動く使徒にどうやって同時攻撃が行えるのか、答えたまえ」
「先日の海上の使徒戦の時のために、技術部で作成した強化網を使って使徒を一網打尽にする作戦があるのですが……」
「君にしては歯切れが悪いな。何か問題点があるのか?」
「はっ、ユニゾンに使用する最適な教材が見つからないのです」
「……そうか。全てこちらに任せたまえ。行っていいぞ」

ミサトはゲンドウのその言葉に敬礼して作戦会議室を辞した。
室内にはゲンドウとコウゾウの二人が取り残される。

「……どういうつもりだ、碇?」
「そんな怖い顔をしてどうしました、先生」
「活躍の機会ができたからって、調子に乗ってはいまいか?」
「……そんなことはありません」
「外交はワシに任せきりだろう。機密保持の件は加持君と赤木君任せ。お前は何の役にも立ってないではないか」
「……問題ありません」

ゲンドウは図星を指摘されてかなり焦っていた。
戦略自衛隊よりネルフ司令である自分の時代が来たと思ったのにそれは他人のフンドシだったのか。
なんとかせねば……。

 

<第三新東京市 加持邸>

「ええっ、アタシとシンジが一緒に住んでいいの?」

アスカはとても嬉しそうに両手を胸の前で組んだ。

「そう、次の使徒戦にはユニゾンが必要になるの。だから生活を共にしてお互いのリズムを整えるの」
「セカンドが夜中に碇君に襲いかかったらどうするんですか?」

レイは険しい表情をしている。

「大丈夫。レイ、あなたも一緒にユニゾンをするんだから、このうちに泊まり込みよ。エツコとヨシアキのやつは修学旅行で留守にしているから、部屋も空いているしね」
「レイがこのうちに住むなら、アタシはシンジと同じ部屋に……」
「こらこら。そんなことするのは一年早いわよ」
「加持一尉。そういう時は十年早いと言うんじゃないでしょうか」
「たはは。あたしはそんなこと言える立場じゃないからね……」
「……この好色」
「リツコが教えたのね、あんちくしょう」

荷物を置いて、落ち着いたシンジたち三人は頭にねじり鉢巻きをさせられていた。
ミサトもお揃いだ。

「ミサトさん、この鉢巻きはなんですか?」
「日本人はね、形から入るものなのよ」

加持邸の玄関のベルが鳴る。
誰かが来たようだ。

「おっと、ユニゾンダンスのコーチが来たようね」

ミサトの後に続いてリビングに入って来たのは、銀行強盗が被るような覆面をした、筋肉質に海水パンツ一枚と言う服装の怪しい男だった。
白い覆面の額には『G』と書かれており、ピンクの手袋をしている。

「今回、ダンスの振り付け指導をしてくださる、『G』さんです!」

ミサトは面白がって紹介をしたが、シンジたち三人はショックで固まってしまい、動くことができなかった。

「はい、ではまず、ダンスの前の柔軟体操から〜」

ミサトと覆面男は柔軟体操を始めたが、シンジたちはまだ石像と化している。

「するなら早くしろ、でなければ出て行け!」

覆面男の声はくぐもっていたが、シンジたちはその口調から正体に感づいたようだった。

「やっぱり、司令よね?」
「……父さんだね」
「シンジ、無駄口を叩くな!」
「何で、僕の名前を知っているんですか?」
「うるさい、黙れ!」

覆面男の中の人物は、自分の正体がばれないと確信しているのか、いつもより大きな態度をとり、よくしゃべるようになっていた。

「それじゃあ、ミュージック・スタート!」

ミサトがラジカセのスイッチを入れた……。

ヤーレンソーランソーラン……ラジカセからはソーラン節が流れ始めた。

「アスカ君! 恥ずかしがっているんじゃない! もっとこう、船をこぐようにするんだ!」

ニシン来たかとカモメに問えば……

「シンジ! リズムが乱れているぞ! ここは一定の間隔で腰を揺らすんだ!」

チョイヤサエッエンヤー……

「レイ! もっと力いっぱい引っ張るんだ!」

覆面男Gとシンジたちの特訓は毎晩遅くまで、連日にわたって行われていた。
最初はとても嫌そうな表情でソーラン節を踊っていた三人だった。
しかし、今では真剣に、そして楽しそうに踊りにのめりこんでいる。

「凄いわ、三人とも。だんだんとユニゾンができている」
「父さん、ありがとう。僕、父さんに物を教わったのは初めてだよ」
「おじ様も結構やるじゃない」
「司令。……素敵」
「わ、私は碇ゲンドウではない……頑張るんだぞ三人とも」

覆面男Gは最後に三人と固い握手を交わして去って行った。

「碇のやつ、苦情処理を全部ワシに押し付けよって……!」

コウゾウはUNからの請求書、被害にあった各団体からの陳情書の処理に追われていた。
ミサトは人気があるのでそちらの方には行かなかったようだ。
使徒に対して攻撃を仕掛ける日の前夜。
アスカはシンジの部屋に忍び込んでいた。
シンジはぐっすりと眠りこんでいて、起きる様子は無かった。

「ふふ。シンジったら可愛い寝顔しちゃって。今日こそシンジはアタシのものだってわからせてやるんだから」

アスカは寝ているシンジに唇を近づけていく。
そして二人の唇が重なる直前。

「セカンド。碇君に何をしようとしているの」
「レ、レイ! アンタ見てたの?」

アスカの叫び声にシンジも目を覚ましてしまった。

「あ、アスカ?綾波?」
「抜け駆けは許さない……」
「わ、わかったわよっ!」
「ダメ。あなたは信用できない。だから私が碇君の側で一緒に見張っているの」

レイはシンジを引っ張って押し倒す。

「ダメ!シンジはアタシといるの!」

アスカは反対側からシンジに飛びついた。

「ああ……綾波とアスカの匂いがする……」

シンジはうっとりとした表情を浮かべて寝転がったまま固まってしまった。
二人は話し合いの結果、シンジを抱きしめたまま寝ることにした。

 

 

<ネルフ 発令所>

三機のエヴァ。
三人のパイロット。
対使徒足止め用ネット。
耐閃光衝撃サングラス。
全ての準備が整ったネルフは三体に分裂したイスラフェルが再び移動を開始したとの報を受けて迎撃地点へと急いだ。
その上空に位置する加持リョウジが搭乗する戦闘用ヘリコプターには対使徒足止め用ネットがくくりつけられていた。
まず、ミサトが乗った戦闘機が使徒たちの注意を引きつける。
素早い動きで使徒の攻撃を次々と交わしていく。
そして、使徒がある程度の範囲にまでまとまった。

「今よ、リョウジ君。ネットを投下して!」

リツコの合図と同時に網が使徒に覆いかぶさる。
パニックになった使徒は必死に網を振り払おうともがき、
さらには閃光まで発したが今のシンジたちには効果が無かった。

「ミュージック、スタート!」

♪ヤーレン、ソーラン……
音楽に合わせてシンジたちはゆっくりと力強く網を引っ張って行く。
網がすぼまり、三体の使徒同士の距離が少しずつ縮まって行く。
♪わたしゃ立つ鳥 波に聞け チョイヤサ エッエンヤー……
網が最大限まで強く引っ張られた。
使徒同士の体はきつく締めあげられている。
♪ハー ドッコイショ ドッコイショ
「「「「どっこいしょ!」」」」
「「「「どっこいしょ!」」」」
歌詞と同時に三機のエヴァは二回ユニゾンして使徒イスラフェルのコアに向かってキックを叩きつけた。
使徒三体から火柱が上がり、火が治まった後には使徒は燃えカスとなっていた。

小説の本文の中に、北海道民謡「ソーラン節」の歌詞を使わせて頂いています。
(50年以上前の民謡なので問題は無いと判断させて頂きました)
※2011/08/05 小説家になろう運営グループからの告知を受けての追記です。



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