チルドレンのためのエヴァンゲリオン 〜いつか、心、開いて〜
第一話 使徒、襲来


西暦2015年。
日本の領海に突然謎の巨大生物が出現した。
国連軍は在日アメリカ軍と日本の戦略自衛隊を主力に戦いを挑んだが、巨大生物の前に敗退。
防衛線を第三新東京市近くの海岸沿いまで後退させ、戦車隊の列により長蛇の壁を作ったが、それもあっさりと巨大生物に突破され上陸を許してしまった。
上陸した巨大生物は旧伊豆市街地を通過し、第三新東京市に迫っていた。
戦車隊は少しでも侵攻を遅らせるために砲撃を続ける事しかできなかった。

 

<特務機関ネルフ 第一発令所>

正面のモニターには戦闘機や戦車隊をなぎ倒しながら迫りくる巨大生物が映し出されていた。

「……使徒か」
「……ああ。十五年振りだな」

発令所の後方の高い場所にある司令と副司令の席に座っている、ネルフ総司令碇ゲンドウと副司令冬月コウゾウは当然といったように落ち着いていた。
それに反して、発令所の前方の指揮官席に陣取る国連と戦略自衛隊の幹部たちは慌てていた。

「あれだけの攻撃を受けてなおも無傷だと!」
「こうなったら仕方あるまい、切り札を使うぞ!」

顔を見合せながら言う戦略自衛隊幹部達。
そこへ痺れを切らしたように今まで黙って立っていた、ネルフの指揮官制服に身を包んだ長い紫かかった黒髪の女性士官が割って入る。

「いい加減に諦めて指揮権をネルフに移譲してください! これ以上の攻撃は無意味です! N2地雷を使うなんて言うまでもありません! 近くのシェルターに居る住民の命を軽ろんじているんですか!」
「うるさい! 我々に口出しするとは無礼だぞ、加持ミサト一尉!」
「この作戦には戦略自衛隊のプライドがかかっているのだ!」

戦略自衛隊の幹部に向かって、ミサトは拳を振り上げて怒鳴る。

「あんたたち、自衛隊なんでしょ! 弱い人達の味方じゃない! そんなくだらないプライド捨てちゃいなさいよ!」

加持ミサトは十四歳の頃、とある事件で南極海でゲヒルン(ネルフの前身的組織)に保護された時からゲヒルンの軍部隊所属となり、一年前に日本に落ち着くまで、多くの戦場を巡って来た。
人間同士の様々な紛争において、こう着状態を解決するためになりふり構わずN2兵器を使う戦略自衛隊の行動で多くの命が失われた過去の事実があった。
ネルフは国連軍の一員であるが、対使徒戦でなければ基本的にその国の軍隊の指揮下に入ることになり、ミサトと戦略自衛隊の指揮官は犬猿の仲である。
ミサトと戦略自衛隊の幹部が言い争っていると、司令席の碇ゲンドウが声を発する。

「政府から通達がありました。指揮権を国連軍からネルフに委譲するそうです」
「何だと!?」

それを聞いた戦略自衛隊の幹部たちは口を閉ざす事しかできなかった。
ミサトはN2地雷が使われなくなったことにほっと胸をなで下ろした。
今まではエヴァンゲリオンが関わる作戦が無かったので、軍の運用は自由にやらせてもらっていた。
しかし今回は相手が使徒ということで、ミサトは上司たちに対して不安を抱いていた。
特にエヴァンゲリオンに関する情報は機密だということで、ほとんどひた隠しにされていたからである。
ただ使徒を倒せるのはエヴァンゲリオンだけという事実を知って、ミサトはネルフの対使徒戦の作戦部長の職を引き受けたのだ。

「我々の兵器が使徒に歯が立たなかった事は認めよう。だが、君達が勝てるとは限らんぞ」

司令席に座る碇ゲンドウはサングラスを指先で持ち上げながら答えた。

「……使徒を倒すためのネルフです」
「碇、零号機は損傷を受けて使用不能だぞ、何か手があるのか?」

コウゾウがゲンドウだけに聞こえるようにそっとささやく。

「……初号機を起動させる」
「パイロットが居ないぞ? ファースト・チルドレンを再び乗せるつもりか?」
「問題ありません、もうすぐ代わりが来ます」

 

<ネルフ R−18廊下>

「……僕は父に捨てられたはずなのに。どうして父さんは僕を呼んだんだろう」
「ブツブツ言わずにさっさと歩け。予定より10分も遅れているんだぞ」

周りを無愛想なネルフの保安部員に囲まれながら、碇シンジは発令所への道を歩いていた。
シンジは幼い頃に母を失い、父親は息子である彼を弟夫婦の元に預けていた。
彼は叔父と叔母に心を開かず、孤独な日々を送り、無気力無関心な人間に育ってしまった。
十四歳まで平凡だが寂しい生活を送っていた彼の元に前触れもなくネルフの保安部員たちが訪れた。

「碇シンジ、我々ネルフ保安部が連行する」

そう言われて彼は有無を言わさずネルフ本部へ連行された。
シンジはろくな抵抗もせずに諦めてついて行った。


<ネルフ発令所>

「サードチルドレン、碇シンジを連行しました」

碇ゲンドウの自信たっぷりの発言に冬月が疑問に思い問いただそうとした時、発令所のリフトに乗ったシンジと保安部員が姿を現した。
冬月コウゾウや赤木リツコ、ネルフの整備班やオペレーターなどのスタッフのほとんどがシンジがサードチルドレンに選ばれたことを知らなかった。

「なるほど、ファースト・チルドレンの他に初号機を動かせる可能性があるのは彼だけだからな。しかし、碇のやつは良く決心したな。あんなに会うのを嫌がっていたのに」
「レイの初号機起動実験に失敗した時に進言したけど、まさか本当に呼び寄せるなんて……使徒は倒さないといけないし、仕方のないことよね」
「司令の息子さんがエヴァに乗るのか。かわいそうに、司令の子供なんかに産まれて、運が悪かったな……」

コウゾウ、リツコ、オペレーター達の心にそれぞれ思い浮かぶことはあったが、誰もゲンドウの判断に反対を唱えなかった。
しかし、発令所で一人だけゲンドウに対して異議を叩きつけるものが居た。
それはミサトだった。

「幼い頃からパイロットとして訓練されたレイでも、シンクロするのに何ヶ月もかかったんですよ! それに民間人の普通の子を戦わせるつもりですか!」

ミサトには若い頃に産んだ大事な一人娘と、二年前戦場で傷だらけで死の恐怖に震えている所を拾った戦災孤児という家族がいる。
同じ年齢の子供たちを見ると我が子を見ているような感覚にとらわれ、ミサトにはそのような子供たちが傷つくことは耐えがたいものだった。
『戦う』という言葉に反応してシンジがびくっと体を震わせる。

「加持一尉。それでは君はさきほどの初号機の起動実験で失敗して大怪我を負ったファースト・チルドレンを再び乗せると言うのかね」
「それは…………しかし…………」

ゲンドウの言葉に反論することができず、ミサトは下を向いて唇をかみしめるしかなかった。
そんなミサトの様子に発令所のざわめきも収まり、ゲンドウはリツコに命令を下す。

「赤木博士、サード・チルドレンをケージに連れて行け」

シンジは固い表情のまま無抵抗でリツコに手を引かれてケージへと向かって行った。

「冬月先生、後を頼みます」

ゲンドウはそう言うと席を立って、コンソールルーム(初号機を見下ろせる部屋)へと向かって行った。

 

<エヴァ初号機ケージ>

「私はどうしたらいいの……? このまま黙って彼がエヴァに乗るのを見ているだけしかできないの……?」

一足先に誰もいない初号機のケージにたどり着いた沈んだ表情のミサト。

「いえ、ここで私が諦めたら彼が負傷してから後悔することになる……考えなきゃ、例えばエヴァを使わずに使徒を倒す方法、いえ時間を稼ぐだけでもかなり違う……」

ミサトが思慮を始めたころ、ついにリツコがシンジを連れてやって来てしまった。
初号機の側に居たミサトはシンジが姿を現した時に、初号機の目の部分に眼球が現れ、視線の先のシンジのことを見つめたのが分かった。

「まさか、初号機がシンジ君に反応を示している?」

リツコとシンジが初号機の近くに来た時にはすでに眼球は姿を消していた。

「……巨大なロボット……?」

シンジは拘束されている紫色の巨大なロボットのような物体を見てつぶやいた。

「ロボットではないわ、人の作りだした決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオンよ!」

リツコは誇らしげにシンジに向かってそう宣言をした。

「シンジ、お前はこれに乗ってあの使徒と戦うのだ!」

シンジが声のした方を見上げると、ゲンドウが見下ろしているのが見えた。

「僕が……戦うだって? いやだ! できるわけ無いよ! 痛くて死んじゃうよ!」
「今エヴァを動かせるのはあなただけなのよ」
「シンジ君、私たちはあなたの力を必要としているわ。勝手なお願いだと思うけど……もちろん、乗る事を強制したりはしないわ」
「じゃあ乗りません、帰ります」

そう言って後ろを振り向いて帰ろうとするシンジをリツコがあわてて引き止める。

「余計ないことを言わないでちょうだい、ミサト! シンジ君を無駄に怖がらせているのはあなたの言葉なのよ!」

ミサトはシンジの手をとり、シンジの目をしっかりと見つめてシンジを説得する。

「シンジ君……エヴァはきっとあなたの味方になって守ってくれるわ。さっき、エヴァはあなたを見て反応を示したわ。だからエヴァを信じて……」
「……そんなこと突然言われても、わかりませんよ!」

シンジは首を激しく横に振ってミサトの言葉を拒否した。
その時、ネルフの建物全体が大きく振動した。

「使徒め、ここに気がついたか。もう時間が無い……冬月、レイを寄越せ」

危険を察知したゲンドウが通信モニターに向かって指示を出した。

「しかし、戦えるのかね」
「とりあえず座らせる事はできる」

ガラガラガラ……
ストレッチャーに乗せられた傷だらけの少女、綾波レイが運ばれてくる。

「こんなことをしたらレイの怪我が悪化するわ! すぐに病室に戻して!」
「しかし命令ですから……」

まさかのゲンドウの命令に驚いたミサトは、運んできた医師と看護師に食ってかかった。

「レイ、代わりが使い物にならなくなった、お前が乗れ」
「はい……」

起き上ろうとするレイをミサトが必死に覆いかぶさって引き留める。

「司令! あなたはレイを殺す気ですか!」

その様子を眺めていたシンジはリツコに声を掛けられる。

「あなたが乗らなければあの子を乗せなければならないのよ、私達は」
「僕と歳が変わらない、あんな子がパイロットをやっていただなんて……」

シンジは初めて見るレイの痛々しい姿にショックを受ける。

「加持一尉! それ以上邪魔をするなら命令執行妨害で逮捕するぞ!」

ゲンドウの怒鳴り声と共に保安部員がミサトを取り囲んだ。

「止めてください、僕が乗ります!」

それまで下を向いてうつむいていたシンジは手を力いっぱい握り締めて叫んだ。

「よく言ってくれたわね、シンジ君。さあこちらへいらっしゃい、操作方法を説明するから」
「待って、シンジ君!」

邪魔されたリツコは困った表情でミサトの方を振り返った。

「本当に、自分の意思でエヴァに乗りたいと思ったのね」
「はい、加持さん。僕も逃げてばかりはいけないと思いました」

シンジはミサトから目をそらさずにそう答えた。

「わかったわ、じゃあ私は、あなたが危ない目に合わないようにできるだけサポートするわ」
「ありがとうございます、加持さん」
「これからはミサト、と呼んでくれて構わないわよ」

ミサトの笑顔を背に受けて、シンジは初号機へと乗り込んだ。

 

<ネルフ本部 第一発令所>

シンジがエヴァに乗るということで、ミサトは発令所の作戦指揮席に戻っていた。

「あんたたち、なに他人事みたいな顔してるのよ! シンジくんは私達のために戦ってくれてるのよ! シャキッとしなさい!」

その言葉にネルフスタッフたちは気を引き締める。
副司令席に座っている冬月は苦い表情でその姿を見ていた。

「加持一尉は有能かも知れんが、思想に問題がある。命令に従わなくていいなどと発言するとは組織においてはもってのほかだ」
「しかし、我々の計画に彼女は必要な人材だ」
「ゼーレからも彼女を作戦部長にするようにとの意向だしな、仕方あるまいか」

前方の作戦司令席近くではミサトを中心としてネルフ作戦部のメンバーや技術部のメンバーたちと意見交換をしていた。

「誰か、今回の使徒戦に関して意見は無い?」

ミサトは作戦を決定する前に必ず人の意見を聞くことにしている。

「はい、やはり使徒の近くに射出するのは危険だと思われます」

ミサトはネルフの作戦部長になってから、チルドレンが危険な目にあわないように戦術などの研究も日夜努力していた。

「そうね日向君、私も同意見。でも少し離れた所に射出するだけでは不十分だわ、使徒の注意をひきつけるおとりが必要ね」

そう言ってミサトは戦略自衛隊の幹部たちの方に視線を向ける。

「……まさか我々戦略自衛隊の同胞をおとりに使おうというのかね」
「子供が危険にさらされてるのよ! あんたたちも軍人なら命を掛けなさいよ!」

ミサトに詰め寄られた戦略自衛隊の幹部はしぶしぶ攻撃の命令を出した。

「……戦略自衛隊の兵士のみなさん、危険な役割を押しつけてごめんなさい。でも、これはエヴァに乗っているパイロットを守るための作戦です」
「パイロットを守れるのは名誉な仕事だ」
「チルドレンのために命をかけようぞ」

好意的な戦略自衛隊の兵士たちの答えは初号機に乗るシンジにも聞こえて来た。

「シンジ君。話は聞いたわよね。あなたは使徒を後ろから思いっきりガツンと殴ってやればいいのよ」

ミサトはシンジを元気づけようと明るい声で語りかける。

「……はい、僕を必要としてくれている人がいるなんて嬉しいです、ミサトさん!」

普通の十四歳の少年にしてはネガティブな思考だとミサトは思った。
別に必要とされていなくても自由にしてもいいではないか。
大人たちに迷惑をかけても、と。
しかし、今はそんな事を言っている場合ではないとミサトは思い直し、作戦指揮席に座り正面のモニターに映し出された使徒をにらみつけた。

「加持一尉、出撃命令を下せ。人類の未来のために」

ゲンドウに言われて、ミサトはうなずいて号令を発する。

「エヴァンゲリオン初号機、発進!」

……怪我をしないで……無事に戻って来て……シンジ君……。
ミサトは両親の名前が刻まれた形見の十字架のペンダントを握りしめた。



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