第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
三年生
第五十三話 エヴァの秘密 〜シークレット・オブ・エヴァンゲリオン〜


2011/02/09 
感想を頂き、『第五十三話 エヴァの秘密 〜シークレット・オブ・エヴァンゲリオン〜』の内容を書き直しました。自閉症について誤った事を書いてしまい、不快感を与えてしまった事をお詫び申し上げます。自閉症は先天性の脳機能障害であり、精神的外傷により起こるものでは決してありません。(詳細はウィキペディアをご覧ください)
※2011/03/13 謝罪文をさらに修正し、話の内容から失声症と言う表現も消させていただきました。
インターネットではミサトが自閉症だと言う記述が存在しており、私も安易に自閉症について理解せずに用いてしまった事はまことに軽率でございました。
今回の修正を持って、第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息の最終修正とさせて頂きます。

 

<第二新東京市北高 SSS団部室>

体育祭も終わり、受験勉強が追い込みを見せたこの時期、ハルヒ達は部室に顔を出して冬合宿の話し合いを行う事になった。

「今年もドイツへ行けたら良いんだけど……」
「予備校の冬期講習もびっしり詰まっているし、センター試験も1月にあるだろう。1週間も合宿なんて無理だ」

キョンの提案はもっともなものだったが、ハルヒはすぐにうなずきはしなかった。

「近い所で何日か合宿するぐらいなら大丈夫ではないでしょうか」

イツキが提案すると、他のメンバーも賛成した。
しかし、ハルヒだけはドイツ行きにこだわっている様子だった。

「ハルヒ、何だってそんなにドイツに行きたいって言うんだ?」

キョンに尋ねられたハルヒは、団長席の机に置いた自分の携帯電話に視線を向けながら深刻な顔で話し始める。

「ここ最近、親父から全然メールが来なくなったのよ」
「ハルヒのパパは特別な研究機関に勤めているから、情報が外に出るのを防ぐために制限を受けたりしているんじゃない?」

ハルヒの父親である涼宮博士はドイツネルフ支部で働いているのだが、新たな研究プロジェクトに参加する時は研究に関わった企業の情報がもれて不正な株取引が行われたりしないように外部とのメールなどのやりとりも制限される例もあるのだ。
アスカはその可能性をハルヒに話したのだが、ハルヒは否定するように首を横に振る。

「そんな事無い、親父は長い間連絡が取れなくなる時は必ずお袋に前もって話すって約束したんだもの」
「それでお前は両親が仲直りするように七夕の日、中学校の校庭に落書きを描き殴って願い事をしたんだな」
「何でキョンがそんな事まで知ってるの?」

納得したようにつぶやいたキョンにハルヒは驚いた顔になって訪ねる。

「いや、話の流れでそう思っただけだ」
「そうね、ハルヒが校庭に落書きした事件は有名だからよ」

キョンは冷汗を流しながら言い訳をして、アスカもキョンの発言のフォローに回った。

「それで涼宮さんは直接ドイツに出向いて御尊父の安否を確認したいと言うわけですね?」

イツキがハルヒに尋ねると、ハルヒは真剣な顔でうなずいた。

「えっと、僕が受験する予定の大学を見に行くって言うのはダメなのかな」

シンジが発言すると、部室に居るメンバーの視線がシンジに集中した。

「それって、キャンパス見学って事よね」
「うん、でも受験生って中を案内してもらえるのかな?」

アスカの言葉にうなずいたシンジは、そんな疑問を口にした。

「オープンキャンパスの時なら大丈夫ですよね」
「でも、オープンキャンパスをやっているでしょうか」
「無謀な思いつきだったかな」

ミチルとイツキのつぶやきを聞いて、シンジは照れ臭そうな表情になった。

「受験生は将来の大学の一員なんだから、どんな日でも歓迎してもらえるわよ」
「ああ、強引に押しかけた俺達も案内してもらえたしな」

ハルヒが自信満々に言い切ると、キョンも少し疲れたような顔をしてうなずいた。

「涼宮さん達は体育祭が終わったころから関東一円の大学を見て回ってらしたんですよね」
「オープンキャンパスは9月や10月に終了したばかりで間に合わなかったところが多かったんだけどな」
「目に涙をためて悲しそうな顔をしてお願いしたら、渋っていた職員の人も案内してくれたわよ」
「それって泣き落とし?」

アスカがハルヒの話を聞いてあきれた顔になってため息をついた。

「途中からキョンが土下座して頼み込むようになったけどね」
「なるほど、涼宮さんの泣き落とすための顔を他の人に見てもらいたくなかったんですね」

イツキはからかっているのか分からないような笑顔でそうつぶやいた。

「シンジならきっと泣き落としが使えるわよ」
「そんな事アタシがさせないわ」

ハルヒがニヤニヤ顔でシンジに話しかけると、アスカは怒った顔でそれをさえぎった。

「大学を見に行くと言うのは良い事だと思いますよ、実際とイメージが違っていたら受験日に困惑してしまうかもしれませんし」
「途中で迷子になっちゃうかもしれないしねー」

ヨシアキとエツコもシンジのドイツ行きに賛成し、ハルヒもその勢いに乗る。

「こうなったら、ドイツに行くしかないわよね!」
「それならシンジ1人だけで行けばいいじゃないの」

盛り上がるハルヒにアスカは冷めた顔でツッコミを入れた。

「そうはいかないわ、SSS団は一心同体、一蓮托生!」
「やれやれね」

アスカはシンジと顔を見合わせると、仕方無いと言った顔でため息をついた。
シンジの優しさを無駄にするわけにも行かなかったからだ。
アスカはSSS団の冬合宿に賛成したが、受験勉強もおろそかにしないように条件を付けた。
息抜きは数日だけにして、それ以外の日程はホテルで予備校の冬期講習の課題をこなす事だった。

「それじゃ、冬合宿のスケジュールについて話し合いましょう!」
「1週間遊ぶわけじゃないんだからね、抑え目にしなさいよ」

ハルヒは満面の笑顔で冬合宿ミーティングの開始を宣言した。

 

<第三新東京市 ネルフ本部>

学校から戻ったアスカ達はネルフ本部に顔を出していた。
ハルヒの父親から連絡が無い事が気になっていたからだ。

「ミサト、ドイツ支部に居るハルヒのパパとは連絡が取れないの?」
「ええ、ドイツ支部に涼宮博士の所在について問い合わせても、支部の研究施設にこもっているとしか返答が無いのよね」

アスカの質問に対してミサトはため息をつきながら答えた。

「どうして同じネルフなのに教えてくれないの?」
「新しい研究が始まる度に情報が外部にもれないように家族にすら連絡してはいけないと言うのはどこの研究機関でもやっている事なのよ」
「でも、今回はおかしい点があるわね」

アスカがさらに尋ねると、ミサトとリツコは真剣な眼差しで顔を見合わせた。

「加持さんに探ってもらうわけにはいかないの?」
「それがね、2年前のドイツ支部でのハウニブの設計図の流出事件があったから、ガードが堅くなっちゃって。涼宮博士も外出させてもらえないらしいのよ」
「ユキの証言で、ハルヒのパパは無罪で、犯人はネルフのスパイだって証明されたんじゃない……ってそうか」
「そう加持もドイツ支部に近づく事が難しくなっちゃったってわけ」

ミサトは困った顔でアスカにそう告げた。

「じゃあ涼宮さんがドイツへ向かってもあまり意味が無いんですね……」
「そうね、ハルヒちゃんにはダミーの勤務先を教えているだろうし、ネルフ支部へたどり着いても門前払いされるでしょうね」
「そうだとしても、ハルヒは少しでもパパの近くへ行きたいんだと思うわ」

シンジとミサトとアスカは悲しそうな顔になってため息をついた。

「そうだわ、さっきミクルちゃんがユキちゃんと一緒にSSS団のドイツ合宿に参加するって連絡が入ったわ」

ミサトが告げるとアスカとシンジは驚いた顔になった。

「ミチルちゃんは田舎に帰省する事にするらしいわ。きっとドイツでは2人が助けてくれるわよ」
「ミサトもついて来てくれるんでしょう?」
「もちろんよ、それとリツコも理系担当教師って名目で同行するわ。そして、今回は加持達も陰ながらドイツ支部を探ってくれるはずよ」
「それは心強いですね」
「司令もリツコも、研究内容を極秘にするドイツ支部の動きを警戒しているのよ」

ドイツ支部で何か重大な事件が起こる。
その予感をアスカ達は覚えていた。

 

<ドイツ フリーゲントホテル>

ドイツではハルヒ・キョン・シンジ・イツキ・ユキの受験生組とその他のアスカ・ミクル・エツコ・ヨシアキの組とは別のスケジュールが組まれていた。
ハルヒは受験生で無いアスカ達には自分達の分まで遊びを楽しんでほしいと考えていたのだ。
午前中は朝早くからホテルで勉強をして遊びに行くのは午後から夕方までとハルヒ達は決められていた。
ドイツに着いた当日、ハルヒの父親の勤務先を直接訪ねたのだが、日本で聞いた時と同じく涼宮博士は研究中で外出できないと言う答えしか返って来なかった。

「涼宮さん、お父様に会えなくて残念でしたね」
「お袋に心配をかけている親父をガツンと殴ってやりたかったのに、拍子抜けだわ」

ミクルに慰められたハルヒはそう言って拳を振り上げた。
ハルヒは強がっているように見えたが、誰も指摘をしなかった。

「じゃあ明日はドイツの大学を見に行きましょう」
「俺達全員で押しかけて大丈夫か?」
「こう言うのは1人よりたくさんの人数で行った方が効果あるのよ」

キョンに対してハルヒは胸を張って答えた。
そして翌日SSS団全員でシンジの受験する大学を見に行く事にした。
ドイツで出来たシンジの友人、ハンスが大学側との交渉役をしてくれていたので、ハルヒの泣き落としやキョンの土下座などは出る幕が無かったようだった。
大学の学生に案内されながらハルヒ達はキャンパス内を見て回った。

「講義とゼミってどう違うの? 両方とも勉強の授業じゃないの?」
「講義って言うのは教授が一方的に大人数に向かって話す授業みたいなものなんだけど、ゼミは教授も生徒と同じ立場になって討論する事がメインなのよ」
「へえ、そんなに違うんだね」

質問にスラスラと答えたアスカに、エツコは感心したようにため息をついた。

「アタシってばゼミの度に他の学生達に生意気だっていじめられたから、いい思い出なんかちっとも無かったわね」
「ん? アスカって大学に行っていた事あるの?」

ついもらしてしまったアスカのつぶやきに対して、ハルヒが尋ねた。

「ミサトがそう言っていたのよ、アタシが高校に通う前に大学に入れるわけないじゃない」
「外国の大学は飛び級で中学生ぐらいの子が大学に入れるって聞いた事あるけど」

アスカがとっさにごまかしてもハルヒはごまかされずに食い下がった。

「な、なんで、アタシが大学に行っているのに、わざわざ日本の高校に通わなきゃいけないのよ!」
「それはシンジと一緒に居たいからじゃないの?」

筋が通っているハルヒの言い分に、アスカとシンジは冷汗を流す。

「アスカは僕が大学に入るからって、一生懸命調べてくれたんだよ」
「そう言えば、アスカは大学に行かずにシンジに永久就職するんだっけ?」

シンジの言葉を聞いてハルヒはニヤケ顔でツッコミを入れた。
アスカは自分が大学を出ているとハルヒに打ち明ける気持ちにはならなかった。
普通の女子高生としてハルヒと接したかったからだ。

「惣流さんの将来の職業はお嫁さんなんですね」

ミクルが両手を合わせて目を輝かせて歓声を上げた。

「まあせいぜいご両親の下で花嫁修業に励むのね」

ハルヒはアスカをからかう事に気を取られて、すっかり追及の手を緩めてしまったので、アスカとシンジはからかわれ続ける事を受け入れるのだった。
大学を見学し終わったシンジはハンスと合格を誓う握手を交わした。

「そうだハンス、今度日本に合格祈願に来なさいよ。日本には学問の神様が居るんだから効果は抜群よ!」

ハルヒがハンスに様々な言葉を交えながら菅原道真の事を説明すると、ハンスの方も負けないとばかりにハルヒに向かって言い返した。

「ハンスがドイツではフクロウが学問の神様として崇められているって言っているわ」
「なるほど、日本と同じなんですね」

イツキが感心したようにため息をついた。

「しかし、甘い! 日本には他にも学問の神様として崇められている動物が居るのよ!」

ハルヒはそう言ってハンスに自分の携帯電話にぶら下がっているタコのストラップを突き付ける。

「日本ではね、タコを勉強机の上に置けば試験に受かるって縁起を担いでいるのよ。置くとパスってね!」

対抗する事の出来なかったハンスが悔しそうな表情になった。
そして、ハルヒはミクルのバッグを強引にとりあげようとする。

「な、何をするんですか涼宮さん!」
「いいから、中身を早く出しなさい!」

ハルヒはそう言って、ミクルのカバンの中からお菓子の山を取り出した。

「バッグの中は虚数空間にでもなっているのかしら」

アスカがあきれ顔でため息をついた。
ハルヒは勝ち誇った顔でハンスにバッグから取り出したスナック菓子の袋をつきつける。

「ほらあったわ! 『うカール』と『キットカット』が!」
「カットは切れるって意味だから逆に縁起が悪いんじゃないの?」
「ふふん、これは博多弁から来ているから問題無いのよ」

アスカの質問にハルヒは自信満々に言い返した。
イツキはミクルのバッグから出て来た菓子の山を見て軽い調子で確認する。

「これは、イノシシのイラストが描かれているので最新版ですね」
「朝比奈ミクルは新作の菓子は買い逃さずチェックする」

ユキがポツリとつぶやくと、ミクルは恥ずかしさで小さな悲鳴を上げた。

「普段の食事は小食なのに、こんなに食べきれるのかしら?」
「お菓子と甘いものは別腹なんです!」

アスカに対してミクルはそう答えた。

「そんなに食べて太らないのかな?」
「きっと栄養が全部胸に行っているのよ」
「は、恥ずかしいです」

エツコとアスカの発言にミクルが顔を赤くしているのを横目に、ハルヒは止めとばかりにハンスに向かって勝利宣言をする。

「他にも一富士二鷹三茄子とか、まだまだ日本独自の縁起担ぎがたくさんあるのよ!」
「ハルヒ、それは受験には直接関係無いぞ」

キョンがツッコミをいれてもハルヒとハンスには分からなかったようだ。
ハンスは雷に打たれたように固まり、膝を折って倒れ込んでしまった。
日本は偉大な国だとハンスが告げると、ハルヒは上機嫌になった。
ホテルに戻ったハルヒ達は約束した通り試験勉強に取り掛かる事になった。
ミクルは側で勉強をするイツキの姿を悲しそうに眺めていた。

「古泉君は理系の大学に進む事にしたんですか?」
「そうです、僕は昔から科学の実験とかが好きでしたからね。僕は受かるでしょうか? ……おっと、これは未来から来たあなたに聞くべきことでは無いですね」
「大丈夫、古泉君ならきっと受かりますよ」

ミクルはイツキに向かって微笑むと、トイレに行くと言ってハルヒ達の部屋を出て行った。
そして廊下に出ると、こらえきれなくなったのか、ミクルは泣きだしてしまった。
そんなミクルを慰めるように、音も無くミクルの背後に忍び寄っていたユキがそっと背中に手をかける。

「あなたの気持ちは分かる。しかし、彼に告げて規定事項を変えるわけにはいかない」
「長門さん……」
「彼の実験中の事故、全てはリンクしている」
「ええ、分かっています、そうしないとタイムワープ理論が完成しないから、私達がここに居る可能性が失われるから……」

泣き続けるミクルの背中をユキは撫でつづける。

「そして、私達は涼宮ハルヒにも予定通りの行動を取らせなければならない」

ユキがポツリとそう告げると、ミクルは大きく体を震わた。
そして、ユキの方に向き直って真剣な顔で訴えかける。

「でも長門さん、他に方法は無いんですか? 涼宮さんは疑ってはいるものの、まだ確信には至っていないはずです。今なら引き返せます」

涙でぬれた顔でミクルが尋ねると、ユキは首を横に振る。

「……そうですよね、ここで私達が2人とも感情に流されちゃって計画を中止したら台無しですもんね」
(だから、自分で過去に行かずに感情を排したインターフェイスを創ったんですよね、お母さんの反対を押し切って。長門さんは偉いな、私にはとてもできない)

ミクルはユキにそう言いながら、心の中で未来の世界に居るユキ本人の事を思い返した。

 

<ドイツ ネルフ支部>

ネルフドイツ支部の地下に研究施設は存在していた。
入口が狭く限定される警備面、そして爆発事故が起こった時も被害が拡散しないようにする安全面からも、それは本部でも他の支部でも当然の事だった。
しかし、ドイツ支部では他の支部とは違うところがあった。
地下の奥深くにLCLの液体が入った水槽が置かれている実験棟が存在したのだ。
その実験棟はしばらくの間誰も足を踏み入れていなかったのだが、最近になって実験が開始された。
実験は、シンクロ率400%に達してエヴァの中でLCLに溶けてしまったシンジを救出した時のデータを元にとある人物をサルベージするものだった。

「涼宮博士、サルベージは成功のようだ」

ネルフのドイツ支部長が涼宮博士に声をかけた。
涼宮博士も安心した表情でため息を吐き出す。

「これでキール・ローレンツ本人の口から人類補完計画の全容が明らかにされるのですね」
「ああ、そうだ」
「彼には法廷の場で証言し、その罪を償っていただかなければなりません」

涼宮博士が真剣な顔でそう言うと、支部長は鼻で笑う。

「それには及ばない、キール・ローレンツから人類補完計画の秘密を聞き出すだけで十分だ」
「支部長、何を言っておられるのです?」

支部長の言葉を聞いた涼宮博士は驚きの声を上げた。

「君も不老不死には興味があるだろう? 人類補完計画は、人類が神に等しい永遠の命を得るために行われたものだ」
「私は支部長がキール・ローレンツの罪を法廷の場で裁きを与えるためにサルベージさせるとおっしゃるから実験に協力したのです」
「ふん、そんな事を信じていたのか? その様子だと、これからの実験で君の協力は期待できそうにないな」
「支部長、そのような愚かな考えは捨てて下さい!」
「邪魔をするというのであれば、消えてもらうしかないな」

協力を拒み、説得をして来る涼宮博士の姿に、支部長は顔を歪ませた。
その時、支部長と涼宮博士が居る部屋に職員からの連絡が入る。
それは、ハルヒがネルフドイツ支部の受付に涼宮博士を訪ねて姿を現したという報告だった。

「ハルヒ……!」
「どうして、ネルフの存在が知られたのだ……?」

涼宮博士と支部長は信じられないと言った顔で、監視カメラの映像に映し出された職員に中を案内されるハルヒの姿を見つめた。
ハルヒにはネルフの存在を隠すためにダミーの勤務先しか知らせていなかったのだ。

「だが、これは好都合だな」

支部長は悔しそうな涼宮博士の顔を見つめて性悪な笑みを浮かべた。
支部長の腹心の部下達がハルヒを捕らえるために向かって行った。

「娘の命が掛かっているとなれば、君も私の命令に従うしかあるまい?」

支部長は勝ち誇ったように涼宮博士に言い放ったが、その余裕は長くは続かなかった。
ハルヒを誘拐しようとした支部長の部下達が、加持達にやられてしまったと報告が入ったのだ。
あまりの事にショックで動けなくなってしまった支部長。
そして、加持はすぐに支部長と涼宮博士のいる部屋へと踏み込んで来た。

「研究上の秘密だって名目でのガードの固さには俺も骨を折らされましたよ」

加持は腰を抜かしている支部長にウンザリとした表情でため息をつきながら話しかけた。
支部長が何も答えないと、加持は支部長をあざ笑うかのような表情を浮かべる。

「しかし、あなたは慌てすぎましたね。涼宮ハルヒをあなたの直属の部下を使って、支部の建物内で襲わせたとあれば、言い訳の余地もありません」

加持の言葉を聞いて、支部長は後悔を顔ににじませた。
助け出された涼宮博士は、ネルフドイツ支部の会議室でミサトに付き添われて待っていたハルヒと再会した。

「バカっ、お袋に心配かけて何やっていたのよ!」
「……すまない」

涼宮博士はそう謝った後はただ黙ってハルヒを抱きしめた。
落ち着いたハルヒはミサトにどうしてネルフのドイツ支部へとやって来たのか事情を説明した。
寝ようとしたハルヒのベッドに差出人不明の手紙が置かれていて、手紙には涼宮博士はネルフのドイツ支部に勤めていると書かれていたらしい。
そこでハルヒはホテルを抜け出してやって来てしまったと言うのだ。
そして、ハルヒはネルフの職員に対して泣き落としをして中まで案内してもらったらしい。
しかし、アスカ達や他にハルヒの行く手を阻む者が誰もいなかったとはおかしいとミサトは感じた。
事実ミサトも同じホテルに泊まっていたのにハルヒがこっそり抜け出した事にずいぶん後になって気がついたのだった。
そんな事が出来るとしたら、ユキとミクルが絡んでいるに違いないとミサト達は考えた。

「だけど、ユキちゃん達の方から打ち明けてくれないと、私達から質問しても禁則事項だって答えが返ってくるわね」

リツコの言葉にミサトも同意した。
その後ミサト達に、ネルフドイツ支部の研究施設でキール・ローレンツが倒れていたと報告がされる。
どうやらサルベージは完璧なものでは無かった様で、心臓発作を起こして死んでしまっていた。

「キール・ローレンツは今度こそ本当に死んでしまったのね」

ミサトは自分の手で人類補完計画の首謀者を倒し、父親の仇を討つことが出来なくなってしまった悔しさからか下唇をきつくかみしめた。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 総司令室>

ドイツ支部長が野望をむき出しにした事により、ネルフドイツ支部は幹部の大部分が逮捕・懲戒免職される事態になった。
そしてゲンドウは、ネルフで一回でも処分歴がある者は新組織『人工進化研究所』または株式会社ネルフに採用しないと発表したのだ。
この改革により新組織に移行した時、多くの外部の人間が採用される事が決定した。

「これでネルフは生まれ変わりますよ」
「ああ、そうだな」

ゲンドウの言葉に冬月がうなずいた。
人工進化研究所の所長は学者肌である冬月が、株式会社ネルフの会長は商売に才能を発揮し始めたゲンドウが務める事になった。

「ハルヒちゃん、あの研究所であった事は決して口外しないでね、機密だから」

ミサトがそう言って説得すると、ハルヒは素直に了承した。
いろいろ聞きたい事はあったのだろうが、ハルヒはミサトに質問は何一つしなかった。
しかしハルヒは、もう二度と涼宮博士が危険な事に巻き込まれないで欲しいとミサトに訴えた。
ハルヒの願いが聞き入れられたのか、涼宮博士は日本の本部へ転属される事になった。
これからは毎日ではないが、頻繁に涼宮博士がハルヒの家に帰って来る。

「進路で悩んでいる娘のメールを無視するなんて、何て冷淡な親父なのよ」
「これからはハルヒちゃんのお父さんが直接話を聞いてくれるじゃない」
「もう遅いわよ、受験する学校は決めちゃったわ!」

ハルヒは口では否定していたが、嬉しさが笑顔を始めとして全身からにじみ出ていた。
涼宮博士がネルフ本部にやって来た理由は他にもあった。
それはキール・ローレンツのサルベージ結果を元に、葛城博士のサルベージを行う事だった。

「葛城博士って、私の父さん?」
「うむ、セカンドインパクトが起きた現場に居た博士から直接セカンドインパクトの発生原因を聞きたいのだ」
「何よ、父さんが起こしたとでも言うつもり? セカンドインパクトは人類補完委員会を裏で操っていたゼーレが起こしたものじゃ無かったの?」

ゲンドウの発言を聞いて、ミサトは怒りを込めた表情でゲンドウをにらみつけた。

「ゼーレにとってもセカンドインパクトは予想外の出来事だった」
「ゼーレはアダムを利用するつもりだったのよ」
「そして葛城調査隊が古代遺跡とアダムを発見し、ゼーレがアダムを独占する事を恐れた各国の政府は逆にアダムを奪ってしまおうと秘密裏に部隊を派遣した」
「でも、不思議な事に南極に向かった部隊は突然全員が連絡を絶ってしまったのよ」
「アダムを手に入れるのに失敗したと判断した各国の政府は事実を隠すために南極にありったけの核弾頭を打ちこんだ」
「大規模な核爆発が起こった結果、南極は死の海となり地軸が傾き、地球全体の温度が上昇した。それを各国政府は口をそろえて隕石の衝突のだと発表したわけよ」

ゲンドウとリツコが話すのを、ミサトは青い顔で聞いていた。
そして、震える声でリツコに尋ねる。

「その大規模な核爆発がセカンドインパクトって事なの?」
「それが違うのよミサト。南極に居た葛城調査隊のメンバーと派遣された部隊はLCL、生命のスープとも言う存在に変質していたのよ」
「すなわち、セカンドインパクトにより発生したアンチATフィールドが原因だと思われる」
「私達ネルフは南極からできるだけLCLを回収して保管していたの。そして、葛城博士のサルベージが可能な段階に入ったのよ」
「父さんに会えるの?」
「ええ」

リツコの言葉を聞いて、ミサトは涙をにじませた。
小さい頃から研究熱心だったミサトの父。
ミサトは母と自分より研究を優先する父親の事を表面上は嫌っていた。
しかし、再会できるとなると、嬉しさがこみあげてくるのも事実だった。

「私もハルヒちゃんみたいに減らず口を叩きながら父さんに抱きついてみようかしら?」

ミサトはそんな独り言をつぶやいて苦笑した。
ハルヒが自分の妹のように思えたのは、境遇が似ている面もあったのかとミサトは今さらながら自覚した。

「父さんは私の事をどう思っていたの……?」

ミサトは自分の胸元にかかったペンダントに手をかけてそうつぶやいた。
父親に調査隊のキャンプに同行するように頼まれ、ペンダントまでくれた時は困惑と嬉しさが半々ぐらいの気持ちだった。
そんなミサトの気持ちを感じ取ったのか、リツコが声を掛ける。

「素直に喜べない、って顔に出ているわよ」
「ええ、何か胸騒ぎがして。今まで私達家族より研究の事ばかりだった父さんが私に急に優しく声を掛けてくれるなんて裏があるような気がしてならないのよ」
「裏って何があると思うの? あなたは普通の女子中学生だったはずよ。何かがあるはずが無いじゃない」
「私がセカンドインパクトの日の記憶を無くしたのは、父さんとの思い出を美しいままで取っておきたいからなのかもしれない。だってそうでしょう? 精神的外傷から誰とも話せなくなってしまうほどだったもの」

リツコは落ち込みかけたミサトを励ますために、激しい口調で話す。

「ミサト、あなたは自分の父親が信じられなくなったって言うの? 母さんが言っていたわ、あなたが最初に話した言葉は『お父さん』だって」
「そうだったわね、私がナオコさんの前で話した言葉は確かにそうだと思い出したわ」

ミサトはその時の事を思い出したのか嬉しそうに目を細めた。
そして、リツコの顔を見て穏やかに微笑む。

「リツコってばあの時のナオコさんに似ているわ。周りの大人の人達が私を医療機関にたらい回しにしようとする中でナオコさんは毎日私に顔を合わせて話しかけてくれた。本当の母さんのように……」
「実の娘とは週に1回ぐらいしか顔を合わせなかったのに」

幸せそうなミサトにしっとしてしまったのか、ついリツコは嫌味を言ってしまった。
ミサトの表情が少し曇ったのを見て、リツコはあわてて言い訳をしようとする。

「あっ、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」
「分かってるって。好きと嫌いって感情を同時に持つのは普通にあり得る事だしね」

ミサトは笑顔に戻って首を軽く横に振った。

「ええ、だからもし葛城博士が何らかの企みがあってあなたを誘ったのだとしても……」
「そうね、父が私の事を全く愛していないと言う事には直結しないと思うわ」

自分の中で結論を出せたのか、ミサトは頼もしげな表情でうなずいた。

「その調子だと、もう大丈夫みたいね」
「当たり前じゃない、私はもう14歳の時とは違って、周りに支えてくれる人が居るって事がわかっているから。それに、今度は私がシンジ君達を支えてあげる側に回らないとね!」

ミサトはそう言って気合が入ったようにガッツポーズを取った。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 実験棟>

後日行われた葛城博士のサルベージの実験は成功をおさめた。
葛城博士は肉体的に18年前と変わらない状態で戻って来た他は、特に異常も認められず、普通に会話ができる状態だった。
ミサトは父親との涙の対面を果たし、ゲンドウ達も事情聴取をする前にミサトが落ち着いて話せるように取り計らった。
父親の前でのミサトは、14歳の子供に戻ったかのように泣きじゃくっていた。
誰もそんなミサトを冷やかす事はせず、1時間後、いよいよ葛城博士によりセカンドインパクトが起こった時の事を話し始めた。
2000年9月13日、数週間に及ぶ探検の末、ついに葛城博士を隊長とする調査隊は遺跡の奥で横たわる巨人を発見した。
これが死海文書に記されたアダムだと知った葛城博士達は歓声を上げた。
しかし、永久機関を有するはずのアダムが停止してしまっているのを見て、葛城博士は首をひねる。
隊員の1人がアダムの胸に突き刺さっている巨大な槍が原因ではないかと指摘した。
その槍を引き抜けばアダムの動力源である永久機関は動き出すかもしれない。
だが残った隊員はわずか数名。
その人数では槍を引き抜く事は無理だった。
葛城博士達はアダムの調査を諦め、周辺の探索に取りかかった。
しばらくすると遺跡の入口が騒がしくなり銃を持った兵士達が乗り込んで来た。
そしていきなり調査員達に向かって発砲をして来たのだ!
悲鳴を上げて倒れて行く調査員達。
葛城博士は娘のミサトの命だけは助けようと、ミサトを抱きかかえて大型のカプセルの所まで走り、ミサトをカプセルの中に押し込んだ。
そんな中、部屋にまぶしい白い光が満ちて行く。
葛城博士が覚えているのはここまでだと証言した。

「思い出したわ!」

葛城博士の話を聞いていたミサトは突然声を上げた。

「いったい何を?」
「あの日の事……」

リツコの問い掛けにミサトは悲しそうに目を細めながら答えた。
ミサトの頭の中にはセカンドインパクトが起こる直前の情景がプレイバックしているのだろう。
リツコ達は静かにミサトの言葉を待った。

「私はカプセルを開けて、父さんにも中に入ってもらおうと手をつかんだ時に目の前が真っ白になった気がしたのよ」
「ちょっと待って、ミサトは内側からカプセルを開いたの?」
「ええ、私がもう少し早く父さんをカプセルの中に引き込んでいたら助けられたかもしれなかったのに……うっうっ……」
「ミサト、あなたのせいではないから」

ゲンドウ達は泣きだしてしまったミサトを葛城博士と共に病室のベッドで休ませる事にした。

「葛城博士とミサトの話には少し食い違いがあるものの、内容は一致していましたね」
「ああ、個人的な思い込みと言う線も消えるだろう」
「では、葛城博士が話した事は事実だと」
「しかし、セカンドインパクトの発生の瞬間の状況は分かったが、原因を解明するまでは後一歩と言うところだな」
「ああ」

冬月の言葉にゲンドウも同意した。

「だが、軍隊の介入が関わっているとなれば、我々もセカンドインパクト発生原因の一端を担っているかもしれん」
「どういう事ですか、司令?」
「葛城調査隊が遺跡を発見した時、南極のキャンプを抜け出して他の国に情報を流したのは私と冬月だ」
「ゼーレによる独占を阻止し、国連の管理下に置かせるつもりがこのような皮肉な結果を生むとは、我々は葛城博士にいくら頭を下げても謝り切れん」

ゲンドウ達の間には運命の神をのろうようなやるせない気持ちから来る重い沈黙が流れていた。
リツコも下手に慰めの言葉をかける事ができなかった。

 

<第三新東京市 ネルフ本部 総司令室>

涼宮博士主導の下、LCL化した人間をサルベージさせる計画が始まった事はネルフ内でも広まっていった。
そんな中、ゲンドウはシンジとアスカ、レイを総司令室に呼び出した。
ゲンドウの隣に立つリツコは悲しそうな顔で話し始める。

「今日来てもらったのは、ユイさんとキョウコさんについての事なのだけど……」
「……分かっています、エヴァが消滅してしまった今、母さん達をサルベージさせる事は無理だって話なんですよね」
「アタシ達、その事はとうの昔に理解していたわよ」

リツコが言い辛そうに言葉を切ると、シンジとアスカは落ち着いた笑みを浮かべてリツコに話しかけた。

「そうだったの、シンジ君もアスカも強いのね。葛城博士の件で希望を持たせてしまったようでごめんなさい」
「ううん、ミサトもパパに会えて嬉しいんだから、アタシ達も祝福してあげなきゃ」
「それに、母さん達は僕達の胸の中で生きています」
「ドイツにアタシのパパとママが居るんだし、シンジもリツコの事をママだと思ってくれているはずよ」
「私も赤木博士をお母さんだとずっと前から思っています」
「シンジ君、レイ……」

リツコは優しく微笑むシンジとレイの側に駆け寄って、2人を胸に抱きしめた。
アスカとゲンドウはその姿を嬉しそうに見守っていた。

「ところで、ミサトはどうしたの?」
「葛城博士の療養している病室にお見舞いに行っているわ」
「じゃあ、先に家に帰っていようか」

話を終えたアスカ達は総司令室を出た。
帰り道、廊下の奥の部屋からミサトがユキとミチルに向かって必死に拝んでいる声が聞こえたアスカ達はあわててその部屋に駆けつけた。

「セカンドインパクトは誰が引き起こしたの? どうしてアダムと閉鎖空間で発生する神人とは姿が似ているの?」
「……禁則事項です」

ミサトはポンポンと質問を浴びせるが、ユキは無言で受け流し、ミチルは困った顔で禁則事項と答えるばかりだった。

「ミサトさん、落ち着いてください。長門さん達も困っていますよ」
「葛城さん、あまり悪い方向に考えて落ち込まないでください」
「でも、気になるじゃない……自分が何をしてしまったか思い出せないと」

シンジとミチルに慰められても気落ちしているミサトに、アスカがいら立った口調で声を掛ける。

「ミサト、不安なのは分かるけど、アタシ達は落ち込んでなんかいられない重大な問題に直面しているのよ!」
「セカンドインパクトより重大な問題って何よ?」
「受験よ、受験! アタシ達は全員で現役合格を目指すんだから、ミサトがウジウジして足を引っ張ってどうするのよ!」

ミサトはアスカの言葉を聞いてあきれた顔でため息を吐いたが、やがて皮肉めいた笑顔を浮かべる。

「まったくアスカの言う通りね。私が悲しい顔をしていたら、福が逃げて行ってしまうわね」
「そうだ、家で夕食会をやりましょうよ。それでもって、トンカツを食べて縁起をかつぐの」
「私は肉、嫌いだから」
「レイ、好き嫌いはダメよ」

せっかくの提案をレイに拒否されたアスカは口をとがらせた。

「じゃあ、綾波にはお豆腐カツを作ってあげるよ」
「ありがとう、碇君」
「シンジ、アタシにも何か特別な物を作ってよ」
「じゃあ、ハンバーグとか?」
「それってカツじゃ無いじゃん!」

アスカがツッコミを入れると、ミサト達は大笑いした。
そしてシンジ達は明るく軽い足取りでネルフから帰宅するのだった。


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