チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第八話 アスカ、再来日


<太平洋艦隊 OTR旗艦>

加持リョウジと惣流・アスカ・ラングレーはドイツ支部から日本の本部に異動するため、弐号機とともに国連艦隊の戦艦に乗り込んでいた。
アスカは幼い頃に一時期日本に滞在していたことがある。
久しぶりの日本だった。

「アスカ、甲板の上は風が強いぞ。ワンピースはまずいんじゃないか?」
「いいの、一番のお気に入りをシンジに見せるんだから」

上機嫌のアスカに保護者であるリョウジが話しかける。

「それに、そんな色あせたリボンでいいのか?」
「この赤いリボンはその……大切なものなのよ」

アスカはいとおしそうにくたびれた感じのリボンを撫でた。
アスカはシンジの写真が貼られているネルフの書類をニコニコして眺めていた。
そして赤いS-DATを大切そうに手に取ると、耳にかける。
リョウジは出発前にミサトからレイとシンジの仲が良い事を聞いている。
アスカに結局そのことを言えなかった自分を責めていた。

 

一方シンジはミサトとレイと一緒に同じ艦に乗り込んでいた。
ケンスケがいくら頭を下げてお願いしても、ミサトは民間人を連れて来るわけにはいかなかった。
シンジとレイ、どちらかが使徒に備えて本部で待機していなければならないのに、
ゲンドウから許可が出た方がミサトには不思議だった。
ミサトはアスカとレイが出会ったとたんに喧嘩しなければいいけれど……と心の隅で心配した。
心の大部分は他のことでいっぱいだった。

「やっと会えるわね。リョウジ……」

ヘリから降りたシンジとレイは並んで甲板をゆっくり歩く。
それに対しミサトは猛牛のごとく目標に突進していた。
先に甲板に立っていたアスカとリョウジの二人は向こう側から紫色の髪をなびかせて接近してくる人影に驚いていた。
リョウジはその迫力に押され回れ右をして逃げた。

「ミ、ミサト……!」

ぼうぜんとするアスカの横をミサトがさっそうと通り過ぎ、ミサトはリョウジの後ろまで迫っていた。
振り向いたリョウジにミサトはフライング・ボディー・アタック。
押し倒すと同時にミサトはリョウジと唇を重ねていた。

「ミサトって相変わらず愛情表現が過激よね……」

それを眺めていたアスカはミサトの事を思い出し、このくらいは普通だと考えた。

「君がセカンドチルドレンの惣流さん? 僕はサードチルドレンの……」

アスカの後ろから声がかけられる。
サードチルドレンと言う言葉に声の主はシンジだと思い、アスカはとびっきりの笑顔を浮かべて振り向いた。

「久しぶりね、シンジ!」

アスカはシンジの隣にレイが立っているのを見ると、その顔が太陽から大嵐に変化した。

「な、何よ、その娘は!」
「ああ、同じエヴァのパイロットの……」
「そう言う意味じゃない!」

アスカはシンジに平手打ちをくらわせた。
その時、強風が吹き、アスカのワンピースがまくれ上がった。

「きゃあああああ!」
「……」
「な、なんでアンタ、アタシのスカートの中を見ても平気なのよ!」
「ミサトさんで慣れちゃってるから……」
「まったく、なんて教育してるのよ、ミサトは!」

シンジは加持家の生活ですっかりそういう方面に耐性が付いてしまった。

「ところで、初対面でいきなりビンタするなんてひどいよ、惣流さん」
「え……? アタシの事覚えてないの? ……それって新しい冗談よね?」

アスカはシンジの肩をつかんで激しく揺さぶった。

「碇君。セカンドとどういう関係なの?」
「この……バカシンジ!」

アスカがもう一度シンジに平手打ちをくらわせる。
蒼い目から涙がこぼれ落ち、うつむいたきり何も言わなくなってしまった。
ミサトとリョウジが驚いて駆けつける。
ミサトはアスカをリョウジに任せて、シンジとレイと共にブリッジに向かった。

「おお、ミサト君かね。すっかり大きくなって。うん、予想通りの美人になったな」
「いやですわ、おじ様。誉めても何も出ませんよ」

ミサトとOTR艦長は笑顔で握手を交わす。
シンジは二人が古くからの知り合いのように見えた。
事実、ミサトは14歳の頃、OTR艦長と戦争を共にしている。

「私の方も久しぶりに若いものと共に戦えて嬉しいよ」
「この度はエヴァ弐号機の輸送に志願してくださってありがとうございます」
「ああ、礼は要らない。私も君に会いたかったしな。輸送ぐらいしか助けることができなくてすまない」
「エヴァの為にこんなにもたくさんの大型戦艦をそろえてくださってありがとうございます」

ミサトは決して予知能力者ではないが、弐号機の輸送中に海上で使徒に襲われることを想定した作戦を前もって考えていた。
エヴァの水中戦闘は今のところ無理だ。
水中用装備を作る時間も予算もない。
そこでなるべく足場を増やそうとしていた。
そして艦隊のフォーメーションも常識を裏返したものにしていた。
戦艦同士を鎖のようなものでつなぎ、なるべく離れないようにした。
これは、三国志演義における赤壁の戦いで曹操軍が用いた連環の計そのものである。

 

ブリッジから出たミサトたち3人は、食堂で休憩を取ることにした。
別れていたリョウジとアスカも合流した。

「おかわり」

レイはすごい早さでハンバーグを平らげていく。
積み上げられた皿の数は10枚を軽く越えていた。シンジはせっせとレイにハンバーグを運んでいる。
アスカは赤いS−DATを握りしめながらそれを苦い顔で眺めていた。
ミサトとリョウジは久々に出会えた感激からか、しっかり見つめ合っていた。
そうしているうちに、やっとレイは動きを止めて満足げにお腹をおさえた。
シンジが席に座る。
アスカはこの時がチャンスとばかりにシンジに話し掛ける。

「ねえシンジ、S−DATは持ってきてないの?」
「あ、そういえば、ネルフに来たばかりの頃はよく持ち歩いて聞いていたけど、最近はみんなと話している方が楽しいから、持ってきていないな」
「ひっどーい、アタシはコレをシンジだと思って、肌身離さず持ってきてるのに! シンジはアタシを捨てたんだ!」

アスカは顔を真っ赤にして怒った。
シンジは逆に青い顔をしてしまう。

「僕は……アスカを知っていた……?」

そう呟くとシンジの顔色はさらに悪くなった。

「碇君?」
「シンジ君?」

レイとミサトがシンジの顔を心配してのぞきこんだ時、船体が大きく揺れた。

「水中衝撃波?」
「多分、使徒だな」
「アスカ、レイ。あなたたち2人は、弐号機に乗って使徒に備えるのよ」
「えー、なんでアタシの弐号機にファーストが乗るのよ?」
「アスカはまだ、実戦経験がないでしょう? レイは格闘戦が苦手。アスカ、レイの目の前で華麗な操縦テクニックを披露してあげなさい」
「そういうことなら……仕方無いわね。行くわよ、ファースト」

アスカとレイが食堂を出て、弐号機の元に向かっていく。

「アスカのプライドの高さをうまく利用するとは……ミサトはやっぱり先生に向いているかもしれないな」
「リョウジ、私はブリッジで指揮をとるわ。シンジ君をお願い」
「わかった。新しい家族の事は任せとけ」

ミサトも食堂を飛び出していく。
リョウジの携帯電話が鳴った。
表示を見てみると碇ゲンドウからだった。
例の積荷に関する指示だろう。
リョウジは電話には出ず、携帯電話の電源を切った。
彼にしては珍しいゲンドウに対する反抗である。
アスカとレイは弐号機の元にたどり着いた。
使徒は今のところ艦隊からは離れているようだ。
2人は急いでプラグスーツに着替える。
少しでもレイより優位に立ちたいアスカはエヴァの自慢を始める。

「零号機、初号機は試作機。でも弐号機は違うわ、これこそ実戦用に作られた正真正銘のエヴァンゲリオンなのよ」
「そう。よかったわね」

あっさりレイにスルーされてしまったアスカはずっこけた。
そしてアスカはレイと弐号機に乗り込む。
また船体が大きく揺れた。
使徒が艦隊に体当たりしているようだ。

「アスカ、電源を甲板に出したわ。人がいる建物を踏みつぶさないように取りに来て」
「了解。エヴァ弐号機、着艦しまーす」

アスカはゆっくりと甲板の上を伝って歩いて行った。
使徒が体当たりをしているとはいえ、鎖で繋がれた艦隊の揺れはそんなに大きくない。
弐号機は悠々と電源の接続に成功した。
一方使徒の方は、目的である艦隊の中心部にある旗艦になかなか近づくことができずに、ついに空中に高く飛び上がってしまった。
アスカはそれを見逃さなかった。
プログナイフを構えて、使徒の体を切り裂く。
傷を負った使徒は甲板に打ち上げられ、まな板の上の鯉となってしまった。
跳ねまわり水中に戻ろうとしたが弐号機にめった刺しにされて息絶えた。
多少壊れた戦艦はあったが、ほとんど被害も出ず、使徒戦は大勝利に終わった。

 

食堂に残ったリョウジはそこで使徒撃破の報告を受けた。
シンジは青い顔をして座っている。

「シンジ君。無理に思いだすことは無い」
「僕と……アスカのお母さんは、溶けてしまったんですね。初号機と、弐号機に」
「思い出してしまったのか……だけど、過去の悲しい出来事に囚われてはいけない。君とアスカは生きているんだからな」
「今だけは、泣いていいですか?」
「ああ」

リョウジは泣きじゃくるシンジを優しく抱きしめた。

 

<第壱中学校>

「ミサト先生がホームルームを担当するなんて、なんでですか?」

翌日。2−Aのクラスの教壇には現在の担任の根府川先生ではなく、前担任のミサトが立っていた。
ミサトはイベント好きだ。
面白い出来事があると参加せずにはいられない。
根府川先生はいつもの表情で教室の隅に立っていた。

「みんな、驚け!今日は転校生を紹介するっ!」

ミサトがそう言うと、シンジとレイにとっては見覚えのある少女が入ってきた。

「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくお願いします」
「アスカ、猫かぶってるよ……」

シンジは自己紹介をするアスカを見てそう呟いた。
とても平手打ちをする少女には見えない。

「じゃあ、質問のある人は言ってね」

ミサトがそう言うと、クラスの男子の一人が発言する。

「惣流さんって、彼氏いるんですか?」
「彼氏はいませんけど、好きな人はいます。碇シンジ君です!」
「ええー!?」

クラスから叫び声が上がる。

「碇、綾波だけじゃ飽き足らず、転校生にまで手を出すんじゃないだろうな」
「そら、ぜいたくちゅうもんや」
「碇君……そうなの?」

ケンスケとトウジとヒカリの三人に詰め寄られたシンジは必死に言い訳を考える。

「ち、違うよ。アスカはただの幼馴染で、ただ一緒にミサトさんの家で暮らしてる同居人だよ!」

シンジの言い訳は逆効果だった。
クラスは収まりがつかないほど大騒ぎになった。
ミサトはその光景をニヤニヤしながら眺めていた。
いやー青春しているわねえ。
ホームルームの時間が終わり、一時間目の社会の時間になって根府川先生が声を掛けても、ミサトはしばらく教壇から退くことはなかった。

 

<ネルフ 司令室>

司令室ではゲンドウが一人でデスクに座ってリョウジを待ち受けていた。
組まれた手の中で親指は激しく動いており、イラついているように見える。
リョウジが小さなカバンを持って中に入ってくると、せかすように手招きした。

「何故、私の帰還命令を無視した」
「はは、ただ遅れただけじゃないですか」
「君は私の駒だと言うことを自覚してくれなければ困る」

リョウジはためらいながらもカバンを机に置いて開いた。

「これがネブカドネザルの鍵か」

ゲンドウは食い入るように見つめていた。

「ええ、あなたの人類補完計画の要ですね」

リョウジが”あなたの”と言う言葉を強調して話すと、ゲンドウは声を荒げる。

「君の役目は終わった、立ち去れ」

リョウジは礼をして退席をしようとした。
しかし、彼の心にほんの少しだけいたずら心が芽生えてしまった。

「息子さん、昔の事を思い出したようですよ。奥様の事も、アスカの事も」

リョウジが部屋を去るまでの間、ゲンドウは石像と化していた。
彼は硬化が溶けた後、慌てて電話をかけた。

「……碇。計画に必要な例の物は手に入ったんだな」
「……」
「おい。黙っていては、わからんぞ?」
「先生、私は……」

冬月コウゾウは深いため息をついた。
この男は何処までも不器用なのだ。



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