[2012年07月28日(土)]
【ロンドン便り】五輪公式マスコット、予想に反して人気急上昇中
- 藤井重隆●取材・文 text by Fujii Shigetaka
- photo by Fujii Shigetaka
オリンピックの公式マスコットというものは、「期間限定」であるためほとんど記憶に残らないものだが、ロンドン五輪の 「ウェンロック」とパラリンピックの「マンデビル」はなかなか印象深いキャラとなっている。大会前から賛否両論。子ども受けしない強面のマスコットということで、発表直後からかなりの不人気だった。
顔の中央に大きな目がひとつあるだけで口も耳も鼻もなく無表情。この怪物のようなマスコットは「史上最悪」とまで酷評され、グッズが売れないのでは、と心配されていた。だが、開幕10日前からロンドン市内に83体も出現したウェンロックとマンデビルの像が、地元市民や観光客の記念撮影に引っ張りダコとなっているのだ。いまや観光名所のひとつにもなり、人気が急上昇している。
英国旗「ユニオンジャック」をはじめ、国会議事堂の時計塔「ビッグベン」やバッキンガム宮殿の衛兵、赤い電話ボックスなど、ロンドンの観光名所などに模した像の周りでは、抱きついたりキスをする人々の姿が絶えない。日本人観光客の中には、「ゲゲゲの鬼太郎の目玉の親父」、「怖かわいい」などと口を揃える人も。
このふたつのマスコットの名前には、深い意味が込められている。ウェンロックはイングランド西部のウェールズに近いシュロップシャー州にある人口約2600人の「詩歌の町」、マッチ・ウェンロックにちなんで名づけられた。当地では1850年からウェンロック・オリンピアン競技大会が毎年開催されており、近代五輪はここからヒントを得たと伝えられる。一方、マンデビルの由来は、ロンドン北部のバッキンガムシャー州にあるアイルズベリーのストーク・マンデビル病院だ。1948年、当地では負傷した兵士たちによってスポーツ大会が開かれ、後にパラリンピックが発祥したとされる。
マスコットのストーリー設定はこうだ。イングランド北西部の工業の町ボルトンの製鋼所で、五輪スタジアム建設に携わり定年退職した老人が、スタジアムに使われた鉄筋の一部で孫のために作った人形が光を浴びて命を宿し、人々を五輪へと導くというもの。神話や伝承の物語のキャラや動物ではなく、あくまでも架空の生き物というわけだ。
目はカメラのレンズ。額はロンドンのタクシー「ブラックキャブ」のライトを表しているほか、ウェンロックの山の字になった頭の先は表彰台と五輪スタジアムを象徴し、手首に着けられているブレスレットは友情と五輪の輪を示しているなど、産業革命の国ならではの発想も垣間見える。
マスコットの公式オンラインサイトでは、着せ替え大会なども行なわれており、11万以上の人が独自のデザインを楽しんでいる。ロンドン五輪で販売される公式グッズは約1万点と、過去最大規模になることが予想されており、五輪組織委員会(LOCOG) はグッズ販売で10億ポンド(約1210億 円)を超える売上高を見込んでいる。この売上目標達成のためにも、大会期間中に競技場各所で登場するウェンロックとマンデビルの姿にも注目が集まる。
ロンドン五輪組織委員会のセバスチャン・コー会長は、「我々は子どものためのマスコットを作った。マスコットは若者とスポーツを結び、五輪やパラリンピックの物語を伝えてくれる」と自信を深める。一方、ロンドン市長のジョンソン氏も、「ウェンロックとマンデビルはロンドン五輪を体現し、人々に強烈な印象を与えるキャラだ。街に設置されたマスコットの像は市民や観光客のツアーガイドとなってくれることだろう」と目を細めた。
発表当初は「五輪公式大会マスコット史上最低の造形」と言われることもあったが、短編アニメ4部作が作られるなどして予想外の人気ぶり。見れば見るほど愛着がわいてくる、ということのようだ。映画では、おちゃめな性格を持つマスコットと共に英国代表選手も登場し、映画の最後に「五輪の準備は整った」とうたっている。五輪とパラリンピックの全日程が終了する頃には、すっかり馴染みのあるマスコットに成り代わっている事だろう。