2011.05.31
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
番外編
福島記1
全2ページ
「姐さん、わたしは福島に行く!」
 突然の出来事だった。晶ちゃんからメールを貰ったのだ。
 この「時事音痴」を連続してお読みの方ならご記憶かと思うが、第241回 『西宮署国賠と黒木昭雄氏の死』で触れた、あの晶ちゃんである。
 晶ちゃんはいま、東京の下町の、日本酒と肴の美味い店で女将をやっている。お店のオーナーは別にいるから雇われ女将とはいえ、酒の仕入れやその他の仕切りは彼女自身の肩にかかっている。そんなに暇な身ではない。
 その彼女が、唐突に、福島に行くと言い出したのだ。
 彼女のメールにはこうあった。
「なんだか最近非常に鬱なんであるが、わたしは現地に行っていないから、こんなにモヤモヤするんである。間違いない」
 ちょうどわたし自身も、
「現地を見もしないで、遠くから物を言ってるだけじゃ駄目だよなあ?」
という内圧が高くなっていた時期だった。
 急いで返信した。
「ちょっと待て。行くならわたしも一緒に行くぞ。そもそもわたしは福島出身者だ」
 だからこの原稿は、福島からお届けしています。そう、わたしはいま、福島に居ます。
 これは、「5月15日から6月3日の福島」を記す試みです。現在、5月25日。あるいは6月3日まで滞在できるかも、いったい何回更新できるのか不明ですが、よろしければお付き合いのほどを。
 それにしても現地に来るまで、迷いに迷った。
 わたしは母と姉が福島にいるけれど、宮城と違って、福島は瓦礫の処理も進んでいないという話だった。
 だから、最初は、
「軍手とマスクとレインウェアが必需品か? 足元はどうする? で、肝心の服装は?」
という悩みでおろおろしていて。ノートパソコンと、ドコモの「mopera U」という、泣けるほど遅いけれど、それなりに広いエリア内をカバーしている公衆無線LANサービスがあるのだけれども、それをUSB接続でインターネットにつなぐ機材と、あとはデジカメとICレコーダーだけは持って行くことが即座に決まったものの、服装で悩みに悩んで。とはいえ、想定する事態に全部対処できるほどの荷物も持てるはずもなく、ラフな服装にノートパソコン保護用のビジネスバッグという滅茶苦茶な取り合わせで、まずは晶ちゃんのお店に足を運んだ。
 晶ちゃんが言う。
「姐さん、たぶんなあ、向こうに着いたら、わたしたちはあまりにも『普通』なことに驚くと思う」
 相変わらず鋭い。その通りかもしれない。
 5月15日、復旧した東北新幹線に乗車して、新白河駅を目指す。
 ちなみに新白河駅というのは、福島県白河市にはない。正確には、「福島県西白河郡西郷村」にある。東北新幹線を設計するとき、白河駅を通過しようとしたんだけれども、そうすると急カーブしなければならないとかで、突発的に、村に、駅が出来た。わたしの中学生の頃に東北新幹線は開通したのだが、毎日新聞に、
「全国で唯一、新幹線の駅のある村」
とか謳われて、当時の村長が両手に大根を握らされて、万歳したポーズで写真に撮られていたのが記憶に焼きついている。馬鹿にされているのかどうか、微妙な記事だった。もっとも、それも無理はない。わたしは東北新幹線が開通した当初、父が那須での宴会のあとに那須塩原の駅から新幹線で帰宅するというので母と犬と一緒に迎えに行ったことがある。
 新幹線は、速かった。感動的に、速かった。
 父が駅の公衆電話から、
「そろそろ帰るぞー」
と言った10分後ぐらいには、改札口から出てきた。普通、那須塩原から車で新白河までやってくるには、40分以上かかる。
 酔った父と母とわたしと犬一匹で立派過ぎる駅舎の階段を降りた。すると、足元がやけにフカフカする。
 うん? この駅前、どうなってるんだ?
 不審に思い、ライトを照らしたら判明した。
 全員で「ネギ畑」に足を踏み入れていた。慌ててその場から遁走したのは忘れられない。
「姐さん、起きろ。そろそろ新白河やで」
 晶ちゃんに揺り起こされて、目覚めた。
 そう。わたしは東北新幹線に乗車してから、熟睡していたのである。
 ちなみに西郷村というのは、この記事で一躍、全国的に名を馳せてしまった村でもある。4月13日の時事ドットコムより引用しよう。以下、引用。

放射性ストロンチウムを検出=原発30キロ外、福島6市町村−文科省

 福島第1原発の事故で、文部科学省は12日、福島県でサンプル調査をした結果、土壌と植物から放射性ストロンチウム89と90が検出されたと発表した。同省によると、事故をめぐりストロンチウムが検出されたのは初。
 同省は3月16〜17日、第1原発の30キロ圏からやや外にある福島県浪江町の2カ所と飯舘村の1カ所で採取した土壌を分析。1キロ当たりストロンチウム89が最大260ベクレル、同90が最大32ベクレルだった。
 大玉村、本宮市、小野町、西郷村で19日に採取された植物も分析。1キロ当たりストロンチウム89が最大61ベクレル、同90が最大5.9ベクレルだった。サンプルの植物は食用野菜ではないという。
 ストロンチウムは、カルシウムと似た性質を持ち、人体に入ると骨に沈着し、骨髄腫や造血器に障害を引き起こす恐れがある。ストロンチウム90は半減期が約29年と長く、過去の核実験の際に飛散し問題となった。同89は半減期が約50日。

 引用、以上。
 ちなみに西郷村役場の福島第一原発との方向及び距離はというと、西南西に約84Km、なんだそうだ。
 まあこんな寒村に、ストロンチウム様、ようこそお越し下さいました。なにもございませんが、草の上ででも、のんびりなさってくださいませ。半減期、長いんでございましょう?
 と、笑うしかない、もうこうなったら。いや、内心は笑ってない、まったく。


次のページへ
全2ページ
バックナンバー一覧へ
山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
閉じる
Copyright Bungeishunju Ltd.