2011.04.12
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第243回
ネイティブ・アメリカンと福島第一原発事故
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 失敗した。と思った。
 以前も語ったことがあると思うが、わたしは福島第一原発の冷却水漏れの事故のときに、福島第一原発に取材に行ったことがある。
 わたしが立ち入ったのは中央制御室で、皆様もすでにテレビなどでご覧になったことがあると思うが、古いコンピュータの計器がずらっと並んでいるのが中央制御室である。ちなみに、柏崎刈羽原発と違って福島第一原発は旧式なので、手動操作が必要だと事前に聞き及んでいたのだが、みんな何をしていたかというと、
「じーっと計器を睨んでるだけ」
であった。人数は40人ほどいたように記憶している(ちなみに先日のニュースでは、この中央制御室にいる人員は2名だけとのことだった。どういう理由でそうしているのかが、よく解らない)。中央制御室の出入りにはガイガーカウンターでのチェックはいらない構造になっているのだが、わたしは福島第一原発に行くのが嫌で、嫌でたまらず、直前まで編集者にダダをこねまくった記憶がある。そして、ここはきちんと書いておかなくてはならなないことだと思うのだが、東電から手厚く、とても意味ありげな「接待」を受けた。「汚職」という言葉が脳裏をよぎって、喜んで食べる気持ちにはなれなかったが、
「わたしは反原発だから、あなたがたの接待は受けません!」
と言って席を立てるほど、わたしには勇気がなかった。わたしのような一介のライター風情にも豪勢な会席料理を振舞うぐらいだから、きっと多大な利権を懐にしている人たちがいると想像するのは難くない。
 本当に申し訳ございませんでした。わたしは汚い飯を食べたと思います。
 わたしはこの記事でほんのりと反原発を匂わせたものの、結果的には「中央制御室の人たちは、みんな、がんばって仕事をしてました」みたいな、小学生の作文みたいのを書いてお茶を濁してしまった。
 一方の友人の新聞記者は冷却水が「漏れ」ただけの現場を取材したところ、事後処理のあとにもかかわらず、出口のガイガーカウンターで引っかかった。何度、洗浄しようとも、ガイガーカウンターが鳴り止まない。
 1993年に「埼玉愛犬家連続殺人事件」というのが起きている。埼玉県熊谷市のペットショップ「アフリカケンネル」を経営する元夫婦XとY子は、詐欺的な商売を繰り返しており、顧客らとの間でトラブルが絶えなかった。代表的なのが、「子犬が産まれたら高値で引き取る」と謳って、犬のつがいを法外な価格で販売し、子犬が店に持ち込まれると、難癖を付けて値切るというもので、トラブルの発生した顧客らを、知り合いの獣医から譲り受けた犬の殺処分用の硝酸ストリキニーネを用いて毒殺し、計4人が犠牲となった。遺体は店の役員Z方の風呂場でバラバラにされた上、骨はドラム缶で焼却されたという。
 これ、大半はウィキペディアから引っ張ってきた情報なのだが、直接取材していた彼女に「もっと詳細を教えて」と乞うと、
「いや。絶対に聞かないほうがいい。悪夢に出るよ」
と、ご当人自身が幽霊になったような顔で告げられて、そうとう陰ではグロいことが行われていたのを匂わせた。そういう修羅場をかいくぐってきた記者である彼女すらもが、鳴り止まないガイガーカウンターに泣きそうになったのである。たかだか冷却水「漏れ」で。
 放射性物質が目に見えたり、放射線を皮膚で感じる機能が全ての生物に備わっていたらいいなと思う。
「CTスキャン、マジ痛い! 地獄の検査!」
とかね。だったらみんな、IAEAから勧告を受けても動こうとしない政府に対して暴動を起こしていただろう。
 わたしはいま、ある考えがあって、岡山にいる。
 詳細を書くのは時期を待とうと思う。
 本当だったら今回は原稿を休みたいというのが本音だ。
 なにを書こうといおうが、すぐに「風評被害を拡大する」と叩かれるのがオチだからである。
 最近、わたしはもっぱら2ちゃんねるをヲチするのをやめていた。
 これはわたしの個人的な感触かもしれないが、同じ論調の意見が並んでいて、そこに対話がないように感じるからである。昔はこうじゃなかったよなあという気分がある。わたしが2ちゃんねるに出入りするようになったのは、西鉄バスジャック事件が記憶に残っているから、2000年ごろかと思われる。あの頃の2ちゃんねるというのは知性が高く教養がある人たちばかりが出入りしていて、少しウィットに富んだ書き込みでないと受け入れられないような雰囲気が漂っていて、わたしはまさに「半年ROMれ」を実行した記憶がある。
 そんなわたしがどれくらい2ちゃんが好きだったかというと、「第2回2ちゃんねる全板トーナメント」に「ダウソ」の選対として参加していたほどなんだから馬鹿というほかない。
「ダウソ」というのは2ちゃんの「Download板」の蔑称というか略称である。ある日、ダウソで選対、つまり選挙対策をやっていたテクニカルライターの先輩から電話がかかってきて、
「ねー、ダウソの選対を手伝ってよー」
という。わたしは2ちゃんねる全板トーナメントの存在を知っていはいたが、それに優勝するとなんのいいことがあるのか知識がなかった。
「で、勝つとどういう利益をもたらすんですか、それは。メモリスティックでも貰えるんですか?」
「戦っても……なんにもいいことは、ない!」
「冗談じゃないですよ! それにダウソってWinnyとかやる人の板でしょ。一番の嫌われ者じゃないですか。わたし、Winnyなんてやらないし。どうせやるなら自分が普段出入りしている既婚女性板でやりますよ」
 既婚女性板には「だらしない奥様」というスレッドがあって、わたしはそこの住人だった。最近は見てないからどうなってるか知らないけど、とにかく、当時はあった。酷いダラ奥になると、「風呂に入るのもマンドクセ」と言い、そこをお互い励ましあって「入ってきなよ! さっぱりするよ」などと勇気付ける。で、「やりました! ついに三日ぶりに風呂に入ってきました! さっぱりしました」などという報告が書き込まれると、春の甲子園で優勝した少年たちに向けられるほどの万雷の拍手が送られるのである。
「だからさあ、まさにそこなんだよ。既婚女性板って大票田じゃない。そこをさ、女性の力で、切り崩して。ね? 俺たちじゃ駄目なんだって」
「嫌ですって! そもそもダウソって“多重”ができるんでしょう? 多重すればいいじゃないですか」
 全板トーナメントというのは、パソコン1台に対して、その日にひとつ、IDが貰える。これが投票権となる。しかしどういうテクニックを使うのかはさっぱり知らないんだが、ダウソの人はパソコンからそのIDを取得した痕跡を消すテクニックを持っているそうで(そもそもWinnyができるという時点で、その人は技術的にレベルが高いのである)、もっぱら“多重”で自作自演で投票しているという噂だった。だから、IDを取っては投票して、痕跡を消し、また投票する。わたしも実は「リセットしたらID取得できんのかな?」と思って試したけど、パソコンをリセットするぐらいではIDの取得はできなかった。
 すると先輩が言う。
「俺は“多重”はしない! あくまでこのトーナメントの政治的駆け引きによる勝利を目指したいの」
 あーそうですか、そうですか。なんだか全然よくわからないけど、ダウソの選対に入ればいいんですね。
 で。ダウソの選対に入った。性別は男(普通、だれも女がダウソにいると思わないから、すんなり騙されてくれた)としてではあったが、多少目立つ存在になったらしく、やがて、裏チャットとかに呼ばれた。
 そこで真剣に語り合った。いかにしてダウソが優勝するか。
 記憶が正しければ2カ月か3カ月ぐらいずっと選挙活動をやってて、そのあいまに急いで仕事をするような日々だった。いま振り返っても馬鹿としか思えない。けれど妙に充足感があると同時に、すごく、居心地がよかった、ダウソの選対は。だって、
「ダウソは宇宙一屑!」
と自ら表明している選対である。周りを見渡せば屑ばっか。自分を肯定的に考えてる奴なんていやしない。いやあ、これは居心地がいい。わたしも屑だしな! だから、
「ダウダウダウ、ウプはしない。だから俺は捕まらない」
と歌いながら、毎日、選挙活動に励んだ。なんにも得られないっていうのに。
 で、結果は、VIPに大敗。
 それぐらい馬鹿なわたしが、2ちゃんねるから遠ざかっていた。ここ1年ぐらい。だってさあ、話してもつまんないんだよ。すぐにウヨサヨのレッテル張って満足しちゃう。対話にならないし、はっとするような意見もあまりお目にかからなくなってきたように思えるし。
 しかし今回の東日本大震災では、さすがに2ちゃんに行った。NHKとかで報道されてない記事がニュース速報+に張られているから。不思議だなと思ったのは、北海道新聞とか、地方紙がわりと大胆な報道をしている。中央のマスコミはなにをしてるんだろう。
 わたしがいちばん知りたかったのは、放射性汚染物質がどちら側に飛散しているかだった。事実、あとでIAEAから勧告を受けて渋々出したけど、政府は当初から持っていたと思うよ、この情報を。だけど公開しなかった。何故? 花粉の飛散の情報とか解るんだから、すぐに情報は入っていたはずだ。IAEAが福島第一原発から40キロメートル離れた飯舘村に、わざわざサンプリングに行ったのだって、たぶん、風向きでどこが汚染されるかを事前に把握していたからだろうと思う。で、この後、基準値を下回ったと報道されたけれど、この汚染物質はどこへ行ったのか。ある意味、とても不気味だ。



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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