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久しぶりに目の当たりにする故郷は、晶ちゃんが指摘していた通り、あまりにも「普通」だった。
驚愕した。
新白河駅に新幹線の車体が滑り込んでいこうという間際に、ドア付近の窓から、
「ジョギングして体力作り」
に励んでいる中年男性を見かけたからである。
馬鹿ーっ!
だれが「チェルノブイリ」から84km圏内で「体力作り」するかーっ。
事故の性質は違うとはいえ、レベル7だぞ、レベル7。ストロンチウムも検出されたんだぞ、解ってんのかーっ。
わたしは以前、ガイガーカウンターを持参してバイクに乗り、チェルノブイリの「死のゾーン」と呼ばれる区域も旅した女性のサイトの翻訳版を読んだことがある。2003年頃の話だ。このときに「リクビダートル」などの知識を付けたのだが、読んでいたときは思っていた。無茶するなあ、と。
しかしあまりにも「普通」過ぎる故郷に、妙な気合と意気込みみたいのが、萎えた。マスクも外した。
母が駅前に車を停めて待っているというのに、晶ちゃんにつぶやく。
「腹、減ったなあ」
新白河の駅では、通常通り、「駅そば」が営業中だった。
5月15日の時点で、東北新幹線は臨時ダイヤルで運行されていた。その朝一番に乗車したんだけれども、朝食を取ってこなかった。
それに晶ちゃんが呼応する。
「姐さん、駅そば、行く?」
外食産業が、ペットボトルの水を使ってくれる訳はない。ちなみに、WHOが定めている飲み物の基準値は、10ベクレルである。で、国際法で定められた原発の排水基準は、ヨウ素131が40ベクレルで、セシウム137が90ベクレルだ。さて、そこで日本の飲み物の暫定基準値はというと、セシウム137が200ベクレルで、ヨウ素131が300ベクレルである。乳幼児ですら100ベクレルという、原発の排水基準値よりも高い「暫定基準値」とやらに定められている。わたしから見ると、「最初に暫定基準値ありき」で、その後の世代にどういう障害が現れるかなんて、まったく考慮にいれてないように思える。
念のため確認する。
「それ、内部被曝覚悟?」
ニヤリと晶ちゃんが笑う。
「上等、上等。東京だって汚染されてる」
いいか。彼女は、自分の意思と判断でここにいる。わたしが望んで巻き添えにしたわけではない。
「そーさな、内部被爆は大人の醍醐味だよな」
ケータイにガンガンと母からの着信が入るなか、晶ちゃんと駅そばを啜る。
久々に再会した母は、激怒していた。
「待っていたのに、何やってるのーっ」
「ごめん、お腹が空きすぎて」
この日、晶ちゃんには目当てがあった。
ある蔵元さんを訪問することである。
だから実はここにその蔵元さんの訪問記が書いてあったんだけど、全削除した。わたしは叩くつもりもなければ、丁寧に書いたつもりだった。けれど確認のために原稿を送信したところ、自分たちには触れてくれるなとの返信が届いた。仕方ない。
その後、地震の爪あとなどを母に案内してもらった。瓦礫の撤去が進まないという話は主に津波の被害を受けた浜通りの話であって、東北新幹線の通っている県の真ん中の中通りは「瓦礫を掻き分けながら先を行く」という必要性は皆無だった。
ただ、路肩は崩落していたり、地盤ごと家が滑り落ちていたりして、なかなか無残ではある。国の史跡に指定されている白河市の小峰城――1632年(寛永9年)に完成して、戊辰戦争で城自体は焼失した城も石垣だけは残っていたのだが、その石垣が見るも無残に崩れているのを目にした。築城から400年弱経った城の石垣すらも崩れる地震であったのを物語っていた。
だが、それはいいのだ。形あるものは、いつかは壊れる。
それ以上に印象的だったのは、子供たちだった。
子供たちが田んぼの畦で遊んでいる。
文科省は、小中学校や幼稚園などの利用基準としての、年間20ミリシーベルトの暫定被曝基準値を定めた。これにしてもかなり異論のある値であるが(最近になって、1ミリシーベルトへの動きが出てきたが)、わたしが困惑していたのは、「それはあくまで文化省の手の及ぶ範囲内のことで、そうでないあいだにどれだけ子供たちは被曝するのだろう」ということだった。登下校の問題にしてもそうである。そして、現実問題として、子供たちを家のなかにだけ監禁しておけるのか、ということだ。
このあとしみじみ思い知らされることになるのだが、初動の段階で政府が行った「安全刷り込み」といったものは、情報を積極的に取りに行かない福島県民に対しては、かなりの割合で成功してしまっていた。そして、現にいま、目の前で繰り広げられている光景がそうだ。
農家の人たちが作付けをしている。そして畦で子供たちが遊んでいるのを、「とても健康的なこと」として、喜ばしく眺めている。そして子供たちは、目に見えない危険など恐れる訳はない。
友達がいれば畦で集い、変わった虫がいれば追い、水たまりがあればそれがどれだけ汚染されていようがバシャバシャと音を立てて跳ねる。それが現実だ。
そしてスーパーでは福島産の野菜が「がんばろう、福島」との合言葉で販売されていた。WHOの食品の基準値は100ベクレルである。では、我が国、日本では? 野菜の暫定基準値ヨウ素131が、2000ベクレルである。地域経済を応援している場合なのだろうか?
むごい、と思った。
これから、この子たちの未来に起こる出来事が、あまりもむごすぎる、と思った。
つづく
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