エヴァンゲリオン弐号機パイロット・惣流アスカの更迭
第三話 シンジ、死す


ネルフのリツコさんの研究室。
ここで僕とミサトさんとリツコさんはどうやって父さんの目をごまかして僕をドイツに行かせるかと言う作戦を練っていた。
「多分、シンジ君が生きている限り、司令は地の果てでも追跡しようとするわね」
ミサトさんの言葉に、リツコさんは何か閃いたようだ。
「そうよ、シンジ君に死んでもらえばいいのよ」
そう言って僕を見つめるリツコさんの目が怪しく光っていた。
僕は蛇ににらまれた蛙のように、何もすることができなかった。
そしてリツコさんは注射器のようなものを取り出した。
僕にはリツコさんが死神に見えた。
動けない僕に近づいて、僕の服の腕をまくりあげる。
「大丈夫、ちょっとチクリとするだけよ」
ああ、僕はなんてバカなんだろう。
リツコさんたちにだまされて、アスカと会える事を夢見てしまうなんて……。
あれ?腕に注射の針が刺さるような痛みがしただけで、なんともない。
閉じていた目を開けると、笑顔のリツコさんとミサトさんの姿があった。
「シンジ君は注射が苦手なのかしら?凄い怖がりようね」
「男の子でしょう、しっかりしなさいよ」
ミサトさんも僕が注射針を刺される前には青い顔をしていたのに、凄い開き直り方だ。
リツコさんは注射器のような道具を大事そうにケースの中にしまって一息つくと、僕とミサトさんの方に向き直って話を続けた。
「今、シンジ君の細胞を採取したわ」
「それと僕が死ぬって事と何の関係があるんですか?」
リツコさんが指を鳴らすと、頭上からホワイトボードが降りて来た。
多分天井に収納されていたんだと思う。
まるで四次元空間でもあるみたいだ。
リツコさんはホワイトボード用のマジックで図のようなものを書いている。
なんか失踪とか事故死とか物騒な単語が書いてあるんですけど!?
いつの間にかリツコさんの頭には黒いひし形の帽子がかぶさっていた。
手には棒のようなものが握られている。
僕とミサトさんは教室の生徒のように椅子に腰かけてリツコさんが説明を始めるのを待っていた。
リツコさんがSTEP.1と書かれた場所を棒で差して説明が始まった。
「まず、シンジ君の身体の細胞の一部を使って別の肉体を培養するの」
リツコさんはそう言った後STEP.2と書かれた場所を指し示した。
「それを事故に巻き込まれたシンジ君の遺体として公表して周りの人間を騙すってわけよ」
ミサトさんが座ったままさっと右手をあげる。
リツコさんが棒を振ってミサトさんを指すと、ミサトさんは立ち上がって発言を始めた。
「そんなに上手くいくかしら?ネルフのクローン技術は優秀だってことはレイの事もあるからわかるけどさ」
「大丈夫、多分検死は私の息のかかったスタッフが行うし、遺伝子鑑定をしても元は同じシンジ君なんだから不自然な点は無いわ」
リツコさんはSTEP.2と書かれた場所のカテゴリにあるイラストを指し示した。
目がつり上がって、鋭い牙をむき出しにした鬼のような女の人がハンドルを握って車を運転するコミカルな絵が描かれている。
「シンジ君はスピード狂のドライバーの暴走車にひかれて死んでしまうの。だから死体の損傷は激しいってわけ」
「ねえ、リツコ。まさかその鬼みたいなスピード狂の女ってあたしをイメージしているんじゃないでしょうね」
「イメージも何も、スピード狂のドライバーの役はミサトにやってもらうわよ?ミサトの腕ならネルフを巻くのも簡単でしょう?」
「簡単ってリツコ、あたしは人を思いっきり引いた事もないし実際にひき逃げ犯の検挙率は高いのよ?」
「他の方法じゃ偽装は難しいのよ。行方不明ではなく、死んだように見せないといけないから」
僕が口を挟めないところでドンドンと計画が進んでしまっているようだ。
でも、僕はやっぱりどうしてもアスカにまた会いたい。
父さんや母さん、綾波を悲しませてしまうかもしれないけどアスカの側に居たいんだ。
「でもシンジ君、残念ながらシンジ君と同じだけの質量の肉体を培養させるには後2年ぐらいかかるわ」
「2年と言ったら、シンジ君が18歳になるころよね?碇司令の法的保護が解けるんだから死ぬ必要はないんじゃないの?」
「ネルフは今でも超法規的組織なのよ。それに、碇司令の意志の強さは尋常ではないわ」
「そうね……ユイ博士を取り戻すことも執念で貫き通した人だものね……」
僕は改めて父さんの存在に恐怖した。
父さんにこの事がばれたら、もし本当に死んでもずっと疑い続けるだろう。
二度とネルフから逃げられなくなる事は間違いない。
父さんが僕と綾波を幸せにする方法を間違っていることに気づいてくれればいいのに。
「シンジ君、あなたにとっては辛い事だけど2年間は今までの生活を送ってじっと耐えてちょうだい」
「司令はあたしとシンジ君が同居を続けることにも顔をしかめているからね……そのうちレイと二人暮らしさせられるかもしれないわ」
僕はミサトさんと一緒に自分たちの家であるコンフォート17へ帰った。
家には一足先に綾波が待っていた。
相変わらず表情に乏しいけど、僕には寂しそうに見えた。
だんだんと『二人目』の綾波に近づいていくのかもしれない。
「碇君、お腹空いた」
僕はミサトさんと綾波が待つ中で夕食を作る。
僕はアスカの記憶を取り戻す前から、不思議とニンニクを使った料理はほとんどつくらなかった。
前の綾波とそっくりになってしまったらアスカのところに行くのを思いとどまってしまうかもしれない怖さからなのだろうか。
自分でもよくわからなかった。
『三人目』の綾波も肉料理はあんまり好きになれないみたいだった。
でも父さんは僕に綾波には健康な子供を産んで欲しいから、肉も食べるようにさせろときつくいい聞かされた。
僕も綾波は肉を食べた方がいいとは一般論としては思うんだけど……感情では否定していた。
……最低だな、僕って。
夕食では綾波も少しは話すんだけど、あの騒がしかったアスカに比べると何か物足りない。
ミサトさんと言い争うこともないし、ミサトさんも保護者的にはいい子で助かっていると口では言っているんだけど……。
ミサトさんが綾波をからかうために鼻から牛乳を吹き出せ、なんて無茶苦茶な事を言った事があった。
「命令なら、そうします」
綾波はそう言って牛乳を鼻から噴き出したんだ。それを一生懸命やり続けた。
この事件があってからミサトさんも綾波をからかえなくなった。
僕は別に綾波が嫌いなわけじゃないけど……僕の事を小突いたりバカにしたり余計なおせっかいを焼いたりして、輝かせてくれるのはアスカなんだ。
僕と綾波は同じ”静”のタイプだとは思うんだけど……僕は綾波を強引に引っ張るとか、そう言う事はできそうにないよ。
寝る時間になって自分の部屋に戻ると、僕は自分の部屋に隠すようにしまっていたアスカの制服を取り出した。
アスカは日本を出ていく時、洋服とか荷物のほとんどを置いて行った。
そして今はその部屋は綾波が使っているけど、こっそりと引っ越しの時アスカの私物をいくらか自分の部屋に持って来たんだ。
僕はアスカの制服の匂いを嗅いだ。
でもやっぱり防虫剤の匂いしかしてこなかった。
アスカの制服を強く抱きしめた。
温もりが伝わってくるはずもない。
アスカのくれたバースデーカードに口づけする。
無機質な紙の味しかしなかった。
アスカの香りがするもの、アスカの温もりが感じられる何かが欲しい……僕はそんな自分を変態なんだと自嘲しながら眠りについた。
 

それから半年ぐらい経った頃。
僕はネルフの廊下で、とんでもない事を聞いてしまったんだ。
「レイ、まだシンジのやつは告白して来ないのか」
「はい」
「お前は悪くない。やはり葛城君の存在が邪魔なのか」
「そんな事は……」
「婚約してしまえば、シンジはここを離れられなくなる……いいな、命令だ」
「わかりました」
これはとんでもないことになった。綾波は多分父さんの命令には逆らえない。
僕が綾波とこれ以上関係を深めたら……多分アスカのところには行けなくなる。
案の定、父さんはミサトさんの階級を引き上げて多忙な職務を押しつけて、ミサトさんが保護者の役割を果たすことができないとしたうえで二人暮らしをするように僕に勧めて来た。
僕は断りきることができなかった。
そして僕と綾波はミサトさんの部屋とは別のところで二人だけの新しい生活を始めることになった。
僕も健全な高校生の男だからそういう欲望も人並みにはあった。
でも、アスカの事を想ってぐっと耐える日々が続いて行った。
綾波の態度は前とほとんど変わっていない。
でもお風呂上がりに色っぽい姿で部屋をウロウロされた時なんかは……とても辛い。
僕と綾波の関係はこのまま変わらずに済むと思っていた。
僕が我慢さえすればそれでいい。
……だけど、いらだった父さんは次の手を打ったんだ。
今まで料理をほとんど作らなかった綾波が急に料理を作るようになった。
僕は何の疑いも無くそれを口にした。
数ヵ月経つと、僕は少し違和感を感じるようになった。
綾波を見ると、なぜかキスしたい抱きしめたいという気持ちが少し芽生えるようになったんだ。
そんな日が何日も続いて、とある日の夜に綾波はパジャマ姿で僕の部屋に突然やって来た。
僕は綾波を押し倒してしまったんだ……。
 
でも、それから先は父さんの思惑通りには行かなかったんだ。
僕は綾波を押し倒して……綾波の胸にすがって泣きじゃくった。
綾波はそんな僕の頭を優しくなでてくれていた。
「碇君は私にはお母さんの温もりを求めているってことはわかっている。私も碇君の事を異性の男性としては意識できない」
「ごめん……綾波」
だけど綾波も父さんの命令に逆らう事はできず、僕と綾波の同居生活はそのまま続行された。
リツコさんの検査で分かったけど、綾波の作った食事には精力剤が入っていたみたいだ。
綾波は僕の病気を治療するための薬だと父さんにだまされていたらしい。
それから料理に薬を混ぜられる事は無くなった。
僕はその後の生活も希望の日が来るのを待ちながら送っていた。
そして、リツコさんの主導による僕のネルフ脱走計画が幕を開けた。
リツコさんはまず父さんに僕を新生ネルフドイツ支部に視察に行かせることを提案し、様々な理由をつけてなんとか同意させることに成功した。
僕のドイツ支部視察のメンバーにはリツコとミサトの息のかかった人たちが選ばれて、マヤとミサトも同行メンバーに加わることができた。
父さんは綾波も同行させるように要請してきた。
こればかりはミサトさんたちも受け入れるしかなかったみたい。
僕も綾波に計画の内容を話してしまうわけにもいかず、心が痛んだ。
ミサトさんとマヤさんも綾波の前では僕と混み入った話はできないし。
 
僕らが専用機でネルフドイツ支部に着くと、支部長の人をはじめ多くの人たちが僕らを迎えてくれた。
でもこの中にアスカの事を蹴ったり殴ったりしていじめた人がいると思うと、僕は顔をひきつらせた笑顔しか作ることができなかった。
握手された手も、汚いものに触れられたかのような気がして洗い流したかった。
ドイツ支部の視察の日程には基地の見学のほかに市内観光も含まれているみたいだった。
僕は純粋にアスカの故郷であるドイツと言う国に興味を持っていた。
最終日に予定されている脱走計画を考えると楽しんでいる場合では無いとも思ったけど。
「シンジ君。あなたは死亡報道が出た後、別の名前のドイツ人として生きてもらうことになるわ。名前を考えておいてね」
綾波が少し離れたすきにミサトさんがそっと耳打ちしてきた。
僕はその言葉に頷き返した。
計画の事は日本を出発する前にリツコさんから説明を受けていた。
僕は事故に遭ったと偽装した後、すぐに栗色の毛をしたカツラと目の色を青色にするためのカラーコンタクトを使って日系ドイツ人に変装しなければならない。
ミサトさんを講師にしてドイツ語もみっちりと勉強してきたから多分大丈夫だと思う。
僕はドイツを視察の期間内にゆっくりと巡ってから名前を考えることに決めた。
「シンジ君。名前は決まった?」
「苗字は決めたんですけど……名前がしっくりこなくて」
「そう。……さっき会った男の人の名前がハンスだったわね、確か。ハンスで良い?」
僕はミサトさんにドイツの博物館を巡って、自分の境遇に似ていると思った偉人の名前を名乗ろうとしている事を話した。
ミサトさんは驚いた表情だったけど、理由を聞いて納得したみたいだ。
「確かに、シンジ君は有望視されている次期司令の座を捨てるわけだからピッタリかもね。いいわ、リツコに頼んで新しいIDを作ってあげる」
 
そして、視察の日程も無事過ぎて行き……ついに運命の日がやって来た。
僕は遠巻きに僕が逃亡しないように目を光らせている見張りたちの目を盗んで、指定されたポイントで自転車に乗って思い切りこいだ。
僕の姿を見失った見張りがあわてて僕の後を追いかけ……発見した時は暴走車に引かれた僕の死体があると言うシナリオだった。
実際には僕は側に止めてあるネルフの大型トレーラーにマヤさんたちによって匿ってもらっていた。
トレーラーの中には僕の変装道具も隠されていた。
事故で大騒ぎになっていたけど、マヤさんの運転する大型トレーラーは上手く冷凍車としてごまかすことが出来たみたいだった。
僕を乗せたトレーラーは疑われること無くヴィルヘルムスハーフェンの駅までたどり着いた。
アスカがこの街の大衆食堂で働いている事を突きとめてくれたリツコさんには感謝しきれない。
駅にはミサトさんも到着していた。
どうやら上手く追跡を逃れたみたいだ。
「あたしたちはこれ以上手助けできないけど、頑張ってね……シンジ君、いえ、ハンス・シュトイベン君」
ミサトさんに見送られて僕はこれからドイツ人の学生、ハンス・シュトイベンとして生きていくことになった。
僕はアスカに会うために、彼女が働いている大衆食堂へと向かった……。
その頃、僕は知らなかったけど次期ネルフ本部司令と言われた僕が交通事故によって死んだ事は僕の予想を超えて大きなニュースとしてドイツのTVで放送されていた。
もちろん、その事はアスカの耳にも届いていたんだ……。

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