第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
番外編短編集
第五十七話 弓道、一直線!


<第二新東京市北高校 SSS団部室>

冬も本番になり、寒さのピークに達した頃、部室ではダルマストーブに当たるアスカ達の姿があった。

「何で、こんな旧式のストーブなのよ」
「ハルヒが廃校で取り壊し予定の小学校から貰ってきたそうです」

アスカの不満のつぶやきに、キョンが答えた。

「さすが涼宮さんはアンティーク好きですね。こうして鼻を近づけると、古き良き日本の臭いが」
「臭い成分の大部分は、溶けたロウソクの物だと思われる」
「多分、小学校のクラスでロウソクの工作の授業があったんだろうね」
「プッ、バカねアンタ、古き良き日本の臭いだなんて」

ユキに種明かしをされた形になったイツキはそれでも余裕の表情を崩さない。

「それは微笑ましい光景じゃないですか。今の小学生はストーブを使ったロウソク工作に触れる機会など無いですから」
「今はそんなのは危険だって許してもらえないかもしれないね」

イツキの言葉にシンジが同意した。
そのような話題で、アスカ達がほのぼのとストーブに当たっていると、元気良く部室のドアを開いたハルヒはその姿を見て怒り心頭に発する。

「ドイツの冬の方がもっと寒かったじゃない! 何でストーブなんかにかじりついているのよ!」
「日本の冬だって十分に寒いだろう」

キョンの言葉を聞いたハルヒは、さらに怒った表情になる。

「だらけ切ったあんた達の精神を鍛えるため、弓道をする事にするわ! みんな、明日の朝6時に、体育着に着替えて弓道場に集合! 朝練に参加するわよ!」
「アンタが余計な事を言うからよ!」
「うるさい、惣流もストーブに当たっていたんだから連帯責任だ!」

キョンはアスカに怒鳴り返したが、ハルヒはそんな騒ぎなど気に掛けず、楽しそうにしていた。

 

<第二新東京市北高校 弓道場>

朝練のため、朝一番に登校した弓道部の部長はSSS団のメンバーが体育着姿で立っていたので驚いた。
カヲルやレイも寝耳に水ならぬハルヒの呼び出しと言う事で、朝が苦手だと言うのに出て来て、レイの意識は半分飛んでいる。

「むにゃあ……カヲル君の部屋に夜まで居たから……」
「それなのに、こんな朝早くからに涼宮さんの思い付きに付き合わせれて大変ですね」

以前ヒカリが大絶叫したレイのセリフだったが、弓道部部長はあっさりと受け流した。
そんな弓道部部長の落ち着いた様子を見て、ハルヒは満足そうにうなづく。

「さすが弓道部部長、至って冷静ね! これぞ北高の明鏡止水だわ!」
「私の見る所によると、涼宮さん達は弓道部の朝の練習に飛び入り参加をなされたいようですね」

弓道部部長は穏やかな口調と微笑みをハルヒ達に向けた。
女版古泉イツキ、いやそれ以上かもしれない。

「そうなのよ、こいつらのだらけた精神を鍛え直そうと思ってさ。部室でストーブに当たって猫背で丸くなっているのよ!」
「私は別に、ストーブに当たる事は悪い事だとは思いませんわ」
「ほらハルヒ、部長さんはこういっておられる事だし、弓道部の邪魔をしたら迷惑だろう」

弓道部部長の思わぬ援護射撃を受けたキョンは畳みかけるようにそう言った。

「でも、精神鍛錬に弓道に親しむと言うのはとても素晴らしい事です。以前仮入部をした涼宮さんはもちろんの事、あなた達もいかがですか?」

優しく微笑んでくる弓道部部長の言葉に、キョンはうなずいてしまいそうだったが、180度振りかえって脱兎のごとく逃げ出した。
しかし、逃げようとしたキョンの前にレイとカヲルが立ち塞ぎ、キョンは不可視な壁に弾き返される。

「ATフィールド!?」

キョンは思わず小さな声でそうつぶやいてしまった。
弾かれて後ずさりしたキョンの首根っこを追い付いたハルヒは嬉々としてつかむ。

「逃げようたって、そうは問屋が許さないわよ」

裏切り者と責めるような視線をキョンは2人に向けた。

「閉鎖空間を発生させるわけにはいかないのですよ」

イツキがそうキョンに耳打ちすると、キョンは諦めて両手を上に挙げて、降参のポーズをとった。

「じゃあ団員全員の賛成がとれたところで、早く始めましょう! 矢を撃ちたくてウズウズしているのよ!」
「落ち着いて涼宮さん、そんな事では明鏡止水の心境に達する事はできません。私、着替えますね」

弓道部部長はそう言うと、弓道部部長は穏やかな笑みを浮かべて更衣室へと歩いて行った。

「どう、弓道部部長は? 彼女、校内の女子達からも人気があるのよね。凛とした雰囲気の剣道部部長も良いけどさ!」
「そんな質問をされても……魅力的な先輩だと言う事は認めるが、なあシンジ?」

キョンに目配せを受けたシンジはアスカに思いっきり踏みつけられた。
そしてキョンもハルヒに思いっきり足を踏みつけられた。

「何よ、シンジったら美人だからって鼻の下を伸ばしちゃって。男ってみんな同じね!」
「まあ谷口辺りは俺達が会って話したと聞いたら死ぬほど羨ましがるだろうな」
「あんな本能丸出しの男とシンジを一緒にしないでよ!」
「惣流さん、さっき言った事と矛盾してますよ」

アスカとキョンがそんな会話を交わしているうちに、弓道着姿になった弓道部部長が姿を現した。
弓道着姿になった弓道部部長は制服の時とは違った印象を受けた。
髪型がポニーテールになり、キョン的には魅力が36%増しになってしまったところも運が悪かった。
弓道部部長に思わず見とれてしまったキョンのみぞおちに、ハルヒのパンチが突き刺さった!

「ガハッ!」

キョンは勢い良く前に倒れ込み、地面と熱烈なキスを交わした。
唇の端を切ったのか、少し血がにじんでいる。

「見事に急所を捕らえている。しかし、殺傷力は無い」
「天罰よ!」

ユキがキョンの怪我の診立てをしている横で、ハルヒは腕を組んでふくれた表情になった。

「彼の負傷の治療は私に任せて」

ユキがそう言うと、ハルヒも悪い事をしたと思ったのか、その事を許可した。
その後、弓道部部長が遠的を披露してSSS団の喝采を受けていると、弓道部の部員達がやって来た。
朝練の始まる時間がやって来たのだ。
弓道部員達は弓道場に居たSSS団の存在、特に弓道部部長に指導を受けていたハルヒを見ると絶叫を上げる。

「涼宮さん、凄い! 部長の指導を受けているなんて!」
「私達を差し置いて、部長の個人指導を受けるなんて、おのれ涼宮ハルヒめ!」

一部の熱狂的な弓道部部長ファンの部員達の反応に、ハルヒ以外は居心地の悪さを少し感じた。
当の弓道部部長は、その事を拒否せずに柔らかな物腰で交わしているようだった。
そして部員達の着替えが終わり、ハルヒ達SSS団のメンバーは体育着姿を着た新1年生達の近くに案内された。

「それでは、弓道体操を始めましょう」

弓道部部長の号令の後、一番端の列の先頭に立った上級生が号令を掛けると、アスカ達も見よう見真似で付いて行った。

「これは射法八節って言って、弓の正しい引き方の型を練習する体操みたいなものなの」

弓道部部長がそう解説すると、アスカ達はなるほどとうなずいた。

「新入生にいきなり弓を撃たせると危険だから、まずゴムでできた弓を引いてもらって、それから矢の無い素引き、その次は巻き藁に向かって撃つ練習をして、やっと本物の弓で撃つことができるの」
「弓って凶器にもなるから段階があるんですね」

弓道部部長の説明を聞いて、シンジは感心した様子でため息をついた。

「あなた達も頑張れば、仮入部した涼宮さんみたいに一日で遠的が出来るようになるかもしれませんね」
「さすがにそれは無理そうです……」
「アタシはやるわ!」

弓道部部長の言葉に気落ちするシンジとは対照的にアスカは凄く張り切った。

「シンジ、アンタは射撃が得意だったけど、弓は負けないわよ!」

弓道部部長はアスカがシンジに向かって宣言するのを聞くと、穏やかに微笑んで、アスカを諭すように優しい口調で話す。

「弓道は他人と争うための道ではありません、確かに弓は戦いの道具ですが、弓道は自分自身の精神を鍛錬するための道です。だからどちらかと言うと茶道に似ているのです」
「わ、わかりました」

アスカがそう言って大人しくなると、ハルヒはそれでも不満があるのか口をとがらせる。

「弓道はアーチェリーと違って、的のどこに命中しても得点が変わらないのよね」

ハルヒはそれが退屈で弓道部をすぐに辞めてしまったらしい。
やがてハルヒを含む弓道部員達4人が遠的をする事になった。
弓道部員達もアスカ達もじっくりとその様子を眺めた。

「大前、一本!」

弓道部員の掛け声と共に、一番最初の順番の射手が弓を構えた。
そして放たれた矢は少し右にそれた。

「今日は残念になる人も多そうですね」
「残念って何ですか?」
「4発全ての矢が的から外れる事です、その逆は皆中(かいちゅう)です」

弓道部部長のつぶやきを聞いてシンジがまた質問をしたのだった。

「落ち前、一本!」

最後の順番であるハルヒの前の射手はなんとかギリギリに的に矢を当てた。

「落ち、一本!」

ハルヒの矢は見事、的のど真ん中を撃ち抜いた。
歓声と拍手のようなものが部員達から起こり、矢を回収する係の弓道部員達は驚いて命中した矢を的から引き抜いた。

「落ち、締め!」

そしてハルヒは全て的の中心と言うわけではないが、難しい風向きの中4本すべての矢を命中させた。

「まっ、ざっとこんなものね!」

自慢げに堂々とそう言ったハルヒは、満足してその場を離れようとしたが、弓道部員達がそれを許さなかった。
是非、部長や副部長と一緒にと言われたハルヒは再び遠的をやる事になってしまった。
弓道部部長が4本とも命中させたプレッシャーを物ともせず、何とハルヒが続く4本も命中させて、弓道部部長と並んでしまった。
離れたところで見ていたキョンはいつの間にかやって来ていた弓道部の顧問の先生が、サングラス越しにハルヒの事を熱い視線で見つめている事に気が付く。

「涼宮ハルヒ、12月の県大会に向けて是非我が弓道部に欲しい人材だ」
「おい、このままじゃ、ハルヒが弓道部にしつこくスカウトされてしまう気がするぞ。あの弓道部部長も顧問も手ごわそうだ」
「ディス・ホーミングモードを起動する」

キョンの言葉を聞いたユキがそうつぶやくと、なんとハルヒの放った矢が全て的から外れてしまった。

「えっ!?」

ハルヒは突然の事態に戸惑い、意地に掛けても矢を的に当てようとした。しかし矢は的を避けるように命中してしまう。
顧問の先生が怒り、弓道部が混乱におちいるのは無理が無かった。

「どうして、当たらないのよ!」

4本目の矢も外したハルヒは怒って弓を床に叩きつけようとした。
しかし、そんなハルヒを弓道部部長は手で制して穏やかに諭す。

「涼宮さん、そんな乱れた心では、絶対に矢は的に当たりません」
「あ……ごめんなさい」

弓道部部長に耳元で囁いたハルヒは、気落ちした様子で体育着のまま校舎へと入って行った。
その姿をぼう然と見つめるその場に居合わせたメンバー達。

「このままでは閉鎖空間が発生する」
「長門、それってかなりやばい状況じゃないか?」

ユキの言葉を聞いたキョンは驚いて聞き返す。

「傷ついた涼宮ハルヒを慰めるのはあなたの役目。世界の運命はあなたに託された」
「んな事言われて、どうすりゃいいんだよ!?」
「自分で考えて」

ユキはそう答えて校舎の方へ姿を消して行った。

「助けてくれよ、長門〜!」

キョンの叫び声は弓道場を越えてグラウンドまで響いた。


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