第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
二年生
第四十三話 涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息II 〜鋼鉄の彼女〜


<第二新東京市北高校 SSS団部室>

レイとカヲルが姿を消し、新たにエツコとヨシアキが加わってからしばらく経ったSSS団はすっかり去年と同じ雰囲気を取り戻していた。
レイが側から居なくなり、寂しい思いをしていたとイツキ達から心配されていたユキだったが、新しく入って来たヨシアキが読書好きだったので、2人で本を読む事が多くなった。
ユキも嬉しそうな様子でその点は安心だったが、ヨシアキはミリタリーマニアでもあったので、読む本は軍記物や戦車マガジンなど偏っていた。

「朝比奈先輩のいれてくれるお茶美味しいです!」
「ありがとう、エツコちゃん」

ミクルはエツコにお茶を入れ終わると、裁縫を始めた。
シンジ、キョン、イツキ、エツコの4人はせんべいやスナック菓子をつまみながらマージャンをしている。

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……リーチ!」
「ロン!」
「しまった!」

キョンに振り込んでしまったシンジは頭を抱えて悲鳴を上げた。

「それにしても、いつも勇猛果敢に強気に役を作ってきますね」

イツキは負けても守りに入らないシンジに感心したようにため息を吐いた。

「多分、碇先輩は惣流先輩に攻めの姿勢で行けって言われているからだよ」
「こんなところで男気を見せなくても良いだろうに」

エツコが笑顔で理由を明かすと、キョンは少しあきれた顔でツッコミを入れた。
そんな会話がされると、アスカが横から口を挟んで来るのが定番なのだが、アスカはハルヒとの対戦に夢中になっていてそれどころではなかった。

「7個師団が1個師団を突破できないなんて! ハルヒの地球枢軸軍はズルしているんじゃないの!?」
「10個師団あった軍団も残り3師団ね、アスカの宇宙連合軍にもう勝ち目はないわ、降参しなさい!」

団長席に置かれたパソコンモニターを覗き込んでアスカとハルヒの2人がコントローラーを握りしめて対戦しているのはゲームだった。
そのゲームはハルヒの大好きなアニメをゲーム化した『軌道警備員フンバルマン・エンドレスエイト』。
圧倒的物量で押し寄せる宇宙侵略軍の艦隊を地球防衛軍の少数精鋭部隊が援軍が来るまで月軌道で防衛を持ちこたえる決戦がテーマ。

「当てられるのなら、当ててみなさい! スター・ブライト・アタック!」
「鉄壁の防御を誇るタートル部隊でも防げないなんて!」

ハルヒの操作する機体にかすり傷程度のダメージしか与えられず、逆にアスカの戦艦部隊は機銃掃射をかけられて壊滅してしまった。
わずかに残った部隊もハルヒの機体の後からやって来た枢軸軍の小隊に全滅させられてしまった。

「枢軸軍の量産機レイヴンに止めを刺されるとは何て屈辱……」
「ふっふっふ、昨日も『軌道警備員フンバルマンOnlineZERO』で7戦7勝だったわ」

突っ伏してうなだれるアスカにハルヒが笑顔で勝利宣言をした。

「ええっ、あれって1戦50分の団体戦じゃない、そんなに家でゲームばっかりしているの、アンタは?」

アスカは驚いてハルヒに問い掛けた。

「夜遅くまでゲームをしてても、誰もうるさく言わないからね。親父は海外出張だし、お袋が帰ってくるのは明け方だから」

ハルヒがぶっきらぼうに言い放つと、アスカはハッと息を飲む。

「アタシはいつもシンジと一緒に家に帰っているし、夜にはミサトも帰って来て3人で夕食を見たりテレビを見たりしてるんだっけ……それが当たり前だと思ったけど」

アスカは悲しそうにハルヒの寂しそうな横顔を見つめていた。
対戦を終えてパソコンでネットサーフィンを始めていたハルヒは、最新ニュースの記事をチェックしていた。
ハルヒの目に止まったのは、千葉県の幕張メッセ跡地で軌道戦士カンバルマンに登場する機体、『エイドス・キャノン』と『レイヴン』の実物大スケールプラモデルが完成間近と言う記事だった。
操縦席の中までもリアルに再現され、少しだけなら歩行して動かす事も出来るらしい。

「ロボットに乗れるなんて夢のような話じゃない!」

ハルヒが目を輝かせてはしゃいでいた。
そのハルヒの姿を見て、シンジは悲しそうな表情になる。

「ロボットのパイロットになれても楽しい事なんて何も無いんだ」
「シンジ、もしかしてあの子の事を考えているの?」
「うん、マナの事を思い出してしまって」

シンジとアスカが話し始めたのは、『霧島マナ』と言う少女の事だった。
マナはシンジ達がエヴァンゲリオンのパイロットだった時に、シンジ達のクラスに転校して来た。
転校した来たマナの正体はエヴァの技術を盗みに来た戦略自衛隊の少年兵だった。
任務のためにシンジに接近したマナだったが、心の底からシンジの事が好きになってしまった。
マナはシンジにペンダントを渡して告白をして、シンジもマナの告白を受け入れてデートまでした。
この頃アスカはシンジに対して正直に好意を示す事が出来ず、ヤキモチのようなモヤモヤした気持ちを抱えて2人を見ている事しか出来なかった。
しかし、そんなシンジとマナの間を切り裂く悲劇が起きる。
マナの仲間の少年兵達が戦略自衛隊のロボットを強奪して脱走を図ったのだ。
シンジは裏切り者として処刑されようとするマナ達を助けようとしたが、それはできなかった。
マナは少年兵が乗ったロボットと一緒に戦略自衛隊のN2爆雷に焼き払われ、命を落としたと、シンジとアスカはミサトから聞かされた……。

「マナは無理にロボットに乗せられて、振動で内臓を悪くしてしまったんだ。その上、焼け死んでしまうなんて……」
「全くひどい話よね……でも、ハルヒはあんなにロボットに乗りたがっているんだから、もし乗せてあげたら良い誕生日プレゼントになるんじゃない?」
「そっか、涼宮さんの誕生日ももうすぐだね。だけど、ロボットの試乗会場はきっと大混雑だよ、涼宮さんを乗せてあげられるのかな?」
「そこは司令にお願いしましょうよ」

アスカはシンジにそう提案をした。

 

<第二新東京市 葛城家>

「アスカ、ジャガイモ料理は本当に上手くなったね」
「ふふん、『農夫の朝食』が作れるようになったら他の料理もお手の物よ」

『農夫の朝食』は、ドイツで親しまれているゆでたジャガイモにベーコンなどを加えた家庭料理である。
ドイツに住んでいるアスカの養母であるローザもこの料理を得意としていて、アスカの誕生日にシンジにレシピを教えたこともあった。
そして今夜、夕食にゲンドウと冬月を招く事になった。
アスカがゲンドウにハルヒの件について話をするためでもあった。

「今日は未来のお父様に食事を作って差し上げるんだから、気合を入れなさい」
「そんなミサト、未来のお父様だなんて……」

アスカは顔を赤らめながらほおに手をやった。

アスカが今夜ゲンドウ達に振る舞う予定の料理は肉じゃがとみそ汁。
ゲンドウは和食が好きだと言う事で、アスカはこの前のうどん勝負で使っていたみそまで用意していた。

「うん、これならきっと司令も気に入ってくれるわ」

ミサトが味見をしてうなずくと、アスカは嫌そうな顔をした。

「何よ?」
「だってミサトの味覚は当てにならないから」
「それは言えてますね」

シンジも腕を組んでうんうんとうなずいた。

「そんなひどいわ、シンちゃんまで」

ミサトはおどけた表情で言うとシンジとアスカは笑い出した。
ミサトまで笑い出し、3人の笑い声がリビングに響いた。

「司令、副司令、どうぞ」
「うむ」

アスカの料理は見た目は形が整っていて悪いものではなかった。
ゲンドウと冬月はそろって肉じゃがのジャガイモを口に運び、みそ汁を一口すすった。
すると、ゲンドウは勢い良くアスカの作った肉じゃがとみそ汁を飲み干し、ご飯も一気に食べてしまった。
冬月は満足そうにゆっくりと食事を終えた。

「アスカ、司令には気に入ってもらえて良かったじゃないの」
「お代わりはいかがですか?」
「貰おうか」

ミサトに言われたアスカは笑顔になってゲンドウにお代わりを勧めた。
アスカの申し出に喜んでお代わりを受け取るゲンドウの姿に冬月はそっと笑みを浮かべた。

「それで司令、例の件ですが」
「任せておきたまえ」

ゲンドウが帰る時にもアスカはとても上機嫌だった。
葛城家から出ると、冬月はゲンドウに少しあきれた顔で話し掛ける。

「我ら2人、ワイロを受け取ってしまった以上、全力を尽くすしかないな」
「涼宮ハルヒに関する事項は最優先課題です」
「以前のスノーマシーン大量発注のようにすんなり行けば良いがな」
「問題ありませんよ」

ゲンドウは冬月に堂々と答えた。

「しかし、食堂の女将に『こんなもの食べられるか!』と怒鳴ったお前も義理の娘になるかもしれない惣流君には形無しだな」

冬月は失笑をもらした。
最近はすっかりアスカ達に下手に出てしまうゲンドウと冬月だった。

 

<ネルフ本部 大会議室>

ゲンドウの招集により、各国のネルフの支部長が本部の大会議室に集められた。
都合により直接日本に来ることのできない支部長はモニターで参加する事になっている。
ゲンドウが支部長達を集めたのは先日国連で重大な決議がされたためだった。

「再来年の4月をもって『特務機関ネルフ』は超法規的組織の地位を返上し、新組織『人工進化研究所』に再編成される事になった。これに伴う軍の解体など、ネルフ解散に向けた準備に取り掛かって欲しい」

このゲンドウの宣言を各国の支部長は複雑な思いで聞いていた。
特務機関から国立の研究所になると、今までの既得権益が失われる。
さらに、今まで国家の軍隊と同じくらいの規模であったネルフの軍隊も大幅に縮小される。
本来ネルフの軍隊は、対使徒用に派遣される軍隊で、守るべきエヴァンゲリオンや巨大な肉体を持つ使徒が居なくなってからは不要論が叫ばれている。
政府の命令に従わない国連直属の組織や軍隊が国の中に存在する事はおかしいという世論から、使徒の脅威におびえる政府はかばってきたのだが、その後ろ盾も無くなっていた。

「いやはや、不要な組織として何もかも解散させられてしまうネルフを、国立研究機関として残してくれた総司令の手腕には感謝すべきです」
「我々ネルフの進むべき道を指し示してくれた総司令に拍手を!」

ドイツ支部長とアメリカ支部長がそう言うと、会議室内は拍手の音で満たされた。
しかし、そんな姿を面白くなさそうに見つめる中国支部長とロシア支部長。
彼らはゲンドウ達に聞きとられないように小さな声で話し始める。

「ふんっ、ドイツ支部め、サードインパクトに関わっていた責任を取らされる所を救われたからと言って、ゲンドウに尻尾を振りおって」
「実験に失敗して多大な被害をもたらしたアメリカ支部も同様ですな」
「我々は何の落ち度もない、それに渚カヲルが最後の使徒だという死海文書の解読結果は間違っていたのだろう? 涼宮ハルヒが本当に最後の使徒だと明言もしていない」
「それに、神人と戦うためのチルドレン派遣は日本だけでなく各国のネルフ支部が行っているのですぞ」

中国支部長やロシア支部長はもっともらしい理由をつけているのだが、本心は自分達がずっと威張り続けたりぜいたくをしたいだけだったのだ。

「君のところで行っているスパイを使った作戦は失敗を繰り返しているようだな」
「さらに、このような決議が国連で採択されてしまうとは予想外でした」
「ふん、金には釣られないなどと見せかけの善人が多かっただけだ。君の根回し不足を責めてももう遅いがな」
「すでに次の作戦は考えてあります、本部にいる協力者から面白い情報を入手したものですから」
「それでは、期待していいのだな」
「はい、金で動く人間もどこにでもいるものですから」

議長席に座っていたゲンドウはネルフの支部長達の姿をじっくりと見回していた。
そんなゲンドウに冬月が疲れた顔で溜息交じりに声を掛ける。

「やれやれ、お前が身を砕いてネルフが生き残るように国連に話を通したのに、感謝せずに不満を述べる者が居るとはな」
「誰でも手に入った権力を手放すのは嫌なものです」
「だからと言って、朝倉リョウコを使って涼宮ハルヒに刺激を与え、閉鎖空間や神人の発生規模を大きくしてさらに派遣させるチルドレンの数を増やしてそれを口実に予算を請求するとは中国支部はなんとも浅ましい事を考えるな」
「シンジ達が高校に入って涼宮ハルヒとSSS団を結成してからと言うもの、毎日のように姿を現していた神人もたまにしか出現しなくなりました。本部に居るチルドレンだけでも充分に数が足ります、このままでは他国の支部に応援を求めることも無いでしょう」
「焦りを感じた中国支部が再び動くと言うのだな、碇?」
「そうです」

冬月の言葉に、ゲンドウは確信を持って力強く答えた。

 

<千葉県 幕張新都心 幕張メッセ跡地実験場>

それからしばらくして、ハルヒ達は実物大スケールプラモデルに試乗するために千葉県に向かっていた。
ネルフが開発者の時田シロウ博士と交渉して、一般公開予定日の少し前にこっそりと乗せてもらえる事になったのだ。
ハルヒにはイツキの父親の会社との取引の関係だとごまかして説明した。

「でも、あたしだけ乗せてもらえるなんて何か悪い気がするわね」
「軌道警備員フンバルマンの熱心なファンである涼宮さんを是非乗せてあげたいと、開発者の方もおっしゃっていましたよ」

イツキはハルヒに対してそう答えた。
短い時間しか乗せられないので、シンジ達は誕生日プレゼントとして自分達が乗る時間をハルヒに譲ると提案した。

「じゃあ、あたしはゲームでも愛機だった『エイドス・キャノン』に乗せてもらうわ! 8基のキャノンで敵を乱れ撃ちよ!」
「実際に撃てるわけ無いだろう」

キョンはハルヒの発言にあきれた顔でツッコミを入れた。

「そのくらい分かってるわよ。で、もう一体の『レイヴン』にはキョンが乗せてもらいなさい、あんたも誕生日近いでしょう?」
「2体同時に動かすと、安全対策などの面で不都合が生じるとの事です」
「それは残念ね」

イツキの言葉を聞いてハルヒは残念そうにため息をついた。
ハルヒ達が目的地である実験場に到着すると、新東京ドーム5〜6個分と言われる広大さにハルヒ達は歓声を上げた。
ハルヒ達は中央のコントロール棟までマイクロバスで移動する事になった。
バスの中から実験場の片隅に戦略自衛隊のヘリコプターや戦車隊が側に駐留しているのを見て、アスカがミサトに声を掛ける。

「ミサト、何で戦自がこんな所に居るのよ」
「ロボットが暴れ出して、人に被害をもたらしそうになった時、撃破して止めるのよ」
「やっぱり父さんの指示ですか?」
「まあ、エヴァが無いんだからそれしか方法は無いわね。もちろん、高速ヘリで乗っているパイロットを助け出してからだけどね」

ミサトはシンジの心配を察し最後の部分を強調してウィンクした。

「周りがこんなに広いんだから、ハルヒちゃんが少しくらい無茶な操縦をしても大丈夫よ」
「そうですね」

シンジは笑顔でミサトの言葉に同意した。

「でも、実物大スケールプラモデルを民間の企業に造らせてしまうなんて、日本って言うのはとんでもないわね」
「どうやら今の日本の首相はアニメは世界に誇れる輸出産業だと主張しているみたいよ」

あきれた顔のアスカのつぶやきにミサトは同感と言った感じで告げた。

「どうもみなさん、私が開発者であり責任者の時田シロウです」
「SSS団団長の涼宮ハルヒです、この度は高名な時田博士にお目にかかれて光栄です!」

コントロール棟に到着し、時田博士に出迎えられたハルヒは、時田博士の姿を見ると目を輝かせて近づいて握手をした。

「ああ、君は軌道警備員フンバルマンの熱心なファンなのか」
「はい、あの頑丈そうで無骨なフォルムのスタイルのロボットとパイロットが良いです!」
「おお、分かってくれるか、やっぱりスーパーロボットこそ魂を熱く燃えさせるものだよ」

会うなり時田博士はハルヒの事を気に入ってしまったようだった。

「何を2人であんなに熱くなっているんだ?」
「いやはや、涼宮さんのスーパーロボット熱もかなりの物ですね」

キョンもイツキも少し引いた様子でハルヒの姿を見つめていた。

「あのロボットの構造は極めて原始的」
「わ、私はメカオンチだから凄いロボットだと思いますけど……長門さんは厳しいですね」

一目見ただけで興味を示さなくなったユキを見て、ミクルは冷汗を流した。

「それではお嬢さんはあちらの搭乗口に。皆さんはこちらのコントロールルームからご覧ください」

ハルヒはスタッフに案内されて、実物大『エイドス・キャノン』の搭乗口へ。
その他のメンバーは時田博士に案内されてコントロールルームへと入った。
コントロールルームには計器や機械がたくさん置かれ、スタッフ達があわただしく操作をしていた。

「安全のため、パイロットだけでなくこちらからも遠隔操作で緊急停止させる事が出来ます」

時田博士はそう言うとミサトのご機嫌をうかがうようにチラッと視線を送った。

「しかし、万が一遠隔操作も受け付けない場合は?」

ミサトの質問に、やはり来たかと時田博士はつばを飲み込んだ。

「燃料もデモンストレーションのために最低限しか入れていません。一回に必要な量だけ入れる事にしています、だから起動に時間制約が掛かられているのですよ」
「なるほど、それなら安全ね」

時田博士の質問にミサトが感心したようにため息をもらすと、時田博士自信満々の態度になった。

「パイロットが機体に乗り込みます」

スタッフの声と共にコントロールルームの大きなディスプレイに、実物大『エイドス・キャノン』のコックピットの内部が映し出された。

「アニメで見たコックピットにそっくりじゃない、凄い再現度だわ!」

ハルヒは大はしゃぎでパイロットシートに座り、スタッフにシートベルトを装着させられていた。

「発進した状態でもレバーをニュートラルにすれば動作は停止します。押し倒せば前進、倒せば後退です」
「ホバー走行とか、平行移動とかは出来ないの?」
「レバーを強く倒せば走る事は出来ますが、基本的に人間の二足歩行と同じ動きしか出来ませんね」
「じゃあ、ジャンプとかも?」
「燃料節約のためにブースターは使えないんですよ」
「ハルヒ、あんまりスタッフの人を困らせるんじゃない。ロボットに乗って歩けるだけで凄い事じゃないか」
「分かっているわよ」

乗っているハルヒの方もコントロールルームの音声を聞いているのか、キョンに返事をした。
発進の準備が整ったのか、時田博士がコントロールルームの中心に立つ。
コントロールルームにいるキョン達も静かに息を飲んで見守った。

「最終安全装置解除」

スタッフの報告に時田博士は小さくうなずく。

「リフトオフ!」
「エイドス・キャノン、出撃!」

時田の合図にハルヒが答え、ハルヒの乗る機体は一歩足を踏み出した。
その姿を見たキョン達から歓声が上がった。

「もう、最高の気分よ!」

大きな足音を立てながら揺れる機体に乗っているハルヒはとても楽しそうだった。

「今度は、スピードアップ!」

ハルヒがレバーを倒すと歩いていた機体は走り始め、キョン達の居るコントロール棟から離れて行った。

「涼宮さんはすっかり満足していらっしゃるようですね」
「ああ、子供のように夢中になっている」

そんなハルヒの姿を見てイツキとキョンはホッとしたように顔を見合わせて息を吐き出した。

「そろそろ、燃料が切れてしまう頃なので戻って下さい」
「了解、涼宮ハルヒ、帰還します!」

ハルヒはスタッフの声におとなしく従い、機体を搭乗口へと戻した。
そして、シートベルトを外し、コックピットから出て機体を降りる。
キョン達は満面の笑顔で搭乗口からコントロールルームへとやって来るハルヒを迎えてめでたしめでたし、で終わるはずだった。
しかし、ハルヒがキョン達の居るコントロールルームから戻る直前、スタッフが異常に気付いて悲鳴を上げた。

「大変です、もう一方の機体『レイヴン』が動き出しています!」
「なんだと、誰が安全装置を解除した!」
「私達はそのような操作はしておりません!」

時田博士の質問にスタッフ達も信じられないと言った顔で首を振った。

「時田博士、今は機体を止めないと!」

ミサトの声で冷静さを取り戻した時田博士はスタッフに遠隔操作で機体を止めるように指示する。

「緊急停止の信号を送信しろ!」
「ダメです、受け付けません!」
「そ、そんなバカな……」

緊迫したコントロールルームの入口に、搭乗口からやって来たハルヒが顔を出し、異変に気付く。

「いったい何が起こったのよ!?」
「『レイヴン』が勝手に動き出したんだ、しかも止められないみたいだ」

キョンの言葉を聞いたハルヒは厳しい表情になり、後ろを振り向いてコントロールルームを出て行こうとする。

「あたしが『エイドス・キャノン』にまた乗って『レイヴン』を止める!」
「ハルヒちゃん、それは無茶よ!」
「だって、このままじゃ『レイヴン』が壊されちゃうわ!」

ハルヒはミサトが止める間もなくまた搭乗口に向かって走って行ってしまった。
搭乗口の方からスタッフとハルヒが争う声が聞こえて来ている。

「あのロボットの中には誰か乗っているんですか?」
「電波が通じないから、中をモニターする事は出来ないが、多分……」

シンジの質問に時田博士が答えると、キョン達に一段と緊迫した空気が流れた。
時田博士の言う通り、『レイヴン』の内部を表示するディスプレイには電波障害を示す映像が表示されている。

「今、戦自の高速ヘリが『レイヴン』のコックピットに救助の隊員を送り込むために発進しました」

スタッフの報告を聞きながらミサトはひたいから冷汗を流しながらつぶやく。

「このまま止まらず実験場の外に近づけば、破壊命令が下されるでしょうね」
「そんな事になったら、ハルヒはどれだけ悲しむ事か……!」

キョンはミサトの言葉に息を詰まらせた。
しかし次の瞬間、歩行していた『レイヴン』は突然バランスを崩して床に倒れ込んだ。

「どうしたの?」
「操縦者がバランスを崩した模様」

ミサトの質問にユキが短く答えた。
倒れた機体に戦自の高速ヘリが着地し、隊員がコックピットから操縦者らしき人物を引き出す様子がコントロールルームのディスプレイに映し出されている。
そして、コックピットから引き出された気を失ってぐったりしている少女の姿を見てシンジは驚きの声を上げる。

「マナ!」

アスカとミサトも目を丸くしてディスプレイを見つめていた。
だが、ディスプレイの電源は突然切られてしまった。
キョン達が気がつくと、戦自の指揮官と隊員が数名、部屋に入って来ていた。

「現在の映像の情報は機密情報が含まれますので削除を要求します」
「先ほど転倒したロボットから救助されたのはあなた達戦自の少年兵ではないのですか?」

ミサトが言い返しても戦自の隊員達は表情一つ変えずに黙秘を続けた。
そこへ搭乗口で騒いでいたハルヒが息を切らしながらコントロールルームに戻って来る。

「ミサト、『レイヴン』が倒れたって聞いたけど中に乗っていた人はどうなったの?」
「ハルヒちゃん、中には誰にも乗って無かったわ。整備不良で安全装置が外れて勝手に動き出しちゃったみたい」

ハルヒの質問に対してのミサトの返事を聞いたシンジ達は目を丸くして驚いた。
シンジはミサトに抗議をしようと口を開きかけたが、ミサトに強く見つめられて口を閉じた。

「『レイヴン』は倒れてしまったけど、損傷はほとんどなかったから、一般公開には間に合うようよ」
「よかった、あたし達のせいでみんなに迷惑がかかったら後味悪いわよね」

ミサトの言葉を聞いてハルヒはホッとして笑顔になった。
しかし、シンジとアスカが青い顔をしているのに気がついた。

「ちょっと2人ともどうしたの、冷汗をびっしりとかいて?」
「このままロボットが止まらなかったら街に被害を与えるかもしれないって聞いたから、きっとシンジ君達はショックを受けたのよ」

ミサトはシンジとアスカの2人を体調不良だから家に戻して休ませると言って、一足先に車で帰って行った。

「それでは、僕達も帰りましょうか。少々残念な誕生日になってしまいましたね」
「ううん、事故が起きてしまったけど、たいしたことなかったみたいだし、今日は実物大『エイドス・キャノン』に乗る事が出来て楽しかったわ」

イツキに対してハルヒが笑顔を浮かべて返事をすると、キョン達にもホッとした笑顔が広がった。
ハルヒ達は行きと同じように電車で第二新東京市に戻り、レストランで夕食を食べて解散する事になった。
帰り道、キョンと2人きりになったハルヒはキョンに質問を浴びせる。

「ねえキョン、やっぱり『ジェダイ』の中には人が居たんじゃないの?」
「い、いやそんな事は無いぞ、俺も自衛隊の救出作業を見ていたが、中には葛城先生の言う通り誰も居なかった」

突然尋ねられたキョンは動揺しながらも、かろうじてハルヒにそう答える事が出来た。

「ふうん、そうなの」

ハルヒはまだ疑っている様子でキョンの顔を見つめていたが、それきりキョンには尋ねなかった。
キョンとも別れて1人きりで自分の家に戻ったハルヒは誰も居ないリビングの椅子に腰かけて考え込んでいる。

「あの時のシンジとアスカの様子は明らかにおかしかったわ。やっぱり倒れたロボットの中には人が居たのよ。でも何でそれをあたしに隠そうとするの?」

その日の夜はハルヒの精神が不安定になった事により、いつもより大きな閉鎖空間の発生が報告された。

 

<戦略自衛隊病院 503号室>

幕張メッセ跡の実験場から車に乗り込んだミサト、シンジ、アスカの3人はマナが搬送されたと言う戦自の病院へと向かっていた。

「やっぱりあのロボットに乗っていたのはマナだったんですか?」
「そうよ」

車を運転していたミサトはバックミラーでシンジの顔をチラッと見て答えた。

「でも、マナは死んでしまったってミサトさんは言ったじゃないですか!」
「霧島さんは戦自の裏切り者として消されるはずだった。でも、加持のやつがあのN2爆雷で死んだように見せかけたのよ」
「ミサト、それを知っていたなら何でシンジにその事を教えてやらなかったのよ! あの時のシンジは霧島さんの事を忘れようと必死で……」

アスカはショックを受けたシンジがマナからもらったペンダントを捨て、思い出の写真を1枚残らず焼いてしまった時の事を思い出したのか胸を詰まらせた。

「思い出を捨ててしまった今のアタシにはわかる、それがどんなに辛い事だって」
「ごめんなさい、戦自の力が届く日本には霧島さんの居場所は無かったのよ。だから加持も霧島さんを中国に逃がすのに精一杯だったのよ」
「でも、中国に逃げたはずのマナがどうやって危険な日本に戻って来たんですか?」
「それは、わからないわ。霧島さんの体調が戻ってから取り調べを行わないと」

ミサトのその言葉を最後に、シンジは質問するのを止めた。
シンジにはミサトにもっと聞きたい事があった。
マナの命に別条は無いのか?
そして、マナは何の目的で日本に来たのか?
シンジは答えを聞くのが怖くて黙っているのかもしれないと、アスカとミサトは気がついていた。
そしてミサト達は戦略自衛隊病院に到着すると、意外にすんなりとマナの入院する病室へと通された。
病室のベッドの上では、少しやせ細って顔色の悪そうなマナが上半身を起こす形で座っていた。

「マナ……」
「シンジ……!」

久しぶりの再会に、目を潤ませながら見つめ合うシンジとマナ。

「マナ、元気だった?」
「ううん、見ての通りあまり元気とは言えないわ。あのロボットを操縦している時も体に痛みが走って、思わずレバーを変な方向に倒しちゃった。私ってドジね」

シンジが問い掛けると、マナはそう言って力無く笑った。

「マナ、体のどこかが悪いの?」
「霧島さんはね、内臓を悪くしていたけど無理してロボットに乗ったからさらに体調が悪化してしまったの。命の危険は無いけど……長い間病院から出る事は出来ないわね」

ミサトの言葉を聞いてシンジとアスカはショックを受けて息を飲んだ。

「どうしてそんな無茶をしたんだよ!」

シンジがやせ細ったマナの腕をつかんで叫ぶと、マナはシンジに向かって微笑みかける。

「だって、シンジにもう一度会って、いえ、声を掛けられなくてもシンジの姿をもう一度見てみたかったんだもの」
「え……?」
「だから、涼宮さん達の側でロボットに乗って暴れる事を条件に日本に連れて行ってくれるって中国支部の人に言われて……」

マナがそこまで言うと、部屋の中に居た戦自の隊員が上官に報告するためか、部屋を出て行った。

「ごめんマナ、君は僕の事をそんなに思ってくれたのに、僕の方はマナの事を忘れようと必死だったんだ……!」

シンジは涙を流しながら必死に頭を下げてマナに謝っていた。

「シンジ、顔を上げて、それは仕方が無いわ。こうして生きてまたシンジと出会えた事が奇跡だもの」
「マナがこんな事になってしまったのも僕のせいだ、毎日お見舞いに来るから……!」
「ここは戦自の病院だからそれは無理よ。それに、私はシンジにそう言う気持ちで来て欲しくない」

マナはそう言うと、隣で立っていたアスカに声を掛ける。

「私、シンジの側に毎日居られる惣流さんが羨ましい。外に出られない私の分まで、シンジと幸せになってね」

自分に向けられたマナの無邪気な微笑みを見たアスカは顔を手で押さえながら病室を駆け出して行ってしまった。

「アスカ!」

ミサトがあわてて出て行ったアスカを追いかけた。
病室を飛び出したアスカは人気の無い廊下のすみで泣いていた。
アスカを見つけたミサトが優しくアスカを抱きしめる。

「アスカ、霧島さんの事はショックだろうけど……」
「アタシ、もうシンジの恋人じゃいられない」
「何を言っているのよ、アスカ」
「だって、シンジは優しいからきっと霧島さんの方を選ぶに決まっている。霧島さんの方もシンジをあんなに想っているんだから……」
「そんな事無い、そんな事無いわよ……」

ミサトはそう言い聞かせながら、アスカをさらに強く自分の胸に抱き寄せた。


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