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彼女の住まいは白河市だが、もし、ご近所の人がタケノコを採ってきたとしたら、それは西郷村なのである。わたしの土地勘からして、他に考えようがない。緩めに緩められた基準値さえ超えたタケノコを、彼女は食べる、そして家族に食べさせると言っている。
「もしかしてシイタケとか食べてないでしょうね?」
わたしの記憶が正しければ、原木シイタケなどを食べないほうがよいとの呼びかけがどこかであったはずだ。 キノコには放射性物質を集める性質があるから、と聞いた。
すると彼女はあっさりと言う。
「あ、シイタケなら今朝食べた。安かったから、子供たちに炒めて食べさせた」
呆然とする。
彼女がわたしの顔を見て、なんだか「情報弱者」を哀れむような顔をする。
「気にしすぎだよお、やまけん。世界には日本よりも放射能の高い地域だってあるって言うじゃない」
どこまでマスコミで報道された安全神話を鵜呑みにするのだろう。
これはマスコミの罪なのか? それとも政府の罪なのか?
わたしはもう、彼女の子供のことをこれ以上心配するのはよそうとあきらめた。 それよりも、肝心の学校給食である。
「給食のほうはどうなってるの?」
「ああ、いまはね、(地震の被害で)自校炊飯が出来なくなったから、業者に届けてもらってるけど。『太陽の国』から」
『太陽の国』とは、地元の大型老人介護施設である。
「食材とかの産地は?」
「わたし、学校給食の担当じゃないから、よく知らない。でも、父兄とかから問い合わせもなかったもの」
それが、まずいと思うんだが。
せめてこれぐらいには答えてもらおう。
「じゃあ、牛乳は?」
「今まで通り、××牛乳だよ」
愕然とする。
福島県郡山市に本社があるメーカーだ。
いやまて、原乳の産地が変更になっている可能性は高い。
落ち着け。
この後、しばらく、
「タケノコ食うな」「シイタケ食うな」「家庭菜園のほうれん草食うな」などと強い調子で忠告したのだけれども、
「ふーん? まあ、タケノコは湯がくのが面倒だなと思ってたから人にあげちゃうけど」
とだけ彼女は言って、なんだかあとは聞いているのか聞いていないのか解らない風情だ。 それよりむしろわたしの身辺雑記的などうでもいい話を聞きたがる。 どうでもいいじゃないか、そんなことと言いたくなる。
政府が初動段階で行った「安全教育」というか「安全刷り込み」は、福島県民の大半については成功してしまっているのを彼女を通して知った。
わたしは彼女を、ごく平均的な福島県民のひとつの指標として見てきたという過去がある。 受験先を福島大学にするか茨城大学にするかで悩み(隣の県とはいえ、県境を越えるということに、一大決心がいるらしい)、地元に残って教師となり、実家で子育てをする。典型的な在り方である。わたしなどには不可能だけれども。
彼女と別れたあと、くだんのメーカーのサイトにアクセスした。
ここで思い切りメーカー名などを晒してしまうと地域経済に絡む問題が生じる(ここが今回の震災と原発事故を考える上で、本当に困るところである)ので、トップページにあった文章だけ、ここに表しておく。
福島県産原乳の出荷制限指示を受け、岩手県産原乳を使用して製造してまいりましたが、4月16日に福島県産原乳の安全性が確認され出荷制限が解除になりました。
当社ではその解除を受け、地域経済の活性化と福島県酪農産業の振興のためにも、新鮮でおいしいふくしまの牛乳をお届けいたしたく、4月26日製造より県産原乳を使用することになりました。
なお、福島県産原乳のモニタリングは、県が適正に実施し、安全性が確認された上で使用してまいります。
みなさまには、大変ご心配をおかけいたしましたが、震災に負けず、みなさまと力を合わせておいしい牛乳・乳製品をお届けするために全力で頑張ります。
今後もひきつづきご愛顧のほどよろしくお願い申し上げます。
これが福島第一原発事故に対する、県内の学校給食に使われている酪農会社の企業発表である。
政府は、3月17日に、暫定基準値をWHOよりはるかに緩いものに定めている。
わたしは別段、福島の酪農の足を引っ張りたいわけではない。ただの震災ならば、むしろ言った。福島県のものを積極的に購入してくれ、と。
しかし、基準値をこれだけ緩められた上での「安全性の確認」って何だ? と言いたくなるのは抑えられない。
大友克洋の「AKIRA」を思い出した。核爆弾により起きた第三次世界大戦、荒廃した旧・東京。東京湾上に建築された新都市・ネオ東京。SF漫画の金字塔といえるこの作品に登場する、超能力者、キヨコの台詞が鮮やかに蘇える。
夢を…見たの。
街が壊れて…人がいっぱい死ぬわ。
わたしは自分個人の生命の長短よりも、そちらのほうが、恐怖だ。
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