チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第四話 虹、逃げ出した後


<第三新東京市 加持邸>

「シンジ君、今日も帰って来ないわね……」

ミサトは、主の居なくなった部屋の、『シンちゃんのお部屋』と書かれたプレートを見てため息をつく。
シンジは先の戦闘の後、ネルフ本部から加持邸に戻ったはずなのだが、実際には加持邸に戻らず、途中で行方不明になっていた。
ネルフの諜報部は優秀であり、本来ならシンジを見失うわけはないのだが、不思議とネルフ諜報部からの報告はなかった。
ミサトはさすがにシンジの行きそうな場所に心当たりは無く、二人の子供や知り合いなどにも捜索を依頼したが、未だにシンジを見つけられないでいた。
玄関のドアに取り付けられている鈴が鳴った。
誰かが来たようだ。

「もしかして、シンジ君?」

ミサトが急いで玄関に向かうと、そこに立っていたのは2−Aの生徒である鈴原トウジと相田ケンスケの二人だった。

「「ミサト先生、おはようございます」」
「あの時は厳しくしかってごめんなさいね」

ミサトは初号機と使徒との戦闘中にシェルターの外に出てしまったトウジとケンスケに小一時間も厳しく説教していた。
ネルフがひた隠しにしている初号機の戦闘の様子を直に見たいと言う気持ちは解らないでもないが。

「あの時は本当にご迷惑をおかけしました……」

鈴原トウジはそう言ったきり黙りこんでしまった。

「おいおい、俺たちは転校生のことが気になったからここに来たんだろう?」
「実は! あれから碇君がずっと休んでいらっしゃるので気になって見によらせてもうたんですが?」

……来た。この質問が。
しかしミサトは表向きネルフとは関係ない元教え子たちに本当のことを言うわけにもいかない。

「ううん、シンジ君はね、今ネルフの訓練施設に居るの」

ミサトは嘘も方便と言う言葉を知っているが、嘘をつくときは少なからず胸が痛む。

「ああ、そうですか」
「あっ、これ机に溜まってたプリント。碇君に」

そう言って二人は帰って行った。ミサトは笑顔で手を振って見送る。
とりあえずこの場はごまかすことはできたようだ。

「諜報部のバカ! ……ああ、シンジ君。今ごろお腹を空かせて居ないでしょうね……寒さに震えていたり……」

ミサトは冷たい雨が降り注いでも、しばらく濡れたまま玄関に立ちつくしていた。

 

<????>

その頃、ネルフから逃げたシンジは、戦略自衛隊の制服を着た兵士たちに捕えられ、監禁されていた。
なぜか、その中にネルフ諜報部の制服を着た兵士も混じっている。

「何で……こんなことをするんですか……」

しかし、シンジの問いかけには誰も答えなかった。

「……ここから出て、帰らなきゃ。……でも僕に帰る場所なんて、あるのかな……」

シンジは先日の使徒戦の後のミサトとの会話を思い出した……。

 

「シンジ君。何であの時、正面から無防備で使徒に突っ込んでいったの?」

ミサトはシンジをネルフの兵舎の一室に呼び出していた。

「……ごめんなさい」

「あなたが私の作戦に従ってくれなければ、あなたの身に危険が及ぶの。……確かに、少しの間だけど作戦指揮席を離れてしまった私にも非はあるわ。……だけどね、あなたのとった行動は自殺行為に等しいのよ。」
「わかってますよ、ちゃんと。もういいじゃないですか。勝ったんだから」
「そんなことを言ってるんじゃないの! 自分の命を粗末にするんじゃないっていってるの! 親からもらった大切な命なんだから! 世の中にはね、生きたくても死んでしまう人がいるのよ!」
「でも、エヴァには僕しか乗れないんでしょう? どうせミサトさんも僕に利用価値があるから構っているんでしょう?」

シンジは先ほどからミサトと目を合わせようとしない。
ミサトは先の使徒戦の中で言われたことは聞き違いだと思いたかったが、これで決定的になってしまった。

「ねえ、私が嘘つきって、どういうこと?」
「学校でトウジって子に聞きましたよ。最初僕がエヴァに乗って戦った時、妹が大けがをしたって」
「それって、本当なの……!?」

ミサトはシンジの最初の使徒戦の様子をモニターで見ていたし、戦後処理の現場にも立ち会った。
そこでは怪我人が居たという話も聞かなかったし、N2地雷の犠牲にならずにすんだシェルターの住民たちからネルフへの感謝の言葉を受けたぐらいだ。
ネルフの病室に最近入院した女の子と言えば、交通事故でネルフの高等な医療技術でしか救えないほどの重傷を負ったって聞いていたけど……まさか、あの子が!?

「ご、ごめんなさい。私は本当に被害者はゼロだって聞いていたの」
「……そうやって人のせいにしてごまかすんですね」

ミサトの事情を知るはずもなく、ネルフに対する怒りで目がくもっていたシンジは、ミサトの言葉を信じることができなかった。

「シンジ君とってエヴァに乗ることが辛い事でしかないなら、もう乗らない方がいいわ、命に関わるもの」
「でも、僕が乗らないと綾波さんに全部押し付けることになるんでしょう? 乗りますよ」
「人の事はどうでもいいの! ……あんたみたいなやけっぱちな気持で乗られるとみんなに迷惑がかかるのよ!」

ミサトはシンジにあえて厳しい言葉をかけた。もちろんパイロットは必要だが、シンジを無理やり乗せるという司令部と技術部の意向には反対していた。

 

シンジがミサトとの事を思い出している間に、監禁されている建物全体が騒がしくなった。

「侵入者だと!?」
「……たった一人で、化物か!?」

シンジが居る部屋の外からは銃撃戦の音が聞こえる。
シンジには何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
その頃、ミサトは赤いジャケットをひるがえして戦略自衛隊の制服を着た男たちと銃撃戦を繰り広げていた。
たくさんの銃弾がミサトに向かって降り注ぐ。
しかし、ミサトの居た場所の壁はハチの巣になっているが、姿は消えている。
ミサトの放った銃弾は狙い違わず男たちの腕を撃ち抜く。
ミサトは決して相手の命を奪う急所に銃弾を撃たない。
それは、過去にゲヒルンの懲罰房に入れられた時に一人の女性から聞いた言葉がきっかけであった。
「生きていこうと思えば、幸せになるチャンスは、どこにでもあるわ」
その言葉を思い出しながら、ついにミサトはシンジが居る場所までたどり着いた。

「あんたたちの味方はすべて私が無力化したわよ。大人しく降伏して、ちょっちぃじっとして居てくれると助かるんだけど」

部屋に踏み込んだミサトの言葉に対する返事は、銃弾だった。
ミサトは頭に向けられた銃弾を体をエビぞりにしてかわすと、男たちの肩に銃弾をたたきこんだ。

「シンジ君、助けに来たわ。怖かったでしょう」

ミサトはシンジを監禁していた連中のうちの一人が内部情報をリークしたことによってこの場所を探し当てたのである。

「ミサトさん、怪我をしているじゃないですか! 血が出ていますよ」

ミサトは銃撃戦で傷ついたのか、服の所々に血だまりができている。

「大丈夫よ、私は普通の人よりタフなんだから」

そう言ってミサトは笑顔を作る。
しかし、シンジにはそれは痛みをこらえているとわかった。

 

シンジはミサトの運転するルノーに乗って、第三新東京市まで戻って来た。
しかし、第三新東京市を見渡せる展望台に差し掛かった時、ミサトの顔色は悪くなっていた。

「……はあ、はあ。シンジ君。ちょっと疲れたからここらへんで休憩しましょうか」

雨はすっかりあがり、すっかり晴れていた。
ミサトは重い体を引きずるように運転席から出て、展望台のベンチに腰を下ろす。
そしてオロオロしているシンジを手招きする。

「見て、シンジ君。綺麗な虹よ……」

シンジはミサトの隣に腰をおろして一緒に虹を眺めていた。

「私は今まで辛いことが多かったわ……でもね、生きていれば必ずいいことがある。涙を流した後はそう思うようにしているの」
「ミサトさん。僕は……またミサトさんの家に帰っていいですか? エヴァのパイロットじゃない僕でも」
「もちろんよ……」

ミサトはそう言ってシンジの頭を抱き寄せて、おでこにそっとキスをする。

「これは、家族に対する親愛のキスよ。……大人のキスは好きな子にしてもらいなさい」

シンジは慌ててミサトから離れた。顔は赤くなって首を振って否定する。

「わかってるわよ。レイとはまだそんな関係じゃないって。……でも、レイの方はどうかしらね。ピンチを救ってくれた白馬の王子様〜なんてね♪」
「ミサトさん!」
「そんなに怒りなさんなって。そうだ、もう一人シンちゃんのお嫁さん候補がいるの。ドイツのリョウジの所にいる子なんだけどね……」

突然、ミサトの体から力が抜けて、目を閉じて黙り込んでしまった。
慌てたシンジが体を激しく揺さぶる。

「……ミサトさん、ミサトさん、どうしたんですか、ミサトさああん!!」

 

「…ん? 今の声、転校生の声じゃなかったか?」
「ワシにも聞こえたなあ」

シンジの悲鳴を聞いたケンスケとトウジが声の聞こえた方に向かうと、そこには叫び声をあげているシンジと、ぐったりとしたミサトの姿があった。

「ミ、ミサト先生、どないしたん?」

慌てる二人をよそに、ケンスケはミサトの脈をとってさらにミサトの顔をしばらく眺めると、ほっと息を吐き捨てた。

「……寝てるだけだよ」
「「な、なんだって!」」

ほっとしたシンジとトウジは膝を折ってへたりこんでしまった。
とりあえず三人はミサトをそのままにしておくわけにはいかないので、ケンスケの電話でネルフに連絡して迎えに来てもらうことにした。

「転校生、ワシを殴れ!」

迎えを待っている間トウジはそんなことを言い出した。

「え?」
「なんも知らないのにお前の事どついてしもうたしな。このまま借りを作ったままだと気色悪いし、これでチャラにしようや」
「……じゃあ、僕の友達になってよ」

トウジとケンスケはシンジの言葉に、笑顔で手をシンジに差し出した……。



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