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すると週刊現代のGW合併号に、こんな文章が載っていた。以下、抜粋。
スリーマイル島の事故以後、原発反対運動に身を投じた双葉町の住民が解説する。
「タテマエは大熊と双葉が誘致に手を挙げたことになっていますが、それは順序が逆。'55年に原子力発電課をスタートさせた東京電力が、すぐさま浜通り(山崎注:福島県は広く、太平洋に面した場所が浜通り、東北新幹線が背骨のように通っていて県で一番の賑わいがあるのが中通り、そして会津磐梯山で知られる米どころの会津地方の三つに分かれている)を第一候補地としてピックアップしたのです」
その背景には、当時、東電の「次期社長」と目されていたある人物の存在があった。
「当時副社長だった木川田一隆氏です。浜通りより少し内陸の伊達郡の出身で、福島の地理には精通していました。県は県で、'60年に原子力産業会議に加盟。浜通りの立地調査を開始した。時の佐藤善一郎知事と木川田氏のホットラインで、話はとんとん拍子に進んだんです」(前同)
(略)
佐藤知事は、大熊、双葉両町長を呼びつけて言ったという。
「あんたら財政的に困ってんだろう。原発を誘致したらどうだ。固定資産税が入るし、将来、町の発展につながるんだから」(恩田勝亘著『原発に子孫の命は売れない』より引用)
引用、以上。わたしのぼんやりとした感覚は酷い形で証明された。
まるでわたしには東電からこう言われているように感じる。
「福島県民は“土民”だから、多少死んでもかまわない」
いま現在、福島第一原発事故で亡くなっている被害者はいない。
だが、東電は確実にひとりの生産者は殺したと、わたしは思う。
そして、これから避難指示の拡大がなければ、ほぼ確実に、小児の甲状腺がんは増えていく。それはチェルノブイリという歴史が証明している。
テレビの報道でご存知の方も多いと思うが、母が涙ぐみながら電話してきた。
「いまね、小学校の土の表面が削られて。でも、置き場がなくて、校庭の隅に積んであるの」
校庭での運動は一時間限定。なぜ、政府は、そんな場所に子供たちを置き去りにして平気でいられるのか?
そんなに福島でも「チェルノブイリの首飾り」が見たいのか? (注:「チェルノブイリの首飾り」とは被曝児の喉に残っている赤い傷痕で、甲状腺癌摘出による手術跡が首飾りに似ていることにちなんでいる。なお、甲状腺を摘出した場合、代謝を司る甲状腺ホルモンを体内で作ることができなくなるため、生涯甲状腺ホルモンの必要量を毎日経口摂取しなければならない)
悪意ある人は、「原発の利権を貰っていた県」という。 だが、あまりにもこのペナルティーは大きくはないだろうか。
ましてや、生まれる前にとうに福島第一原発が「ある」ことが決まっていた子供たちに、この仕打ちはないのではないだろうか。
これ以上、死者や、甲状腺がんの後遺症に苦しむ者を多数出してどうするというのだろう。
やるべきことは、まだあるはずだ。
それは原発事故の収束だけではない。
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