第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
三年生
第五十五話 このスクールからの卒業


<第二新東京市北高 SSS団部室>

受験が終わりSSS団はまた活動を再開すると思われたが、去年とは違いバレンタインのイベントは行わず、またホワイトデーイベントの予告も行わなかった。
周囲からも疑問の声が上がり始めたある日、団員を朝から部室に集めたハルヒはホワイトボードに大きく『アルバム製作』と書いてミーティングの開始を宣言する。

「それではこれより、アルバム製作のミーティングを開始します!」
「アルバムならもう卒業アルバムがあるんじゃない」
「あれは、卒業生以外あんまり写っていないから」
「当たり前よ、卒業アルバムなんだし」

アスカはハルヒにため息交じりにツッコミを入れた。

「だから、SSS団オリジナルのアルバムを作るのよ」
「なるほど、我々の思い出を形にするわけですね」
「それじゃ、アルバムに載せる写真を持ってくるよ」
「今あるだけじゃ足りないわ、だってアスカを撮ったのばかりでしょう?」

ハルヒが指摘すると、シンジとアスカは顔を赤くした。

「それでは、我々全員で写真を持ち寄ればいいのですね」
「まだ不足ね、あたしは元SSS団員のレイや渚君やミクルちゃんはもちろんの事、谷口のやつや鈴原君、コンピ研の元部長さんとかSSS団を支えてくれた人達の写真も欲しいのよ」
「レイ達は分かるけど、団員じゃなかった人達の写真まで入れなくてもいいじゃない」

あきれた顔でアスカが言うと、ハルヒは人差し指を突き付けてアスカを怒鳴りつける。

「SSS団の正式名称を忘れたの? ”世界をおおいに盛り上げる涼宮ハルヒと惣流アスカの団”なのよ! 世界とはみんな1人1人が作る物! アニメでもセリフが無いモブキャラに萌える人が居るのよ!」
「解ったわ、だから落ち着きなさいよハルヒ」

肩で息をしながら訴えかけるハルヒにアスカはなだめるように声を掛けた。

「ですが、具体的に何をすればいいのでしょう?」
「そこであたしも考えてみたのよ」

イツキが質問するとハルヒはパソコンに接続したプリンターで印刷するとその紙をホワイトボードに貼り付けた。

「これってハルヒがやってるネットゲームのゲーム映像ね」
「街の中にイベントでひな壇が設置されて、そこでギルドのみんなとスクリーンショットを撮ったのよ」
「この真ん中に写っているharuharuと言うのが涼宮さんのキャラクターなのですね」
「kyonkyonってキャラとmikurunnrunnってキャラが隣に居るけど?」
「それは俺と大学に行っている方の朝比奈さんだ。無理やりゲームに誘われてな」

シンジに尋ねられたキョンは疲れた顔で答えた。

「じゃあ、ハルヒが言いたいのはみんなをネットゲームに参加させて記念写真を撮るって事なの?」
「違うわ、あたしはこれを実際のみんなでやってみたいの」

アスカに尋ねられたハルヒは首を横に振った。

「なるほど、僕達が実物大のひな人形になると言う事ですね」
「そう、ビッグひな祭りをSSS団最大のイベントにするのよ!」

イツキの言葉にうなずいたハルヒは、力強く拳を天に向かって突き上げて宣言した。

「でも、お雛様とお内裏様は2人だけだよね。僕はアスカと涼宮さんのどちらかがお雛様になれなくてガッカリするところなんて見たくないよ」

キョン達もシンジの言葉に同意するようにうなずいた。

「その辺は上手くやるわよ。別にお雛様が何人居たって構わないし、別々にひな壇を作るって手もあるわ」
「でも、これをどうやってイベント化するんだ?」
「北高の校庭を借りて実物大のひな壇を作ったり、みんなにもオリジナリティあふれるひな壇を作った写真を投稿してもらったりするのよ」

キョンの質問にハルヒはそう答えた。

「なるほど、それはいいアイディアかもしれませんね」

イツキはそう言ってミチルに視線を向けた。
写真投稿もOKと言う事になれば、ミクルもミチルも両方参加する事が出来る。

「それでみんなを集めたり、写真を送ってもらうように連絡を取りたいわけ。何しろたくさん人数が居るんだからね、予定合わせや準備とかで相当時間がかかるわ、気合入れなさい、頼むわよ」
「こりゃあ、3月3日までに間に合わないかもしれないぞ」

キョンは連絡する人のリストを見てため息をついた。

「その辺も柔軟に対応するから。そうだ、ユキにもお願いがあるの」
「……何?」
「あんた、アスカとシンジがスキーで転んじゃった瞬間とか撮ってたし、結構面白い写真を持っていそうじゃない。連絡の方は他の人に任せるから、あんたはそう言う写真を整理して持って来て」
「了解した」

ユキは今までの体験を全てデータ化して保存している。
きっとハルヒの満足する様な写真を持って来てくれるだろう。

「それじゃ、ミーティングはこれまで! 各自の担当の仕事に取り掛かりなさい!」

ハルヒは役割分担を書いたホワイトボードを指差して笑顔で宣言した。
あわただしくハルヒやアスカ達が部室を出て行く中、イツキがキョンを呼び止める。

「全く、あなたはとんでもない事をしてくれましたね」
「何の事だ?」
「とぼけないでください、受験の時期に大規模に発生していた閉鎖空間と神人が、2月14日のバレンタインの日からほとんど出現しなくなりました。あなたは涼宮さんに何を話したのですか?」
「さあな、たいした事は話していないさ」
「ぜひとも教えて頂きたいのですが」
「お前は恋人同士のノロケ話まで聞く趣味があったのか?」
「そう言われてはこれ以上質問するわけには行きませんね」

イツキは苦笑をして首を横に振ってお手上げのポーズをとった。

「さあ、俺達のやるべき事はイベントを盛り上げる事だろう? モタモタしていたらハルヒに怒られちまう」
「そうでした、僕も急ぎませんと」

キョンとイツキが部室を出た後、誰も居ないはずの部室にスーツを着た大人のミクルとユキが姿を現す。

「突然来てごめんなさい、心配で直接様子を見に来てしまいました」
「不可視モードでも誰かが接触してしまう可能性はある、出現場所には気を付けて」

ユキが指摘するとミクルは頭を下げて謝った。
そして、ゆっくりとユキに尋ねる。

「長門さん、涼宮さんは私達の未来の規定事項と同じ行動をとってくれるんでしょうか?」
「問題無い、彼が涼宮ハルヒの恋愛対象となった今、成功率は限りなく高い」
「本当にありがとう、キョン君。私達の役目も後少しで終える事ができそうです」

ミクルはキョンが去って行った部室のドアの方向を見つめてそうつぶやいた。

 

<第二新東京市北高 グラウンド>

放課後に数台のトラックによって実物大ひな壇がグラウンドに運び込まれると学校は騒然となった。
事前に告知していたので混乱は起こらなかったが、教職員の中では生活指導の数学教師だけは反対していた。
校長室に乗り込みイベントの中止をするように校長に訴えかけたのだが、校長はノリノリでお内裏様役の服に着替えていた。
南高の校長であるイツキの母親、古泉マリコが校長の隣に座ってお雛様の役をすると決まっていたからである。
生徒会も同じような手法で丸めこまれて、特に妨害するような生徒も出て来なかった。

「じゃあ、時間が無いから出来る事から撮影して行くわよ!」

ハルヒの言葉に名乗りを上げたのは、バレー部の生徒達だった。
バレー部員達はひな壇に上がると、トスやレシーブをしながらボールでラリーを始めた。

「面白いわね鈴木さん!」

ハルヒは同じクラスの生徒の名前を呼んで、手を叩いて喜んだ。
見物をしている生徒達からも歓声が上がる。
そして、同じようにサッカー部、テニス部など運動系の部活もリフティングやラリーを続けて行った。
野球部はキャッチボールの他に、頂点にピッチャーとキャッチャーを座らせるなど工夫をしていた。

「野球ではキャッチャーがピッチャーの女房役と呼ばれる事があるのですよ」
「へえ、じゃあ花瀬君が上杉君の女房ってわけね」

イツキの説明を聞いたハルヒは感心したようにため息をもらした。
運動系の部活が終わり、次は文化系の部活のひな壇の番になる。
コーラス部所属の阪中さんは友達の佐伯さんと一緒に合唱コンクールの様にひな壇に整列して1曲歌った。

「次は、榎本さんが戻ってAENOZとなった5人組のバンドの登場よ!」

軽音楽部の番になってハルヒがそう言うと、大きな歓声が上がった。
ENOZのボーカルだった榎本さんは2年前に卒業してしまったのだが、大学の講義を休んで来てもらったのだ。
レイとカヲルはENOZ時代の曲もカバーリングしていたので、レイと榎本さんとのダブルボーカルもこなす事が出来た。
1曲演奏を終えたレイ達は他の生徒達の手を借りてひな壇の上に楽器を移動させる。
最上段にAENOZの5人、次の段に他の軽音楽部のバンド、さらにその下に吹奏楽部、コーラス部と整列したひな壇は豪華なものだった。

「次は北高オーケストラによる北高の校歌斉唱です!」

前奏が始まると、観客の生徒達から拍手が上がり、コーラス部員達の歌声に合わせて周りの生徒達も歌い出した。
その歌の輪は教職員やSSS団に面識があると言う事で招かれていた佐々木や中河、南高校の百人一首研究会の部員達にまで広がった。
文化祭ライブのような盛り上がりを見せた校歌斉唱の後は、服装を整え終えた教師達や生徒会の撮影が行われた。
ミサトは教師として岡部先生の近くで撮影をした。
三人官女の格好をしたミサトは清楚だと生徒や職員の間でも評判になっていた。

「何か澄ました感じでミサトらしくないのよね」
「どういう意味よ!」

アスカに言われたミサトは顔をふくれさせてにらみつけた。

「そうそう、やっぱりミサトは大声で話していないと!」

ハルヒも同意してSSS団顧問として撮影される時はミサトはいつもの教師の制服でハルヒとアスカの首根っこをつかんで撮影ポーズを撮る事になってしまった。

「ほらヒカリも恥ずかしがってないで早く登りなさいよ!」
「でも、私がお雛様なんて……」

アスカに腕を引っ張られてもヒカリは顔を赤くして渋っていた。

「服は着てしまっているんだからさ、観念してしまいなよ」
「そうよ、相田の言う通りよ。ほら、鈴原も座って待っているし」
「早うしてくれんか、この格好でいると恥ずかしいんや」

トウジは顔を赤くして汗をかきながらそう言った。
ケンスケとトウジにも急かされたヒカリは観念して最上段に登って座った。
アスカとシンジやレイも同じクラスの生徒に混じって下の段で三人官女や五人囃子の格好で撮影をした。

「くうっ、俺がついに主役級になれるとは思ってもみなかったぜ」
「感激するのは後にして早くしろ」

キョンはあきれ顔でため息をついて谷口に声を掛けた。
谷口は宮木さんと一緒に撮影ができて舞い上がっていた。
キョンや国木田も祝福する友人としてひな壇に参加した。

「長門さん、今日はひな祭りに絶好のお天気ですね!」

中河に声をかけられてユキは少しだけ首を縦に振ってうなずいた。
ユキと中河もお雛様とお内裏様としてひな壇に上がる事を予定されているのだ。

「古泉、お前は寂しそうだな」
「僕は素直に応援しますよ、長門さんと彼の事を」

キョンが尋ねると、イツキは苦笑を浮かべてそう答えるのだった。

「それじゃ、僕達はキョンの中学生時代の友人としてこのひな壇に入れてもらおうか」
「そうですわね」

佐々木の言葉に橘キョウコはうなずいてひな壇に座った。
クヨウや藤原も続いて座った。

「私、今日だけで何枚も撮影されている気がするのよね」

コーラス部の阪中さんも少し苦笑しながらひな壇に上がった。
そして、澄ました顔のユキとガチガチに緊張している中河の温度差あふれる表情で写真は撮影された。

「直接学校に来て撮影できる人はこれぐらいね」

順調に撮影を終えたハルヒはホッと息をついた。
残りのメンバーの分は投稿写真で補う予定だ。

「じゃあいよいよあたし達SSS団のひな壇を作るわよ!」

ハルヒが張り切って号令をかけると、校庭に居た生徒達はあわただしく移動を始めた。
特大のひな壇の頂点に座るのはお雛様とお内裏様の格好をしたハルヒとキョン、アスカとシンジの2組だった。

「金髪のお雛様って変な感じじゃないかしら?」
「そんな事無いよ、アスカはお雛様の髪型も似合うよ」

アスカとシンジの会話を聞いたハルヒはポニーテールの髪型をほぐして、髪型を結び直す。

「キョン、あたしに言う事あるでしょう?」
「ああ、俺はお前のポニーテール以外にも萌えるんだ」

今回のハルヒとアスカの意地の張り合いはとても小さな戦いになった。
その下にイツキ・ユキ・ミチル・エツコ・ヨシアキ・ミサト・レイ・カヲルが五人囃子や三人官女の服装をして座る。
さらにその下にハルヒやアスカ達の友人達が制服姿で座った。
このひな壇は人数が多いのでズームとアウトの両方の写真を何枚か撮影した。

「涼宮さんの事だから、アスカと対戦すると言い出すと思ったんだけど」
「こう言うのは人気投票とかしない方が角が立たなくていいのよ」

ハルヒはシンジにそう答えた。
そして撮影が終了する頃には辺りはすっかり日が暮れてしまっていた。

「みんな、今日はありがとう!」

ハルヒが壇上からあいさつをすると、校庭に居合わせた生徒達から大きな拍手が上がった。
そして時間を見計らったかのように数台のトラックが校庭に入って来る。

「さあ、これから片付けの始まりよ! SSS団のイベントは、片付けが終わるまで終わらないんだからね!」

ハルヒがそう宣言すると、大きな悲鳴が上がった。
校舎の明かりだけで照らされる夜のグラウンドで集まった生徒達はひな壇や軽音楽部の楽器など小道具の片付けを始めた。
それは体育祭や文化祭が終わった後の光景に似ていた。
そんな光景を眺めるハルヒの顔は月明かりのせいか少し悲しげに見えた。
キョンはハルヒを励まそうと声をかける。

「こら、こっちは忙しいんだ。サボっていないで手を貸せ」
「別にサボって何か居ないわよ」
「まだイベントは終わっていないって言ったのはお前自身だろう?」
「分かっているわよ」

キョンに言われたハルヒは少し怒った顔になりながら片付け作業を再開した。
そして片付けが完了すると、ハルヒは解散を宣言した。

「あ、キョンは先に帰っていて。あたしはユキの家に寄るから」
「何の用事だ?」
「アルバム用の写真の整理は終わったけど、ユキじゃどれを載せるか絞り切れないと言うからあたしが手伝いに行くのよ」

学校からの帰り道、ハルヒはそう言ってキョンと別れてユキと一緒に行こうとした。

「待て、俺も行く」

1人でユキの家に行くと言うハルヒに、キョンは嫌な予感がして同行を申し出た。

「私を、信じて」
「そうよ、キョンはゆっくり休んでいなさいよ」

ユキがキョンの目をじっと見つめて話すと、ハルヒも同調した。

「……わかった、お前を信用するよ」

キョンはユキの目をじっと見つめ返してそう答えるのだった。

「任せなさいって、大船に乗ったつもりで居なさい」
「頼んだぞ」

ハルヒは胸に手を当ててそうキョンに告げた。
しかし、キョンの方はずっとユキを見つめたまま返事をした。
ユキもじっとキョンを見つめ続けるのだった。

 

<第二新東京市北高 SSS団部室>

次の日、朝から団員を部室に集めたハルヒは私物の整理をするように宣言する。

「この3年間で部室にたくさん物がたまったから、急がないと卒業まで間に合わないわよ」
「えー、面倒くさい。私とヨシアキは卒業するわけじゃないし」
「エツコちゃん達も使っていない私物は整理するの!」

渋るエツコに向かってハルヒは強い口調で命令した。

「ところで、投稿写真は集まったの?」
「ええ、みんな一生物の思い出にしようと気合が感じられるわね」

アスカの質問に、ハルヒは笑顔でうなずいた。
ハルヒのパソコンには遠隔地からの投稿写真の画像が次々と届いていた。
私物整理の合間の休み時間にSSS団のメンバーでお茶を飲みながらハルヒのパソコンから転送された画像を見て楽しむ事にした。

「父さん……これは恥ずかしいよ」

シンジが顔を赤くして背けてしまったのはパワーレスリングダンス協会の写真だった。
一番上の段に会長のゴメス、隣にゲンドウ。
筋肉モリモリのダンサー達が正座をして白い歯を見せて笑顔でカメラ目線を向けている大迫力の写真だった。
記念撮影に駆けつけられなかったコンピ研の元部長は、卒業写真の撮影日に欠席した生徒のように右上のスペースに写真が貼り付けられていた。

「それにしてもこのコンピ研元部長、ノリノリだな」

キョンはマッスルポーズで写っているコンピ研元部長を見てため息をついた。

「こちらのロボットが写っている写真も迫力がありますね」

イツキが感心したように眺めている投稿写真は、時田シロウ博士から送られてきたものだった。
実物大『エイドス・キャノン』と『レイヴン』のプラモデルが器用に正座して居て、差し伸べるように伸ばされた両方のロボットの手のひらの上には時田博士と霧島マナ、ムサシ・リー・ストラスバーグ、浅利ケイタの3人がパイロットスーツ姿で立っていた。

「そう言えば、この前新聞でやっていましたね。現役高校生の3人がパイロットに選ばれたって」
「へえ、それって霧島さん達だったの」

イツキの話を聞いて、アスカが感心したようにうなずいた。
ロボットの実物大プラモデルは走るぐらいの単純な動作しか出来ないが、暴走事故の報告を受けた自治体が、イベントでは危険の無いように専属パイロットに操作させるように定めたのだ。

「あたし達も受験生で無かったらパイロット試験を受けても良かったのにね」
「僕はロボットのパイロットは遠慮しておくよ」
「アタシも」

ハルヒに声を掛けられたシンジとアスカは首を横に振った。

「そう? 嫌な割には2人ともゲーセンのロボット操縦ゲームで高得点を出していたじゃない」

シンジとアスカのハルヒはつまらなそうに口をとがらせた。

「うわあ、このひな壇は可愛らしいですね」

ミチルが感激して声を上げたのは、自主製作映画『怪盗ハルにゃんの事件簿』に出演したシャミセンとモモ、そして阪中さんの飼い犬のルソーや座っている動物ひな壇だった。

「こっちもかわいいひな壇ね」

アスカが優しく微笑みながら眺めているのはキョンの妹とハカセ君が写っているひな壇だった。
カメラに向かって元気な顔でピースサインをしているキョンの妹とは対照的に、ハカセくんは顔を赤くして下を向いて座っていた。

「アスカ、ドイツからも写真が来ているよ」

シンジに言われて画像ファイルを開いたアスカはぱあっと笑顔になった。
少し恥ずかしそうに最上段に座るアスカの両親のラングレー夫妻。
その下の段にはシンジと友達になったハンスを中心とするドイツの少年少女がカメラに笑顔を向けていた。

「これなら、ドイツに行っても友達がたくさんできそうじゃない」

ハルヒの言葉にシンジとアスカはうなずいた。

「えっと、この人が古泉先輩のお父さんですか?」
「ええ、僕の父です。やっとみなさんにお会いする事が出来たと喜んでいましたよ」

ミチルの質問にイツキは軽く笑いながら答えた。
古泉夫妻の下には新川さんと森さんも座っていた。

「森さんって着物を着ると大人びた女性に見えるわね」
「こらハルヒ、またクリスマスの時みたいに失礼な事を聞くなよ」
「分かってるわよ」

ハルヒは怒った顔でキョンに言い返した。

「おや、これは懐かしい方からですね」

イツキの言葉を聞いたアスカとシンジは、上海万博のパビリオン中国館を背にして写るリョウコの写真を見て冷汗を浮かべた。
リョウコはアスカとシンジにした事を謝っているのか、少し頭を下げて愛想笑いを浮かべていた。

「うわあ、2年半ぐらい振りに見たわね」

ハルヒはリョウコの写真を見て驚きの声を上げた。

「SSS団のひな祭りイベントの告知を聞いて、北高生の1人として参加したいとの申し出でした」
「もちろん構わないわよ!」

ハルヒの言葉にアスカとシンジもぎこちなくうなずいた。

「ねえ、喜緑さんの隣に写っている人って誰? 見覚えが無いんだけど」
「これは去年の生徒会長さんですね」
「髪まで染めちゃって、凄い変身じゃない!」

イツキの言葉を聞いてハルヒは歓声を上げた。
喜緑さんの前では真面目を気取っていた前生徒会長だが、大学に進学してからは自分の地の性格をさらけ出したようだ。

「鶴屋さんとミクルちゃんの写真も間に合ってよかったわね」

ハルヒには鶴屋さんとミクルは先日から大学春休みの外国旅行に出掛けたと話していたので、2人で写っている写真が送られて来て満足した様子だった。
写真を見ると本当に2人は楽しそうに旅行をしているようにアスカ達にも思えるのだった。
そして、遅れて到着したのがゲンドウ率いるネルフ関係者の写真だった。
ひな壇の一番上に写っているのはリツコをお姫様だっこしたゲンドウ。
その下では涼宮博士がハルヒの母を真っ赤な顔で同じようにお姫様だっこをしている。

「きっとお袋は親父に無茶を言ったに違いないわね、苦しそうな顔をするなとか」
「さすがハルヒの母親だけはある」

ハルヒの言葉を聞いてキョンはため息交じりにつぶやいた。
ゲンドウとハルヒの母親、どちらが最初に言い出したのか分からないが、ミサトと加持も巻き込まれる形でお姫様だっこに加わっている。
しかし、ミサトは記念撮影だと言うのに表情を固くしていた。

「怒っているのか、緊張しているのか、ミサトの笑いは固い感じがするわね」
「きっとその両方じゃないのかな」

アスカのつぶやきにミサトはそう答えた。
写真にはゲンドウとリツコやミサト達の他にも、副司令の冬月、マヤ・日向・青葉の3人が下の段で写っていた。
そして思いっきりカメラを引いて発令所に居るネルフスタッフや白衣を着た研究所スタッフや諜報部員を巨大ひな壇に集めて全員収められている写真もあった。

「シンジの親父さんったら、人数であたし達SSS団に勝ったつもりね! 大企業の社長だからって職権乱用だわ!」

その写真を見たハルヒは少し悔しそうに叫んだ。
ハルヒの父親の涼宮博士がネルフで働いている事をハルヒに知られたので、アスカ達はネルフをゲンドウが社長の多角経営を行っている製薬会社と口裏を合わせてごまかす事にしたのだった。

「こうしてみると、SSS団ってたくさんの人達に支えられてきたのね」
「……そうだな」

一気にたくさんの写真を見たハルヒは元気がわいてきたように笑顔で言うが、キョン達は疲れ果ててしまったようで机に突っ伏したり、椅子によりかかったりしていた。
ハルヒはグッタリとしてしまったキョンの胸倉をつかんで大声でまくし立てる。

「こらっ、まだ部室の整理が終わっていないじゃないの! それに明日もアルバムに載せる写真を選ぶ作業は続けるんだから、気合入れなさいよね!」
「勘弁してくれ……」

その後も編集作業は続き、終わるころにはハルヒとユキ以外はヨレヨレと言った感じで部室を出て行った。

 

<第二新東京市北高 体育館>

そして、部室の整理とアルバム編集作業に追われて行くうちに、あっという間に2月は過ぎて行き、ついにハルヒ達は3月の卒業式の日を迎えた。

「涼宮先輩、卒業おめでとうございます!」
「ありがとうエツコちゃん、でもあたしはもう他の子に胸に花を付けてもらったんだけど」

強引に2個目の花を付けようとするエツコに、ハルヒは困った表情を浮かべた。

「2個付いてたって問題無いって」
「ダメだよ、花は人数分しか無いんだから花を付けてもらえない卒業生の人が出て来ちゃうよ」

笑顔で言い切るエツコに、ヨシアキがあきれた顔でツッコミをいれた。

「仕方無いわね、私が欠席した人の分の花を持ってくるわ」
「わーい、お姉ちゃん大好き!」

ミサトはため息をついてそういうと、エツコは歓声を上げて2個目の花をハルヒに付けた。
ハルヒに花を付けて満足したエツコは笑顔で走り去って行った。
そこに人集りから抜け出したキョンがやって来てハルヒを見る。

「お前は高校生活の最後まで他の人間と違う事をしたがるんだな」
「これは、エツコちゃんが悪いのよ!」

ハルヒが胸に2つ花を付けているのを見てあきれて言ったキョンに対してハルヒはそう反論した。
花を付け終わった卒業生は整列して体育館の中へ入って行った。
卒業式で卒業生が歌う歌は圧倒的人気でハルヒが作詞作曲した『ハレ晴レユカイ』に決まった。
曲の演奏前にハルヒの名前が読み上げられると、卒業生達から拍手が上がった。
ハルヒは周囲の視線に少し照れながら細かく頭を下げて返していた。
ピアノで曲が演奏されると、あの楽しい曲も少し悲しい気になる。
ハルヒは浮かれる事無く真剣な顔で落ち着いて歌っていた。
行事の雰囲気は壊さず尊重したっぷりと味わう。
それがハルヒのポリシーだった。
式は進行し卒業式の授与式が始まった。
ハルヒはクラスの学級委員では無いのにクラスの代表として校長から壇上で卒業証書を受け取る役となってしまった。
アスカ達のクラスの代表は学級委員になったヒカリ。
ヒカリと入れ替わりに名前を呼ばれたハルヒは凛々しさも感じさせる態度で壇上に登って行った。
卒業式にハルヒが何か大変な事をやらかすのではないかと心配する教職員、期待していた生徒達の予想に反して、ハルヒは特別なアクションを何も起こさなかった。
そして、卒業式が終わり卒業生は教室で卒業アルバムをもらう。
岡部先生が別れの言葉を告げると、ハルヒは大声で号令をかける。

「せーの、岡部先生ー!」

ハルヒの号令に応じてクラスの生徒達も叫び、岡部先生の元へ駆け寄って行った。
そして順番に携帯電話のカメラ機能で岡部先生との写真を撮っていった。
もらったばかりのアルバムを広げて座り慣れた自分の席で友達とおしゃべりしている生徒。
廊下にも響く大声で別れを惜しんでいる生徒。
しかし昼休みが過ぎ、放課後となるとさすがに教室に残る生徒もほとんどいなくなって居た。

「アスカ、洞木さんやみんなとのお別れは済んだの?」
「うん……泣かないって決めていたけど、いざ卒業の日になると泣いてしまうものなのね」

ハルヒが隣の教室に居るアスカの所へ行くと、アスカは泣きはらしたのか真っ赤な目をこすっていた。

「それじゃあ、そろそろ部室へ行くわよ。とっくに放課後になっているんだから、エツコちゃん達も待ちくたびれているわよ!」

ハルヒはアスカの手を引いてキョン達と共にSSS団の部室へと向かった。

 

<第二新東京市北高 SSS団部室>

ハルヒ達が部室に到着した時、先に部室に居たエツコ達は椅子に座ったままボーっとしていた。
部室の私物は昨日のうちにすっかりと片付けられ、ミクルの残したお茶セット以外、部室の姿は文芸部時代のものへとすっかり戻っていた。
持ち込まれた日用品などが姿を消し、ユキとレイの本も抜かれた部室と本棚はガランとしていた。

「やっと来た! 暇を潰すゲームやお菓子も無くて退屈だったんだよ!」
「どうも物が無いといつもの部室だって雰囲気がしませんね」
「遅れてごめんごめん」

出迎えたエツコとヨシアキにハルヒは謝った。

「レイと渚はまだ来ていないの?」

部室の中を見回して、アスカはつぶやいた。

「綾波達は軽音楽部のお別れ会が長引いているのかな」
「それじゃあ、出掛けに拾って行きましょう。そろそろ職員室でミサトも待っているはずよ」
「これからどこかに行くのか?」
「ええ、ここから電車で1時間ほど行った竜神湖にね」

キョンが尋ねるとハルヒはそう答えた。

「あそこってハイキングコースで有名ですよね、テレビでやっていました」

ハルヒの言葉を聞いたミチルがのほほんとつぶやいた。

「あそこの水神様って恋の神様って話よね」
「鏡のような湖面に姿を映した男女は永遠に結ばれると言い伝えがある。友情も同じ」

アスカの説明にユキがさらに付け加えた。

「もしかして、涼宮さんはそのおまじないをしに行くってこと?」
「そ、そうなの?」

シンジとアスカは顔を赤くしてハルヒに尋ねた。

「うーん、それもやっても良いかもしれないけどね、今日の目的は違うのよ」

ハルヒはそう言うと、廊下に置いてあった脚立を持ってきてキョンに命令する。

「ちょっとキョン、あの部室を示す看板の中にあるSSS団の名前を書いた板を引き抜いて。あたしはスカートだから脚立に登れないのよ」
「ハルヒ、いいのか?」
「早く!」

突然の命令に戸惑ったキョンだったが、ハルヒの言う通りにSSS団と書かれた板を引き抜くと、文芸部と書かれた看板が姿を現した。
それを見たアスカ達から悲鳴が上がる。

「ハルヒ、いったいどういう事よ?」
「あたしもアスカも卒業しちゃうんだから、今日でSSS団は解散!」

ハルヒがアスカの質問に対してそう宣言すると、キョン達にも衝撃が走った。

「お前、せっかく作ったSSS団を解散してしまうって言うんだな?」
「そうよ」

キョンの問い掛けにハルヒはキッパリとうなずいた。

「もしかして、涼宮さんが竜神湖に行く目的ってハイキングでも、恋の願掛けでもなくて……」
「ええ、SSS団の解散式をするためよ」

シンジの質問にハルヒは力強く断言した。
再びキョン達はショックを受け、誰も何も言えなくなってしまった。

「ほら、早く出発しないと着いた頃には日が暮れてしまうわ。レイ達を迎えに行くわよ」

ハルヒはそう言って後ろを振り返らずにズンズンと歩いて行ってしまった。

「長門、お前はあの日の夜ハルヒにどこまで話したんだ? ハルヒは何をするつもりなんだ?」
「3年前の涼宮ハルヒは精神の未成熟な存在だった。でも、今なら大丈夫。私と彼女を信じて」
「信じるも何も、ここまで行ったら引きかえす事は出来ないんだな」

キョンとユキのやり取りを聞いたアスカ達も真剣な表情になって息を飲んだ。
ハルヒの言うSSS団の解散式と言うのはどのようなものか?
それは今のキョン達には分からない事だったが、キョン達は廊下の向こうに姿を消そうとしたハルヒを急いで追いかけた。


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