チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第六話 熱戦、第三の少年


<ネルフ 発令所>

JA事件からしばらく経った日の事。
正八面体の姿をした巨大な物体が第三新東京市に接近していた。

「碇、未確認の飛行物体が接近中だ。たぶん第五の使徒だな」
「総員、第一種戦闘配置」

ゲンドウはそう言ってリツコに視線を送った。

「初号機は240秒後に出撃させます」

シンジは素早く初号機に乗り込む。
使徒は動きが鈍いし、距離もかなり遠かった。
先ほどネルフの技術部が開発したポジトロン・ライフルを使えば、遠距離から先制攻撃ができる。
そう考えたミサトはエヴァを即座に出撃させる判断を下した。

「発進!」

ミサトの号令と共に、初号機が射出される。
初号機が地表への通路を突き進んでいる、その時。

「目標内部に高エネルギー反応!」

オペレーターの青葉シゲルが声をあげた。

「なんですって!」
「円周部から収束して行きます!」
「すぐに初号機を格納庫に戻して!」

しかし、ミサト達の判断は数秒遅かった。
第五使徒ラミエルのレーザーはすでに初号機に向かって発射されていた。
シンジは反射的に両腕を前に出して体をかばう。
初号機もその動きに連動し、フィードバックの痛みがシンジの両腕に走る。

「うわああああああ!」

シンジの悲鳴が発令所に響き渡る。
次の瞬間、初号機は地中に収容された。
ミサトは自分の判断の甘さを悔やんでいた。
使徒がどんな攻撃をしてくるかわからなかったのに、簡単に出撃させるのでは無かった。
シンジの怪我の具合が心配だったが、ミサトは作戦を練らなければならなかったので、病室に行くわけにはいかない。
そこで、発令所で戦闘の様子を眺めていた綾波レイにシンジの病室に行くように頼んだ。

「レイ、病室にシンジ君の様子を見に行ってくれないかな?」
「加持一尉、それは命令ですか?」
「特別命令よ」
「命令なら、そうするわ」

レイはそそくさと病室に向かおうとする。
しかし、それをゲンドウが止めた。

「レイ、勝手な行動をするな」
「レイ、ニンニクラーメンチャーシュー大盛りをご馳走するから」
「司令の命令と……ニンニクラーメン」

レイはさっさと発令所を出て行った。
ゲンドウはがっくりと肩を落とした。
確かにミサト君の料理はうまい時はうまい。
この前食べたおはぎは絶品だったな……いかん、これでは司令としての面目が断たないではないか!
プライベートではミサトに手なずけられそうになっているゲンドウと冬月コウゾウだった。
運ばれて行くシンジに付き添ったレイによると、外傷は無く、命に別条も無いと言う。
ミサトはホッと胸をなでおろした。

使徒ラミエルは第三新東京市の中心、ネルフ本部の直上で動きを止めた。
そしてドリルのようなものを地中に向かって伸ばし、掘り進んでいた。
ネルフ本部にドリルが到達するのは明日の未明だということだった。
ミサトは使徒の攻撃能力を探るため、まず巨大な気球を無人で使徒に向かって飛ばした。
あっという間に使徒のレーザーにより気球は蒸発した。

「次!」

戦略自衛隊の戦闘機が三機同時に攻撃を仕掛ける。
ミサイルの一つが使徒ラミエルに命中する前に、レーザーによって破壊された。
残りの二つは使徒に到達したが、A.T.フィールドに阻まれて、効果が無かった。
戦闘機は旋回運動を繰り返し、なんとか三機とも使徒ラミエルのレーザー攻撃を回避できた。

「なるほどね。日向君、どうおもう?」
「使徒は一定の範囲内に入った敵を自動排除するものと思われます」
「素早くて小さいもので、直線的な動きではないものには対応しきれていませんね」
「同時に二つの敵に攻撃もできないみたいです」

マコト、シゲル、マヤが意見を述べた。

「私の作戦は後で言うとして、あなたたちは何か思いついた?」
「使徒に敵として認識されなければいいんでしょう、気配を殺すと言うのはどうです?」
「敵のレーザーを見切って交わしながら攻撃を仕掛けると言うのはいかがですか?」
「エヴァのどちらかがおとりになって、もう片方が攻撃を担当すると言うのはどうでしょうか」

ミサトの言葉にマコト、シゲル、マヤが作戦を進言した。
しかしどれもミサトは満足がいかないようだった。

「日向君の作戦は、兵装ビルみたいに風景の一部に溶け込もうってことだろうけど、全く動かないって言うのも無理があるわね。青葉君の案は、使徒が正八面体の形をしているからどこを狙っているか解りにくいから難しいわね。マヤちゃんはいい線突いてるわね、あたしの考えと似ているわ。でも、もうひと押しね」

マコト、シゲル、マヤは息を飲んでミサトが作戦を言うのを待ち構えていた。

「あたしはねえ、使徒の射程距離外からの長距離射撃で一点突破を狙う作戦を考えているの」

その後司令室ではミサトが作戦の概要を説明し、実行のための許可を求めた。

「……MAGIの意見は」
「賛成が2、条件付き賛成が1でした」

コウゾウに尋ねられたリツコはそう答えた。

「そうか、それなら反対する理由は無い。存分にやりたまえ、加持一尉」

ゲンドウの承認を得られたミサトは発令所に戻った。

「全く、ミサトも大胆不敵な作戦を立てたものね」
「後8時間30分以内に実行可能な作戦と言えば、これしか思いつかなかったのよ」
「ネルフのEVA用ポジトロン・ライフルでは、こんな大出力には耐えられないわよ」
「まっかせなさい。あたしにアテがあるわよ」

ミサトは戦略自衛隊の知り合いである河本軍曹に電話をかけて、戦自研のポジトロンライフルを借りることを約束した。
先のJA暴走事件をミサトが解決したことは、戦略自衛隊にも伝わっていて、ミサトのシンパが増えていた。

「しかし、大量の電力をどうします? ATフィールドを貫通するには、最低でも180万Kwは必要ですよ?」

マコトの質問にミサトは胸を張って答えた。

「ジェット・アローンよ」

ミサトは先の暴走事件で時田博士と親密に連絡を取り合うようになっていた。
もっとも時田博士の方が、一方的にミサトに憧れているようだったが。

「150日の連続戦闘可能なエネルギー。通常発電力約130万Kw、最大瞬間発電力約500万Kw。格闘戦には不向きでも、発電所としてはイケるんじゃない?」
「防御手段としては、ネルフ技術部で盾を制作したわ。これで使徒のレーザー攻撃にも17秒はもつはずよ」
「それは結構。狙撃地点は?」
「変電設備などから双子山山頂がよろしいかと思われます」
「後は、パイロットの問題ね。初号機パイロットの容体は?」
「外傷は無し。ただし、フィードバックによるものか、手に強い痛みをうったえています」
「それじゃあ、射手を担当してもらうのは、無理か……司令、零号機の出撃を要請します」

ミサトはそう言って発令所の高所の席に座るゲンドウの方を仰ぎ見た。

「君はパイロットを危険な目にあわせない、というのが信条ではなかったのか?」
「はい。それは安全が保障されない出撃に関してと言うことです。今回は初号機に防御を担当してもらいます」
「わかった。しかし、零号機に傷一つ付いたら、責任を取ってもらうぞ」


<ネルフ中央病院 第3外科病棟>

「……ここは……綾波?」

シンジがベッドの上で目を覚ますと、側にはレイが座っていた。
レイはシンジの様子に気づくと、電子レンジからリゾットを取り出してシンジの前に突き出した。

「食事。目が覚めたら食べるようにって。温かいうちに食べて」
「痛てててて。手がしびれて上手くスプーンが握れないよ」

レイはシンジからスプーンを奪い取ると、リゾットをすくってシンジに向かって差し出す。

「碇君。口を開けて」
「あ、綾波、こういうのは……」

レイの赤い瞳にじっと見つめられて、シンジは仕方無く口を開いた。

「熱っ!」
「次からは冷ますわ」

レイは息を吹きかけてからリゾットをシンジの口に運ぶ。
そしてリゾットはすっかり空になった。

「綾波。こういうことは親子とか、こ、恋人同士で普通はするもんだよ」
「そう。でも、命令だったから」
「変わった娘だな」

シンジのレイに対する第一印象はこんな感じだった。
そこに電話のベルが鳴り響く。
どうやら発令所のミサトからのようだ。レイが応対している。

「明日午前0時から発動される作戦のスケジュール……」

レイから作戦のスケジュールを聞き終わったシンジはしびれる手をおさえながらうめく。

「また、エヴァに乗らなきゃならないのか」
「ええ、そうよ」
「綾波もエヴァに乗って怖い目にあったらそんな平気ではいられないよ」
「じゃあ逃げれば? ……作戦なんて、射手の私だけで十分だもの」
「あっ」
「さよなら」

レイはそう言って、病室を出て行った。

「逃げちゃダメだ……」

そうつぶやいたシンジは慌てて着替えてレイの後を追いかけるのだった。

 

<双子山山頂>

エヴァ零号機と初号機は双子山の仮設基地に到着した。
ミサトとリツコが作戦の細かい内容を説明する。

「零号機には射手を、初号機には防御を担当してもらいます」
「シンジ君が先の攻撃で手を痛めてしまったからよ」

初号機の腕に防御用シールドがくくりつけられていた。
シンジの手の痛みは治まってきたが、まだ少ししびれているからだ。

「レイ、照準の設定はMAGIが行ってくれます。あなたはトリガーを引くことだけを考えて」
「はい」
「じゃあ、もし外れて敵が攻撃してきたら?」

冷静なレイとは対照的に、シンジは不安になったのか質問をする。

「今は余計な事を考えないで」

リツコの言葉をさえぎってミサトがシンジを安心させるために話しかける。

「……大丈夫、初号機のシールドで使徒のレーザーを防ぐことができるから」
「僕は零号機を守ればいいんですね」
「そう、お姫様を守るのは騎士だって昔から相場が決まっているのよ」

そしてシンジとレイの二人は更衣室でプラグスーツに着替えていた。

「私一人で大丈夫なのに」
「何でそういうこと言うんだよ」
「死んだって、別に構わないもの」
「綾波は死なないよ、僕が守るから」

時計が午前0時を告げる。作戦開始の時間だ。

「ジェット・アローン稼働開始!」

時田博士の合図とともに、ジェット・アローンがうなり声をあげる。
エネルギーは全てポジトロン・ライフルに注入されるので、寝かされた格好のままだ。

「陽電子流入、順調なり」
「最終安定装置、解除」
「撃鉄起こせ!」

ミサトの合図とともにレイはポジトロン・ライフルの引き金を引く。

「全エネルギー、ポジトロン・ライフルへ!」
「発射まで、10、9、8、7……」

発射までのカウントダウンが迫ったさなか、使徒の体が光り出した。

「目標に高エネルギー反応!」
「なんですって?」

使徒のレーザー光線とポジトロン・ライフルからのビーム光線が同時に発射された。
光線はお互いに正面からぶつかり合った!

「こちらの方が押されている?」

使徒のレーザー光線がまっすぐに向かってくる。
零号機に乗っているレイは貫かれる痛みを想像して目をつぶった。
しかし、レーザーはやって来ない。
不思議に思ったレイが目を開くと、初号機が盾を構えて必死に耐えていた。
もうほとんど盾は溶けていて、レーザーは初号機自身に降り注いでいた。

「碇君……!」
「もっと、出力をあげられないの?」
「ジェット・アローン、バルブ全面開放。出力最大へ。そうだ、機体が焼き付いても構わないから出力をあげるんだ!」

ジェット・アローンから大量の蒸気が上がる。
安全起動数値をかなり超えているようだ。
ポジトロン・ライフルから発射されるビーム光線が使徒のレーザー光線を押し戻していく。
使徒の方のエネルギーが尽きたのか、突然レーザー光線が止んだ。
ビーム光線が使徒の中心を貫き、使徒は崩れ落ちた。
同時に初号機も地面に倒れこむ。

「碇君!」

零号機は熱を帯びている初号機のエントリープラグを素早く引き抜いた。
エントリープラグは変形していて、ハッチが勝手に開いた。
レイは零号機から降りてシンジの元に駆け寄った。
シンジは目を覚ましてのぞきこんでいるレイの姿を見ると、笑顔を見せた。

「……どうして、笑っているの」
「綾波を守れて嬉しいからだよ」
「私、何の価値もないのに。私が死んでも、代わりはいるもの」
「そんなこと言うなよ。死んでもいいなんて。生きていればきっといいことがあるよ」
「私が、碇君に会えたように……?」

シンジはレイの最後の質問には赤面してしまって、答えることができなかった。



web拍手 by FC2
感想送信フォーム
前のページ
次のページ
表紙に戻る
トップへ戻る

inserted by FC2 system