第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
三年生
第五十二話 人生は主役オール!


<第二新東京市北高 屋上>

文化祭が近づき、SSS団は受験勉強の合間を使って『怪盗ハルにゃんの事件簿 Episode 03 鶴亀合戦』の撮影を行っていた。
主役であるハルヒ達が忙しく、撮影場所への移動時間も節約したいと言う希望で、撮影は学校の中で行い、背景はCG合成でごまかす事にした。
屋上でアスカがハルヒを追いつめるシーンの撮影ではたくさんの観客が集まっていた。

「年貢の納め時よ、怪盗猫眼石!」
「惣流のお姉さん、こんな所であたしが捕まると思ったら大間違いよ!」

入口の階段の高台に立っていたハルヒは飛び降りて物陰に隠れた。
そして、アスカは回り込んで、高台の影に隠れていたフェンスに近づいて下をのぞき込むようにしてつぶやく。

「まさか、この高さから飛び降りたと言うの……?」
「はい、カット!」

ハルヒがそう宣言すると、映画研究部のカメラマンはそのタイミングで撮影を止めた。
この映画はハルヒが主演・脚本・監督のワンマンなものだった。
高校入学当時より人間的に成長したと思われるハルヒだったが、3年生になっても主役の座は譲らなかった。
それは、ハルヒがこの映画を通して訴えたいテーマがあるからだった。

「これは、怪盗が捕まった後に優しい刑事さんに諭されて、社会復帰を果たすまでのサクセスストーリーを描いた社会派の映画なのよ」
「ちょっと待て、怪盗は警察に逮捕されちまうのかよ!」

1作目と方向性が違うハルヒの脚本に、キョンは激しくツッコミを入れた。
撮影が終わると観客達から拍手が上がり、それぞれの感想を述べて去って行った。
そんなハルヒ達の所に警官役の谷口が近づいて来る。

「おい涼宮、俺にもっと良い役をくれよ」
「あんたはもう警官役で出ているじゃない」

ハルヒは口をとがらせながら谷口に答えた。

「俺の彼女に良い所を見せたいんだ」
「えーっ、谷口に彼女っ!?」

谷口の発言を聞いたアスカが驚きの声をあげる。

「ひでえな惣流、俺だってやるときはやるんだぜ! 高校生最後の文化祭、1人で回るのは寂しいから必死にナンパをしたのさ」
「受験勉強はどうした」

キョンはあきれ顔でツッコミを入れた。

「俺も今度の映画では主役級の活躍をしてみせるって彼女に息巻いてしまったんだ」
「そんな事言われてもねえ、もうほとんど撮り終っているのよ」

ハルヒは腕組みをしてあきれながらため息をついた。

「しかし……とうとうお前にも彼女が出来たか」
「ちえっ、何だよその上から目線は」

しみじみと言ったキョンに谷口は不機嫌そうにそう言った。

「あんたの分の撮影はもう終わったんだから、あきらめなさいよ」
「そんな薄情な事を言うなよ、俺とお前の仲だろう? キョン、お前からも涼宮に頼んでくれ!」
「どう考えても、クラスの友達ってだけだろう。まあハルヒ、こいつもこんなに頼んでいる事だしなんとかならないか?」

キョンに言われたハルヒは、考え込んだ後つぶやく。

「空いているのはスタッフロールぐらいしかないわね」
「それでも良い、頼む!」

谷口はハルヒを拝み倒すのだった。

 

<第二新東京市北高 軽音楽部室>

数日後、睡眠時間を削って何かに熱中していたハルヒは、ANOZのメンバーが集まる軽音楽部の部室を訪ねた。

「こんなたくさんの曲、涼宮さんが作ったの?」
「私達ANOZの曲まであるんだ、うん、良さそうな曲ね」

ミズキとマイにほめられたハルヒは得意げに笑顔を浮かべた。
目の下には大きなくまが出来ていたが。
ハルヒは『怪盗ハルにゃんの事件簿 キャラクターソング』と言うアルバムを出す事を思いついたのだ。

「映画本編がヒットするかどうか分からないのに、アルバムなんてさらに分からないだろ」

キョンはハルヒの体の事も考えてそう引き止めたのだが、ハルヒは制止を振り切って何かに取りつかれたように作曲を続けたのだった。

「だけど涼宮さん、ちょっと曲を多く作りすぎだよ」
「うん、私達も高校最後の文化祭だから自分達のオリジナル曲を発表したいし、その練習もあるから」
「でも、この曲は演奏してみたいわ」

ミズキとマイが困った顔でハルヒに訴えるのに対して、レイは目を輝かせて楽譜を眺めていた。

「それじゃ、出来るところまで演奏を引き受けようか」

カヲルがそう提案をすると、ANOZのメンバーは賛成した。

「僕の父の会社が貸しスタジオを持っています。他の曲はそちらでレコーディングしましょう」

イツキの提案にハルヒは同意し、映画撮影に続いて出演者はレコーディングをさせられる事になってしまった。
ちなみに曲は映画の内容とはあまり関係が無いとの事。
映像付きのDVDアルバムに収録されたアスカとシンジのデュエット曲は、レイがボーカルのANOZ演奏曲と人気投票でトップ争いを繰り広げる程だった。
キョンがボーカル、ハルヒがコーラスをした歌は3位と微妙な結果に終わった。

「あたしとした事が、お笑い芸人ブームが下火になっていたのを読み違えていたようね」
「ええっ、アンタはあの曲で本気にアタシ達に勝つつもりだったの? てっきりジョークかと思ったわよ」

ハルヒの言葉を聞いて、アスカは驚きの声をあげた。
キャラクターソングの作詞作曲はハルヒが全て行っていたからだ。
ハルヒはキョンのやる気の無い感じの声のボーカルで受けを狙ったらしい。

「テレビ業界もお笑いから衝撃映像特集にシフトしているからな」
「雑学クイズを入れた方が良かったかしら?」
「おい、歌でクイズはありえないだろ」

ハルヒはキョンとそんな反省会をしていた。

「結局俺はアルバムでも脇役かよ」
「谷口、文句ばっかり言うなよ。お前の彼女の宮木さんも歌えて喜んでいたじゃないか」
「それはそうだけどよ、やっぱり主役が良いぜ」

キョンになぐさめられても谷口は元気がいまいち出ていない様子だった。

「そんなに気にすること無いわよ、アニメの男主人公なんてさ、ヒロインの女の子より影が薄いのが普通じゃない」
「まあ、『腰パンボーイ』のように例外もあるけどな」
「じゃあ俺は主役より人気が出る事もあるってわけか」

ハルヒの言葉を聞いた谷口は胸を張ってそう言い切った。

「お前がハルヒより上だなんてありえん」
「そりゃあ、キョンから見れば涼宮は世界一の女なんだろうけどな」
「あたしが世界一だなんて、言いすぎよ」
「おい、何を勘違いしている」

ボケなのかハルヒが顔を赤らめてほおを両手で押さえると、キョンはお約束とばかりにツッコミを入れた。
キョンは谷口の肩をつかんで谷口の目をじっと見つめて優しい笑顔を浮かべて言い聞かせる。

「映画やアルバムでは脇役だが、お前の人生はお前が全て主役だろう。それで良いじゃないか」
「キョン……」

谷口はそうつぶやいた後、キョンから目を反らして深いため息を吐く。

「キョンに見つめられて、そんな青臭いセリフで胸をときめかせるのは涼宮だけだっつーの」

谷口の言葉に、ハルヒとキョンはそろって顔を真っ赤にして黙り込んだ。

「でもキョンの言いたい事は分かった、俺も元気を出して宮木さんの所へ行ってくるぜ!」

走り去っていく谷口を見送った後も、ハルヒとキョンはさっきの谷口の言葉が思い返され、2人の間に微妙な空気が流れ続けるのだった。

 

<第二新東京市北高 2年4組>

映画製作の他にもハルヒは、エツコとヨシアキのクラスの出し物であるコスプレ喫茶の衣装のデザインを頼まれたりと大忙しだった。

「涼宮先輩、私普段スパッツばかり履いているから、スカートをはくとスースーして落ち着かないよ」
「だめよエツコちゃん、健康的な色気はある程度必要なのよ」
「ハルヒは何考えてるのよ」

エツコを相手に着せかえをして喜んでいるハルヒの姿を見て、アスカはため息をついた。

「何って、文化祭の売上倍増作戦に決まってるわ。2年生のみんなには修学旅行を存分に楽しませてあげたいじゃない」
「南アフリカへ日本代表のサッカーチームを応援に行きたいなってクラスのみんなで話しているの」
「それは修学旅行じゃない気がするけど、いいのかな」

ツッコミ疲れたキョンに代わって、シンジが笑顔のエツコにツッコミを入れた。

「そう言えば、あんた達のお袋さんってアフリカのアワジランドに居るんだっけ? 近くに寄ったついでに顔を見せてあげなさいよ、寂しがっているんじゃない?」
「……そうですね」

エツコとヨシアキの母親はパラレル世界に居るミサトなので実際に会う事は不可能なのだが、ヨシアキは愛想笑いを浮かべて答えた。

「母さん、私達が突然居なくなってとても心細い思いをしてるんじゃないかな」
「うん、父さんが死んでしまって、僕達まで居なくなったから独りぼっちになってしまったんだよね」
「元の世界に戻る方法、見つかるのかな?」
「ネルフの人達が見つけてくれるって信じて待つしかないよ」

ハルヒに母親の事を聞かれてホームシックになってしまったのか、エツコとヨシアキは沈んだ顔になってささやき合った。
2人の目の前に居るミサトは外見や性格が似ていても、自分達の母親とは異なる存在なのだ。
元の世界に居るミサトは小さなころから父親と母親、多くの戦略自衛隊の隊員仲間と第二の父親とも言うべき恩師、そして、使徒との戦いで戦死した夫である加持リョウジとたくさんの悲しい別れを経験して来たので、エツコとヨシアキまで失ったとなればさらに悲しみの底に沈む事になるだろうと2人には分かっていたのだ。

「あたしマズイ事聞いちゃった?」

すっかり沈んでしまったエツコとヨシアキの姿を見て驚いてしまったのか、ハルヒが謝まった。
エツコとヨシアキは首を横に振る。

「そうだ、文化祭の準備って楽しいよね!」
「そうね、普段話さない人と話せたりしてテンションがあがるわよね、でも終わってしまうとまた元に戻ってしまうのよね」

話題を変えようと、エツコが笑顔を作ってハルヒに話し掛けると今度はハルヒが悲しい顔になった。

「でも、きっと向こうも文化祭で話した事は覚えているから、きっと前よりお互いの距離は近くなってると思うよ」
「そうかもね」

エツコの励ましの言葉を聞いて、ハルヒは軽く笑顔を浮かべた。

「去年はうどん対決で良かったわ。コスプレ喫茶だったら、ハルヒにどんな衣装をさせられるかわかったもんじゃないもの」
「バニーガールとかミニスカポリスってところかしら」
「そんな恥ずかしい服装出来たもんじゃないわよね、レイ?」
「私は平気だと思うわ」
「そう言えば綾波はライブのステージでコスプレしているんだっけ……」

冷静に答えるレイに対してアスカとシンジは冷汗を浮かべた。
ハルヒ達の尽力もあって、北高の文化祭は大成功をおさめた。
そして文化祭で販売した『怪盗ハルにゃんの事件簿 キャラクターソング』の反響は意外な結果をハルヒにもたらした。

「涼宮さん達が僕の父の会社の貸しスタジオでレコーディングをしている時に、他のレコード会社の社長さんが涼宮さんの曲を耳にして興味を持ったようなのですよ」
「それって?」

イツキから話を聞いたハルヒはキョトンとした顔で聞き返した。

「その会社はアニメやゲーム関連の音楽を中心に展開しているレコード会社で、今度アマチュア声優を集めたアルバムを出す企画がありまして、ぜひ涼宮さんにも参加して頂きたいとの事です」
「それって、商品化するの?」
「ええ、着うたや着ボイスも出したいと言っていましたよ」

イツキの提案にハルヒは喜んで飛びつくのかと側に居たキョン達は考えていたのだが、ハルヒのテンションは変わらない。

「ふーん、まあ一応考えておくわ」
「来月までにお返事を頂きたいとの事です」

その日からしばらくハルヒは憂鬱な顔で考え込む事が多くなった。

 

<第二新東京市北高 職員室>

文化祭が終わって体育祭が近づいてきた秋のある日、アスカとシンジは進路の相談で職員室のミサトの所に顔を出していた。
ミサトはシンジが提出した進路希望が書かれたプリントを眺めながら感心して息を吐き出した。

「シンジ君もドイツの大学に留学するなんて、良く決意したわね」
「ドイツに居るハンス君からのメールが僕を勇気づけてくれたんです」

去年のSSS団の冬の旅行でドイツに行った時、シンジは同年齢のハンスと言う少年とメールフレンドになっていた。

「それでシンジ君もハンス君と同じ心理学科に進学するつもりなのね」
「はい、僕はハンス君が大学の心理学科に進学するって話を聞いた時、自分も同じ思いを抱えていると感じたんです」

シンジはミサトにハンスが精神科に通っている妹が居る事を話した。
ハンスの妹は恋人だった少年に暴力を振るわれて、心に傷を負ってしまったと言う。

「僕もあの時は自分の事だけで精一杯だったから、アスカの事を気にかける余裕も無かった。それどころか寝ているアスカにすがるような情けないやつだったんだ」

ミサトにもシンジが言う”あの時”が分かったのか、沈んだ顔になった。
それはネルフと使徒との戦いが激しくなった時に訪れた”葛城家の崩壊”。
使徒との戦いに敗北したアスカに、ミサトもシンジも手を差し伸べる事はしなかった。
そして、アスカの方もシンジとミサトに助けを求める事はしなかった。
その結果、追いつめられたアスカは心が壊れてしまったのだ。

「ミサトさんがアスカを救い出してくれたから僕はこうしてアスカと一緒に居られます。でも、僕はアスカをミサトさん任せにしてしまった……」
「そんな、シンジ君が悪いわけじゃないわ」

シンジが沈んだ顔で下を向くと、ミサトは励ました。

「だから、僕は傷ついてしまった人に手を差し伸べてあげる、そして差し伸べてもらえるような仕事に就きたいんです」
「シンジ君……」

しかし、シンジが再び顔をあげた時は強い決意に満ちた瞳になり、ミサトは安心したように笑顔で息を吐き出した。

「アタシは大学は卒業したから、大学院に行って博士号を取りたいかなって思っているの」
「それじゃ、シンジ君の先輩になるわけね」
「大学院に入学する時期はシンジに合わせようかと思うの」
「4年間ブランクがあるけど、どうするの?」
「うん、ドイツにあるパパとママの診療所の仕事を手伝おうかと思うの」
「ご両親の側で花嫁修業もきっちりこなすのよ、シンジ君に愛想を尽かされないように」
「ミサトには言われたくないわね」
「何よ」

からかわれたアスカはミサトにそう言い返した。

「ミサトの方こそ、加持さんにサジを投げられないうちに家事とか頑張った方がいいんじゃないの? 卒業したらアタシ達は居なくなるんだし」
「そうよね、みんなバラバラになってしまうのよね」

ミサトが真面目な顔をしてうなずいたので、3人の間にまた悲しげな空気が流れた。

「ミサトはどうするの? ハルヒが卒業したら北高の教師をやっている意味がなくなるんでしょう?」
「涼宮さんの通う大学の教授になったりするんですか」
「いやいや、さすがにネルフの力でも教授は無理だって」

ミサトは首を横に振って、懐かしむような視線で職員室をゆっくりと見回した。
そして、周りの教師達に聞こえないようにそっとアスカとシンジに耳打ちをする。

「私はね、本気で教員免許を取ろうと考えているのよ」
「へえ、ミサトに先生なんか勤まるのかしら」
「もう3年目なんだけど」

アスカに対してミサトはそうツッコミを入れた。

「ネルフの命令だとは言え、学校の先生をやって来て、この仕事も良いなって感じるようになって来たのよ」
「そういえば、エツコ達の居た世界でのミサトは先生をやっていたんだっけ」
「だからきっと、作戦部長よりも教師の方が私にとっての天職なのよ。ネルフが解散したらネルフの私設軍は国連か戦自所属になるでしょうけど、私は戦自に戻る気もしないし」
「そういえば、何で父さんはネルフの解散を決意したんですか?」
「ハルヒの監視は続けるんでしょう?」
「うーん、レイと渚君を以外のチルドレン達もハルヒちゃんの発生させる閉鎖空間の中でしか使徒の力を発揮できないし、大規模な組織は必要ないって考えたのかもしれないわね」

ミサトもゲンドウから詳しい事情は聞かされてはいなかったが自分の推論を話すと、アスカもシンジも一応納得した様子だった。

「レイとカヲル君は音大を受験するんですね」
「そうね、滑り止めとして一般大学との併願を進めて置いたけどね」
「2年生の頃から受験勉強をしているのを見ているから、受かって欲しいわね」
「レイも渚君も、数学や物理のような理数系科目が壊滅的だから、音大が通らなかったら浪人生になるかもしれないってところが担任として心配だけどね」
「綾波は中学の頃から数学の宿題は僕とアスカが手伝ってましたよね」

ミサトとシンジは祈るような目でお互い顔を見合わせてため息をついた。

「そうだ、ハルヒ達の進路は決まってるの?」
「岡部先生の話だと、私立大学を受験するみたいね」
「へえ、ハルヒの方が合わせたのかしら」
「校長先生や教頭先生なんかは東大受験を進めているらしいけどね、本人は聞く耳なしよ」
「岡部先生は生徒思いだって評判だから、きっと涼宮さんの意思を尊重しようとしてくれているんだね」
「教員のような上下関係が強い組織の辛いところね」

ミサト達は同情するように教頭に頭を下げて謝っている岡部先生に視線を向けた。

 

<第二新東京市北高 グラウンド>

「フレー、フレー、赤組!」

ハルヒは大きな旗を振り回しながら大声を張り上げた。
そのハルヒの掛け声に続いて、応援団の団員達が声を出す。
応援団の中にはキョンやイツキも参加させられていた。
ハルヒ達が応援団に参加する事になったのは、赤組の応援団長が風邪でのどが荒れてしまって出れなくなってしまったので、ハルヒが代わりに引き受けたからだった。
応援歌もハルヒ考案の曲が追加されたりと、ハルヒは体育祭を盛り上げるためにあらゆる手を尽くしていた。

「次は3年生によるダンス『ハレ晴レユカイ』です!」

アナウンスと共に拍手と歓声が上がり、3年生がグラウンドの真ん中へと入場して行った。
文化祭で谷口が踊った時は目立たなかったが、キョンの中学生時代の同級生である中河のアメフトの試合前に応援するためにハルヒ・ユキ・アスカ・エツコ・ミチルの5人がチアガール姿で踊ると、北高の学生の間でも人気となり、生徒会役員に話を通して3年生のダンス種目に選ばれるまでになってしまったのだ。

「しかし、何で男子も踊らされなきゃならないんだ」
「全く困ったものです」
「恥ずかしいよ」

キョンとイツキとシンジは否定的な言葉を口にしながらも、ダンスを楽しんでいる様子だった。

「ボーカルにアタシ達の声が入ってるなんてちょっと恥ずかしいわね」
「私は気にならないわ」
「レイはいつも歌っているじゃない」
「その割にはアスカもソロパートを気持ち良さそうに歌っていたわ」

体育祭で流されたのは、北高アンケートで人気のあったハルヒ・レイ・アスカがボーカルを歌うバージョンだった。
3年生がフルコーラスを踊り終ると、グラウンド全体からアンコールの声が響き渡った。

「じゃあ、踊りたい人はグラウンドの真ん中に集まりなさい! 老若男女、宇宙人、未来人、超能力者、異世界人、誰でも大歓迎よ!」

マイクを奪ったハルヒの発言により、見ていた観客達が歓声を上げてグラウンドの真ん中に集まって来た。
シンジはその中にゴメス率いるパワーレスリングダンス協会のメンバーとしてゲンドウが参加しているのを見て真っ青な顔になった。

「父さん……」
「私が『ハレ晴レユカイ』を踊ってはいけないと言うのか?」
「そうは言わないけど……」

少し悲しげな声で言われたシンジはあわてて首を振って否定した。
しかし、シンジとアスカは顔を合わせて不安そうに話す。

「父さんが踊るところなんて見たくないよ」
「アタシもおじ様が腰をフリフリさせるところなんて想像しただけで寒気がするわ」

シンジとアスカは自分の中での厳格なゲンドウ像のイメージを保持するために踊っているゲンドウから目を反らし続けた。

「やあキョン、僕も踊らせてもらうよ」
「お祭り騒ぎですわね」
「全くお前らも物好きなやつだな」

姿を現した佐々木と橘キョウコを見てキョンはため息をついた。
ユキと同じヒューマノイドインターフェイスである周防クヨウも相変わらずの無口で立っていた。
さらに藤原も不機嫌そうな顔で立っていた。

「あなたも、踊るの?」

ユキが質問すると、クヨウはゆっくりとうなずいた。

「俺はこんなくだらないダンス、踊らないぞ」
「それならどうしてグラウンドの真ん中まで来てしまったのですか? ここに来てしまった以上、踊らないと目立ってしまいますよ」
「ちっ、俺をはめやがったな」
「君が勝手について来たんじゃないか」

イツキの言葉を聞いて悔しがる藤原に向かって、佐々木は笑顔でそう言った。
他の学年のエツコやヨシアキ、ミチルも加わってお祭り騒ぎのようにダンスが繰り広げられるのだった。
そして、ダンスが終わった後も体育祭の競技は続いた。

「さあ、次の2人3脚でアスカ達に勝てば逆転できるわね!」

キョンと組んだハルヒは気合を入れてスタートラインへと立った。
北高は奇数クラスは赤組、偶数クラスは白組と別れていた。
スタートを告げるピストルの音が鳴らされ、ハルヒ・キョンはトップでゴールへと迫って行った。
アスカ・シンジ組は遥か後方、見ていた観客は誰もがハルヒ達の勝利を確信した。
しかし、ゴールの少し前でハルヒは突然倒れてしまった。

「うわっ!」

キョンが覆いかぶさるようにハルヒの上に倒れ込んだ。
すぐにハルヒの怒声と鉄拳が飛んで来るかと覚悟したキョンだが、ハルヒからは何の反応も無い。

「どうしたハルヒ、おいっ!」

キョンが揺り動かしても目を開けないハルヒに、見守っていた観客達からもどよめきと悲鳴が上がった。

「保健委員の人、涼宮さんを保健室に運んで!」

ミサトの指示によりハルヒは保健室へと運び込まれた。

 

<第二新東京市北高 保健室>

ベッドで寝かされたハルヒが目を覚ましたのは、体育祭が終わった直後の事だった。

「ここは……どこ?」
「北高の保健室だ」
「あはは、あたし保健室で寝た事なんて無かったから」
「それだけ冗談を言うだけ元気があればもう大丈夫だな、全く寝不足で倒れるなんて驚かせやがって」

目を覚ましたハルヒを見て、キョンは心からホッとして嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「体育祭の結果はどうだったの?」
「1点差で白組が勝ったよ」
「そう、みんな頑張ったのね。それだけの差なら盛り上がったでしょう」
「ああ、逆転に次ぐ逆転だったさ」
「そんな楽しい事があったのに、寝過ごしちゃうなんて残念ね」

ハルヒはそう言って声を上げて笑った。
キョンはそんなハルヒの手をそっと握る。

「なあハルヒ、そんなに無茶するなよ」
「あたしは別に無茶なんか……」
「お前は何事にも手を抜かない性格だって言うのは分かってるが、受験勉強をしながら映画の撮影、コスプレのデザイン、振付ダンスの作詞作曲、果ては応援団長やリレーの代表選手まで……いくらなんでもやりすぎだろう」
「だって、やりたい事がたくさんあるだもの。クリスマスにはサンタになってみんなを驚かせるって言うのも良いわね。冬合宿はまたドイツに行きたいし、新学期になったらSSS団のメンバーを勧誘して、お花見に行って……」
「そのぐらいにしておけ」

ありえない来年の予定まで話し出すハルヒの口をキョンはハルヒの手を握っていない方の手で塞いだ。
そして、キョンは落ち着いた優しい口調でハルヒに話し掛ける。

「そんなに焦らなくても、楽しい事は逃げやしないぞ」
「でも、卒業したらみんなバラバラになっちゃうじゃない」
「俺は違うぞ」

沈んで泣きそうな悲しい表情をしていたハルヒが顔を上げてキョンの事を見つめた。

「お前が大学に行ってもその先でも、俺はお前のやりたい事に付き合ってやる。お前が飽きたって言うまでな」
「何よその自信は? あたしがやりたい事はね、まだまだたくさんあるんだから覚悟しておきなさいよ!」

ハルヒはそう言ってキョンに笑い掛けた。
そして後日、キョンはイツキから誘われていたレコード会社からの出演オファーの件を断ったとハルヒから聞いた。

「もともと、『ハレ晴レユカイ』はあたしが趣味で作った曲だしね」
「お前ならプロの歌手にもなれるんじゃないか?」
「そんなに世の中は甘くないわよ」

ハルヒはキョンの言葉を聞いてあきれた表情でため息をついた。

「あれから佐々木さんとも相談したんだけどね、あたしはまだ自分のやりたい事が決まって無いと思うのよ」
「あいつの意見は参考にならないかもしれないがな」

佐々木から壮大な将来の計画を聞かされていたキョンはため息をついた。

「あんたもあたしに言ったでしょう、焦るなって。だから大学に入ってから考えようと思って」
「まあ、それもいいかもな」
「だからって、だらけた大学生活を認めるつもりは全然無いんだからね」
「わかってるって、俺も自分なりに頑張ってみるからさ」
「本当に分かっているんでしょうね」

ハルヒと別れれば、気楽な大学生活を送れただろうに、とんでもない約束をしてしまったなと少しだけ後悔するキョンだった。


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