第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
二年生
第四十二話 文化祭だよ! いらっしゃ〜い 〜お騒がせのギャンブル〜


<第二新東京市北高校 SSS団部室>

夏休みが終わり、二学期を迎えた北高の生徒達。
新学期が始まっても、生徒達の姿は元気だった。
9月早々、楽しみにしている文化祭と言うイベントがあったからだ。

「ねえ碇先輩、私、北高校の文化祭って初めてだから案内してよ」
「えっと僕はその……アスカと2人で……」

エツコにつめ寄られたシンジは困った顔で返事をした。

「ちょっと、今年の文化祭はアタシがシンジと一緒に回る予定なんだから」
「2人だけの世界ですか、それはうらやましいですね」

イツキが笑顔でそう言うと、シンジとアスカは少しだけ顔を赤らめた。

「みんなと一緒に回った方が楽しいと思うけどなあ」

エツコは少し残念そうにため息をついた。

「仕方ないよ、文化祭の楽しみ方は人それぞれだから」

ヨシアキが落ち込んだエツコに言い聞かせた。

「じゃあ朝比奈先輩は?」
「そうですね、古泉君と……長門さんと一緒にみんなで回りましょうか?」

ミクルがそうエツコに答えると、イツキは珍しく表情を曇らせた。
SSS団は文化祭を始めから終わりまで満喫したいと言うハルヒの方針に従って、製作映画の上映会の宣伝・運営は全て映画研究部(ハルヒ命名『SSS団メディア支部』)に任せてある。
ちなみにコンピ研はSSS団IT支部らしい。
そういういきさつがあるので去年の文化祭もSSS団で学校中の模擬店を回って暴れまわっていた。
アスカも今年はシンジと一緒に文化祭を楽しめるものだとばかり思っていた。
しかし、遅れて部室にやって来たハルヒの言葉はその前提をひっくり返すものだった。

「今年の文化祭は、映画上映の他に、さらに模擬店をやる事にしたわ!」
「何でよ、文化祭が回れなくなるじゃない」

笑顔で宣言したハルヒを、アスカは露骨にいやな顔をしてにらみつけた。

「どうして、急に模擬店をやることになったの?」
「腹の立つ話よ」

シンジが尋ねると、ハルヒは顔をふくれさせながら事情を話し出した。

 

<第二新東京市北高 生徒会室>

生徒会室では、嵐が過ぎ去った後片付けに役員が追われていた。
そんな中、生徒会長と書記の喜緑エミリが休憩を取るために席に腰をおろしていた。
少し前までこの生徒会室では教職員と生徒会の2年生の11月に行われる予定の修学旅行の会議が行われていたのだった。
そこにSSS団の団長であるハルヒが飛び込んで来て、生徒会室は蜂の巣を叩いたような大騒ぎになってしまったのだ。

「私としては、修学旅行の行き先が外国で無くても別に構わないと思うのだが」
「ふふっ、でも外国の文化に直接触れる事は修学旅行の目的に適しているではないですか」

仏頂面で吐き捨てるようにつぶやいた生徒会長に、エミリは優しく微笑みかけた。
去年の北高の修学旅行先は中国だった。
当時2年生だった今年の3年生の生徒達は外国での旅行は新鮮なものに感じられた。
だが、今年は修学旅行に関する予算が削られたと言う理由で修学旅行の行き先は国内になる事に決定した。
そこで北海道から沖縄まで候補地を選ぶために生徒会室で話し合っていたのだが、どこから聞きつけたのか、ハルヒが会議に乱入して来たのだ。

「今年は上海万博が開かれているんですよ、異文化学習のためにも修学旅行の行き先は去年と同じ中国にするべきです!」

ハルヒの主張はそのようなものだった。
高校生何百人分もの修学旅行の費用の一部は生徒の保護者の負担になるが、大部分は自治体や国などから出ている。
その自治体や国から出てくる予算が削られては仕方が無いと教職員は説得するのだが、ハルヒは聞き入れない。

「結局総理大臣が悪いのね、こうなったら、国会議事堂に乗り込んで直談判よ!」
「ちょっとハルヒちゃん、止めなさい!」

SSS団が国会に殴りこみを掛けるなんて事になったら、それこそ一大事である。
会議に顔を出していたミサトはハルヒに国会議員や知事をぶん殴っても意味が無い事を必死に説得した。
ミサトの説得のおかげで、なんとか怒りに燃える高校生の少女が日本の総理大臣にドロップキックを食らわせるなどと言う事件の発生率は0%に抑えられた。

「じゃあ、お金があれば良いんでしょう?」
「涼宮君、飲食店のアルバイトをして稼げるほどのお金じゃ足りないんだよ。だいたい、行きたいなら個人で行けばいいじゃないか」

ハルヒの言葉を聞いた生活主任の数学教師は鼻で笑った。

「私達高校生が短期間に利益を上げる方法はあります、それは文化祭の模擬店です!」
「何を君はバカな事を言っているんだ、あんな素人の商売で儲けられる保証は無い」
「計画をしっかり立てれば大丈夫です!」
「まあまあ、2人とも落ち着きなさいって」

言い争うハルヒと数学教師との間にミサトが割って入った。
そして、室内に居る教職員と生徒会の役員達を見回して提案する。

「まだ時間の余裕があります。文化祭が終わって、お金が集まるかどうか結論が出てから修学旅行の行き先を決めれば良いのではないでしょうか?」

しばらく室内は騒がしくなったが、ミサトの提案に表立って異議を唱える者は居なかった。
だが、ハルヒはさらに論争を呼ぶような願いを申し出る。

「つきましては、文化祭の模擬店をやるにも資金が必要なので、予算を回していただけないでしょうか?」

このハルヒの申し出には反対するものが続出した。
しかし、失敗した場合は損失を修学旅行の予算で補てんすると言う事で決着がついた。
そしてハルヒはやる気をみなぎらせて生徒会室を出て行ったのだった。

「涼宮ハルヒはとんでもない賭けに出たな、これが失敗すれば2年生の生徒全員を敵に回すかもしれないと言うのに」
「でも、家庭の都合で修学旅行の参加費用を出せない生徒達も全員連れて行くなんて、素晴らしい考えでは無いですか」
「ふん、士気は上がるだろうな」

エミリがハルヒを絶賛する事を生徒会長は気に入らない様子だった。

「まったくたいした度胸だよ、俺にはとてもじゃないができねえ」

生徒会長は窓の向こうにあるSSS団の部室が存在する部活棟を眺めながら小さな声でそうつぶやいた。

 

<第二新東京市北高校 SSS団部室>

「その後2年のクラスの学級委員を全員呼び出して、模擬店の計画について話し合ったのよ」
「ヒカリもとんだ災難に巻き込まれたものね」

ハルヒの話を聞いたアスカは、2年3組の学級委員長をしていたヒカリもハルヒの思いつきの会議に参加させられたのだろうとため息をついた。

「それで、利益率が良いものとして2年のクラスは協力して食べ物の模擬店をする事になったわけ」
「食べ物の模擬店って……それじゃ店番が忙しくてアタシ達が他の店に行く時間が無くなるじゃない!」
「黙りなさい、あたし達が思い出に残る修学旅行ができるかどうかの瀬戸際なのよ、そんな甘い考えでどうするのよ」

ハルヒはどこからか扇子を持ってきてアスカのおでこをピシャリと叩いた。

「それに、去年の文化祭はあんなに店を回って楽しんだんだから、今度はこっちが楽しませる番よ!」

去年の1年5組の文化祭の出し物は「北高生・意識調査アンケート結果発表」と言う最も手のかからない企画だった。
クラス全員が自分の部活の模擬店の営業や、他の店で遊ぶ事しか考えて居なかったのだった。

「学級委員同士の話し合いはどうなったのですか?」
「もちろん、同じ食べ物でぶつからないように話し合ったのよ」

イツキの質問にハルヒは誇らしげに答えた。

「アタシ達のクラスは何に決まったの?」

アスカに聞かれたハルヒは笑いをこらえているかのような表情だった。

「もったいぶらないで早く教えなさいよ」
「あたし達5組・6組合同クラスは究極のうどんで、3組・4組合同クラスの完全(パーフェクト)うどんと対決することにしたの!」
「な、なんですって!?」

ハルヒが笑顔で宣言すると、アスカは雷で撃たれたかのように体を硬直させて思いっきり叫んだ。
シンジとキョンも同じように顔を真っ青にして硬直した。

「おいハルヒっ、お前と惣流が対決するのは勝手だ。SSS団のメンバーも巻き込むのはいいだろう、だがクラスのやつらまで強制的に罰ゲームはやりすぎだぞ!」

いち早く自分を取り戻したキョンはハルヒをにらみつけて食ってかかった。
ところがハルヒの方は至って涼しい顔で言い返す。

「今回の対決はアスカと私的な争いをしたくて言い出したわけじゃないわよ」
「なるほど、究極VS完全の対決姿勢を見せる事で興味を持たせ食べ比べをさせるって事ですね」

イツキの言葉にハルヒは深くうなずいた。

「お互いに相手の店よりこちらの方が味が上だってケンカすれば両方の店のうどんを食べてみたくなるはずよ!」
「涼宮さん、頭良いですね」

ミクルが尊敬のまなざしでハルヒを見つめながら拍手をすると、ハルヒは得意満面な顔になる。

「すでに北高新聞の文化祭特集号で広告は打ってあるわ、究極のうどんVS完全うどんってね! あ、そういえば後でCMを撮影して校内放送で流してもらおうかしら?」
「おいしい料理を食べたからって跳び上がるとか恥ずかしい内容にするなよ」

キョンは頭を抱えてそうつぶやいた。

「でもいいなあ、涼宮先輩達は楽しそうで。私達1年生はクラスによってバラバラだもん」
「僕達も来年になったら、食べ物系の出店を出せば良いよ」

少し元気が無さそうに下を向いてつぶやいたエツコをヨシアキが励ました。

「そうね、エツコちゃんにはうどんをおいしそうに食べてもらうCM撮影に協力してもらうわ!」
「それは楽しそうだね、涼宮先輩!」

ハルヒがエツコを起用して撮影したCMは、両方の店のお椀一杯のうどんをそれぞれ笑顔のまま、TVCM一本の単位である30秒以内で完食すると言うハードな内容だった。
※つゆで火傷する危険があるので皆さんは絶対に真似をしないでください※の注意書き付きだ。

「まったくハルヒは何でも勝手に決めてくれちゃって」
「乗りかかった船なんだから、もう降りる事は出来ないわよ。それとも相談したらアスカは反対したの?」
「別に、反対はしないけど」
「じゃあ手間が省けて良いじゃないの」

膨れ顔になってため息をついたアスカに、ハルヒは笑顔で言い放った。
キョンは不安を感じたのか本を読んでいるユキにこっそりと耳打ちする。

「学級委員は丸めこんだようだが、クラスの生徒達が全員ハルヒの提案に賛成するとは限らないだろう、その時はどうするんだ」
「問題無い、その時は賛成票がクラスの過半数を占めるように情報操作する」
「そうか、俺達の運命は決められてるのか……」

キョンは安心したやら、疲れたやらで深いため息を吐き出した。

 

<第二新東京市 白馬村>

ハルヒ率いる”究極のうどん”製作組、5組・6組の一行は、冬季オリンピックが開かれたこともある白馬村まで足を運んでいた。
遠くにある標高の高い山はすっかりと雪化粧をしていた。
こちらは初雪はまだ降っていなかったが辺りには紅葉が深まっていて、肌寒く感じられた。

「ハルヒ、こんな寒い季節に大人数で山の中に入って宝探しでもするつもりか?」
「まあ、似たようなものね」

キョンに対してハルヒはそう答えた。
そしてハルヒは隊列の正面中央に立ち、一行に向かって白馬村までわざわざやって来た理由を明かす。

「みんなにはこの山の中にある、自然薯(じねんじょ)を掘り出してもらうわ!」

キョン達はハルヒが言った自然薯がどのようなものかさっぱりと分からず、不思議そうな顔で首をひねっていた。

「自然薯とは山芋の一種で、主にすり鉢ですってとろろにして食するものを言う。秋の今頃が旬」

ユキが淡々とした口調で解説すると、谷口達、一部の生徒は怒った顔でハルヒにつめ寄る。

「山芋なんてくだらない物掘るために俺達をこんな所まで連れて来たのかよ!」
「くだらないなんてとんでもない! 最上のみそを手に入れた”完全うどん”組に勝つには、こちらも極限クラスの巨大山芋が必要なのよ」

ハルヒは意味ありげな目で谷口達をチラッと見る。

「このうどん対決に負けた組みの方は罰ゲームが待っているんだけど、あんた達は今すぐ罰ゲームをやりたいのかしら?」
「ちっ、仕方が無いな」

不満をもらして帰ろうとした谷口達も渋々ハルヒに従う事になった。

「さあユキ、自然薯はどこら辺にあるの?」
「あそこ」

ハルヒに尋ねられたユキは次々と的確に大きな自然薯が埋まっている場所を指差して行った。
地面を透視することのできるユキにとっては簡単な事だった。
ハルヒはユキの自称自然薯探しの名人と言う肩書きをあっさりと信じてしまったようだ。

「自然薯は折れてしまうと価値が下がるから、周りは慎重に掘るのよ」

ハルヒの指揮の下、男子がまず大胆に地面を掘り、自然薯が見えてくるようになったら女子が慎重に細やかに掘り進んで行く役割分担が成立した。
最初は嫌がっていた谷口達も、コツを覚えて掘って行くうちに大きな自然薯を傷つけないように掘って行く事にゲーム的な快感を覚えていた。

「うーん、重労働の後の女子の弁当はまた格別だな」
「そうだね」

昼頃には谷口は国木田と共にクラスの女子から提供された弁当を食べて、すっかり上機嫌となっていた。
他の生徒達も思い思いの場所で弁当を広げながら会話を楽しみ、すっかり遠足のような雰囲気になっていた。
昼食後にも自然薯掘りは続き、日が傾いて自然薯を持ち帰る頃にはクラスの生徒全員の顔が達成感に満ちていた。

「さあ、最高の材料が手に入ったし、”完全うどん”組に勝つわよ!」

ハルヒの号令で、気合の入った声が夕暮れの山に響き渡った。

 

<愛知県 岡崎市 八丁みそ製造工場>

一方アスカ率いる”完全うどん”製作組、2年3組・4組の一行は、八丁みそで有名な岡崎市へ来ていた。
アスカの母親の惣流キョウコのお袋の味とも言うべき八丁みそにヒントを得て、アスカ達はみそ煮込みうどんを作る事にしたのだ。
伝統的な製法を守るみそ工場の主は八丁みその味を若い世代にも広めてくれると言うアスカ達にとても好意的で、アスカ達がみその仕込み作業を手伝う事を条件にみそを安く譲ってくれた。

「でも、高校の文化祭でこんなにおいしそうなみそを使うなんてもったいない気がするね」
「何言っているのよ、”究極のうどん”に勝つためにはこのぐらいしなくちゃ!」

シンジのつぶやきに、アスカは鼻息を荒くしてそう答えた。

「せやせや、1組のたこ焼き屋は本場明石のたこを仕入れたって話や」
「2組のたい焼き屋は粒あんの他にカスタードクリーム入りの物も作るらしいわよ」
「この後、本物の手打ちうどんを打つんだろう? それに負けない汁を作らないとな」

トウジもヒカリもケンスケも、このみそを使ってうどんを作る事に異議は無いようだった。
アスカ達は鉄製の大釜で大豆を蒸す作業、それを大きなたるの中でかきまわす作業などを体験した。
そして、大量のみそを持ち帰ったアスカ達は手打ちうどんの極意を学ぶためにキョンの祖母が住んでいる田舎の村を訪れた。
その村の周辺に住んでいる年配の人々は手打ちうどん作りの熟練した腕前を持っていたからだ。

「孫達に手打ちうどんの打ち方を教えたと思ったら、入れ替わりに友達のあんた達か。今日はにぎやかだね」
「ごめんなさい、おばあさん」

レイがキョンのお祖母さんに向かって頭を下げた。
レイとカヲルの2人もANOZの練習を切り上げてアスカ達に同行していたのだ。

「いやいや、謝る事は無いよ。あたしゃ、久しぶりに若い子達に物を教える事が出来て楽しくてたまらないんだ。MAGIのコードをネルフで教えていた時より楽しいかもしれないね」

快活に笑うキョンのお祖母さんに、レイとカヲルの表情もほころんだ。

「いいかい、うどんをこしのあるものにするには男の子の力で強くこねる事が必要だ。だけど、やわらかく口当たりの良い物に仕上げるには水を適度に加える女の子の優しさが大事なんだよ」

キョンのお祖母さんの指導の下、アスカ達も先ほどのハルヒ達の組と同様に、男女ペアになって手打ちうどんを作り始めた。

「ふう、これぐらい力いっぱいこねれば大丈夫かな」
「お疲れシンジ、後はアタシに任せて」
「でもアスカは僕より少ない水の量でうどん生地をこねたり伸ばしたりできるんじゃないかな」
「それは余計な一言よ……」

シンジとアスカは少しの間落ち込んでしまっていた。

「せいや! とりゃ! こんなもんでええやろ」
「本当、トウジの足はすっかり治ったみたいね」
「この足が人工筋肉なんて嘘みたいや。まるで生まれた時からの自分の足のようや、これもヒカリが愛情込めてマッサージしてくれたおかげやな!」
「そんな、トウジったら」

トウジとヒカリの2人は少しペースが遅かった。

「カヲル君、上手く出来た?」
「レイの胸の感触よりまだ少し固い感じだよ」

レイの問い掛けにカヲルが淡々と答えると、周りに居たアスカ達の顔が真っ赤になった。

「あれ、僕は何か変な事を言ったかい?」
「アンタ、耳たぶぐらいの固さって言いなさい!」
「だって、耳たぶより女の子の胸の方が柔らかいんじゃないかな、そうだよねシンジ君?」
「ど、どうして僕に聞くのさ?」
「だって、前に部屋でレイを押し倒したとき、レイの胸を思いっきり触ったんじゃないのかい?」
「あ、綾波何でそんな事を言うんだよ!」
「2人目の私の記憶が少しだけ私に残っていたから」
「碇君も渚君も不潔よ!」

またもやヒカリの絶叫が響き渡る事になってしまった。

 

<第二新東京市北高校 2年5組>

そしていよいよハルヒ達は文化祭の初日を迎えた。
北高校の文化祭は連休を使って2日間行う事になっていた。
”究極うどん”を売るために模擬店のカウンターに居たハルヒとユキの2人の所に佐々木、橘キョウコ、周防クヨウ、藤原の4人が訪れた。

「こんにちは涼宮さん、対決なんて面白い事をやっているね」
「まあ食べ比べて見れば、あたし達のうどんの方がアスカ達のうどんよりずっとおいしいってわかるから!」
「ふうん、上手い商売だね」

ハルヒの意図をすぐに見破ったのか、佐々木は感心した顔でそうつぶやいた。

「ところで、キョンはどこに居るんだい? 姿が見えないようだけど」
「ああ、キョンならあそこ」

ハルヒが指差した先には白いタイツに全身を包み、顔もサングラスで隠した人物が子供達に囲まれている姿があった。

「あたしが考案したマスコットよ、シュールなところが子供達に受けているみたい」
「あの着ぐるみを着ているのがキョンなのかい?」

佐々木は驚いて目を丸くして驚いた。

「残念だな、文化祭はキョンに案内してもらおうと思ったんだけど、あの調子では忙しそうだね」

佐々木の言葉を聞いたハルヒは少し不機嫌な顔になった。

「そう、キョンはずっと休憩無しで働き続ける事になっているのよ!」

ハルヒの言葉を聞いたキョンは驚いた。
キョンはもう少ししたらイツキと交代する事になっていたからだ。

「おい古泉、どこへ行く」
「涼宮さんもああ言っている事ですし、これも涼宮さんの心を鎮めるためです」

キョンが引き止めてもイツキは立ち去って行ってしまった。

「佐々木さん、混んで来たから早く食べてくれないかしら?」
「おい、俺達は客だぞ、それを追い払うのかよ」

ハルヒがイラだって佐々木にうどんをよそったお椀を押し付けると、藤原が不機嫌そうに言い返した。

「ふふ、涼宮さんはヤキモチを焼いているんですね、かわいい人」
「だ、誰がヤキモチなんか!」

橘キョウコがからかうように微笑みかけると、ハルヒは怒って言い返した。

「どうやら、僕達も長く話し過ぎたようだね。確かにお店の迷惑だ」
「うどん1杯250円……」

ユキが1,000円札を佐々木から受け取ると、残りの3人にもうどんの入ったお椀を渡した。
お椀を受け取ったクヨウと渡したユキの手が触れ合った時、2人は一瞬だけ動きを止めた。
そして佐々木達はテーブル席に座るためにハルヒ達の側から離れて行った。

 

<第二新東京市北高校 2年4組>

”完璧うどん”を売るために模擬店のカウンターに居たアスカとシンジの2人の所にはゲンドウやリツコが訪れていた。

「美味いうどんだな、このうどんの作り方は2人で考えたのか?」
「うん、僕とアスカで味を見ながら試行錯誤して作ったんだ」

ゲンドウの問い掛けに対して、シンジは笑顔で答えた。

「じゃあこれは2人の愛の結晶ね」
「ぶっ、何を言っているのよ」

リツコに言われたアスカは顔を赤くして吹き出した。
リツコはそんなアスカを見て、ニヤニヤとした笑いを浮かべる。

「私、何か変な事を言ったかしら」
「だって、愛の結晶と言えばアレの事じゃないの」
「アスカ、愛の結晶って何?」
「レイ、戻って来たの」

講堂でANOZとしてバンド演奏をしていたレイとカヲルがアスカ達の側に戻って来ていた。
ステージ衣装から着替えて制服に戻っているものの、演奏を終えてそれほど時間が経っていないのかひたいに汗をにじませていた。

「それは、アタシよりパパとママに教えてもらいなさい」

アスカはそう言って、ニヤニヤ笑いを浮かべてゲンドウとリツコをなめまわすように見つめた。
レイに見つめられたゲンドウは気まずそうに体を硬直させた。

「カヲル君、ライブの方はどうだったの?」
「アンコールをされるほど盛り上がったよ」

シンジが話題を変えようと、カヲルに話しかけた。

「それなら、講堂にずっといれば良かったんじゃない?」
「私達を応援してくれた人が、うどんを買いに来てくれるから。涼宮さん達のクラスに勝ちたいわ」
「意外とレイも計算高い所があるわね」
「それじゃ綾波はステージ衣装のままで居た方がわかりやすいんじゃないのかな?」

レイはバンドの演奏中は肩が露出する派手な衣装を着ていた。

「こういう時は制服を着た方が効果があるって、伊吹さんが。『ギャップ萌え』と言うらしいわ」
「マヤも変な事レイに吹きこまないでほしいわね」
「それに、うどん屋にあの衣装は合わないわ」
「確かにそうだね」

2日間続いた”究極のうどん”と”完全うどん”の対決。
どちらも本格的な味が売りの勝負だったが、わずかの差をつけてアスカ達”完全うどん”の勝利に終わった。

 

<第二新東京市北高校 裏山>

アスカがハルヒ達に提案した罰ゲームは、文化祭の間にポイ捨てなどがひどかった裏山のゴミ拾いだった。
たくさんの人が文化祭に訪れたため、どうしても汚れてしまうのだ。

「ハルにゃんに生徒会室の会議の事をちょろっと話したら、めがっさ面白いことになるとは思わなかったにょろ」
「黒幕は鶴屋さん、あなたですか」

罰ゲームに志願して参加した鶴屋さんが笑顔でそう言うと、キョンはツッコミを入れた。

「それにしても、鶴屋さん達の模擬店が利益率1位とは驚きましたね」
「焼きそばと水道水セットで300円だからもうボロもうけさ!」

鶴屋さんとミクルのクラスは『焼きそばメイド喫茶』と言うメイドの格好で焼きそばを作る企画が大当たりし、学校で1番の利益を記録していた。

「そんなにもうかったお金、どうするんですか?」
「自分達もハルにゃんの企画を真似して卒業旅行に行こうなんて考えているのさ!」
「へえ、楽しそうですね」

ハルヒやアスカ達の店の売上は鶴屋さん達の店の売り上げには届かなかったが、2年1組から6組までの利益を合計すると、修学旅行をするだけのお金は充分貯まっていた。
さらに一部のお金を募金に寄付する事を決定し、美談として新聞に取り上げられ、北高の評判が上がると学校の教員達も文句は言わなかった。
罰ゲームのゴミ拾いが終わって解散した後の日が暮れはじめた裏山の斜面で、1人寝っ転がってたそがれているハルヒにキョンはそっと声を掛ける。

「ハルヒ、何をそんなにふぬけた顔をしてるんだ」
「別にあたしが”おまじない”をしなくても、学校のみんなが、世界が盛り上がっているんだなって……」

ハルヒのつぶやきにキョンは思わず息を飲んでしまった。
そして少し動揺が混じった声でキョンはハルヒに問い掛ける。

「もしかしてお前、気が付いているのか?」
「何の事?」
「あ、いや、何でもない……」

キョンはハルヒにそれ以上何も聞く事が出来ず、黙り込んだ。
薄暗い夕暮れの中、お互いの表情は見えなかった。


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