第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
二年生
第四十六話 ドイツのお祭りはアツいですコワいです
<ドイツ ミュンヘン国際空港>
船上でクリスマスパーティを楽しんだハルヒ達はその翌日、空港へと降り立った。
辺り一面雪景色に覆われ、チラチラと雪が舞っている。
「うわあ、雪合戦がやり放題だね」
「私は雪ダルマくんを作りたい!」
飛行船から降り立ったエツコとキョンの妹は、元気な声をあげた。
「走るな、転ぶぞ!」
キョンははしゃぐ妹に声を掛けた。
「もう遊ぶ気満々ね」
「昨日のパーティでラクレットをたくさん食べたから体力が有り余っているんですよ」
「ハルヒもユキも大食いだけど、あの子は輪を掛けて凄いわね」
アスカとヨシアキはため息をついてエツコの姿を見つめていた。
ヨーロッパに強烈な寒波が直撃していたため、積雪は例年より多かった。
ハルヒ達の服装は去年来た時と大して変りは無かった。
ミクルはだるまのように着こんでいたし、ユキは夏服のような薄着だった。
しかし、お互いの距離は随分と縮まっていた。
ハルヒとキョン、アスカとシンジ、ミクルとイツキは肩を寄せ合って腕まで絡めるほどだった。
「ハルヒ、そんなに近づくと歩きにくいじゃないか」
「うるさいわね、あんたがこの寒さで凍傷でも負うといけないからこうやって温めているのよ」
「なんだその理論は」
ハルヒはキョンと肩を組んでグイグイとキョンを引っ張って歩いて行った。
シンジと肩を寄せ合う事になって、気分が高まったアスカはシンジの肩に自分の頭を乗せて歩いている。
「アスカ、ちょっと顔が近すぎないかな」
「シンジは、こういうのは好きじゃないの?」
シンジは首を横に振りたかったが、アスカの頭が近すぎるので出来なかった。
仕方が無いので、顔を真っ赤にしながら言葉を絞り出す。
「嫌いじゃないよ……」
共に歩んで行くアスカとシンジの背中のシルエットに誰も声を掛ける事はしなかった。
「あの古泉君、何でそんなに近いんですか?」
「それは朝比奈さんが転ぶといけないからですよ」
「でも、肩を組む必要まで無いじゃないですか」
「しばらくの辛抱ですよ」
ミクルに言われても、イツキは肩を離さなかった。
去年はドイツに来ていたレイとカヲルは、ANOZの年越しライブがあると言う事でSSS団の冬合宿には不参加だった。
ユキは肩にシャミセンを乗せてキョンの妹の手を引いて歩いていたが、キョンの妹が話しかけても簡単な受け答えしかせず、少し寂しそうだった。
<ドイツ ヴィルヘルムスハーフェン港>
ハルヒ達は去年と同じくフリーゲントホテルに泊まってドイツ旅行を満喫する事にした。
今年は以前には楽しめなかったドイツ博物館を見て回り、雪合戦、スケートも満喫した。
ネルフのドイツ支部で働く父親の涼宮博士、ミュンヘンで診療所をやっているアスカの父と継母であるラングレー夫妻に会ったりもして、あっという間にドイツでの一週間は過ぎて行った。
そして、ハルヒ達はドイツ語で大みそかを意味する『ジルベスター』と言うお祭り騒ぎに参加する事になった。
「さあ、去年は遠くから見ているだけだったけど、今年はドイツの人達にあたし達日本人が本場の花火を見せつける番よ!」
ハルヒは日本から大量の花火を飛行船ツェッぺリン号に載せてドイツへと持って来ていた。
そんな無茶を思いつくのも実行するのもハルヒだけだろう。
「あいつは常識的なんだか無謀なのか分からなくなる時がある」
キョンは引火物が大量に飛行船に載せられると知った時はそう言ってため息をついたものだった。
12月31日の昼間から街に鳴り響く花火の音に、ハルヒは興奮していた。
「うわっ!」
突然、足元にねずみ花火を投げつけられたキョンは驚いて声をあげた。
「油断大敵よ!」
花火を投げつけた犯人であるハルヒは驚くキョンの姿を見て大笑いした。
ハルヒの放ったねずみ花火はまるで逃げ惑うキョンを追いかけて行くような動きをする。
その様子が面白く注目を集めたのか、ドイツ人の少年達のグループがハルヒ達の所へ寄って来た。
ドイツ語で話しかけられてもキョンやシンジ達にはよく分からない。
話を聞いたのはハルヒだった。
ドイツ人の少年達と楽しそうに話をするハルヒの側で、アスカは驚いた顔になってハルヒを止めようとするが、ハルヒは勝手に話を進めてしまう。
盛り上がったドイツ人の少年グループのリーダーとハルヒは握手を交わし、アスカは大きなため息をついた。
「いったい、何を話してたんだ?」
「今夜、ヴィルヘルムスハーフェンの港広場で開催される花火祭りに、あたし達SSS団も参加するってあの子達と約束したのよ」
キョンの質問にハルヒは満面の笑顔でそう答えた。
「ええっ!?」
「あの花火の戦場に入るのか?」
「きっと熱いです怖いです」
シンジとキョンは驚きの声をあげ、ミクルはおびえてイツキの背中に隠れてしまった。
そしてその日の夜、ハルヒ達は熱気に包まれた夜のヴィルヘルムスハーフェン港に足を踏み入れた。
周囲で鳴り響く爆竹やロケット花火の音。
去年ハルヒ達は遠くからその騒ぎを眺めているだけだった。
しかし、今年は群衆の中に足を踏み入れていた。
四方八方で繰り広げられる花火にミクルは悲鳴をあげながらイツキに抱きついていた。
アスカもおびえた様子でシンジに体を寄せていた。
キョンは悲鳴をあげながらハルヒに腕を引かれている。
ユキは振りかかる火花や火の粉を0.1ミリの差で避けていた。
ハルヒ達は群衆の隙間を通り抜けて待ち合わせ場所に向かった。
キョンの妹は疲れてしまっていたので、無理をさせるわけにもいかず、ミサトがホテルで預かる事になった。
「お待たせ、ハンス!」
目印の旗を持っていたドイツ人の少年にハルヒは声を掛けた。
ハンスもハルヒに笑顔で答えた。
ハルヒは日本から持ってきた花火を披露して自慢しようとしたその時、海岸で巨大な打ち上げ花火が上がり、個人で花火を楽しんでいたドイツの人々は手を止めて歓声をあげた。
多くのドイツ人が「Japan! Japan! Japan!」と言って興奮していた。
ドイツ語が分からないキョン達も、日本の事を連呼しているのはなんとなく分かった。
「ドイツの皆さんは日本式の打ち上げ花火を見て、驚いているようですよ」
「古泉、そりゃどうしてだ?」
「ドイツの花火は日本に比べ簡素。スターマインと呼ばれる連続発射、星仕掛けなどは日本独自の物」
ユキの解説を聞いたキョン達はなるほどと納得した。
さらに打ち上げ花火の他にナイアガラ花火、メッセージ花火などバリエーションを増して行き、低空飛行したハウニブ(※UFO型戦闘機)から花火を打ち上げるなど複雑さを増して行った。
「これってネルフの技術が使われているわね」
「父さんはHANAMIの次はHANABIをブームにして商売を始める気なのかな」
「リツコやハルヒのパパがヴィルヘルムスハーフェンの花火大会に行くように夕食の時に言ったのはこれを見せるためね」
アスカとシンジはそんな事を小声で言い合った。
広場に集まったドイツの人々は夢中になって打ち上げられる花火を眺めていた。
そして、日本人であるハルヒ達に注目が集まった。
ハンス達も目を輝かせてハルヒ達を見つめている。
「な、なんか凄い期待されちゃってますよ!」
ミクルがおびえてまたイツキの背中に隠れた。
「みんなお待たせ、これから日本で売られている花火を紹介するわよ!」
ハルヒがそう宣言すると、ハンス達ドイツ人の少年グループは歓声をあげた。
最初に点火したのは『軌道警備員フンバルマン』の打ち上げ花火だった。
光輝くロボットのフィギュアが10メートルの高さに打ち上げられ、月の模様が入った丸型パラシュートで降下して来る姿に、拍手が上がった。
「地球枢軸軍VS宇宙連合軍の戦いを再現するわよ、あんた達しっかりタイミングを合わせなさい!」
「俺達は花火師じゃないんだぞ」
ハルヒの号令の下、キョン達は何体もロボットフィギュア花火を打ち上げた。
回収もまた大変なので、キョン達は疲れた顔でため息をついた。
ロケット花火、7色の火花が出てくるレインボードラゴン花火、噴水花火など、花火を点火する度に少年達以外にも周りから拍手が上がった。
静かに燃える線香花火はドイツの少年達よりも、少女や小さい子供達が興味を持っていたようだった。
「ミクルちゃん、線香花火をあげるからあっちの方で女の子や小さい子達と一緒にやってなさい」
「はい、分かりました」
ミクルはホッとした様子でイツキと共に少し離れた場所で線香花火を楽しんだ。
「アタシも線香花火の方がいいんだけど」
「却下。アスカはあたし達のロケット花火の点火を手伝いなさい、人手が足りないのよ」
残ったアスカ達は渋々100連発のロケット花火などを点火してドイツの少年達の相手をした。
そのうち見ているだけでは満足できなかったのか、ハンス達は自分達も花火に点火してみたいと言い出した。
ハルヒは喜んでハンス達に花火セットのパッケージを渡す。
ドイツの少年達は初めて手にする日本の花火に大興奮だった。
花火セットには火傷を防ぐための注意書きが書かれていたのだが、日本語で書いてあるためにドイツの少年達は気が付かなかった。
それゆえに悲劇が起こってしまう。
ねずみ花火を手に持ったまま点火してしまったドイツ人の少年がパニックになって放り投げたところ、その先には小さい子供が立っていた。
「危ない!」
シンジは声をあげて、ねずみ花火が直撃しそうになった子供をかばった。
小さな火花が目に入ってしまったのか、シンジは熱そうに右目を手で押さえた。
「シンジ!?」
そのシンジの姿を見たアスカは目に涙を浮かべてシンジの体を揺さぶるだけだった。
「何やっているのよアホアスカ、すぐに冷やさないと!」
ハルヒはそう言って荷物から保冷剤を取り出してシンジの顔に押し当てた。
「ごめんアタシ、シンジが火傷しちゃったかもしれないと思ったら頭が真っ白になっちゃって」
冷静さを取り戻したアスカは顔を赤くして謝った。
「シンジ、大丈夫?」
「うん、少し熱かっただけ」
シンジの目に異常が無い事を確認すると、アスカはホッと息をもらした。
「でも、本当にシンジの目が何ともないのか、診療所に行って検査してもらいなさいよ」
「涼宮さん、僕は平気だから」
「いいから、アスカと一緒に行きなさいって」
ハルヒの表情はミサトがからかう時に浮かべるようなニヤニヤ笑いだった。
シンジはアスカと2人で、ヴィルヘルムスハーフェンを後にして、一足先にミュンヘンに戻る事にした。
<ドイツ ミュンヘン市 ラングレー診療所>
年越しのカウントダウンが近くなって来た大みそかの夜、アスカの両親ヨーゼフとローザは住居では無く診療所の方に居た。
街中のお祭り騒ぎで、急な怪我人などが運び込まれて来る事もあるのだ。
アスカ達が付いた時にはちょうどヨーゼフの手が空いていたので、シンジはすぐに診察を受ける事が出来た。
目に火傷を全く負っていないとヨーゼフが断言すると、アスカは体中の力を抜いてため息を吐いた。
一息ついたシンジとアスカは、ラングレー家の庭で花火をする事にした。
ハルヒが線香花火の束をアスカの荷物の中に放り込んでいたのだった。
熱狂的だった花火祭りの会場に比べて、ミュンヘンの郊外にあるこの診療所の周りは静かだった。
音の出ない花火だと言う事で、アスカの両親も花火をする事を許してくれたのだった。
幻想的な火花を散らす線香花火を、シンジとアスカは静かに見つめている。
「冬に花火をするなんて、変な感じがするね」
「澄み切った空気の中でする線香花火って、キレイでアタシは好きよ」
「うん、何か花みたいだよね」
「アタシは別に打ち上げ花火は嫌いじゃないけど、こうして静かに花火をする方がもっと好きかもしれないわね」
「花火に照らされたアスカの顔って、とってもキレイだ」
シンジのつぶやきを聞いたアスカは動揺して持っていた線香花火を落としてしまう。
「シ、シンジってたまにアタシをドキッとさせる事をサラッと言うのよね」
アスカは顔を真っ赤にしてシンジにそう言った。
再びシンジとアスカが線香花火をやっていると、上空にヘリコプターが飛び交い、街の方からざわめきが聞こえて来た。
そして、花火祭りを特にやっているわけでもないミュンヘンの街の方でも花火が打ち上げられるのを見て、2人は新年がやって来たのだと分かった。
シンジとアスカは月明かりと打ち上げ花火の明るさで照らされる雪に覆われた庭で、お互いに見つめ合う。
「あけましておめでとう、アスカ」
「あけましておめでとう、シンジ」
「今年もよろしく」
「こっちこそ」
今年の4月でついにシンジとアスカも高校3年生。
来年も同じ事を言いたいと言う気持ちは相手の視線からも感じ合っていた。
2人だけの新年のあいさつを終えたシンジとアスカは、診療所に居るラングレー夫妻にもあいさつをする事にした。
ヨーゼフもローザも笑顔でシンジに向かって話しかけた。
ドイツ語で話しかけられたシンジは意味が分からなかったが、とりあえず笑顔でうなずいた。
すると、ヨーゼフとローザはさらに嬉しそうな笑顔になった。
「ねえアスカ、ヨーゼフさん達は僕になんて言ったの?」
「アタシの事をこれからも頼むとか……お嫁さんにしてやってとか……」
「えっ、僕はそう言われてはいって言っちゃったの?」
ゴニョゴニョとした口調でアスカがそう言うと、シンジは驚きの声をあげて、恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にさせてうつむいた。
そんなムズムズした空気を破ったのは、ハルヒからの電話だった。
「えっ、今から? ……分かったわよ」
「涼宮さん、何だって?」
「これから初日の出を見に行くから、アタシ達も合流しなさいって」
「さすが涼宮さん、寝正月はさせてくれないみたいだね」
「ハンスがね、シンジに火傷をさせそうになった友達の罪滅ぼしのためにドイツの初日の出スポットを案内してくれるって言っていたわ」
「ああ、涼宮さんと花火の祭り会場で話していた人達か」
アスカとシンジはあわただしく診療所を立ち去る事になった。
<ドイツ ブロッケン山>
北海に面したドイツ北部の港、ヴィルヘルムスハーフェンに居たハルヒ達と、ドイツ南部の街ミュンヘンに居たアスカ達はドイツ中部のブロッケン山で合流する事になった。
幸いドイツの冬至は12月で、日の出の時間がそれほど朝早くないと言う事で、ハルヒ達は暗いうちに絶景スポットまで行く事が出来た。
しかし、慣れない外国生活の上に昨日からずっと徹夜の上に山登りをさせられていたので、元気だったのはハルヒとエツコの2人だけだった。
地元住民であるハンスも陽気にシンジに話しかけていた。
疲れていたアスカは途中から通訳をするのが面倒になったらしく、シンジはジェスチャーを混ぜて直接ハンスと話さなければならなかった。
ハンスはブロッケン現象の事をハルヒに向かって話していて、ハルヒはきっとブロッケン現象が見れるものだと信じて疑わなかった。
「この霧だと、ブロッケン現象が見れそうですね」
「よーし、みんな張り切っていくわよ!」
イツキが期待を感じさせる事を言うと、ハルヒはますます元気になった。
「私、もう歩けません……」
「自分達の足で登る必要はありません、ほら」
「わあ、機関車ですね」
イツキの指差す方を見ると、そこには駅があり、機関車が鎮座していたのを見てミクルは感動した様子だった。
「鉄道会社の登山鉄道です。ブロッケン山のあるハルツ山地を縦横無尽に網羅する鉄道ですよ。2時間ほどで山頂に着きます」
「冬山を歩いて登山なんて死ぬようなものだからな」
命拾いをした気持ちになったキョンは安心して息をもらした。
登山鉄道の中でもハルヒはババ抜きをしようと言い出して、キョン達を寝かせるつもりは無いみたいだった。
ドイツ人のハンスも参加することになり、シンジはルールをハンスに説明する事になってしまう。
「こうやって同じ数字のペアを捨てて行くんだよ」
笑顔で答えるハンスの返事はドイツ語だったが、どうやらルールを理解してくれたようでシンジはホッとした。
ババ抜きに負けてしまったのは、意外にもハルヒだった。
キョンがハルヒの手に渡ったジョーカーを引こうとすると、嬉しそうな表情に変わるからだった。
最初にジョーカーをもっていたエツコはずっと同じような笑顔で、逆に何を考えているのか読みとれなかった。
「負けたら罰ゲームと言っていたのはハルヒよね」
アスカが勝ち誇ったような顔でハルヒの方を見つめた。
「次はジジ抜きで勝負よ!」
ハルヒは大声を張り上げてそう宣言した。
シンジはまたハンスにジジ抜きのルールを説明する事になった。
今度はジョーカーを使わないので、ハルヒにとって不利では無くなるはずだと思われた。
しかし、勘の鋭いハルヒは自分の手元にジジの札がある事に気が付いてしまった。
キョンは精一杯の思いやりで自然な演技をしてハルヒからジジの札を引いた。
「今度は俺の負けのようだな」
アスカ達もキョンがハルヒからわざとジジの札を引いた事は分かったが、キョンの男気に免じてツッコミを入れなかった。
2つのトランプゲームを終えると、ハンスは笑顔でドイツ語でシンジに話しかけた。
そのハンスの言葉を聞いたハルヒは、ハンスに向かって少し怒りを含んだ口調で言い返した。
「どうしたんだハルヒ?」
「ハンスったら、花火では日本に負けるけど、トランプのゲームはドイツの方が先進国だって言うのよ!」
尋ねたキョンに対して、ハルヒは腕を組んで鼻息を荒くして答えた。
「そりゃ何でだ」
「さっきやったババ抜きやジジ抜きは単純だって」
ハルヒはハンスに向かって人差し指を突き付けてまたドイツ語で言い放った。
すると今度はドイツのトランプカードゲーム、スカートで勝負する事になった。
スカートは得点制の3人対戦専用のゲームで、ルールを知っているのはアスカとハルヒしか居なかったので、ハルヒとアスカとハンスが対戦する事になった。
シンジは3人の得点を記録する係。
キョン達は全くルールが分からず、ハルヒ達3人の会話は全てドイツ語だったために退屈で寝てしまっていた。
アスカとハルヒは普段から争っている関係、そしてハンスはドイツ国民の意地を見せると闘志を燃やしていた。
「どう、これがあたしの実力よ!」
圧倒的点差で勝ったハルヒは得意げにアスカとハンスに笑い掛けた。
アスカとハンスは悔しがっていた。
そんな時、機関車がゆっくりと停車した。
どうやら目的の山頂の駅へと到着したようだ。
「ほらキョン、何を寝ているのよ! みんなも、起きなさい!」
ハルヒはそう言ってキョン達を叩き起こした。
キョン達はあくびをしながらハルヒを先頭に機関車を降りて行った。
すると、すでに東の空が明るくなっていて、山脈の間から見える初日の出が近い事を予感させた。
そして、周囲は霧に包まれていた。
「うわあ、凄い霧ですね」
「朝比奈さん、足元にお気を付け下さい」
イツキはミクルが転ばないように腕をとってエスコートした。
ドイツ人は初日の出や初詣と言った習慣が無く、大みそかの夜に大騒ぎした元旦は昼まで寝ているのが一般的だった。
ブロッケン山の山頂にはハルヒ達以外、外国人の観光客が数人しかいなかった。
「日本にしか初日の出を見る習慣は無いのかしら?」
「韓国や中国などアジア系民族に初詣の習慣はある。しかし、韓国などは海岸で初日の出を見るのが一般的」
「ふーん、じゃあアタシ達もヴィルヘルムスハーフェンで見れば良かったじゃない。こんな雪山でなんて面倒な所じゃ無くて」
ユキの解説を聞いたアスカがそう言うと、ハンスは首を振って否定した。
「ハンスはこの山の初日の出の方がもっとキレイだって、自信満々みたいよ」
「へえ、そうなんだ」
ハルヒがハンスの言葉を訳すと、シンジは感心したようだった。
「あたし達が初日の出を見たいって話したら、ハンスが友達に電話をしてこのブロッケン山の事を探り当てたらしいわ。火傷をさせそうになってしまったシンジの償いに喜ばせてあげたいって」
「そうだったの? ありがとう、ハンス!」
シンジは笑顔でハンスと握手を交わした。
いよいよ初日の出の瞬間が間近に迫って来ると、ハルヒ達は厳粛な気持ちになって横一列に並んで連なる山々の向こうから昇る太陽を見つめた。
視界は霧によってぼやけていたが、それがまた幻想的な雰囲気を出していた。
「とても感動的な初日の出ね」
「うん、アスカ……やみんなと一緒に見る事ができて最高の思い出になったよ」
アスカがシンジの言葉をドイツ語に訳して伝えると、ハンスは首を横に振って、太陽とは反対の方向を指差した。
「もっと凄い物がこっちの空で見れるって言ってるけど」
「何だろう」
シンジ達が後ろを振り向くと、霧に包まれた空には自分の影と、それを取り囲む虹の輪ような光が映し出されていた。
「うわあ、すっごく不思議でキレイです」
ミクルがみんなの気持ちを代表するかのように大きな感激の声をあげた。
「これがブロッケン現象ですね」
「ねえねえ、何でこんな不思議な事が起こるの?」
「……粒子の大きさが光の波長に近い場合、ミー散乱が起こり色の角度依存性が……」
「長門先輩の説明を聞くと頭がグルグルするよ」
エツコはそう言って頭を押さえこんでしまった。
ハンスは勝ち誇ったようにハルヒに話しかけると、またハルヒはドイツ語でハンスに言い返した。
「アスカ、涼宮さんは何てハンスに言っているの?」
「日本もドイツに負けないぐらいキレイなブロッケン現象が見れる場所があるから、本家だからって大きな顔をするなって」
「やれやれ、ハルヒはすっかり日本とドイツの対決に夢中になっているな」
キョンは疲れた顔でため息を吐き出した。
<ドイツ フリーゲントホテル>
そして次の日も、ハルヒはハンスを呼び出して一緒に遊ぶ事になってしまった。
「今日は日本の伝統行事、書き初めをするからね!」
ハルヒは今年の抱負を四文字熟語にして表せと言う課題をSSS団のメンバーに突き付けた。
団長であるハルヒは『魑魅魍魎』。
「ハルヒ、そりゃいったいどういう意味だ、しかも読めないし!」
「今年はいろいろな不思議生物と出会ってみたいって事よ」
「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者の次は化け物に会いたいって事かよ」
「そういうキョンは一体何を書いたのよ」
ハルヒがキョンの半紙を見るとそこには『平穏無事』と書かれていた。
「ちょっとキョン、それでもあたしの彼氏なの? 『波乱万丈』ぐらい書いたらどうなのよ」
「いや、ハルヒの側に居るだけで充分波乱の人生を送っているんだけどな」
「それって、あたしと居ると人生が楽しくてたまらないって事?」
「ああ、そうだな」
キョンはハルヒの勘違いを正す事もせず、諦めた顔でため息をついた。
日本での生活がすっかりなじんだアスカも、初めての毛筆に苦戦していた。
そんなアスカの手をとって教えているのはSSS団に入る前は書道部に所属していたミクルだった。
シンジは同じようにドイツ人のハンスに習字を教えていたのだった。
「アスカ、シンジに手取り足取り教えてもらえなくて残念そうね」
「そ、そんな事別に無いわよ!」
ニヤケ顔のハルヒに言われたアスカは顔を赤くして否定した。
アスカの顔が赤くなっていたのは他にも理由があった。
背中に当たるミクルの胸の感触が柔らかくて気持ちが良いのだ。
「アタシったら、シンジに胸を押し付けてからかったりしていたけどこんな感じなのね」
「あの、惣流さんはどんな四字熟語を書きたいですか?」
「そうね、『才色兼備』かしら」
アスカはミクルの質問に対してそう答えた。
「『良妻賢母』じゃないの?」
「バカっ、今年の抱負にそんな事を書けるわけ無いじゃないの!」
ハルヒにアスカはそう言い返した。
ミクルは『学業成就』と上手な字で書いていた。
「そう言えば朝比奈さんは受験生でしたね」
微笑むイツキは『世界平和』と書いていた。
ユキの半紙には手本通りの文字で『温故知新』と書かれている。
「長門先輩はどうしてこの熟語を?」
「今年も本をたくさん読みたいから。伊吹さんが持ってきてくれる」
ヨシアキに尋ねられたユキはそう答えた。
そのユキの言葉を聞いたアスカは青い顔をしてつぶやく。
「マヤには恋愛小説以外の本を持って来させないようにしないと。特に同人誌なんか絶対ユキに読ませちゃいけないわ」
「エツコちゃんは何て書いたの?」
「じゃーん!」
墨で服を汚したエツコが堂々とハルヒに見せた半紙には『暴飲暴食』と書かれていた。
「あはは、面白いわね」
それを見たハルヒは大爆笑をし、ヨシアキは疲れた顔でため息を吐きだした。
「でもそれを書くなら『飽衣美食』の方がいいわね」
「分かった涼宮先輩、私それにする!」
ハルヒに言われたエツコは新しい半紙に字を書きなおした。
「僕は自然体で生きたいと言う事で『明鏡止水』と言う言葉を選びました」
「ふうん、なかなか良い言葉じゃない」
ヨシアキの半紙を見て、ハルヒは感心した様子でうなずいた。
「ハンスは『疾風怒濤』って言葉が気に入ったみたいだよ。抱負とは言いにくいけどね」
「シンジ、あんたの抱負はどうなのよ?」
「えっと……さっきからずっと迷っていて……」
「何をグズグズしているのよ」
そう言うと、ハルヒは真っ白なシンジの半紙に『優柔不断』と書きなぐった。
「ああっ、何するんだよ!」
そう言ってがっかりするシンジの姿を見て、キョン達も大笑いしてしまった。
「早く考えないと、この文字があんたの抱負になっちゃうわよ」
「そ、そんな……」
「じゃあ、『飛鳥一筋』なんてどう?」
「アタシは『明日香』なんだけど」
「じゃあ『惣流一筋』で!」
「それは勘弁してよ、涼宮さん」
決断の遅いシンジはハルヒにからかわれ続ける事になってしまった。
結局シンジは迷った後に『七転八起』と言う言葉を選んだ。
キョンの妹はシャミセンの肉球に墨をつけてスタンプのようにして遊んでいた。
<ドイツ ミュンヘン市街>
「さあ、新年最初の勝負はたこあげ勝負よ! 日本のたことドイツのたこ、どっちが高く上がるか!」
書き初めを終えたハルヒ達は、今度は広場でたこあげをする事になった。
キョンの妹はミサトと広場の隅で雪ダルマ作りをしていて、側でシャミセンが座ってその様子を眺めている。
ハンスは1人だったので、シンジとアスカ、ヨシアキとエツコがチームを組んで協力する事になった。
対する日本チームはハルヒとキョン、ユキとミクル、イツキが組んでいた。
シンジ達はハンスと息を合わせてたこを高く上げようとする。
言葉は通じなかったが、だんだんと相手の気持ちが分かって来て、タイミングを合わせられるようになって行った。
「思ったより高く上がらないわね、日本の魂をドイツの空に見せつけなさい!」
「ハルヒ、たこに向かってそんな事を言っても無理だろう」
キョンにツッコミを入れられたハルヒはしばらく空に浮かぶたこを見て考え込んでいたが、雪山の方を見て何かを思いついたのかパチンと指を鳴らす。
「そうだ、スキーならもっとスピードを出してたこを引っ張れるかもしれないわね」
「そ、そんな危ないですよ」
「そうだ、周囲のお客さんの迷惑になるだろう、止めろ」
ミクルとキョンが止めても無理を通してしまうのがハルヒだった。
ハルヒはドイツの山中にある鶴屋家のプライベートゲレンデを使う許可を日本に居る鶴屋さんからもらってしまったのだ。
「さあ、ここなら心おきなく滑れるわね!」
ハルヒは意気揚々とリフトに乗り込んだ。
もちろんハルヒは中途半端な事を許すはずも無く、一番高い所から滑り降りると宣言した。
ハンスも勝負を受けて立つことになり、シンジ達も巻き込まれる形で山頂からの滑走に参加する事になってしまった。
「僕は速く滑る事には慣れていないんだけどな……」
そうつぶやいたシンジの不安は的中した。
山肌をスキーで滑っている途中で、シンジはゲレンデを外れて深雪の積もった場所にはまってしまったのだ。
ハンスが大声をあげてシンジを助けに行く。
そして、助けられたシンジはまたラングレー診療所で診察を受ける事になってしまった。
ラングレー診療所に行ったのはシンジと付き添いのアスカの2人だけだった。
スキーで転んでしまったシンジだが、幸いにも傷やねんざなども負っていなかったようだった。
「アスカは僕の事になるとちょっと心配し過ぎだよ」
「だって……」
アスカは顔を赤くしてうつむいた。
シンジはそんなアスカの姿を嬉しそうに見つめていた。
「あ、そうだ。ハンスからクリスマスカードを預かっているのよ、シンジに渡してほしいって」
「えっ、クリスマスってもう1週間前ぐらいに終わったじゃないか」
「アメリカやヨーロッパの国のクリスマスカードはね、クリスマスを祝う言葉と新年を祝う言葉が書かれているの」
「ふうん、じゃあハンスはその配ったカードの残りをくれたんだね」
シンジがハンスのクリスマスカードをアスカから受け取ると、ハンス直筆のメッセージが書かれているのが分かった。
「今年もよろしくって。それとメールアドレスも書かれているわね」
「えっ?」
「ハンスはすっかりシンジの事を友達だと思ってるみたいね」
「そうなんだ……嬉しいな」
シンジはそう言うと、幸福感いっぱいに息をもらした。
そして、アスカの目を見つめる。
「外国での生活って、心細いかと思ったけど、日本の行事もやろうと思えばできるし、こうして人とのつながりが出来るんだね」
「住めば都って言葉もあるわね」
アスカの言葉にシンジは力強くうなずく。
「だから、ドイツで暮らすって進路を考える時、僕に遠慮しないで欲しいんだ。僕もアスカと一緒に居るために努力をするからさ」
シンジの言葉を聞いたアスカは感激してシンジに抱きつく。
「ありがとうシンジ、アタシも考えてみるわ」
ドイツで暮らす事になれば、アスカの両親も喜んでくれるだろう。
もちろん、日本で生活を続けると言う道も残されている。
しかし、数ヵ月でアスカもシンジも3年生。
志望大学などを決めなければいけない。
後悔する道は選びたくない。
アスカとシンジはその思いを胸にお互いの体を離すまいと体を抱きしめる腕に力を込めた。
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