ロンドン五輪・重量挙げ女子48キロ級で銀メダルを獲得した三宅宏実(26=いちご)は、メキシコ五輪銅メダリストの三宅義行日本代表コーチ(66)を父に、東京とメキシコの両五輪を連覇した三宅義信氏(72)を伯父に持つサラブレッド。だが北京五輪惨敗後、コーチである父とぶつかり、いっとき“家出”をしていた。
元日本ウエイトリフティング協会会長の林克也氏(78)は、当時のことをよく覚えている。小学生になって間もない三宅に「大きくなったら重量挙げをやるの」と冗談半分に尋ねると、「やりません」ときっぱりと答えたという。
三宅の兄敏博氏、義信氏の息子義政氏と、メダリストの血を引く男子は重量挙げの道へ進んだが、三宅は音大出身の母育代さんのもと、ピアノにいそしんだ。
そんな三宅が、女子種目が初採用された2000年シドニー五輪で仲嘉真理(現姓平良)さんの競技を見て重量挙げに魅せられる。当時中3。父をコーチに二人三脚で猛練習に取り組み、メキメキと頭角を現した。
だが、04年のアテネ五輪は腰痛の影響で9位に終わり、前回の北京五輪は減量ミスで6位に惨敗。
何かを変えなくては。練習でも私生活でも常に一緒だった父のもとを去ったのは、09年3月のこと。メダルを逃したショックと故障もあり、“プチ家出”し、重量挙げを始めるきっかけとなった先の平良さんを訪ねて沖縄へ。悩みを打ち明け、一緒に練習するうちに気持ちの整理もつき、1週間後に帰宅。自ら練習メニューを考えるようになり一皮むけた。
作戦もはまった。ここ数年は53キロ級で筋力アップを図り、苦手なスナッチを強化。今大会ではライバルの少ない48キロ級に変更し、父の銅を超える銀メダルを獲得した。かつて重量挙げを“拒絶”した音楽少女が名門の偉業伝説を引き継いだ。