◆第13 ナチスドイツの経済政策について
(2008.11.15作成)

  ヒトラーの経済政策は国が公共投資を始めとする有効需要を生み出すというケインズ政策だった。しかし、一般に景気拡大期となると、通貨発行量が増大するので、通貨価値の下落、いわゆるインフレが発生するのものだが、ドイツ国立銀行総裁と経済相を兼任したヒャルマー・シャハトはインフレを抑えて好況を実現し、あふれかえっていた失業者を激減させたために「マルクの魔術師」といわれた。インフレなき好況というのは、理想の経済状況と言える。公共投資で有名な例は、アウトバーン(高速道路)です。ただし、このアウトバーン建設については、当時の自動車普及率を考えると不要の物という意見もあるが、飛行機の滑走路として使用したり兵員や物資の移動といった軍事的利用の側面から見れば必ずしも不要とは言い切れない。

 この公共工事を行うためには巨額の資金が必要だったが、この財源は適正な財政規模を遙かに上回る巨額の赤字国債でまかなった。しかしこれでもまかないきれなくなると、メフォ手形というものを発行した。
 これはドイツ国立銀行総裁シャハトが考案した方法で、「金属調査会社」というダミー会社を設立し、兵器発注をおこなわせ、支払は同社発行の手形でするが、国立銀行が保証した。
 手形の償還期限は3ヶ月。ただし、期限がくると自動的に3ヶ月延長され、5年まで延長を繰り返すことができた。この手形は、一種の国債による方式での通貨増発を伴わないので、インフレの心配がないものだが、事実上の偽装国債である。「金属調査会社」の略称は「メフォ」。そこでその手形は「メフォ手形」と呼ばれ、一般には会社の性質は秘密にされた。

 このメフォ手形で得た資金の大半は、国民生活向上にはあまり関係ない軍需に充てられた。
 しかし、この巨額の借金はいずれにしても返さなければいけないものであり、初期に発行されたメフォ手形の償還期限(5年間)である1939年時点では国家財政は火の車であった。この国債の償還のためには通貨発行を増大してハイパーインフレを起こすか、国債の最大の引受先である欧米の債権団から踏み倒せばいい、つまり戦争である。また戦争によって被占領国から財産を強奪すれば債務償還できるといった考え方も可能である。

 さらに、国内産業を過剰なまでに保護した結果、ドイツ工業の国際競争力の低下も著しく、その結果として当然、外貨準備高の不足も危険な水準に達し、軍需生産に必要な鉄鉱石などの資源の購入にも支障をきたしはじめていた。


(各種統計資料)
表1.中央政府総支出の推移(1932年~1938年)
年度 1932 1933 1934 1935 1936 1937 1938
中央政府総支出
(軍事支出+非軍事支出)
19.5 33.7 76.8 91.5 126.1 157.7 241.5
軍事支出 4* 6* 39* 67* 102* 108* 194*
非軍事支出 15.5 27.7 37.8 24.5 24.1 49.7 47.5
- - 運輸・自動車化関連公共投資 8.5 13.2 18.0 21.2 24.4 27.5 38.0
- 一般道路 1.5 3.6 4.3 4.4 4.7 5.6 8.7
アウトバーン * 0.3 1.8 4.6 6.9 6.8 9.2
その他 7.0 9.5 11.9 12.1 12.8 15.1 20.2
単位: 1億ライヒスマルク(RM)/系列: 年度(4月-翌年3月)
処理: 小数点以下1桁で四捨五入、* は計数なし
Albrecht Ritschl, "Deficit Spending in the Nazi Recovery, 1933-1938:A Critical
Reassessment", 2000.
http://ideas.repec.org/p/zur/iewwpx/068.html
非軍事支出に比べ、軍事支出の伸びが突出し、ヒトラー政権では軍事最優先であったことがわかる。



表2.総固定資本形成の推移(1932年~1938年)
年度 1932 1933 1934 1935 1936 1937 1938
総固定資本形成 42.5 51.0 82.5 116 138 160 190
公共部門 11.0 14.2 29.4 53 60 68 79
民間部門 31.5 36.8 53.1 63 78 92 111
公共投資を優先して、民間投資を圧迫しているのがわかる。


表3.財政赤字の推移(1932年~1938年)
年度 1932 1933 1934 1935 1936 1937 1938
財政赤字 -0.5 12.4 39.3 41.7 50.1 58.1 108.1
メフォ手形 * 1.7 19.8 27.2 46.5 24.9 -0.7
雇用創出手形 1.5 11.1 8.4 -2.6 -17.6 0.5 6.1
アウトバーン * * 3.5 1.5 0.5 * -1.6
その他 1.5 11.1 9.6 4.6 -15.0 -0.1 -4.3
(-)期日前買戻 * * -1.2 -7.2 -2.7 0.6 +10.5
通常の財政赤字 -2.1 -0.3 11.1 17.2 21.3 32.7 96.4
単位: 1億ライヒスマルク(RM)/系列: 年度(4月-翌年3月)
処理: 小数点以下1桁で四捨五入、* は計数なし
Albrecht Ritschl, "Deficit Spending in the Nazi Recovery, 1933-1938:A Critical
Reassessment", 2000.
http://ideas.repec.org/p/zur/iewwpx/068.html
財政赤字が着実に増加して、国家財政を圧迫。



表4.失業者数の推移(1932年~1939年)
年度 1932 1933 1934 1935 1936 1937 1938 1939
失業者数 557.5 480.4 271.8 215.1 159.3 91.2 42.9 11.9
単位: 万人/系列: 不明(年度または暦年)
Deutsche Historische Museum (DHM): Arbeitslose 1921 - 1939
http://www.dhm.de/lemo/objekte/statistik/arbeits11b/index.html
積極的な公共投資により失業者は確実に減少。


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