連載第20回 自信の商品を救った“神風” その3
社長になって最初の新規出店は、2006年5月に東京・五反田にオープンした博多水炊きの「ふくのかみ」だった。
ところが、この店も最初はうまくいかなかった。5月の開店から2カ月はオープン景気でそこそこだったのに、7月に深刻な赤字が出て、8月にはもっと深刻な赤字を出してしまった。もつ鍋には暑い夏を乗り切る力があるけれど、水炊きにはそのパワーが乏しく、えらくしんどかったわけだ。
この頃の会社は、まだ企業としての体力がない。だから1店舗が赤字になると、会社全体が危なくなってしまう。
8月が間もなく終わろうという頃、売上がぜんぜん上がらないことに業を煮やした僕は、店へ出向いて「9月がダメだったら撤退するから」と宣言した。
現場の人間は、当然抵抗する。
「手応えは絶対にあるんです。お客さんはおいしいって言ってくれるし、スープもお代わりが出るくらい好評です。最後の雑炊が終わったら『冬も絶対使うからね』ってみなさん言ってくれるんです」
でも僕ははっきり言って数字しか見ない。頑張っている現場の気持ちは当然理解しているが、だからといって「情」に引きづられて撤退を決断できず、わずか1店舗の赤字によって会社を潰すわけにはいかないのだ。
そこへ“神風”が吹いた。
あるテレビ番組のディレクターさんが「ふくのかみ」をひいきにしてくれていて、「スープ、おいしいね。番組で使ってあげるよ」と約束してくれたのだ。
約束通り、ウチの水炊きは番組に“出演”して、司会の芸人さんが「このプースー(スープのこと)やばい!!」と絶賛してくれた。
そこから「ぐるなび」のアクセス数が急騰した。ヒマを持て余していた店内が活気でみなぎり、テレビで紹介された翌月の10月からは利益を出せるようにまでなった。その後も勢いは止まらず、冬場には月300万円前後の利益を生み出す繁盛店になってくれたのである。
あの番組がなかったらエムグラントの今はないとつくづく思う。もともと絶対の「自信の商品」ではあったわけだが、それを世の中に伝えられず、消え去っていくお店は本当に多いのだ。
僕らは幸運なことに、テレビという予期せぬ“神風”に救われたのである。
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井戸 実
工業高校を卒業後、寿司職人の修業を経て26歳で目黒区祐天寺に居酒屋を開業。会社設立から5年で総店舗数260店舗を超え、飲食・ネット業界で注目を集める有名社長に。
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