2011.07.07
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
番外編
福島記6
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 すると電話の向こうの窓口の人に尋ねられた。
「それから、ボランティア保険に加入されていますでしょうか?」
 これはかなりぎょっとした。え、なにそれ。そんな保険が必要なの? ていうか、そんな保険がこの世には存在したの?
「いえ、おりません」
「でしたら、現地でお怪我などなされた場合は、ご自分の負担で治療していただくということになりますが、よろしいですね」
「あ……はい」
 うーん、ひとつ勉強になることはなったな。ボランティアって、体力だけがあればいいわけじゃないのね。そりゃそうか。お金も出して、身体も使え、と。ある意味、納得。全部を行政が賄うというのなら、人を直に雇用してしまったほうがいいというか。
 しかし怖いのは「ボランティア保険」なるものなのだった。
 なんだかとても気になるんだが。
 自分で調べてみた。すると判明した。
 た、他人様の大事な壷を割ったときとかにも、「ボランティア保険」は活用されるのか!
 やばいぞ、これは大変、まずい。
 そういうの、全然自信ない。どうしよう、割った壷が骨董品で、
「これは“なんでも鑑定団”で、300万円と評価された家宝の壷です。ですので、責任を取って、300万円お支払いください」
とか言われたら。
 被曝とかなんとかよりも、まず、直近の金の問題が怖いわ!
 慌てて、ボランティア保険を扱っている団体みたいなのに電話する。
「すいません、28日までにボランティア保険に加入したいんですが」
「個人でのご加入というのはないんですよ」
 半泣きで相談する。
「えっ、じゃあ、どうしたら。わたし、福島のいわき市のボランティアに応募しちゃったんです」
「では自治体とご相談なさってみてください」
 えっ、えー。
 どうしよう、本当に本当にどうしよう。
 慌ててもう一度、ボランティア受付の窓口に電話する。
「すいません、28日にいわき市にボランティアに行きたいと志願した者ですが、ボランティア保険にはどうやったら加入できるでしょう? 加入したいんです!」
 ほとんど叫ぶように相談する。本気でパニック。
 すると電話口で応対してくれた人が笑う。
「ああ、西口で受付するときに“ボランティア保険に加入したい”と一言おっしゃっていただければ、その場で加入できますので」
「あっ、そーなんですか」
「はい、そうです」
「では28日、改めてよろしくお願いします」
 すごく、気が抜けた。
 なんだもう、それならそうと、最初に教えてよ。不親切ねえ、もう。
 わたしはこの時期、友人たちに無事の報告を兼ねて、mixiに友人限定の公開日記を書いていたのだが、ボランティアに行くことになったと報告すると、土木現場の作業を経験したことのある男の子がかなり親身になって教えてくれた。
「粉塵対策のゴーグルと、粉塵対策のマスクが必要ですよ。どちらもDIYショップで入手できるかと思います。被曝も危険ですけど、現場はおそらくアスベストでたっぷりだと思いますから」
 これは大変有効なアドバイスであった。実際、わたしも、いわき市の津波の被災地を歩いていて、「あ、粉塵を吸ったな」と感覚で解った瞬間が多々あった。実際、夜中に幾度も咳き込んだし。だから瓦礫の多い地帯にボランティアにこれから行こうと思われる方は、このアドバイスは活用したほうがいいと真面目に思う。しかしアスベストも「人災」である。あれはもともと、国が、「防火のために」建築業界に義務付けたという過去があるんだから。建築関係者でアスベストの粉塵を吸わずに済んだ労働者っていないんじゃないの?
 なお、先に書いてしまうが、実際に28日にわたしがボランティアに行けたかどうかというと、前日になって連絡が入り、
「明日は雨のため、野外活動が難しく、ボランティアバスの運行は見送りとなりました」
となってしまったのだが。もっともこのときのためにあちこちを駆けずり回って道具だけ揃えたのと、夫に言われたのがよっぽど悔しかったらしく、わたしは後に「リベンジですよ、ボランティア」ということになるのだが、それは後日の話とする。
 一方この頃、福島で何が起きていたか。
 わたしのハードディスク内の保存ファイルを開くたびに、悔しさに唇を噛み締める事態が起きていた。以下、引用。


放射性物質を消す“奇跡の水”「創生水」 飯舘村「創生水を復興の旗印に」
 福島第一原発から北西約40キロメートルに位置する福島県飯舘村。この村は積算放射線量が高かったため、計画的避難地域に指定されている。そんな飯舘村の住民が、今、かすかな希望としている水がある。それは放射性物質を消し去るという「創生水」。飯舘村農業委員会の会長を務める菅野宗夫氏がこう説明する。
「この水で放射線に汚染された野菜を洗えば元通りになり、田んぼや川、牧草、牛の乳も、この水に浸せば放射性物質が完全に消え去る可能性があるんです。私たち地区住民200人は、創生水を復興の旗印にしていくつもりです」
 この「創生水」とは、長野県上田市に本社を置く科学機器メーカー「創生ワールド」が開発した水。現在、同社は飯舘村の住民に「創生水」と、1台約200万円という高価な生成器を無償提供している。「創生水」の開発に関わった同社社長の深井利春氏は、
「様々な病気を引き起こす活性酵素を吸着して除去する作用を持ち、健康によいといわれる還元水の一種」と説明する。
「創生水は油と混ざり合う性質があります。“水と油”という慣用句があるように、これは水道水など一般的な水ではありえません。分子が小さく、界面活性力を持つ創生水だからこそ実現できることでもあります」(深井氏)
 界面活性力とは、性質の違うふたつ以上の物質の境界面を活性化する力のことで、「創生水」はこれを活性化(乳化)する機能があるのだとか。
「この機能により、シャンプーや手洗いはもちろん、油にまみれた食器を洗うのにも洗剤を必要としません。使ったことのない人には信じがたいでしょうが、現に創生水だけを使用し、シャンプーや洗剤を使わない美容室や飲食店、クリーニング店は東京都内など全国に1千店近くあります」(深井氏)
 そのうちの1店、東京・銀座にある焼き肉店「ぴょんぴょん舎 GINZA UNA」では、実際に洗い場で洗剤を一切使わず油まみれの皿を洗浄している。活性酵素、還元水、界面活性力など、難しい言葉が並ぶが、一流企業の検査機関でも、その効能が証明されたという。
 “奇跡の水”、はたしてその正体は?
(週プレNEWS 2011年5月20日)


 引用、以上。
 どうだろうか、この、えげつなさは。
 水の分子の大きさを変えられたとしたら、ノーベル賞ものである。界面活性力は、洗剤自体がその力を持つ。そしてその「創生水」とやらで、どうやって「放射性物質」が消えるというのか。放射性物質の「半減期」を変えられたとしたら、これまたノーベル賞ものである。
 農業委員会の会長というのは、長くその土地で農業に従事して、かなり積極的に地域振興に関わった人が納まることが多い。イメージとしては、農村のご意見番というか、長(おさ)というか、この人がよしと言えば、新規就農者にも農地を売ってもらえたりとかするのである。もっともその分、農業にかける情熱も強いと同時に、ある意味では口うるさい存在でもあったりもする。だが、その人に認められるということは、「一人前の農夫である」との、農家免許の取得を意味するような側面もある。
 こうした農業委員会の存在が邪魔をして企業が大規模農業の着手ができなかったりとか、昨今ではその弊害ばかりが取り沙汰されてきた農業委員会であるが、本当の意味で地域を守ってきたのもまた、この人たちなのである。
 わたしは、悔しい。
 飯舘村農業委員会の会長を務める菅野宗夫氏に直にお会いして、
「どうかこんなえげつない連中に騙されないでくれ」
と土下座してでも頼みたい。
 しかしそれ以上に悔しいのは、ここまで飯舘村を異常心理にまで追い詰めた政府の無策さである。IAEAが避難勧告を促したときに、飯舘村から住人たちを避難させれば済んだ話なのだ。飯舘村の長泥コミュニティセンターは、例えば5月16日0:00の測定で、11.10μSv/h。仮に屋内ならば放射線を浴びないと仮定してもだ(そんなことはありえないが)。農業従事者が野外で作業する時間を1日6時間程度としても(これも、現実にはありえない。農繁期の作業というのは、早朝から日暮れまでである)、軽く年間被曝量は20mSvは超える計算になるのである。世界から頭がおかしいと言われている被曝量すら、余裕で超える。わたしの計算に狂いがなければ、そうである。
 そんな場所で作付けをしろと。
 そんな場所で草刈をやれと。
 そんな場所で収穫をしろと。
 わたしが網羅しているニュースに見落としがないとしたなら、政府は一言も約束はしていない。「汚染された作物でも買い取る」とは。
 人が住めないような大地に汚染されて、自らの力で生きていく術を奪われて、そしてどうやって「活路」を見いだせというのだ。
 言うな、わたしの前で「がんばろう、ふくしま」などと。
 自己責任の問題にすり替えるのを、わたしは許さない。
 これは国のエネルギー政策がもたらした罪だ。
 この約1カ月後の2011年6月22日、枝野官房長官は記者会見で、東京電力福島第一原子力発電所事故で全域が計画的避難区域となった福島県飯舘村が福島市に役場機能を移したことについて、「大変なご無理をお願いしている」と陳謝した。
 いまさら謝罪の言葉などはいらない。必要なのは、「計画避難区域」に指定することではなく、「強制避難」に切り替えることである。


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