第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
三年生
第五十四話 涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息III 〜God knows〜


※この物語はフィクションです、実在の入試制度とは異なりますのでご注意ください。

<第二新東京市 葛城家 リビング>

センター試験を数日後に控え、ハルヒは突然葛城家で受験勉強合宿を行うと宣言した。
葛城家はエツコとヨシアキ、加持が同居する事になり、レイの部屋と合体して2倍の大きさになったのだが、住む人数も2倍に増えていたのですでに定員いっぱいだった。
そこに泊まると押しかけて来たハルヒとキョン、ユキとカヲルとイツキの姿を見てミサト達は驚いた。

「ここで、受験まで合宿する事に決めたから」
「ちょっとちょっと、ハルヒちゃん何を言っているの?」
「あたしはアスカの部屋に泊まるわ。キョンはシンジの部屋、ユキはレイの部屋、渚君は加持さんの部屋、古泉君はヨシアキ君の部屋に泊めてもらいなさい」

笑顔で勝手に部屋割りを決めるハルヒに、ミサト達はぼうぜんとして声が出なかった。

「すいません葛城さん、こんな事になってしまって」

イツキがいつものスマイルを浮かべながら謝った。

「ハルヒが来たら騒がしくてシンジが勉強に集中できないじゃない」
「アスカが毎晩色仕掛けで誘惑する方が勉強の邪魔になるでしょ? バスタオル一枚でウロウロしたりさ」
「アタシはそんなことしないわよ!」

アスカは顔を真っ赤にさせてニヤケ顔のハルヒに言い返した。

「あはは、私はね、この家に引っ越して来た日に……」

笑ってエツコが言いかけると、ヨシアキがあわててエツコの口を塞いだ。

「すまないな、ハルヒが家に居たくないとこんな無茶な事を言い出したんだ」
「親父ったら、家に帰って来るようになったのは良いけど、あたしに掃除や洗濯を押し付けるのよ、忙しいのはみんな同じだって言うのに!」

キョンの言葉に続いて、ハルヒが怒った表情でそう吐き捨てた。
その内容は普通の少女が抱える一般的なもので、別に大規模な閉鎖空間を発生させるレベルの怒りでは無いようだ。

「仕方無いわね、数日だけなら我慢しましょう」

ミサトが笑顔を浮かべてそう言うと、アスカも渋々従った。
ハルヒ達は荷物を置くと、リビングのテーブルに問題集を広げて勉強を始めた。

「うーん、こうしてみんなで集まると、受験会場って雰囲気がしてくるわね!」

ハルヒはテンションが上がっているようで、輝くような笑顔をしていた。

「シンジも第二新東京市で試験を受けるんだって?」
「うん、日本からのドイツ留学生用の『アビトゥーア』を受けるんだ」

アビトゥーアとはドイツの大学に入学するための国家資格試験である。
ドイツの学校体系は複雑なので、アビトゥーアの受験資格は様々だが、日本では高校卒業の見込みが受験資格と定められていた。

「アビトゥーアの成績によっては足切りされちゃう大学もあるんでしょう? 日本のセンター試験に似ているわね」
「そこは似ているかもしれなけど、アビトゥーアの成績は一度決まったら取り消す事が出来ないのよ」
「へえ、人生ゲームの最後の方にある、全財産を掛けてルーレットを回すマスみたいね。失敗したらゴールできずに開拓地、とか」

アスカの説明を聞いてハルヒがそんな感想を言うと、シンジは青い顔をして固まってしまった。

「こらハルヒ、何て例え方するのよ! シンジはデリケートなんだからね」
「だ、大丈夫だよアスカ、僕は悔いの無いように頑張るから……」

シンジは顔を引きつらせながら笑ってアスカに話しかけた。

「あはは、この漫才コンビ、シンジ先輩とアスカ先輩みたいで面白いー!」

そんな雰囲気をぶち壊すかのようにソファーでテレビを見ていたエツコの笑い声がリビングに響き渡った。

「エツコちゃん、テレビなら自分の部屋で見なさい、せっかくの受験勉強会のムードが台無しじゃない」
「だって、部屋のテレビは小さいんだもん、プロレスツッコミの迫力が薄くなっちゃうよ」
「あたし、あの女芸人好きじゃないわ。だってあの芸人のせいで、ハルヒって名前の女の子がみんな男勝りで暴力的ってからかわれてるじゃない」
「お前は普段の行動が問題だろ」
「何ですって! あたしはキョンに気合を注入してやってるのよ!」

ハルヒはそう言ってキョンの胸倉をつかみ上げて引き寄せた。

「く、苦しいぞ、離せ!」

キョンは何とか自力でハルヒから逃れ、肩で息をした。

「テレビをすぐに消しなさい、団長命令よ!」
「ここは北高でも無いし、それに部室じゃ無いじゃん! 団長の命令なんて無効だよ!」

エツコが言い返すと、ハルヒは毅然とした態度でゆっくりと首を横に振る。

「甘いわ、国は城では無く人が形作る物であるように、SSS団の本質は部室にあらず! すなわち、団長のあたしが居るところがSSS団なのよ!」

ハルヒは堂々とした態度でキッパリと宣言した。

「ハルヒちゃんもこう言っている事だし、テレビは部屋で見なさい」
「ちぇっ、ミサトお姉さんはハルヒお姉ちゃんの肩を持つのね」

エツコは少しふくれた顔になって自分の部屋へと戻った。

「ハルヒお姉ちゃんってどういう意味?」
「ああ、何かミサトがハルヒのパパの件でハルヒの事を自分の妹みたいだって話していたのよ」
「そう言えば、親父もミサトの親父さんの事をいち早く環境問題に真剣に取り組んだ尊敬する博士だって話していたわね。実際に会う事ができて感激したって、お袋がヤキモチ焼くぐらい喜んでいたわよ」

アスカの返事を聞いて、ハルヒは苦笑をもらした。

「まあ父さんの理論は先取りしすぎて他の科学者達には受け入れられなかったんだけどね。あたしは一人っ子だから姉妹がいたら良いなとは思ってたわ」
「そうしたら、寂しくないものね」

そう言うハルヒにアスカが笑顔で同意した。

「徹夜で一緒にネットゲームを楽しんだりできるしね」
「あなたは先週の土曜日の深夜もパーティを組んでレアモンスターの狩場を占拠していた」
「それは兄弟が居なくても出来る事だと思うよ」

ハルヒの行動をユキが暴露するとシンジはあきれた顔でため息をついた。

「お前、徹夜でネットゲームは止めるって俺と約束したよな」
「息抜きに狩りをしていたら、あたし達のパーティの他に誰も来なかったから、帰るって言い出せなくて朝までついやっちゃったのよ」

キョンにハルヒはそう言い訳をした。

「まあ良い、こうして合宿をしていればネットゲームもできないだろう」

キョンはそう言ってため息をついた。
夕食は大人数のため食事当番を決めて交代制で作る事になった。
ミサトも立候補したのだが、家主と言う事で全員で遠慮をした。

「ミサトの料理を食べてダウンしちゃったら受験が台無しよ」
「刺激はあるんだけどね」

アスカとシンジは顔を見合わせて苦笑した。
楽しい夕食後もハルヒ達は気を抜かずに勉強を再開し、入浴して就寝し翌朝早く起きて勉強する事にした。
ハルヒはお風呂に入ったアスカの所に押し掛け、風呂場の中から浮かれて騒ぐハルヒとアスカの怒声が響いてリビングまで届いて来た。

「涼宮さん、凄いテンションが上がっているね」
「あいつは高校生の生活を最後まで全力で楽しもうと必死なのさ」

シンジがつぶやくと、キョンは少し憂いを秘めた瞳でそう言った。

「もう3年が過ぎてしまったんだね」
「きっと、春休みは思いっきりハルヒに振り回されるんだろうな、覚悟しておかないとな」

キョンが話すと、シンジは寂しそうな顔になる。

「僕は卒業したらすぐにでもドイツへ発たないといけないんだ。4月1日に新学期が始まってしまうから」
「そうか、残念だな」

シンジの言葉を聞いて、キョンも視線を床に移した。

「こらっ、何をそんな暗い顔をしているのよ!」

シンジとキョンが下を向いて黙り込んでいると、風呂上がりのハルヒが声を掛けて来た。
何とハルヒとアスカはバスタオル1枚と言う色っぽい姿だ。

「うわっ、お前らなんて格好で出てくるんだよ!」
「あたしとアスカ、どっちがスタイルがいいと思う?」

ハルヒはからかうような笑みを浮かべて胸を寄せてキョンに見せつけた。

「そんなの分かるわけ無いだろう」
「じゃあ、比べて見なさいよ」
「バスタオルを取るなっ!」

ハルヒとアスカがバスタオルを外すと、2人ともしっかりとノースリーブの服を着ていた。

「キョンったら耳まで真っ赤になってる、やっぱりアスカの言う通りね!」
「くそっ、はめられた!」

お腹を抱えて大笑いするハルヒを見て、キョンは悔しそうに舌打ちした。

「みんな、楽しそうだね!」

そこへもう1つの風呂場に居たバスタオル姿のエツコがやって来ると、アスカとハルヒは素早くエツコが着替えていた方の脱衣所へと連行した。

「何するの、2人とも離してよ〜」
「アンタの場合は冗談で済まないから」
「やっぱり着て無いじゃないの!」

賑やかに姿を消すエツコ達をシンジとキョンは苦笑しながら見送るのだった。

「キョン君、何を残念そうな顔をしているのかな? まあエツコは私の娘だけあって、スタイルはかなりのものよ?」
「そ、そんなことありません!」
「シンジ君は見ちゃったのに、キョン君にはラッキースケベの神様が微笑まなかったみたいね」
「からかうのはいい加減にしてください!」
「おお、怖い怖い」

キョンが怒鳴ると、ミサトはおどけながら自分の部屋へと入っていった。

「裸を、見たのか?」
「うん、でもほんの少しの間だけ」

シンジがキョンの問い掛けに答えると、不機嫌そうな顔でキョンは舌打ちした。

「でもその後アスカに地獄を見せられたよ」
「俺は命拾いをしたんだな」

キョンはシンジの言葉を聞いて、冷汗を流すのだった。

 

<第二新東京市 葛城家 アスカの部屋>

寝るためにアスカの部屋に足を踏み入れたハルヒは、素早く部屋の捜索に取りかかるのだった。
驚いたアスカがあわてて止めに入る。

「ちょっと、止めなさいよ!」
「良いじゃない、減るもんじゃないし」

アスカが止めた時はすでに手遅れで、ハルヒはアスカの枕に入れられているシンジとの写真を見つけられてしまった。
それはアスカとシンジが出会ったオーバーザレインボーの船で黄色いワンピースを着たアスカと中学校の制服を着たシンジ、そしてミサトやトウジ達が映っている写真だった。
この頃のアスカとシンジはお互いに良い印象を持っていなかったらしく、渋々隣に立っていると言った感じだった。

「あら、まだまだ写真があるじゃない」

その後もハルヒは、エヴァンゲリオン弐号機を背にプラグスーツ姿のアスカとシンジとレイが映っている写真などを見つけてしまった。
写真をみられたアスカは顔を青くした。

「ねえ、この写真は……?」
「こ、これはいわゆる、コスチュームプレイってやつよ!」
「へえ、そう言えばSFアニメで見るような格好ね」

ハルヒの質問に対するアスカの苦しい答えだったが、ハルヒは納得した様子だった。

「じゃあ、この黄色いワンピースとかロボットのパイロットスーツみたいな服とかあるんでしょう? 見せてよ!」
「無いのよ、1つも残って無いの……」

ハルヒに尋ねられたアスカはとても暗そうな顔になった。
エヴァのパイロット時代の写真などはシンジ達から焼き増ししてもらう事が出来た。
しかし、アスカの部屋にあった服などはアスカ自身の手によって、全てボロボロに引き裂かれていたのだ。

「もしかして、火事にでもあって焼け出されたの?」
「ううん、捨てちゃったの」

アスカが目に涙を浮かべて首を横に振ると、ハルヒは穏やかな笑顔でアスカをそっと抱きしめる。

「あたしはアスカとの事をずっと忘れないからね。今こうして話している事も」
「なんでハルヒはこんなに優しいのよ……」

アスカは姉に甘える妹のようにハルヒの胸に甘えて泣き始めた。

「あたしはね、中学の時におまじないの魔方陣を校庭いっぱいに描いたのは知っているでしょう?」
「ええ、東中のみんながウワサしてたわ」
「その事が学校中に知れ渡ってから、あたしは頭のおかしい子だって言われるようになったのよ。近づくと、バカのばい菌が移るって言い出す子も居たわ」
「何よそれ、最低のいじめじゃない」

ハルヒの話を聞いてアスカは怒った顔になった。

「それで今まで親しいと思っていた友達もさ、一緒になってあたしをバカにするようになってね」
「誰か一人をいじめの標的にして、いじめられたくなかったらそいつをいじめろってやつね」
「あたしの方もみんながつまらない人達だって感覚にとらわれてね、友達からもらったものとか捨ててしまった事があるのよ」

ハルヒのつぶやきを聞いてアスカはハッとした顔になった。
自分と同じ痛みを感じた事のあるハルヒ。
アスカの中でハルヒとの心の距離がさらに縮まるのを感じた。

「でも、高校に入学してあたしは自分で暗い思考に追いやっていたんだって解ったのよ。だってさ、北高の人達はあたしを避けて通ったりしなかったしね。多分あたしのクラスだけでそう騒いでいたのよ」
「そういういじめって割合近くに居る人間が黒幕だったりするわよね」
「だから、高校じゃ青春を損した分思いっきり楽しい事をしようと思ったのよ」
「だけどさ、宇宙人、未来人、異世界人と遊びたいって言う自己紹介は無茶よ」
「あたしは無理だとは思わなかったわ」

ハルヒはアスカに笑顔でそう答えると、天井の方を見上げて目を細めた。
ハルヒには何が見えているのか解らなかったが、アスカもハルヒと同じ方向に視線を移した。

「もうあたしはずっとアスカの側に居る事は出来なくなるけどさ、孤独に落ちるような事は止めなさいよ。それに、アスカにはシンジついて来てくれるし、ドイツには親父さんやお袋さんが居るんでしょう?」
「そうね」

アスカはドイツに行くにあたって心の底に不安のようなものを感じていたのだ。
それはシンジと出会う前にドイツに居た頃の生活に原因があった。
アスカにはドイツ人と日本人の両方の血が流れている。
日本に居ればアスカはスタイルが良いと憧れの対象になったが、ドイツでは逆に背が低いと見下されていた。
だからドイツに戻ればまたそのような人間と出会うのかとアスカはウンザリしていた。
しかし、ハルヒの言葉を聞いてアスカは胸のもやもやが消えてスッキリとした気分となった。

「それにね、頑張った子にはお天道様がごほうびをくれるんだってキョンのお祖母ちゃんが話していたわ」
「お天道様?」
「太陽の事よ」

ここは室内、しかも今の時間は夜なのだがハルヒの目にはさんさんと輝く太陽が見えているようにアスカには感じられた。
そしてアスカは自分の目にも青空に輝く太陽が見えているような気がしたのだった。

「毎日お天道様があたし達の生活を見守っているんだって。だから、あたしが見ていないからっていい加減な生活を送ってもお天道様にはバレバレなのよ」
「アタシ達も"God's in his heaven.All's right with the world."って言葉を言い聞かせられていたっけ」
「”神は天に在り、世は全て事も無し”ね。イギリスの有名な詩人の言葉だっけ」
「そうそう、赤毛のアンにも引用されてるし、日本にも結構知られている言葉よね」
「あたしついさっきどこかでその言葉を見かけた気がするんだけど」

ハルヒはそう言って、シンジとアスカとレイの3人がプラグスーツ姿で写っている写真に手を伸ばそうとした。
それを見たアスカはあわててハルヒの手から写真をひったくる。

「これはとっても恥ずかしい思い出だからそんなに見ないでよ」
「ちぇっ、アスカってばケチなんだから」

その後しばらく話し込んだアスカとハルヒはようやく眠りについた。
しかし、アスカがぐっすりと眠ったのを確認するとハルヒはそっと起き出し、アスカの隠した写真を探し出した。
写真をじっと見つめたハルヒは真剣な表情でポツリとつぶやく。

「ネルフ……」

 

<第二新東京市 アビトゥーア試験会場>

アビトゥーア試験会場に着いたシンジは付き添いのアスカにずっと手を握られていた。
悪い成績になってもやり直しが効かない試験だということで、シンジは歯医者に行く子供のように緊張していた。

「シンジ、アビトゥーアで何もかも決まってしまうわけじゃないんだからそんなに力まなくていいのよ」
「でも、せっかくみんなが僕のために色々してくれたんだし、期待もしてくれているから……」

シンジはアビトゥーアの受験科目に英語・ドイツ語・音楽・情報科学を選択した。
試験はドイツの高校の2年間で学ぶ範囲から出題されるので大変だった。
受験勉強はドイツで学習経験のあるアスカ達が協力して対策を練る事にした。
英語は大学で外国語として選択していたアスカ。
ドイツ語は戦略自衛隊学校で学習経験のあるミサト。
音楽は音楽大学志望でドイツの楽曲も練習しているレイ。
情報科学はゲヒルンに居た頃ドイツで学習経験のあるリツコ。
それぞれが家庭教師のようにマンツーマンでシンジに教えた。

「あーっもうシンジはアビトゥーアよりもっと大変な事を乗り越えてきたんじゃない、これぐらいでビクビクしてるんじゃないわよ」

優しくシンジの手や背中をなで続けても効果は無いと思ったアスカは、今度は気合を入れるようにシンジに檄を飛ばした。
エヴァに乗っていた時は使徒に負けたら人類滅亡という重荷を背負ってきた。
アスカはそのことを言っているのだとシンジにも分かった。

「危険を承知でアタシの弐号機をマグマの海から引き上げたり、宇宙から落ちてくる使徒を受け止めたり、シンジは何度も奇跡を起こして来たじゃない」
「そうだったよね」

アスカに見つめられたシンジは力強くうなずき返すのだった。

「それにね、頑張った子にはお天道様がごほうびをくれるんだってさ。だからシンジもきっと大丈夫よ」
「へえ、お天道様なんて言葉をよく知っているね」
「ハルヒに教えてもらったのよ」
「僕にとっての太陽はさ、そばでいつも励ましてくれるアスカなんだ」
「ちょっとシンジ、いきなり恥ずかしい事を言わないでよ」

アスカはそう言って顔を赤くした。
そしてシンジにゆっくりと顔を近づける。

「じゃあ、ごほうびの前払いをしちゃおうかな……」

アスカはシンジの唇に軽くキスをして、からかうような笑顔をシンジに向けた。

「アスカ、ありがとう。心がとっても落ち着いたよ」
「試験が終わったら、キスでもハグでもしてあげるから、頑張りなさいよ!」

少し顔を赤くしながらアスカは走り去って行った。
シンジもアスカの言葉を聞いて顔を真っ赤にするのだった。

 

<第二新東京市 センター試験会場>

2019年、センター試験は例年通り2日間行われる。
初日は社会、国語、英語と文系の科目の試験が行われたので、ハルヒとキョン、ユキとレイとカヲルの5人で会場に向かう事になった。
長野県と呼ばれていたこの辺りは一面の雪景色に覆われていた。

「今年は日本でもドイツ並みに雪が降り積もったし、たまらない寒さだな」
「そうだね、音大の入試でピアノを弾く手もかじかんでしまいそうになるよ」

キョンのつぶやきを聞いたカヲルはそう言った。

「防寒対策は何かしているのか?」
「手袋を編んだの」

レイはキョンに自分の手袋を見せた。
手袋にはK.NAGISAと文字が編み込まれている。

「恋人の名前が書かれているなんて、とっても暖かそうな手袋だな」
「ええ、心までポカポカするわ」

キョンはニヤケ顔でほおを赤く染めるレイを見つめた。
しかしそこでキョンは何か物足りないような気分を感じる。
いつも率先してレイ達を冷やかすだろうハルヒが静かなのだ。

「お前、今日の試験を前に緊張でもしているのか?」
「別にしていないわよ」

キョンに尋ねられたハルヒはそう言ってキョンの言葉を否定した。
そう言われてキョンがハルヒの顔を注意深く見つめると、緊張していると言うより、憂鬱そうな表情に見えた。
キョンはそんなハルヒを元気づけようと、ハルヒに近づく。

「今日は本当に寒いよなハルヒ、こうしたら少しは暖かくなるか」

キョンはクリスマスプレゼントしてハルヒからもらっていた手編みのマフラーをその日も首にかけていた。
そして、肩を寄せてそのマフラーをハルヒの首にも回したのだ。

「ふふ、君達もアツアツだね」
「はっはっは、手を繋いでいる渚と綾波さんに負けてはいられないぞ、なあハルヒ?」
「何を恥ずかしい事を言っているのよ」

ハルヒは少しあきれたような表情で吹き出した後笑顔を浮かべて、キョンと歩調を合わせてゆっくりと歩いた。
試験会場に到着したハルヒ達だったが、まだ開場はされていないらしく、入口は行列となっていた。

「このコースを進めば人波に飲み込まれずに済む」

戸惑うキョン達をユキが先頭になって誘導して行った。

「さすが長門さんは伊吹さんとコミックパビリオンに何回も行っているだけの事はあるね」
「長門にはディープな世界にはハマって欲しくないな」

キョンは心の底からそう思ってため息をつくのだった。
試験会場の教室でハルヒとキョンは佐々木達の一団と出会った。

「同じ教室で受験するなんて面白い偶然だね。もしかして同じ大学に進めたりするかもしれないね」
「センター試験だけで合格する大学なんて滑り止めの大学だけだろ、なあハルヒ?」
「そうね……」

佐々木の言葉におどけた口調で言い返したキョンはハルヒに同意を求めたが、ハルヒは生返事をした。

「何だか涼宮さん、元気なさそうですわね」

橘キョウコが心配そうな顔でハルヒに声を掛けた。
しかし、ハルヒは上の空だった。

「こらハルヒ、何をふぬけているんだ? ウダウダ悩むのはな、受験が終わってからにしろよ」
「わかっているわよ!」

キョンに向かってハルヒはそう答えたが、試験時間になってもハルヒは集中できていない様子だった。
制限時間より過去問題を早く解いて余裕を見せていたハルヒが解答に集中できずに苦戦していた。
初日のハルヒの散々な結果を見たキョンはハルヒを必死で励まそうとする。

「受験が終われば、楽しい事が待っているじゃないか。そうだ、俺に出来る事ならお前の願い事を何でも聞いてやるぞ」
「本当に?」

キョンの言葉を聞いてハルヒは嬉しそうに目を輝かせた。

「ああ」

ハルヒの笑顔を見たキョンは自信たっぷりにそう答えるしか無かった。
初日で受験科目を全て終えたユキ・レイ・カヲルはすっかり肩の荷が下りた様子で帰り道の表情は明るかった。
ユキは美術大学、レイとカヲルは音楽大学が志望で、センター試験はB方式と言う外国語と2科目を選択する方法で受験したのだった。
滑り止めの大学も文系科目だけで入れる大学に出願していた。

「僕達は終わったけど、君達は明日も決戦だね」
「でもお前達も実技試験が待っているんだろう?」
「学科試験の結果が良かったからと言って油断は禁物」

美術と言うものはデータ化出来るものでは無い。
計算が得意なユキも緊張している様子だった。
2日目の科目は理科と数学で、ハルヒ・キョン・イツキの3人で試験会場へと向かう事になった。
イツキは昨日も文系科目を受験していたのだが、古文などの科目を受験しない理由で別の会場での受験となっていたのだ。

「ほらほらキョン、何をグズグズしているの」
「早く試験会場についても待たされるだけだぞ」

昨日の積雪でアイスバーンになってしまった路面をスキップしながら滑るように進んで行くハルヒに手を引っ張られ、キョンは困っていた。

「涼宮さんは元気いっぱいのようですね」

イツキはそんなハルヒ達の姿を穏やかに眺めながらゆっくりと後方を歩いて行った。
昨日のキョンの言葉を聞いたハルヒは、気合が入った様子で2日目の試験をこなして行った。
ハルヒの調子が戻った事でキョンは安心したが、今度はキョンの方が少し気持ちがソワソワするのを感じた。

「ハルヒのやつは俺に何を頼むつもりなんだ……おっといかんいかん、俺が調子を崩したらダメじゃないか」

キョンは自分にそう言い聞かせるのだった。

 

<第二新東京市 ハルヒの家>

センター試験が終わった後、大学の入試が開始されハルヒ達も他の受験生と同じく本試験に臨んだ。
面接で「宇宙人と遊びたい」などと突拍子も無い事を言うのでは無いかとキョンは心配していたが、ハルヒはしっかりと自信に満ち溢れた態度で面接官に好感を持たれる返答をした。
逆にキョン自身の方がハルヒに比べて頼りない返答をしていたものだと恥ずかしさを感じていた。

「夏合宿での多丸さんへのあいさつの時もそうだったが、お前は本当に優等生の演技をするのがうまいな」
「演技って何のこと?」
「ほら面接で大層立派な事を言っていたじゃないか。お前のことだ、どうせ大学生になっても宇宙人とか探すんだろう?」
「はあ? いつまでも子供みたいな事言ってないわよ」

キョンの言葉にハルヒは本気であきれた顔をしていた。

「それよりも、試験が終わったらあたしの願い事を聞いてくれるって言う約束は覚えているんでしょうね」
「ああ、俺にどんな事をして欲しいんだ?」
「ふふ、まだ秘密よ」

キョンの質問にハルヒは笑いを浮かべて答えるのだった。
そして2月中旬、ハルヒ達は全員大学受験を終えて葛城家のリビングで受験お疲れ様パーティを行った。
学校の部室で行わなかったのは、まだ2次試験や3次試験が残っている同級生達を気遣ってのことだった。
合否の結果が出るまでまだしばらく時間がかかるものの、ハルヒ達は全力で受験戦争に立ち向かったという達成感を味わっていた。
受験も終わった日曜日キョンが自分の部屋で休日を味わっていると、ハルヒから電話がかかってきた。
キョンは市内不思議探索の召集かと思ったが、集合場所はハルヒの家、しかも呼び出されたのはキョン1人だった。
街に買い物に行くから付き合えとの事だった。
買い物をしている中でキョンはハルヒにどんな味のチョコレートが好みなのか聞いてきた。
さすがにキョンも自分に対する手作りチョコレートのための質問だと気がつかないほど鈍感ではなかった。

「なあ、お前の頼みって俺にチョコレートを食べて欲しいって事か?」
「そうよ、あたしの手作りチョコレート、食べてくれないの?」
「ああ、構わないぞ」

意外にもかわいい内容のハルヒの願い事、顔を赤くして話すハルヒの仕草にキョンは萌えてしまうのだった。
家に戻ったハルヒはキョンの前でハート型のチョコレートを作り上げていった。
しかし、チョコレートの真ん中に刻まれた"John Smith"の名前を見ると、キョンは驚いて目を丸くする。

「おい、この名前……」
「何を驚いているのよ、だってキョンはジョン・スミスなんでしょう?」

ハルヒは満面の笑顔を浮かべてキョンに問い掛けた。

「ち、違う、俺は……」

キョンはショックを受けて冷汗を浮かべながらも否定しようとした。
しかし、ハルヒが突然目から涙をあふれ出させるのを見て言葉を止めた。

「キョンがジョン・スミスじゃないと困るのよ! あたしはキョンを見ているとジョン・スミスの事が思い返されてしまうし、ジョン・スミスの事を思い起こすとキョンと重なってしまうの。だいたい、キョンがジョン・スミスだって言う根拠だってあるんだからね! あの七夕の夜の事だって詳しく知っているし……」

顔を真っ赤にして機関銃の様にしゃべりだしたハルヒをキョンは正面から強引に抱きしめる。

「そうだ、俺はジョン・スミスだ!」

キョンの宣言を聞いたハルヒは嬉しそうに顔をキョンのほおにすり寄せる。

「じゃあ、あたしはキョンとジョンの両方を大好きのままでいて構わないのね」
「ああ、どっちも俺だからな」

その後キョンはハルヒと一緒にハルヒ特製の手作りチョコレートを分け合って食べた。
味はキョンの好みに合わせて甘くないはずだったのだが、ハルヒとキョンにはとても甘く感じられた。


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