第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
三年生
第五十話 紫陽花(アジサイ)症候群


<第二新東京市立北高校 SSS団部室>

ゴールデンウィークも終わり、夏の足音が聞こえ始めた初夏。
気象庁の梅雨入り宣言が秒読み段階のこの日は朝から弱い雨が降っていた。
放課後にやって来たミチルはいつもより人数の少ない部室の中を見回して、イツキに声を掛ける。

「あれ、今日は惣流さん達までいらっしゃらないんですか?」
「ええ、涼宮さん達はいつものように予備校、惣流さん達は京都まで鮎釣りに行っています」

イツキの返事を聞いたミチルは驚いた顔になり再び問い掛ける。

「鮎釣りですか?」
「今日は碇先輩の誕生日だから、碇先輩のお父さんが誘ったみたいですよ」
「たくさん釣れたら私達にも鮎をごちそうしてくれるんだって!」
「そうなんですか、それは楽しみですね」

ヨシアキとエツコから話を聞いたミチルは穏やかな笑顔でつぶやいた。

「それじゃ、お茶をいれますね」

ミチルはミクルの残した茶道具を使っているのだが、まだミクルのようにおいしいお茶をいれられるまで使いこなせていないので必死に練習をしていた。

「はいどうぞ、長門さん」

ミチルがお茶を置くと、本を読んでいたユキは顔をあげてミチルをチラッと見た。
ユキは心の中でお礼を言っているのだろうが、まだ付き合いの浅いミチルはそこまでは分からず、少しユキを苦手そうにしていた。

「未来の世界では、朝比奈さんと長門さんは仲が良かったんですか?」

イツキがそっと小声でミチルに尋ねた。

「未来の世界の長門さんは、私が言うのもなんですけど、人見知りをして照れ屋さんなんです。言いたい事があっても顔を赤くして黙ってしまうような……」
「そうなのですか?」

ミチルの答えを聞いてイツキは驚いた。

「だから自分の人格をコピーして、未来の世界で過去に送るための人間型インターフェイスを作成する時も任務に支障があるかもしれないって、感情の部分を削ってしまったんです」
「それはとても寂しい話ですね」
「ええ、でも感情があるせいで失敗しちゃったらいけないって自分を責めてしまっていたので、私も長門さんのお母さんも強く止めるわけにはいかなかったんです」
「なるほど、そんな深い事情があったんですね」

ミチルの言葉を聞いてイツキは同情する様子でユキの方を見てため息を吐きだした。

「あっ、私は余計なことまでしゃべってしまったかもしれません」
「もちろん、今まで通りに長門さんと接しますよ」
「ありがとうございます……」

イツキの返事を聞いてミチルはホッと息を吐き出した。

「本当はそれだけではないんですけどね……だって、長門さんは古泉おじさんを……」

しかし、イツキとユキの間で視線を往復したミチルは悲しそうな顔で気付かれないようにそうつぶやくのだった。

「それにしても、涼宮先輩が居ないと退屈で仕方が無いよ」
「先輩も受験生だし、予備校にも行っているし忙しいんだよ」

不満そうにぼやくエツコに、ヨシアキがそうなだめた。

「SSS団に入れば毎日楽しい事があると思ったのに、これじゃあ物足りないよ」
「あなたのその性格は、メンバーの中で一番涼宮さんに似ているかもしれませんね」

エツコのぼやきを聞いたイツキが微笑みながらつぶやいた。

「えへへ、そうかな?」
「次期団長を決める選挙でもあれば、僕は後継者にあなたを推しますね」
「古泉先輩、あんまりエツコを調子に乗らせないでください、涼宮さんと違って限界知らずで暴走しそうな気がしますから」

ヨシアキは疲れた顔でそう断言するのだった。

 

<京都行きリニアレール 車内>

シンジはゲンドウの提案で家族水入らずで釣りに行く事になった。
家族とは言っても葛城家の影の家族では無く、ゲンドウ、リツコ、シンジ、レイ、アスカの碇一家だった。
第三新東京市から京都府まではネルフ幹部の特別列車は運行して居なかったので、シンジ達は一般的な家族と同じように前日の夜からリニアレールで数時間かけて京都へと向かった。

「どうして、釣りをしようなんて思ったの?」
「私は幼少のころ、京都の川で釣りを良くしていた。釣りならシンジ達に教えられる自信がある」
「そうなんだ、楽しみだな」

ゲンドウの言葉を聞いたシンジは嬉しそうに微笑んだ。

「へえ、おじ様って魚が好きなんですか?」
「人と付き合う事が不器用で、孤独だった私が出来る遊びと言えば釣りぐらいに限られていたからな」

マズイ事を聞いてしまったとアスカは冷汗を垂らした。

「大人になってからも、嫌な事があると心を静めるために1人になると釣りをしていた」
「そ、そうですか」

話題を変えようとアスカは頭をフル回転させていた。

「しかし、その経験が役に立ってこうしてシンジとレイにようやく父親らしい事をする事が出来た」

ゲンドウはそう言って、口元を歪ませた。
良く知らない他人が見れば、ゲンドウの表情がほんの少ししか変わっていないように見えるが、これはゲンドウの笑顔なのだ。

「よかったですね、おじ様」

ゲンドウの笑顔を感じ取ったアスカは、向日葵のような笑顔をゲンドウに向けた。

「私もおにぎりを作って来たのよ」
「リツコが?」

リツコがそう言って包みを取り出すと、アスカが驚きの声をあげた。

「私も母親らしい事をシンジ君とレイにしてあげようと思ってね」
「ありがとうございます」

シンジは笑顔でリツコにお礼を言った。

「おにぎりなんて初めて作ったから、きっとおいしくは無いでしょうけどね」

リツコは少し厳しい目つきでアスカを見つめた。

「そ、そんな事言ってないわよ」
「お母さんが作ってくれたおにぎり、おいしいわ」

おにぎりを食べたレイが発した一言により、雰囲気がますます和やかになっていくのをシンジ達は感じた。
先日の発令所でのゲンドウの告白から、リツコも穏やかで落ち着いた様子でゲンドウの側に居られるようになっていた。

 

<京都府 賀茂川>

シンジの誕生日である6月6日の早朝、鮎漁の解禁日と言う事もあり、シンジ達も張り切って釣り場へと向かった。

「アタシ達の他にも釣り客がたくさん居るわね」
「解禁日が一番釣れるからな」
「それじゃあ、今日は大漁だね」

シンジは早く釣りを始めたいのか目を輝かせていた。

「鮎釣りは難しいからな、他の魚に比べて初心者がたくさん釣る事はあまりない」
「そうなんだ……」

ゲンドウに言われたシンジは少し残念そうな顔になった。

「でも、それならおじ様の腕の見せ所ですね!」
「ふっ、任せておけ」

アスカに言われたゲンドウは自信満々にそう言い切った。
レイやシンジも尊敬に満ちた視線をゲンドウに送った。
ゲンドウはシンジ達に毛針を使った釣りを勧め、自分は友釣りと言う鮎を餌にした釣りを始めた。

「なかなか釣れないね」
「……まあ、鮎釣りは難しいからな」
「でも、周りには釣れている人も居るわ」

ゲンドウに対してレイがズバッとそう言い切ると、ゲンドウはひたいに汗を浮かべた。
このまま何も釣れないのかと焦り出した時、シンジ達のさおが揺れ動いた。

「うん、もしかしてこれって魚が掛かってる?」
「アタシの方も針が引っ張られている感じがする」
「私もだわ」

シンジとアスカとレイの3人に同時に魚が引っ掛かったようで、ゲンドウは忙しく3人の側へ行って手助けをした。
そして3人とも鮎を釣り上げる事に成功し、嬉しそうな笑顔で歓声をあげた。

「おじ様のさおにも反応があるみたいよ!」

アスカに言われたゲンドウはすぐに自分のさおに飛びついて鮎を釣り上げようとした。
鮎と格闘するゲンドウの姿は、いつも司令席で落ち着いている姿とは対照的に激しいものだった。
そして死闘の末、ゲンドウは鮎を釣り上げた。

「かっこよかったよ、父さん」
「そ、そうか……」

シンジにほめられたゲンドウは短い言葉で答えた。
そんな嬉しそうなゲンドウを、少し離れた場所で見ていたリツコが出迎える。

「お疲れさまでした、シンジ君達に良い所を見せられて良かったですね」
「ああ」
「初めて釣った鮎の感触はどうでした?」
「君には分かっていたのか」

リツコの言葉を聞いてゲンドウがサングラスをいじった。

「ええ、他の魚の釣り歴は長いのでしょうけど、鮎釣りの入門について情報を集めて欲しいなんてマヤに頼むんですもの」
「伊吹君も口が軽い」
「ユイさんがかわいい人だって言った理由もだんだん分かって来ましたわ」

リツコとゲンドウは幸せそうにごく自然な感じで笑い合っていた。
昼はリツコ手製の弁当を食べる。
学校を欠席するのは6月6日だけにしたかったので、今日の夕方には京都を発って第三新東京市に戻らなければならず、釣り場を離れる時間も惜しかったからだった。

「父さん、ちょっと味付けが濃いけど平気なの?」
「うむ……」
「あら、お口に合いませんでしたか?」

ささやくように話すシンジとゲンドウの様子を見て、リツコは不安そうに尋ねた。

「いや、そんな事は無いぞ」

京都出身のゲンドウには少し濃い目の東京流の味付けだったが、ゲンドウは勢い良くリツコの作った料理を食べた。
リツコはそんなゲンドウのやせ我慢を見透かしているのか分からなかったが、とても嬉しそうに微笑んだ。

「今日はありがとう、とっても楽しかった。父さんやリツコさんともたくさん話せたし」

鮎釣りを終えて京都駅に戻ったシンジはゲンドウに笑顔で礼を言った。

「高校を卒業してシンジと惣流君がドイツに行ったら会いにくくなるからな。遠く離れてしまう前に家族らしい事をしてみたかった」
「おじ様ごめんなさい、寂しい思いをさせてしまうことになって……」
「別に君が謝る必要は無い。向こうのご両親も近くで暮らす事になったら喜ばれるだろう」

ゲンドウの言葉を聞いてアスカが謝ると、ゲンドウは首を横に振って否定した。

「でも……」
「私はこうしてシンジからたくさんの思い出をもらった。寂しい気持ちは思い出が消してくれる、ユイの事もそうだ」

ゲンドウはそう言ってまぶしそうに空を見上げた。
梅雨入りの時期にもかかわらず、京都の空は雲一つない青空が広がっていた。
シンジ達も無言でしばらく空を見つめ続けるのだった。

 

<第二新東京市 予備校>

晴れ渡った京都の空とは対照的に第二新東京市はどんよりとした雨雲が広がっていた。
授業を終えたキョンは、講師に呼び出されたハルヒを待っている。

「ハルヒのやつ、遅いな」
「きっと先生の方が熱心に説得しているんじゃないのかな?」
「確かにあいつなら東大も合格できそうだしな」

キョンは教室で佐々木とそんな事を話していた。
ハルヒはその好成績を予備校の講師に見込まれて、東大受験専念コースに入るように勧めて来たのだ。

「涼宮さんは他の難関大学受験コースにも進めるのに、どうして一般コースのままなのかな」
「さあな、あいつにとっては東大なんて別に気にならないんじゃないか」
「キョンはどこかの難関大学受験コースに入るつもりは無いのかい?」
「俺はそこそこの大学を現役合格するだけで精一杯だ」

佐々木に尋ねられたキョンは大きなため息をつきながら答えた。

「そういうお前はどうして難関大学受験コースに入らないんだ?」
「キョンと同じ大学に入りたいからだよ」
「何だと?」

佐々木の言葉を聞いてキョンは自分の耳を疑った。

「なんて、君の恋人の涼宮さんなら言いそうだね」
「そう来るか」
「君の御母堂の口ぐせだったね、勉強しないと僕と同じ大学に入れないって言うのは」
「それはお袋達が勝手に勘違いしていただけだろう」

キョンはウンザリとした顔でそう吐き捨てた。

「そうだよね、確か僕はキョンの告白を断ったはずだからね」
「あれは冗談だって分かっているだろう」
「君はそのころはまだミヨキチって子と付き合っていたんだっけ。あの子とはずいぶん会っていないけど、とても小学生には見えなかったね」
「あれは単なる妹の友達だ、話を複雑にするな」

少しキョンはいらだった様子で佐々木に言い返した。

「今度キョンが告白してきたら、あの時とは違う返事をするんだけどな……」
「佐々木、おまえ……」
「涼宮さんが戻って来たようだよ」

佐々木に言われて、キョンは教室の入口のドアの方を振り向いた。
しかし、そこには誰の姿も無い。

「おい、誰も居ないじゃないか」
「おかしいな、涼宮さんの顔が見えた気がしたんだけど」

佐々木は不思議そうに首をかしげた。

「そろそろ、指導室へ様子を見に行った方が良いんじゃないかな?」
「そうだな」

キョンが佐々木に返事を返して教室から出ようとした時、キョンの携帯電話にハルヒからのメールが届いた。
内容は教え子のハカセくんに勉強を教える事になったから先に帰ると言うものだった。

「ずいぶんと急な話だな」
「相手の子がそれほど困っているのかもしれないね」
「そうかもな」

キョンは胸の奥に疑問を抱えながらも、佐々木の言葉に一応納得はしてうなずいた。

「それじゃ、僕達も帰ろうか」

佐々木とキョンは一緒に連れ立って予備校の玄関に行った。
そして、傘立てを見て佐々木は困った顔になる。

「残念な事に、僕の傘が見当たらない」
「どこにでも居るんだよな、平気で他人の傘を持って行ってしまうやつが」

キョンがため息をついて傘立てを見ると、骨の部分が曲がってしまっている傘が1本あった。
その傘の持ち主が佐々木の傘を持って行ってしまったのかもしれないが、これだけ多くの人が出入りする場所だと誰だと特定する事は難しかった。
他にはキョンの傘を含めて数人分の傘しか残されていない。

「じゃあ、他のやつの傘を持って行ってしまうか?」
「僕はそんな気持ちにはなれないね。他人に道徳を説くわけではないけど、傘を持って行ってしまったら僕はずっと小さな罪悪感に悩まされそうな気がするんだ」
「まあ、俺も誰かが濡れて帰ると言う貧乏くじを押し付けていい気分はしないな」
「そうだろう、負の連鎖はここで止めるべきなんだ」
「それなら、俺の傘を貸してやるよ」

キョンは佐々木に向かって自分の傘を差し出した。

「だめだよ、君が濡れてしまうじゃないか」

佐々木はそう言って首を横に振った。

「俺は家に電話して妹にでも傘を届けてもらうさ」
「僕が原因で君の妹をこんな激しい雨の日に呼び出してもらうのは気が進まないな」
「でも、お前は被害者だろう」
「職員室に行って傘を借りると言う手もあるけど……ここは緊急避難策を選択してみないかい?」

佐々木はキョンをからかうような笑顔を浮かべた。

 

<第二新東京市 住宅街>

佐々木の提案は1本の傘に2人で入って帰宅する事だった。

「お前、俺に気があるんじゃないだろうな」
「キョンこそどうして拒否しなかったのかい?」

2人ともそんな冗談を言い合いながら笑顔でゆっくりと歩いて行った。

「こうして2人きりで帰るなんてずいぶんと久しぶりだね」
「そうだな」
「ねえ、君はどういう基準で将来の進路を選択しているんだい?」
「そりゃ、普通に大学に通って、普通に就職して……」

キョンの言葉を聞いた佐々木は失笑をもらす。

「やっぱり、涼宮さんについて行きたいと言うのが君の本心なんだ」
「バカ言え、俺は倦怠ライフを楽しみたいだけさ」

キョンはクスクスと笑う佐々木に向かってそう吐き捨てた。

「でも、僕が高校に入る時はついて来てくれなかったよね」
「お前が自分で望んで第二新東京市内でも指折りの私立校に入ったんじゃないか」
「ああ、僕も北高に入りたかったよ。そうすれば、楽しい高校生活を送れただろうに」
「俺は学区割りで北高に入ったんだ、そこにハルヒが居たのは偶然だよ」
「だが、キョンの家は他の高校の学区とも重複していたじゃないか。完全に偶然とは言い切れないよ」
「まさか、ハルヒが俺を呼び寄せたって言うのか」
「だって涼宮さんが中学生の時に、北高校の制服を着た君と出会っているんだろう?」
「待てよ、部室に居る時にタイムワープを頼んで来たのは朝比奈さんであってな……うーむ、頭が痛くなって来た」

キョンは傘を持っていない方の左手で頭を抱えるようにこめかみをぐっと押さえた。

「僕が私立を選択したのは、両親の要望もあっての事なんだ」
「口うるさいのは俺の両親だって同じさ」
「君の家族は良いね、何の遠慮も無くて」
「それってバカにしているのか?」
「皮肉じゃ無くて本心だよ。僕の両親は出身大学で人の価値を計るタイプだからね」
「下らないと思うなら、気にしなければ良いじゃないか」

キョンがそう言うと、佐々木は悲しそうな笑顔で首を横に振る。

「僕は対立を招くような事はしたくないよ。波風立てないで周囲に妥協して、愛想を振りまいている臆病な人間なのさ」
「俺にはそうは思えないんだが」
「不思議と君の前では自然体で居られるんだよ」
「俺に気遣いは無用って事か」
「違う、君は僕の心の壁を取り払ってしまう雰囲気を感じさせてくれるんだ」

佐々木はそう言って爽やかに微笑んだ。

「しかし、お前はずっと親の言いなりになって人生を過ごすつもりか?」
「そんな事は無いよ。親の育児義務は20歳ぐらいまでだしね。だから、大学に入って成人した後は好き勝手やらせてもらうつもりさ」
「どうするんだ?」
「絶対に官僚や一流企業のキャリア組なんかにはならない。小説家、音楽家、画家。とにかく趣味に生きれる仕事に就きたいんだ」
「せっかく勉強したのにもったいない気もするが……」
「仕事をしながら週末は美術学校に通うつもりだよ。感性を磨くために世界中を旅してまわるのも良いかな」
「何とも壮大な夢だな」

キョンは感心したようにため息を吐き出した。
しかし、佐々木は悲しそうな表情になってキョンの肩にすがりつく。

「でも僕は……勉強するばかりで味気の無い高校生活を送ってしまって悲しいんだ」
「ちょっと抱きつき過ぎだぞ」
「僕はもっと早くに君と再会したかった。今振り返ると、1年の頃は本当に無味乾燥な高校生活だったよ」
「お前があの宇宙人3人組と出会ったのは2年の初めぐらいだったのか?」
「そうだね、1年生の春休みの時だった。彼女達の宇宙船が故障して到着が遅れたと話していたよ」
「わざわざハルヒ1人のために宇宙の彼方からご苦労な事だ」
「僕は彼女達が来てくれたおかげで孤独な日々から脱却できたんだよ」
「だからって、宇宙人の友達はありえないだろう」

キョンがあきれたようにため息を吐き出した。
すると佐々木はキョンの肩をつかむ手に力を込めた。

「でも、涼宮さんの問題が解決してしまったら、きっと彼女達は僕と一緒に居る理由を失ってしまう。だから、君からも涼宮さんに騒ぎを起こし続けるように言ってはくれないだろうか」
「おいおい、何を無茶な事を言ってるんだ」
「君に頼んでもどうしようもない事だったね」
「あいつらにずっと友達でいて欲しいって気持ちを包み隠さず話すべきだろう。頭の良いお前の事だ、それはわかるだろう」
「全くもってその通りだね」

佐々木は笑顔を浮かべてキョンに答えた。

「何を話しているのよ、とっても良さそうな雰囲気で見つめ合っているじゃない」

そのキョンと佐々木の少し離れた物陰から見ていたハルヒは悔しそうにつぶやいた。
外は激しく降る雨の音で会話の内容は聞こえなかったが、ハルヒにはそう見えたのだ。
ゆっくりと離れて行くキョンと佐々木の背中を、ハルヒはじっと見送った。
そして、キョンは佐々木を家まで送ってから帰宅した。
キョンが帰宅した直後、イツキからキョンに電話が掛かってくる。

「突然大規模な閉鎖空間が発生しましたが、涼宮さんと何かありましたか?」
「俺は別に何も……」

キョンはそう答えようとして、気が付いたのか、佐々木と2人で予備校から帰って来た事をイツキに告げた。

「佐々木さんと相合傘ですか、とんでもないことをしてくれたものです」
「仕方無いだろう、緊急避難だ」
「もしかして、涼宮さんは誤解しているのかもしれませんね、あなたが佐々木さんに告白をしたとか」
「俺は佐々木の悩みを聞いてやっただけだ、それに俺はハルヒと交際中に二股をかける事はしない」
「まあ涼宮さんも今は頭に血が上ってしまっているのでしょう、しばらくして冷静になれば気が付きますよ」
「お前達はもしかして神人退治の最中か?」
「ええ、徹夜仕事になりそうです」
「すまないな、俺のせいで」
「いえいえ、これは涼宮さんがあなたの事を想うあまりに引き起こした事態でしょう、あなたが悪いとは言えません」

イツキからの電話を切ったキョンは疲れた顔でため息を吐いた。
その日の夜、キョンは胸騒ぎをずっと感じていた。

 

<第二新東京市 ハルヒの部屋>

次の日の早朝、キョンは登校前にハルヒの家へとやって来ていた。
ハルヒの母親からハルヒが風邪を引いてしまったと連絡を受けたからだ。

「昨日は雨に打たれてずぶぬれになって帰ってきたそうじゃないか」
「頭を冷やそうと思ったのよ」

布団に潜り込んでいたハルヒは亀のように顔だけを出して返事をした。

「俺と佐々木が相合傘で帰っている所を見てしまったからか?」

キョンがそう言うと、ハルヒは布団を被って頭を引っ込める。

「あたしはハカセくんの家へ勉強を教えに行ったのよ」
「ハカセくんからも話を聞いたぞ、ハルヒから涙声で勉強を教えた事にしてくれって電話があったって」

キョンが指摘しても、ハルヒは布団を被ったまま返事をしなかった。
そんなハルヒに対してキョンは大きくため息をつく。

「それで、今日お前は学校を休むのか?」
「頭が重いし、胸も苦しいし……本格的に風邪を引いちゃったみたい」
「元気の塊だったお前が風邪を引くだなんてな。風邪薬は飲んだのか?」
「薬は飲んだけど、全然効き目が無いみたいなのよ。このままじゃ、数日は寝込む事になりそうね」

ハルヒの気弱な発言を聞いたキョンは意を決してハルヒの寝ているベッドへと近づいて行く。

「ハルヒ、俺はお前がすぐにでも元気になれるかもしれない薬を持っているぞ」
「何よそれ?」

ハルヒが布団から顔を出した瞬間、キョンはハルヒの掛け布団をはぎ取ってベッドに滑り込み、ハルヒを抱き寄せた!

「いきなり何するのよ!」

驚いて暴れ出そうとするハルヒをキョンは力で押さえ込む。

「胸が苦しくなるような思いをさせてすまなかったな」

キョンがハルヒの耳元でささやくと、ハルヒの抵抗は止んだ。
そしてベッドの上でハルヒとキョンはしばらくの間無言で抱き合った。
言葉以外にも相手に想いを伝える手段はあるのだ。
しかしタイミングの悪い事に、アスカ達がハルヒの部屋へと入って来てしまう。

「大丈夫なのハルヒ、アンタが風邪を引いたって……」

そこまで言ったアスカは、ベッドで抱き合うパジャマ姿のハルヒと制服姿のキョンを見て固まってしまった。

「朝から2人とも、何をしようとしているの?」

冷静な顔で尋ねるレイの質問に、ハルヒとキョンも固まってしまい言い訳の1つもできなかった。
さらにお見舞いに来たヒカリやトウジ達の絶叫が響き渡り、騒がしい朝となってしまった。

「お待たせ」
「もう体は大丈夫なのか」
「すっかり元気になったわよ」

その後着替えたハルヒは、キョン達と一緒に学校に登校すると言い出した。
辺りはすっかりと晴れ上がり、行く手にはキレイな虹が掛かっていた。

「さあみんな、あの虹に向かってダッシュよ!」
「ええっ?」

アスカの驚きの声を無視して、ハルヒは虹を指差してすぐに走り出してしまった。

「まったく、お見舞いに来たのに何で朝から全力で走らないといけないのよ」
「でも、涼宮さんを待っていたから時間的にゆっくり歩いていたら遅刻しちゃうし」
「どこまでもマイペースな団長様なんだから」

アスカとシンジはお互い顔を見合わせて笑うと、前を行くハルヒ達の背中を追いかけて朝の通学路を走り出した。


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