第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
二年生
第四十五話 船上のメリークリスマス 〜プレゼントはどこへ行った?〜
<第三新東京市上空 飛行船ツェッペリン号 前方船室>
「うわあ! 街があんなに小さく見えるよ、キョンくん!」
「それはよかったな」
笑顔で窓ガラスに貼りついて下界を眺める妹に向かって、キョンは面倒そうに言い返した。
「本当! 第二新東京市も見えるかな?」
「エツコ、はしゃぎすぎだよ」
その隣で、エツコも同じようなはじけぶりでヨシアキはため息をついていた。
アスカの誕生日を終えたハルヒは、すぐに冬合宿の計画を建て始めた。
同じことの繰り返しを嫌うハルヒだ、次こそはスイスのアルプス山脈辺りで雪中行軍になりかねない。
そんな覚悟をしていたキョン達だったが、またもやイツキの助け船に救われた。
イツキの父親が個人的に所有する小型飛行船が、メンテナンスを完了して試験飛行に日本へとやって来ると言うのだ。
しかも、クリスマスプレゼントとして、ハルヒ達を飛行船でドイツまで送り届けてくれるらしい。
例によってイツキの父親は忙しく同乗出来ないが、世話役として新川と森の2人が同行していた。
「涼宮さん達は操舵室に首ったけですね」
「そ、そうみたいですね、早く出て来て欲しいです」
イツキの言葉に引きつった笑いで答えたミクルは船体が揺れる度に小さく悲鳴を上げた。
ゴンドラの形をした船体から乗員が振り落とされる事は無いが、怖さを感じるらしい。
「朝比奈さん、高い所は苦手ですか?」
「そうじゃないんですけど、船とかエレベーターとか、ブランコとか、お腹がキューっとなる感覚が好きじゃ無くて」
「私達の時代には全ての乗り物には重力安定装置が付いていて、揺れる事は無い」
「なるほど」
読んでいた本から顔をあげたユキの言葉に、イツキは感心した様子でうなずいた。
「長門先輩、そんな縁起でも無い本を読むのは止めにしませんか?」
「拒否する」
ヨシアキが冷汗をかきながら指差した本の題名は『ヒンデンブルク号爆発事故』だった。
<飛行船ツェッペリン号 ブリッジ>
飛行船は浮遊状態での姿勢制御が難しい乗り物である。
傾いてしまっただけでも、テーブルの上に置かれた料理がひっくり返ってめちゃくちゃになってしまう事もある。
水に浮いている船とは違い、静止状態を維持するために努力が必要なので、一瞬も気が抜けない物だった。
その緊張感あふれるブリッジをハルヒは目を輝かせて見ていたのだが、変化の無い飛行に退屈したのか不満そうに息をもらす。
「何か、じっとしているなんてちっとも面白くないわねえ」
「じゃあ、ハルヒちゃんが操縦してみる?」
操縦の仕方を教わったハルヒは、ミサトと席を替わった。
ハルヒが操縦を始めると、船体は小刻みにガタガタと揺れ出した。
「ほらほら、ディスプレイに出てくるように舵を動かして船体を安定させないとダメよ」
「分かっているわよ、でもコロコロと変わるんだもの!」
ディスプレイには気圧などの状態を分析した結果の最適な舵がナビゲートされていた。
しかし、それは目まぐるしく変化して行き、ハルヒにはとても対応できない。
「ふふん、ナビを目で追っておくようじゃダメなのよ」
ミサトが再び操縦し始めると、フラフラと揺れていた飛行船は安定した。
「びっくりしたわ、横で見ているよりずっと大変なのね」
「経験が物を言うのよ」
得意げにミサトはハルヒにウインクして見せた。
しばらくまたミサトの操縦する姿を見た後、ブリッジに興味が無くなったハルヒは、クリスマスパーティが行われる予定のミニレストランに足を運んだ。
世話役の新川さんと森さんが奥のキッチンと行き来をしてディナーの準備をしている。
「これは涼宮様」
メイド服がすっかり板に付いている森がハルヒの姿を見て頭を下げた。
「新川さんはキッチン?」
「はい、皆様の分の料理を作っております」
「2人だけでたくさんの人数の準備なんて大変でしょう? あたしも少しは手伝おうか?」
ハルヒの申し出を森さんは首を軽く振って柔らかに断る。
「お客様をおもてなしするのが我々の仕事ですから」
「あたしが操縦して船を揺らしちゃったの、ごめんね」
「いえいえ、お気になさらずに」
きびきびと仕事をする森さんを眺めていたハルヒはその背中に声を掛ける。
「クリスマスも仕事なんて、寂しくない?」
「……それはどのような意味でしょうか」
森さんは振り返りもせずにハルヒにそう答えた。
室内の空気が数度下がったようにハルヒには感じられる。
「いや、森さんみたいに可愛らしい人なら彼氏でもいるんじゃないのかなって……」
「仕事優先ですから」
「そ、そう、じゃあお仕事頑張ってね!」
居心地の悪さを感じたハルヒはそう言って森さんの側を離れた。
次にハルヒが向かったのは飛行船の機関室だった。
ケンスケほど機械マニアというわけではないが、飛行船のエンジンの駆動音やプロペラ音が静かで独特の美しい音を奏でている事に興味を持ったのだった。
「あらハルヒちゃん、こんなむさ苦しい所に何の用かしら?」
「船内探検のついでにね。あたしは細かい所まで見て回らないと気が済まないタイプだから」
エンジンの間から顔を出してハルヒに声を掛けたのはリツコだった。
「この飛行船って昔の物をそのまま使っているの?」
ハルヒが質問をぶつけると、リツコは微笑みを浮かべて首を振る。
「見た目が古いのは外観だけ、エンジンもプロペラも内部制御コンピュータも最新技術が使われているのよ」
「へえ、だからこんなに船体が安定していて音も静かなのね」
「そう、目的地を入力すれば自動的に連れて行ってくれるのよ」
リツコがハルヒに向かって誇らしげに語ると、ハルヒは感心したようにため息を吐き出す。
「それなら、快適な船旅になりそうね」
「大船に乗ったつもりでいなさい」
ハルヒは満足したようにうなずいて、リツコの居る機関室を出て行った。
<飛行船ツェッペリン号 後部船室>
アスカとシンジの2人は、
最後尾の窓から後方に流れ行く第三新東京市の街並みを眺めていた。
2人が何度も使徒との死闘を繰り広げた要塞都市。
一度は零号機の自爆で中心の市街地が破壊されてしまったが、急速に復旧をとげた。
初めて空から見下ろす第三新東京市を言葉も無く2人は見つめていた。
「あの街ではいろんな事があったわよね」
「そうだね」
「得体のしれない使徒を相手に戦いの日々」
「何度も辛い目や痛い目にあったよね」
「シンジが居なかったら、アタシは3回ぐらいは死んでたわ」
「それは僕も同じだよ」
アスカが冗談めかして言うと、シンジも軽く笑って答えた。
「ねえシンジ、もしアタシが死んじゃったりしたら、シンジはどのくらいの間アタシの事を好きで居てくれる?」
「この前の万博での朝倉さんの事?」
「ううん、それだけじゃないけど……でも最近は2回とも朝倉が絡んでいるのよね」
アスカは苦笑しながらため息をついた。
「アスカが僕の側から居なくなってしまうなんて、想像したくも無いよ」
「ごめんね、変な事を聞いちゃって」
辛そうな顔でシンジがそう言うと、アスカも謝りながら下を向いた。
「でも僕はアスカの事を長い間好きでいると思うよ。もしかして、何年経ってもアスカへの思いが消えないかもしれない」
シンジが優しくそう言うと、アスカは驚いて顔をあげた。
「だって僕は時間を掛けてたくさんの思い出をアスカと紡いで来たんだからね」
「シンジ……!」
アスカは嬉しそうな笑顔になって、シンジに抱きついた。
そしてアスカがシンジにキスをしようとしたその時、ハルヒの悲鳴が船内に響き渡った!
<飛行船ツェッペリン号 中央部客室>
ハルヒの悲鳴を聞きつけたアスカとシンジ、そしてキョン達はハルヒに割り当てられた部屋へと駆けつけた。
「どうしたハルヒ!」
「あ、あたしの用意したプレゼントが無くなっているのよ!」
「何だと?」
「皆さんも、荷物の確認を!」
イツキがそう言うと、アスカ達も自分達の荷物を調べ始めた。
しかし、無くなった物は何も無いようだった。
「無くなったのは涼宮さんのクリスマスプレゼントだけですか?」
「もしかして、用意するのが間に合わなかったから、そんな小芝居をしてるんじゃない?」
アスカがからかうと、ハルヒは顔を真っ赤にして怒り出す。
「そんな事あるわけないじゃない、あれはとっても大切なものなのよ!」
目の端に涙を浮かべて訴えかけるハルヒを見て、アスカ達はただ事ではないと分かった。
「プレゼントはどんな物なんだ?」
「お袋が作ってくれた化粧箱に入っているんだけど……」
「その箱の特徴は?」
イツキに言われて、ハルヒはプレゼントを入れた化粧箱の外見の特徴を話した。
「なるほど、その程度の大きさの箱ならこの船のいろいろな場所に隠せますね」
「ハルヒの手荷物から取り出したのなら、やっぱり誰かが隠したのかしら」
「すみずみまで探していたら、結構時間がかかるね」
「探すのに時間がかかっちゃうと、クリスマスパーティまで間に合いませんね」
「新川さん達に事情を話してパーティの開始時間を延期してもらうしかないでしょうね」
「えー、お腹空いちゃうよ」
「大丈夫よミクルちゃん、エツコちゃん! 事件はすぐに解決するから」
先ほどまで落ち込んでいたハルヒは自信満々に言い放った。
「その自信はどこから来るんだ?」
「ここに名探偵が居るからよ!」
「まさか、お前か?」
ハルヒは笑顔でキョンの言葉にうなずく。
「この船に乗っているのは、あたし達の他はミサト、リツコ、新川さん、森さんの4人でしょう? 容疑者はかなり絞り込めるわよ」
「まさか、ミサト達が犯人だって言うの?」
「それじゃ、あたし達の中に犯人が居るって言うの?」
ハルヒは集まったSSS団のメンバーとキョンの妹とシャミセンを見回す。
「この中にあたしのプレゼントを隠した犯人が居るならすぐに名乗り出なさい、今なら罰ゲームは許してあげるから!」
そうハルヒが宣言しても、室内は静まり返ったままだった。
「どうやら犯人が即座に判明と言うわけにはいかないようですね」
「とりあえず、ここに居るメンバーのアリバイだけ確認してしまいましょうよ」
「涼宮さんがプレゼントを最後に確認したのはいつの事ですか?」
「あたしがミサトの居るブリッジに行く前には、プレゼントの箱は確かにあたしの荷物の中にあったわ」
「なるほど、その時間僕らは船体の前方のブリッジの真下のデッキ部分で外を眺めていましたね」
「一緒に居たのは、僕とエツコ、キョン先輩、キョン先輩の妹さん、長門先輩、古泉先輩、朝比奈先輩とシャミセンでした」
「アタシとシンジは、ハルヒの悲鳴が聞こえるまでずっと2人で船の後ろの方に居たわ」
とりあえずSSS団全員のアリバイを確認したハルヒ達は、他の場所に居るミサト達に聞き込みをする事にした。
「これから話を聞く相手は、参考人じゃ無くて容疑者レベルの相手よ。特にキョン、あんたは気を抜かずにシッカリと話を聞くのよ!」
「何で俺だけ……」
キョンのぼやきはハルヒには届かず、ハルヒを先頭にSSS団はまずミサトの居るブリッジへと向かう事になった。
その途中でキョンはユキにそっと話しかける。
「おい、なんとかしないのか? 長門ならすぐに見つけられるだろう」
「ダメ、あなたが見つけないと」
キョンの頼みをユキはあっさりと断った。
「それに、長門さんが透視能力で見つけても理由をそのまま涼宮さんに話す事はできないでしょう」
「そこはなんとかお前のお得意な屁理屈をでっちあげてだな」
「残念ですが、いい加減な理論では涼宮さんは納得しないでしょう。涼宮さんは、あなたが事件を推理して解決する事を心から期待しているのです」
「おいおい、俺は名探偵でも何でもないぞ」
「すべて自分自身の力で事件を解決する必要はありません。ホームズとワトソンのように、他の方からヒントをもらっても構わないと思いますよ」
イツキに言われて、キョンは観念したようにため息を吐き出す。
「……分かった、出来るだけ努力はしてみるさ」
<飛行船ツェッペリン号 ブリッジ>
ハルヒ達がブリッジに到着した時、室内にはミサトと機関室から帰って来ていたリツコが居た。
「みんなそろって、何かあったの?」
「さっきあたしの荷物を確かめたらね、あたしのクリスマスプレゼントを入れた箱が無くなっていたのよ!」
リツコが尋ねると、ハルヒはそう答えた。
「さっきハルヒちゃんの大声が聞こえた気がしたけど、そう言う事だったの」
操縦席に座ったミサトは前を見据えながらそのままの姿勢でハルヒに話しかけた。
「それで、私とミサトのアリバイを聞きに来たのね」
「私はずっとここで運転をしていたわ」
ミサトがそう答えると、ハルヒは首を横に振る。
「残念ながらそのアリバイは不完全よ、だってこの飛行船は自動操縦に切り替えられるはずよね、リツコ?」
「そうだと言いたいところだけど、離陸してからずっと手動操縦のままなのよ。テスト飛行も兼ねているからね」
「ミサトの言う通りよ。レコーダーを見ればそれが証明されると思うわ」
「それじゃミサトのアリバイは成立か……それならリツコは?」
「私は少し前まで機関室に1人で居たから、アリバイは無いも同然ね」
「リツコはいつ、ブリッジへと移動したの?」
「そうね、ハルヒちゃんが出て行って少し経ってからのことかしら。エンジンやプロペラの音が近くで聞こえるから、私はハルヒちゃんの悲鳴に気が付く事は出来なかったの」
「あたしは機関室を出てすぐに自分の荷物の所に直行したわけだから……」
「リツコがずっと機関室に居たなら、ハルヒに気付かれずに犯行を行うなんて無理じゃない」
「そう、犯行の機会はあたしがブリッジに居る間ぐらいに限られてしまうのよね」
アスカの言葉を聞いて、ハルヒは考え込む仕草をした。
「とりあえずリツコのアリバイには不完全な部分があるから、機関室を調べさせてもらって構わないかしら」
「ええ、良いわよ。でも触ってはいけない場所もあるから私も捜索に立ち会いさせてね」
その後ハルヒ達は機関室で箱を隠せそうな場所を探したが、見つからなかった。
「うーん、とりあえずリツコはシロって事かしら」
「では、次の容疑者に話を聞きに行きましょうか」
イツキの一声でハルヒ達は森さんと新川さんに話を聞きにミニレストランとキッチンへと行く事になった。
<飛行船ツェッペリン号 ミニレストラン>
ハルヒ達が森さんと新川さん達が居るミニレストランに到着すると、そこではクリスマスパーティに向けた料理の盛り付けが行われていた。
新川さんと森さんが忙しそうに料理をキッチンからテーブルへと運んでいる。
「ねえ涼宮さん、2人とも忙しそうだから話を聞くのは無理じゃないかな?」
「いいえ、追及の手を緩めるわけにはいかないわ」
シンジの提案をハルヒはキッパリと拒否し、シンジ達が森さんの代わりに新川さんの仕事を手伝いながらキッチンを捜索すると言う事で、ハルヒとキョンは森さんに話を聞く事にした。
「それじゃあ、新川さんはずっとキッチンから離れていないのね?」
「はい、新川さんはずっと料理の方に集中しておられました。勝手口からレストランを出る事は出来るのですが、姿が見えなくなる事はありませんでした」
「ハルヒ、全員の証言が正しいとするとアリバイの無い人間は赤木さんだけになるぞ」
「でも機関室からは箱は出て来なかったし……」
キョンの指摘を受けてハルヒが考え込んでいる横を、大きな箱をもったアスカとシンジが通り過ぎた。
「ねえ、それって何の箱?」
「クリスマスのケーキを入れた箱です」
アスカ達に代わって森さんがハルヒの質問に答えた。
「へえ、かなり大きいのね」
ふたを少し開けて中をのぞいたハルヒは箱に入ったクリスマスケーキを見て感心してため息をついた。
「涼宮さん、キッチンやレストランを探してみましたが、プレゼントの箱はありませんでしたよ」
「そんな、じゃあどこに行っちゃったのよ!?」
「もしかして、誰かに投げ捨てられてしまったとかないだろうな」
キョンがそう言うと、ハルヒの目に涙が浮かんだ。
そのハルヒの姿を見たキョンは、あやすように横からハルヒを抱きしめて優しく話しかける。
「悪かった、きっと今まで探していないところにあるんだ。船内をくまなく探そうぜ」
「そうよ、手分けして探しましょうよ!」
アスカ達はあわててハルヒをミニレストランから連れ出し、船内の捜索を始めた。
今まで捜索して居なかった船体の前方と後方の船室を探してもハルヒのプレゼントの箱は見つからなかった。
絶望しかけていたハルヒ達は、ミニレストランのある中央船室近くの廊下で森さんに声を掛けられる。
「皆さん、クリスマスパーティの用意が出来ました。ミニレストランへお集まりください」
「もうそんな時間ですか」
「涼宮さんのプレゼントをもう少し探し続けてあげたいけど……」
シンジが辛そうな顔でうつむいているハルヒを見つめた。
しかし、ハルヒは視界の隅で何かを見つけたのか興奮して声をあげる。
「あったわ、あたしのプレゼントの箱が!」
ハルヒは自分の荷物の側に置かれていた、プレゼントの箱を手に取って大切そうに胸に抱きしめた。
「そんなに大切なプレゼントが入っていたの?」
「べ、別にたいしたものじゃないわよ」
アスカに聞かれたハルヒは顔を赤くして言い返した。
「涼宮さんのプレゼントが見つかったから、これで安心してクリスマスパーティが出来ますね」
ミクルが嬉しそうにホッと息を吐き出した。
そのままハルヒ達はミニレストランに向かい、クリスマスパーティを楽しんだ。
「それにしても、何であたしのプレゼントの箱を隠したりしたのかしら」
「無事に戻って来たんだから、もういいんじゃないか?」
「このままじゃ納得がいかないわよ!」
「謎解きはディナーの後で行う事に致しましょう」
言い争うハルヒとキョンを新川さんが穏やかになだめた。
「ねえキョンくん、シャミにケーキを食べさせちゃダメ?」
「人間の食べる物が猫にとっては害になる事もあるからな、ダメだ」
キョンがそう断言すると、キョンの妹は残念そうに唇をとがらせた。
キョンの妹に抱えられたシャミセンはケーキに向かって鼻を近づけてにおいをかいではキョンに向かって鳴き声をあげていた。
「シャミセン、ケーキが好きなのかしら」
「ケーキが好きな猫ちゃんなんて珍しいですね」
ハルヒとミクルは不思議そうにそんなシャミセンの姿を眺めていた。
しかし、キョンは自分の方を何回も見つめて来るシャミセンの視線が気になった。
しばらく考え込んでいたキョンだったが、何かをひらめいたように大声をあげる。
「分かったぞ!」
「うわっ、一体何が分かったのよ!?」
「ハルヒのプレゼントの箱を隠した犯人も、そのトリックもな!」
キョンが堂々とそう言い放つと、ハルヒは疑いの眼差しでキョンを見つめる。
「あんた本当に全てが分かったって言うの? 下手な事を言ったら罰ゲームなんだからね!」
そう言ってキョンに人差し指を突き付けるハルヒの口元は嬉しそうに緩んでいた。
やはりこの展開をハルヒは待ち望んで居たのだとキョンは確信した。
そして、イツキ達も期待を込めた視線をキョンに集中させた。
「ハルヒのプレゼントの箱が隠されていた場所、それが犯人の決め手にもなるんだ」
キョンはそう言って、室内に居たある人物を指差した。
その人物はキョンに対して不敵に微笑むだけだった。
どうやら、素直に白状するつもりは無いらしい。
しかし、相手もそれがハルヒの望むシナリオだと心得ているようだった。
「あの人が犯人の可能性が一番高いって言うのはあたしも疑っていたけど、証拠が無かったのよね」
「アタシ達が探した時も、何も証拠が出て来なかったじゃない」
「そりゃそうだ、俺達は心理的盲点を突かれてそこを調べる事をしなかったからな」
「そこってどこよ?」
「まさに底なのさ」
キョンはそう言ってクリスマスパーティの料理が立ち並ぶテーブルへと近づいた。
その時、シンジが盛大なくしゃみをした。
「まったく、せっかくの緊張感が台無しじゃない」
「ご、ごめん涼宮さん」
プンプンと怒り出したハルヒにシンジは謝った。
「それじゃあキョン、答えを聞かせてもらうわ」
気を取り直したハルヒがそう尋ね直したところ、今度はミクルが大きなくしゃみをした。
「ミクルちゃん……」
「はわわ、涼宮さんごめんなさいっ!」
すると、今度はエツコが大きなくしゃみをする。
「あはは、2人のくしゃみが移っちゃったよ!」
「くしゃみって移る物なのかい? あくびは移るって聞くけど」
ヨシアキの言葉に愛想笑いを浮かべてごまかすエツコを見てため息をつく。
「もう、邪魔が入らないうちに早く真相を話しなさいよキョン!」
「わかったわかった」
キョンはこれ以上ハルヒの機嫌が悪くならないうちに、真相を話す事にした。
「ハルヒのプレゼントの箱を隠したのは、あなたですね」
キョンは改めて犯人である森さんにそう問い掛けた。
しかし、森さんは相変わらず表情を崩さない。
「どうして私が犯人なのでしょう?」
「アリバイ的には森さんはここには居ない赤木さんと同じぐらいの怪しさだ。キッチンで料理に集中している新川さんの目を盗んでこのミニレストランからハルヒの荷物のある中央客室に行く事が出来ますからね」
「それなら確実な決め手にはならないでしょう」
「しかし、プレゼントの箱を戻すタイミングとなっては別です。その時、ハルヒのプレゼントの箱を誰にも目撃されずに戻せたのはあなただけなんですよ」
「でも、私は箱を戻しただけかもしれないでは無いですか」
「何よ、落ちていたプレゼントの箱を拾ったとでも言うの?」
この期に及んでまだ自分が犯人だと認めない森さんに、ハルヒは怒った。
「だってそれは状況証拠の1つじゃないですか」
「では、もう1つの証拠を示すしかありませんね」
キョンはそう言うと、テーブルの上に置かれていたケーキの入っている箱に手を伸ばしてふたを開ける。
「ハルヒ、この箱の中身に違和感を覚えないか?」
「別に、ケーキが入っているだけじゃないの」
ハルヒはキョトンとした顔でキョンの質問に答えた。
「分かったわ、アタシ達がハルヒのプレゼントの箱を探している時に中を見た時は、ケーキが箱のふたギリギリまでせり上がっていたのよ」
「そうか、今は箱の奥深くにケーキが入っているね」
アスカの言葉にシンジも気が付いたのか同意した。
「ケーキの箱にケーキが入っているのは当然の事だ。だから俺達は底なんて調べようとも思わなかった」
「なるほど、僕達はあれから冷蔵庫まで徹底的に船の中を調べましたが、見つからなかったのはそう言うわけでしたか」
イツキは感心した様子でため息をついた。
「周りの目を盗んでケーキの箱をいじれたのは森さんしかいません」
「……参りました、見事な推理です」
森さんはそう言ってキョン達に向かって頭を下げた。
「どうして、あたしのプレゼントの箱を隠したりしたの?」
「先ほど、パーティの準備をしている時に涼宮さんに言われた事に少し腹が立ってしまって」
「あの時は失礼な事を言ってごめんなさい」
森さんが苦笑を浮かべると、ハルヒは素直に謝った。
「それで、少し涼宮さんが困ってしまうようないたずらをしてみようと思って、プレゼントの箱を隠してしまいました」
「そうだったのですか」
森さんもイツキと同じくハルヒに関するネルフの命令により人生を狂わされたのはイツキにも分かっていたので、イツキは同情のため息を吐いた。
「ですけど、涼宮さんがあんなに取り乱してしまったので、私は急いで箱をお返しすることにしました。涼宮さんの心を傷つけるような事をしてしまって本当に申し訳ありません」
「ううん、あたしも悪かったんだから」
さらに謝る森さんに向かってハルヒは笑顔でそう言った。
「ハルヒ、そんなに大切にしているプレゼントの箱の中には何が入っているの?」
「涼宮先輩、見せて下さいよ。私も気になる」
アスカとエツコに詰め寄られたハルヒは、プレゼントの箱を手に取る。
「はいキョン、これは事件を解決したご褒美よ」
ハルヒは箱からマフラーを取り出すと、キョンの首にかけた。
「うわあ、涼宮さんの手編みのマフラーですね」
ミクルが目を輝かせて声をあげた。
「あ、あんたがホワイトデーにくれたシュシュのお返しよ」
「分かった、ずっと肌身離さず身につけておくよ」
「別に、夏までつける必要はないんだからね!」
ハルヒが顔を赤くしてそう言うと、アスカ達から2人を冷やかすような歓声があがった。
こうしてクリスマスパーティで盛り上がるハルヒ達を乗せて、飛行船ツェッペリン号は夜空を切り裂いて遥かドイツへ向かって進んで行くのだった。
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