第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
二年生
第四十八話 最後に笑顔を見せて! 〜朝比奈ミクルの消失〜


<第二新東京市北高 3年2組教室>

「やぁミクル、さっきからそんなにため息をついてどうしたい? 心ここにあらずって感じに見えるにょろ」
「鶴屋さん……」

卒業式の当日、いつもとは違った浮ついた雰囲気になっている教室で、自分の席でミクルは憂鬱な表情で窓の外を眺めていた。
そんなミクルの背中に鶴屋さんは軽く手を置いて声を掛けた。
振り返ったミクルの視界に『卒業おめでとう!』とタイトルの書かれた、教室の後ろの壁に貼られた大きな模造紙が目に入った。
そこには在校生からの贈る言葉と卒業生たちの感謝の言葉が寄せ書きとして書きこまれている。
3年2組のクラスの模造紙には、ハルヒ達からミクルや鶴屋さんに向けられたメッセージが書かれていた。
『ミクルちゃん、いつもおいしいお茶をいれてくれてありがとう』と書かれていたのを思い出したのか、ミクルはまた目に涙を浮かべた。

「しっかしハルにゃん達も、次々と学校生活をおおいに盛り上げるアイディアを思いつくにょろ」

鶴屋さんもミクルが見つめている視線の先を追って、一緒に教室の後ろの壁を見て感心したようにため息をついた。
このアイディアを思いついたのはハルヒの行動がきっかけだった。
ハルヒ達はミクルの卒業を祝うメッセージをサプライズプレゼントとして、SSS団の備品であるホワイトボードに書いていた。
そして、ハルヒはホワイトボードを思い出の品として永久保存する事を宣言したのだが、キョンがそれにツッコミを入れた。

「ホワイトボードは予定を書き込んだり、会議の議題を話し合うのにつかったりするものだろう」
「嫌よ、絶対に消したくない! それならこれからずっとホワイトボードを使わなければいいのよ!」
「そんなわけにはいかないだろう」

キョンが言い聞かせてもハルヒは腕組みをして首を横に振って拒否した。

「それなら手紙でも書けばいいんじゃないの?」
「手紙はまた別の話よ。こうやってみんなでボードに書くから思い出になるんじゃない」

アスカの提案を聞いてもハルヒは納得しなかった。

「それなら大きな模造紙でも買ってきて、気が済むまで書けばいいじゃないか」
「キョン、たまには良い事を思いつくじゃない!」

皮肉めいて吐き出したキョンの言葉を聞いて、ハルヒは目を輝かせて指を鳴らした。

「新学期になって3年生の教室に行った時、卒業の日のメッセージとか残っていたら消しにくいよね」
「卒業生の中には机とか壁に落書きとかする人も居るんじゃないかしら」

そんなシンジとアスカの意見も取り入れて、生徒会に進言して学校内の全てのクラスで模造紙に寄せ書きをするという企画が実施されたのだ。

「ミクルっ、体育館へ移動だってさ、行こっ!」

3年2組の教室の後ろの壁に貼られた模造紙を見つめて目を潤ませていたミクルは、鶴屋さんの声で我に返った。

「あ、はい」

急いで立ち上がったミクルは、足を引っ掛けて転びそうになってしまった。
そのミクルの体を鶴屋さんがヒョイッと支える。

「あはは、ミクルは相変わらずドジなのさっ」
「ごめんなさい、ずっと迷惑ばかりかけて」
「気にしないよっ、だってミクルは友達だしさっ」
「あの、卒業しても私の事、友達だと思ってくれますか?」
「何言ってるんだい、当たり前じゃないかっ」

鶴屋さんが笑顔でミクルの言葉に答えると、ミクルはポロポロと涙を流し始めた。

「泣いて感激するほど嬉しかったのかいっ、なんかこっちの方が照れ臭くなるにょろ」

鶴屋さんは泣いてしまって前を見る事が出来ないミクルの右手をとって卒業式が行われる体育館の前までエスコートをした。
手を引かれていたミクルは、反対側の左手で涙をゴシゴシとふいていた。
体育館前では、在校生である2年生が卒業生である3年生の胸元に花飾りをつけていた。
偶然なのか、ミクルの胸元に花をつける係になったのはユキだった。

「あっ、長門さん……」
「あなたも希望を捨てないで」
「えっ?」

ユキに言われた言葉の意味が分からず、ミクルは驚いた顔になる。

「記憶の忘却以外の方法も可能性は残されている」
「でも、規定事項を変えてしまうわけには……」
「おそらく、規定事項を変更しようと私達が動く事も規定事項と思われる」
「そんな事、あるんですか?」
「……私の言葉を信じて」
「わかりました」

ミクルの返事を聞いたユキはそっと遠くへと離れて行った。
その後、今まで絶望の悲しみしか感じ取れなかったミクルに、明るさが見て取れるようになった。
規定事項を変えられると言う絶対的な保証は無い。
しかし、ミクルの心の中に小さな希望の光が灯った事は間違いなかった。
卒業式では、それぞれのクラスの代表者が卒業証書を校長から受け取る事になっていた。
出席番号が1番だったミクルは3年2組の代表として選ばれていた。
名前を呼ばれたミクルは、緊張した足取りで体育館のステージへと上がろうとしていた。
しかし、お約束通り階段で足をもつれさせて転んでしまう。
静まり返っていた体育館がしばらく笑い声で満たされた。

「ううっ、私は最後までドジです……」

ミクルは顔を真っ赤にして校長から卒業証書を受け取った。
もしかして戻る時もこけてしまうのかと体育館に居た生徒達や職員の注目が集まり、ミクルの恥ずかしさは高いレベルにまで達していた。
その後ミクルは転ぶ事は無く、つつがなく卒業式は終わりを告げた。

 

<第二新東京市北高 コンピ研部室>

『卒業式が終わったら、コンピ研の部室に来て欲しい』

そんなメールをコンピ研の元部長に受け取ったハルヒは、キョンと共にコンピ研の部室へとやって来た。
今年で卒業するコンピ研の元部長は、新部長や部員達に囲まれてお祝いの言葉を投げかけられていた。
コンピ研の部室に、隣のSSS団部室の団員であるハルヒとキョンが現れ、部室は少し騒がしさを増した。

「うっ、君も来たのか」
「1人で来いとは書いていませんでしたが」

キョンの顔を見てうろたえる元部長にキョンは涼しい顔で言い放った。

「久しぶり、それにしてもあんたにはいろいろ世話になったわね。サイト管理の事とか、映画の編集とか。感謝するわ、ありがとう」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「それで、今日あたしをわざわざ呼んだ理由は?」
「いや、君にあらためてお別れを言いたいと思ってさ」

元部長がそう言うと、ハルヒは笑い声をあげる。

「あはは、そんなの必要無いじゃない、これからゴメスさんのパワーレスリングダンス協会で会うかもしれないし、ブログでコメントくれたりするんでしょう?」
「そ、それはそうだけど……」

ハルヒは笑顔で元部長に手を差し出す。

「卒業おめでとう」
「ありがとう」

元部長とハルヒは握手を交わした。
ハルヒから手を離した元部長は自分の制服のブレザーの第2ボタンに手を掛ける。

「それで、君には僕の……」
「ハルヒ、そろそろ部室に戻らないと朝比奈さんがやって来るぞ」
「そうね、じゃあこれで!」

キョンに言われたハルヒはあわててコンピ研部室から出て行ってしまった。

「やっぱり君は邪魔をするのか」
「そりゃそうですよ、思い出の品だとしても、彼女が他の男の第2ボタンを持っているなんていい気分はしません」

キョンは敬語を使っていたが、元部長に対する敵対心は態度からにじみ出ていた。

「それでは俺も失礼しますよ」
「ああ……」

元部長はうなだれてキョンの背中を見送るしかできなかった。
後日、コンピ研の部員達は落ち込んだ元部長を励ますために合コンを企画したという。

 

<第二新東京市北高 SSS団部室>

卒業式を終えたミクルは、鶴屋さんと2人で部室へと姿を見せた。

「朝比奈先輩、鶴屋先輩、卒業おめでとう!」
「あはは、何だかクリスマスみたいにょろ」

エツコが笑顔でクラッカーを鳴らし、シンジ達男性陣は紙吹雪を散らしていた。
鶴屋さんは明るく笑って応えるのだった。

「ど、どうも、ありがとうございます……」

ミクルは少し緊張して固い表情だった。

「ほらほら、今日のパーティの主役はミクルちゃんなんだから、もっと笑顔で楽しんで!」
「はい……」

ハルヒに勧められても、テーブルに並べられたケーキやお菓子類を食べているのは鶴屋さんばかりで、ミクルはほとんど食べ物を口に運ばなかった。

「あっ、私がお茶をいれますね」
「別に良いって、今日はシンジがお茶を入れるから」

アスカは部室のコンロに向かおうとしたミクルを引き止めた。

「でも、その格好は……」
「あはは、とても面白いにょろ!」

ミクルはシンジの姿を見て口ごもり、鶴屋さんは大爆笑をした。
そして、シンジの持ってきたお茶を一口飲んだミクルは、厳しい表情になる。

「このお茶、おいしくないです」
「えっ?」
「お湯の温度もタイミングも間違っているので風味が大きく損なわれています」

ミクルはそう言うと、困惑しているシンジの横をすり抜けて、ポットのあるコンロへと向かった。
そして、シンジ達が見つめるその前で、お茶をいれ始めた。

「あっ本当だ、同じお茶でも朝比奈さんがいれるとおいしい」
「高いお茶を使っているからだけじゃなかったのね」
「ええ、もちろん安すぎるお茶っ葉だとそれなりの味しかでないんですけど」

ミクルのいれたお茶を飲んだシンジとアスカの感想を聞いて、ミクルは嬉しそうだった。

「あ、朝比奈さん達も居るみたいね、ちょうどよかったわ」
「どうしたんですか、葛城先生?」

キョンが部室に姿を現したミサトに尋ねた。

「レイ達がね、朝比奈さん達に贈る卒業ソングを演奏したいって言うのよ」
「それは嬉しいサプライズじゃない!」

ミサトの言葉を聞いたハルヒが笑顔で指を鳴らした。

「それで、是非この部室で演奏したいって言うから、機材を軽音楽部から運ぶのを手伝ってくれる?」
「喜んでご協力しますよ、ねえみなさん?」
「もちろんよ!」

イツキの問い掛けに、ハルヒは元気良く返事をした。
その後ハルヒ達は総動員でSSS団の部室を整理して、ANOZのライブが楽しめるだけのスペースを作りだした。
ANOZが演奏したのは、卒業ソングで有名な歌だった。
曲を聞いているうちに、抑えていた感情がぶり返したのか、またミクルが涙を流し始めた。
アスカ達は、ちょっと困った顔になって泣きじゃくるミクルを見つめていた。
そして、演奏が終わった頃にはミクルは大号泣、これには曲を歌ったANOZのメンバーも困ってしまった。

「もう一曲練習して来たけど、止めた方が良いかな?」
「朝比奈先輩があんなに泣いてしまっているし……」

ANOZのメンバーであるマイやミズキも演奏を続けて良いものかと相談を始めてしまった。

「レイ、次の曲も卒業ソングなの?」
「ええ」
「止めた方がいいかも、さらに落ち込んじゃうし」

アスカ達はレイとカヲルにはミクルの詳しい事情を話していなかった。
レイとカヲルはもうSSS団のメンバーでは無かったし、余計な心配をかけたくなかったのだ。
アスカとシンジはレイとカヲルを廊下に連れ出して事情を話す事にした。

「……どうして、言ってくれなかったの?」

アスカから話を聞いたレイは静かな怒りを込めた視線をアスカとシンジに向けた。

「だって、これはSSS団の中に居るアタシ達が解決すべき問題だし……」
「私とカヲル君はもう仲間外れなの?」
「そ、そんなわけないじゃない」

言い訳をしても厳しい追及をゆるめないレイに、アスカとシンジは圧されてしまった。

「碇君達が朝比奈さんが未来に帰ってしまう事を話してくれれば、私達も違う曲を演奏していた。別れを連想させる曲で朝比奈さんを深く悲しませる事も無かった」
「ごめん」

怒りの表情をはっきりと出して怒るレイに、シンジとアスカは謝りつづける事しかできなかった。
ミクルの号泣はしばらく続いたようで、アスカとシンジが戻った時も、ハルヒ達がミクルを慰めていた。

「今日でみんなとお別れなんて嫌です、もう会えないなんて悲しいです、未来に帰りたくありません!」
「ちょっと、何を言ってるのよ!」

ミクルの絶叫を聞いたアスカは驚いて声を荒げてしまった。

「大丈夫よミクルちゃん、今日でお別れじゃないわ、明日も部室に来ても良いから、ね?」

ハルヒはミクルの背中を優しくなでながら、小さい子供をあやすように優しくミクルに微笑みかけていた。

「はい、ありがとうございます涼宮さん……」

そう答えてもその後ミクルはしばらく涙を流し続けた。
どうやらハルヒはミクルの支離滅裂な発言を、混乱しているための妄言だと片付けてしまったようで、アスカ達は一安心した。

 

<第二新東京市北高 グラウンド>

3学期も終了した春休み、SSS団は学校でイースターエッグハントと言うイベントを行う事にした。
隠し場所とそのヒントを考えたのはイツキ。
ハルヒは出題者では無く参加者としてこのイベントを楽しむつもりのようだった。

「誰かと相談すると言うのは無しよ。自分で考えて見つけてこそ面白いんだからね!」

ハルヒはチームプレイを防ぐために、5個全てのイースターエッグを見つけるのが遅かったメンバーには罰ゲームをしてもらうと言う宣言をした。

「あのお、今年のイースターは4月に入ってからじゃないですか?」
「神様もミクルちゃんのためなら、ちょっとぐらい大目に見てくれるわよ」

ミクルの質問にハルヒは笑ってそう答えた。
このイベントはミクルの高校生活の最後の思い出作りのためのイベントなのだ。
ハルヒ達には出題者のイツキが作成した、5つのエッグがある場所のヒントの文章と見つけたエッグの色を書く解答スペースがある紙を渡された。
5つのエッグの全ての色を正確に書きこんだ紙を出題者のイツキに見せて、判定をすると言ったものだった。

「第1のヒントは『88個の鍵』……どういうことなの?」

とりあえずミクルは、鍵と言うキーワードを頼りに職員室の鍵の保管場所へと向かったが、いくらその近くを探してもイースターエッグは見つからず、困ってしまった。
他に心当たりが思いつかないミクルは、次のエッグを先に探す事にする。

「第2のヒントは『木を隠すなら森の中』……もしかして、裏山だったり……でも、エッグは校舎の中だって」

木のキーワードを頼りにミクルは中庭の木の周りを調べるが、エッグは見つからなかった。
ミクルは焦りを感じながらも次のヒントを見る。
第3のヒントは、『赤い十字架』と書かれていた。
学校の中で赤い十字架などミクルは見た事が無い。

「もしかして、涼宮さんがどこかから持って来たのかも……!」

SSS団の部室は最初は文芸部の備品である本棚と机しか無かったのだが、今は日用品などハルヒ達が持ち込んだ雑多なものであふれている。

「おや朝比奈さん、もう5つのエッグを見つけて来たのですか?」

部室では出題者であり審判役のイツキが座って待っていた。

「いえ、私はここに『赤い十字架』を探しに来たんです。ここには色々なものがあるから」
「ここにはそのような物はありませんよ」

イツキがそう答えると、ミクルは膝を折って床に座り込む。

「そんなあ」
「少し、休んでいかれてはどうですか? じっくり考えるのも1つの手ですよ」

イツキはミクルの体を抱き起こして椅子に座らせた。
ミクルが椅子に座ってしばらくぼんやりとしていると、ユキが部室へとやって来た。

「おや朝比奈さん、もう5つのエッグを見つけて来たのですか?」
「そう」

ユキはイツキの問い掛けにうなずいた。

「それでは僕に解答を見せて下さい」

イツキはユキに渡された紙を見て答え合わせをして行く。

「正解です、長門さんがダントツで早いですね」
「凄いですね長門さん、私なんてまだ1つも……」

ミクルはそう言って悲しそうな顔でため息をついた。
イツキはミクルに1つでも見つけて欲しいと、さらなるヒントをミクルに教えてあげたかった。
しかし、ハルヒは真剣勝負を望んでいたのでそれはハルヒの考えに反する事になる。

「うーん、やっぱり意味が分かりません」

ミクルが頭を抱えていると、席に座ったユキは本を開いて両手で本の表面を叩き出した。

「長門さん、その手の動きは……」
「私はヒントを出してなどいない、ただ手が勝手に動いているだけ」

イツキはユキの行動を見て、困った顔になりながらも嬉しそうに口元がほころんでいる。

「これなら朝比奈さんもエッグの隠し場所が分かるでしょう」
「長門さん、それってパソコンのキーボードですか?」

ミクルが尋ねると、ユキは激しく首を横に振った。

「うーん、あと一息なんですけどね」

すると今度はユキはオセロを取り出して、イツキとの間に置いた。

「長門さんがオセロをするところなんて、初めて見る気がするんですけど、もしかしてこれもヒントなんですか?」

ミクルに尋ねられても、ユキは首を横には振らなかった。
イツキとユキのオセロ勝負はユキの完勝で終わった。
その間もミクルはヒントの示すものを考えていたようだったが、閃かない様子だった。
ユキは席から立ち上がり部室の本棚に足を運ぶと、ショパンの伝記を取り出して読み始めた。

「88個の鍵……オセロ……ショパン……ああっ!」

ミクルは大声をあげて、SSS団の部室を飛び出して行った。
イツキとユキは部室棟から出て来たミクルの動きを追いかけると、ミクルが音楽室を目指しているのが分かった。
音楽室に入ればピアノを調べるのは確実だ。
イツキは安心した様子でため息を吐き出す。

「どうやら、朝比奈さんもエッグを見つけられそうでよかったですね。あなたのお力添えのおかげです」

ユキはイツキに返事をせず、視線を反らすように本を読むふりをした。

「長門さん」
「何?」
「本が逆さまですよ」
「これはユニークな読み方」

イツキはユキの強がりを聞いて、吹き出すように笑った。
そしてしばらくして、ハルヒとアスカが先を争うように部室へと駆けこんで来る。

「あはっ、どうやらあたしが先のようね」
「何よ、ハルヒが後ろから猛スピードで走って来たんじゃない!」
「涼宮さん、春休みで人気の無い廊下だとは言え、全力疾走は危険ですよ」
「そうよ、部室へ近づいていたのはアタシの方が早いんだから、アタシが先よ!」
「困りましたね、ここはお2人同時にゴールしたと言う事に致しましょう」
「でも……」

イツキがそう言っても、ハルヒとアスカは不満そうだった。

「それにトップは長門さんに決定していますよ」

イツキが椅子に座って本を読んでいるユキを指差すと、ハルヒとアスカは残念そうにため息をついた。

「で、ユキは何で本を逆さまに読んでいるの?」

ハルヒはユキの行動を理解できずにツッコミをいれた。

 

<第二新東京市北高 SSS団部室>

ハルヒとアスカの同率2位が決定した後、ゲームの方針を変更し、ヒントを多く出して全員がエッグを見つけられるように手助けするようにした。
せっかくの楽しむためのイベントなのだから、誰かがエッグを見つけられないまま終了する事は良くないとイツキはハルヒを説得したのだ。

「ピアノや家庭科室、保健室とかにエッグがあるなんて驚きました」

無事5つのエッグを見つける事が出来たミクルは笑顔でそう言った。

「それでは、5つのエッグを見つけた方には賞品として、1つずつイベントに使われたイースターエッグを差しあげます」

ハルヒには黄色、アスカには赤色とメンバーにプラスチックで作られたイースターエッグが手渡されて行く。
そして、最後にイツキはミクルにイースターエッグを手渡す。

「僕から朝比奈さんにあげるイースターエッグはこれです」
「えっ?」

イツキがミクルに手渡したピンクのイースターエッグには大きめの文字で『I need you.』と書かれていた。

「これからも、側に居てくださいますか?」
「大胆な告白ね」

アスカは少し顔を赤くしてそうつぶやいた。
そして、部室に居たSSS団のメンバー達は息を飲んでイツキのミクルに対する告白の行く末を見守っていたが、やがてミクルは涙を流し始める。

「……ごめんなさい、私は古泉君の告白を受け入れられません」
「他に好きな人でもいらっしゃるのですか?」
「違います、でもダメなんです」
「ストップ!」

さらにミクルに詰め寄ろうとしたイツキを、ハルヒが間に割り込んで止めた。
そして、泣いているミクルに落ち着かせるように頭を胸に抱きながら話し掛ける。

「ミクルちゃんはまだ心の準備ができていないのよね」
「朝比奈さん、僕の気持ちを強引に押し付けてしまって申し訳ありませんでした」
「古泉君は悪くありません、私がいけないんです」

イツキが謝るとミクルはさらに自分を責め始めた。

「ミクルちゃんも落ち着きなさいよ。古泉君はきっとこれからもミクルちゃんと一緒に居たいって気持ちで書いたんだと思うし」

ミクルはハルヒの言葉を聞いても首を横に振るばかり。

「まさか、古泉君と何かあったわけ?」

ハルヒが尋ねると、ミクルはさらに激しく首を横に振り続けた。

「ミクルちゃんが落ち着くまで待つしかなさそうね」

ハルヒはしばらくミクルを抱きかかえて、ミクルが泣きやむのを待つことにした。
アスカ達もミクルに掛ける言葉が見つからず、困った顔で下を向いた。
ミクルは涙が枯れるのではないかと思うぐらい泣き続けた後、ようやく泣くのを止めてハルヒから体を離してアスカ達に向かって微笑む。

「ごめんなさい、せっかくのSSS団のイベントなのに私が泣いてばかりで雰囲気を台無しにしちゃって」

ミクルは顔を伏せたまま、震える声で謝った。
そして、真剣な眼差しでイツキとじっと視線を合わせる。

「古泉君もごめんなさい」

ミクルの『ごめんなさい』には泣いた事以外に交際を断ると言う意味がきっちりと込められていた。

「そうですか……僕もこれ以上アプローチを続けるわけにはいきませんね」

イツキはそう言って晴れやかな笑顔をミクルに向けた。

「じゃあ、暗い雰囲気を吹き飛ばすためにもパーティを再開しましょう!」

ハルヒの号令により、固まっていたアスカ達はホッとため息をついてパーティの準備を始めた。
ミクルにはイツキのメッセージ付きエッグの代わりに数個予備に作っていたイースターエッグを渡された。
SSS団の部室は、白いテッポウユリを中心とした白い花々で飾り付けられていた。
そして予定通り、卵を使った料理やお菓子が振る舞われた。

「涼宮さん、惣流さん、おいしい料理やお菓子をありがとうございます。私にもまた素晴らしい思い出が出来ました」
「そう言ってもらえて嬉しいわ」

笑顔でミクルにお礼を言われたハルヒは満足したような表情になった。

「シンジ達は内装に使う花とかそろえてくれたのよ」
「そうなんですか、ありがとう」

アスカに言われて、ミクルはシンジ達にもお礼を述べた。

「イースターエッグハントで勝負が出来なかったから、今度は別のゲームで決着を付けるわよ!」

ハルヒの宣言により、卵を使ったゲームを開始した。
1つ目のゲームはエッグロールと言う卵を割らないようにテーブルの上で転がすゲームだった。
卵は完全な球体では無いので真っ直ぐ転がらず、器用だと思われたアスカやハルヒも苦戦していた。

「うわあ、また卵が床に落ちてしまいます」
「うりゃあああ!」

要領の悪いミクルや力加減をしないエツコは何個も卵を床に落として、床掃除担当のシンジやヨシアキを苦笑させていた。
ハルヒとアスカが戸惑っている間にすいすいとゴールしたのは、計算能力に優れたユキだった。
1位をまたユキに奪われたハルヒは少しくやしそうに次のゲームをする事を宣言した。
2つ目のゲームはエッグレースと言うピンポン玉をスプーンに乗せて運ぶ障害物競争をグラウンドに場所を移して行われた。

「よーし、ユキの3連勝は何としてでも阻止するわよ!」

ハルヒは闘志を燃やしていた。
スタート地点から何度もやり直しだと厳しすぎると言う事で、ピンポン玉をスプーンから落とした地点からやり直しと言うルールにしたので、審判はイツキとヨシアキの2人がする事になった。

「アスカっ、どいて!」
「うわっシンジ、何でこっちに来るのよ!」

よろけたシンジはアスカを後ろから押し倒してしまった。
そして、運が良いのか悪いのか、シンジはめくれ上がったアスカのスカートの中に顔を突っ込んでしまった。
アスカは起き上がって顔を真っ赤にして悲鳴をあげた後、シンジに向かって何度もパンチやキックを放った。

「ごめん、わざとじゃないから! 許してよアスカ!」

後ろの方でもめているアスカとシンジの姿を見ながら、ハルヒはそっとほくそ笑む。

「ふふっ、アスカには勝ったも同然ね!」

しかし、ハルヒも斜め前に居たキョンに思いっきり体当たりを食らわせてしまう。

「うわっ」
「痛ってえ、何しやがる!」

前につんのめって転んだキョンはハルヒの方を振り返ってそう叫んだ。

「あんたがぼーっとしているからじゃない!」
「前を良く見て走らないハルヒが悪いんだろう」

アスカとシンジの2人と同じように、ハルヒとキョンもお互いに言い合いを始めてしまった。
そして、後ろからアスカとシンジが追い付いて来るのを見て、あわててハルヒとキョンは言い争いを止めて走り出したが時すでに遅し。
ユキははるか前方を走っていた。

「どうやら今日は長門さんの3連勝のようですね」

ユキには大きいエッグ型の優勝トロフィーがイツキから手渡され、SSS団の春休みイベントは幕を閉じた。

 

<第二新東京市 長門ユキの部屋>

そしてその日の夜の事、ハルヒを除くSSS団のメンバーはユキの部屋に集まった。
ついにミクルが未来の世界へ帰る日がやって来てしまったのだ。

「どうしても、朝比奈さんがここに残る事は出来ないのですか?」
「ごめんなさい、未来人は限られた時間しか過去の時代に存在することが許可されていないの。例えばこちらで2年過ごしたら、未来には出発の2年後に帰るようにつじつま合わせがされているんです、その他もいろいろと理由があって……」

イツキに尋ねられたミクルは、困った顔でそう答えた。
そしてミクルは大きく深呼吸をしてゆっくりと話し出す。

「古泉君、私がこの時代に居続けさせるために涼宮さんの前で私に告白する様な事までしてくれてありがとう」
「僕が朝比奈さんに交際を申し込んだとなれば、涼宮さんは僕と朝比奈さんの仲がどのようになったのか常に興味を持って気にかける事になり、朝比奈さんがこの時代に存在する理由を作れると思ったのですが」
「ううん、私のために古泉君が犠牲になってしまうような事はしてもらいたくないの」
「いえ僕は朝比奈さんが未来人で無くてもいずれは告白したいと思っていましたよ」
「私は誰からの告白も受けるわけにはいかないんです、だってみんな私の事を忘れてしまうから」

ミクルが悲しそうな顔でイツキ達を見回すと、イツキ達も悲しげな表情でミクルを見つめた。

「でも私は、みんなからたくさんの思い出をもらう事ができて嬉しいです。この思い出は未来に戻ってからも大切にしますね」

そういってミクルはとても嬉しそうな笑顔を作った。
目に涙を浮かべながらも、ミクルの口元はほころんでいる。

「私もこうして笑顔でみなさんとお別れしようと思います、だからみんなも最後に笑顔を見せて!」

ミクルにそう言われて、ミクルの記憶を消される事に怒っていたアスカ、悲しんでいたシンジ、疲れたような表情をしていたキョンも笑顔を作ってミクルを見つめた。
イツキとユキ、エツコとヨシアキの表情はいつもの通り変わらないように見えた。

「ありがとう、本当に楽しかったです」

そして、ミクルの姿はあっけなく煙のように消えてしまった。
ミクルが消えてしまった後もイツキ達はミクルの立っていた場所をしばらく見つめていた。

「しかし……僕の告白が失敗してしまって返って良い結果になったのかもしれません」
「どうしてだ?」
「朝比奈さんは大学生、僕達は高校生。すでに違う世界に住んでいるようなものです。朝比奈さんが忙しいと言って顔を合わせなければ、だんだんと関係は自然消滅して行くでしょう」
「なるほど、朝比奈さんの存在がなくなっても俺達から記憶を消す必要が無くなると言うわけか」

イツキの説明を聞いて、キョンは納得してうなずいた。

「ええ、逆に僕と朝比奈さんが交際する事になったら、恋人と言う強固な関係が出来てしまうので、涼宮さんを含めた僕達の記憶を消すしか方法が無くなるでしょうね」
「それで、長門先輩は命令通り僕達の朝比奈先輩に関する記憶を全て消してしまうんですか?」

ヨシアキが尋ねると、ユキは激しく首を横に振る。

「そのような事はしない」
「どうして?」
「私も朝比奈ミクルの思い出を消してしまいたくないから」

アスカに尋ねられたユキは強い意志を感じさせる瞳と口調でそう答えた。

「ユキ、やるじゃない! そうよ、思い出は大切よ!」

ユキの決断に感激したアスカはユキを思いっきり抱きしめた。
アスカは今でも一度シンジとの思い出を捨て去ってしまおうとした事をとても後悔しているのだ。
そして、ユキはミクルについては大学の授業が始まるまで外国で鶴屋さんと一緒に卒業旅行を楽しんでいるとハルヒにはごまかす事にした。
気になったイツキはユキに電話で尋ねる。

「長門さん、こんなごまかし方で大丈夫なのですか? これでは朝比奈さんが居ない事が涼宮さんにばれてしまった時、大変な事になりますよ?」
「問題無い、私に考えがある」

ユキはイツキの質問にそう返事をした。

「この方法を用いれば、朝比奈ミクルにはまた会える」
「それはどんな方法ですか?」

イツキは興奮した声でユキに尋ねた。

「今、あなたに教えるわけにはいかない。でも、信じて」
「分かりました」

イツキはそう返事をして電話を切った。
そしてこのユキの言葉の意味は、新学期の入学式の日、明らかになるのだった……。


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