これからは、「個」で生きていかざるを得ない

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2012/08/08


佐々木俊尚さんのインタビューが面白いです。こういう取材記事書けるようになりたい。


選択肢はない

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photo credit: nromagna via photo pin cc

(あくまで取材の流れだと思うので)聞き手の梅田さんを批判するわけではないですが、下記質問は違和感を覚えました。

―そもそも日本人は、“個”で生きていくことが難しい国民性を持っている気もします。佐々木さんは、これからの日本人は個でも生きていけるとお考えですか?

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勝手に横から質問に答えてしまえば(笑)、「生きていけるかどうか、とかそういうレベルの話ではなくて、個として生きていかないといけない、という”選択肢のなさ”に僕らは直面している」というのが僕の感じている答えです。


煽るようでアレですが、国民性がどうであろうと、今後は「”個”で生きていかざるをえなくなる」のです。会社員であろうがフリーだろうが、学生であろうが、それは同じです。

黙って会社の歯車になっていれば中流階級で一生安泰、という牧歌的な時代は終わり、個々の能力が厳しく労働市場で評価される時代になるでしょう。

「個で生きていかなくても大丈夫」と言える人は、よほどの資産家か、かなりの低コストな暮らしをしている人(山に籠って自活など)くらいだと思います。いわゆるビジネスパーソンは、ますます「個」を立てる必要性に駆られていくはずです。


「個で生きる」とはどういうことか

「個で生きる」というのは曖昧な言葉ですが、

・フリーランス、起業家など、特定の組織に所属せずに稼ぐ
・組織に所属する場合は、その組織の「外」でも、自分の専門性や人間性がある程度認知されている状態を保つ
(もしその会社が潰れても、行き先が比較的容易に見つかる)

というあたりが条件になってくると思います。裏を返せば、

・その組織の中でしか生きていけない
・組織の外では全く名前も能力も認知されていない

という状態では、これからは危ないということです。


「ブログくらい書けないと社会人としてヤバい」

以前「ブログくらい書けないと社会人としてヤバい時代が来る」と連載に書きました。個人として表現活動を行い、自分の存在を知ってもらう努力や、組織の外の人と繋がる努力は、広くビジネスパーソンに求められるようになると思います。

ブログはあくまでツールなので、表現の手段は、プレゼン資料のアップでも、音声配信でも、動画を使ってもよいと思います。とにかく、自分を表現し、知ってもらい、外と繋がることが重要だということです。


今までは、一つの会社に自分を理解してもらえれば、一生安泰だったでしょう。今はもう、そういう生き方は不安定極まりないのです。外の世界の人々に、自分のことを理解してもらう努力をしなければ、無意識的に「機会損失」を経験しつづけることになります。


と、僕が少しラディカルな考え方なのは、最初に入ったルネサステクノロジという会社が、まさに目下、怒濤の大リストラをしているという背景もあります(ここ数年で2万人近くリストラしているはず)。

当時、僕はブログを書いていたことをきっかけに、トライバルメディアハウス社長の池田紀行さんに出会い、人生が変わりました。本当に情報発信をしていたよかったです。

相次ぐ電機メーカーのリストラを見ていると、僕が経験したような境遇は、もうマイノリティの体験ではないと思うのです。せっかく能力があるんだから、まずは情報発信から始めてはどうでしょうか。それがセーフティネットにもなりえます。掛かるのは時間と手間だけです。


悲壮感たっぷりに捉えれば、これからは「自分の情報を売っていかないと、生きていけない時代」とも言えるでしょう。とはいえ、僕は情報を売ることに、大きなデメリットは見いだしていません。今までの生き方より、よっぽど自分らしく生きることができています。

「これからの日本人は個でも生きていけるとお考えですか?」という言葉を読んで、そんなことを考えました。皆さんはこの問いに対して、どうお答えになりますか?ぜひコメント欄などで教えてください。


最近出たばかりの「ワークシフト」は、これからの働き方系では一押し。このテーマに関心がある人は必読です(レビュー)。

セス・ゴーディンのこちらもおすすめ。「ビジネスマンはアーティストになるべきだ」という言葉は激しく同感。自分を表現してなんぼです。