「クレオパトラな女たち」脚本家 大石静 氏

NHK朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」で茶の間を魅了し、「セカンドバージン」では大人の女性たちを再び恋に目覚めさせた脚本家の大石静さん。その最新作「クレオパトラな女たち」のテーマは、なんと美容形成! 新たな境地に挑んでいる現在の心境をうかがってきました。

結論の出ない話の中にこそ、問い掛けなければいけない真実があるのでは

大石静

テレコ!:「クレオパトラな女たち」は“美”をテーマにしていますが、物語を描くにあたりどんな思いを抱かれたのでしょうか?

大石:例えば、鏡に映った自分の顔を見て、「老いたなぁ…」と思ってしまう、悲しいけれどそういう瞬間があるわけです。でも、すぐに「長く生きてきたんだから、誇りを持てばいいのよ」と自分に言い聞かせるんですね。そういう複雑な心情を色濃く反映させたのが「セカンドバージン」の主人公・中村るいでした。また、昨秋に手掛けた「蜜の味~A Taste Of Honey~」では禁断の恋を描きましたけど、これは「常識を超えたところに真実がある」という、私の信条を突き詰めた作品でもあって。そういう意味でいうと、いずれも“私らしい”作品だったと思っているんです。では、「クレオパトラ~」はどうかと言いますと…ベースはコメディーですが、「美しさとは何か?」といったテーマに始まり、美容形成という賛美することも否定することも難しい、おそらく結論を出すこと自体が困難な話を描いていかなければならないわけです。ただ、その結論の出ないモヤッとした話の中にこそ、私たちが問い掛けなければいけない真実があるのではないか、と。そういう、ちょっと難しいことを笑いながら見ていただく作品に仕上げることが、“大石静テイスト”なのかなと思いながら、台本を一所懸命に書き進めているところです(笑)。

テレコ!:最近の若い人はわかりませんが、美容形成に対してはどこか“後ろめたさ”みたいなものがつきまといますよね。

大石:みなさん、とても興味はあると思うんです。でも、その現場を詳細に描いたドラマというのは、ありそうでなかった。顔を思いきり変えて違う人生を生きる、といった話はありましたが、あくまで形成はディテールの1つであって。ならば、美容形成の現場に渦巻く人間ドラマを描いてみてはどうだろう、面白い物語が生まれるのではないか、とプロデューサーの山本(由緒)さんと3年位前から話してはいたんです。だって、「B.C.ビューティー・コロシアム」とか、思わず見ちゃいますよね(笑)。しかも、形成後の姿を見て「あぁ、これで新しい人生を生きられるね!」って祝福している自分に気付いたり。ちなみに、今回のドラマのために取材をしていて知ったのですが、極端に顎がないというような顔は、医学的には先天的奇形に近い分類になるそうなんです。

テレコ!:そうなんですか! でも、個性なのか先天的な奇形なのか、どこで線引きするのかもまた微妙なラインのような気がします。

大石:奇形は明らかに奇形でしょうが、形成の美意識は先生の感覚ひとつでしょう。眼筋下垂やホクロの除去など保険でできる形成もありますが、一方、自費診療の美容形成外科の方が同じ手術でもより高い技術で細やかな施術ができることもあるようで、どちらがいいと一概に言えないようです。例えば、乳がんを切除した患者さんの乳房再建手術は大学病院だと安い治療費で受けられますが、保険の範囲内と自費とでは、皮膚を膨らませるエキスパンダーも、乳房に入れるシリコンも全く違ってくるそうなんですね。取材を進めていくにつれ、そういったリアルな現実も見えて来ますね。それに顔の形成など、いじった部位を元に戻すのは極めて難しく、二重まぶたにしてコンプレックスを解消したはずなのに、一重で生きてきたそれまでの歴史を否定することによってアイデンティティーが揺らいだり、精神的に不安定になる方も中にはいらっしゃるそうですよ。

テレコ!:その「元に戻せない」というエピソードは、第1話でも描かれていますね。

大石静

大石:先ほどもお話したように、いいとも悪いとも言えないのが、まさに美容形成なんです。物語の舞台はアグレッシブに美容形成手術を行っているクリニックですけれど、主人公の峯太郎という男性は美容形成に対して、どちらかというと否定的なスタンスをとっている。物語をどう着地させるか、まさに今悩んでいるところではありますが(笑)、やはり結論を出すのは非常に難しい問題だという認識は最後まで変わらないと思います。二重まぶたになったことで人生のモチベーションが上がった、自信を持てるようになったというのであれば喜ばしいことだなとは思いますが、「どんどん、いじっちゃいなさい!」とは言えないですしね、やはり。医師の間でも「手軽かつ気軽に親からもらった顔を変えるのはいかがなものか?」という否定的な意見、健康な体に傷をつけることへの否定的な意見を持っておられる先生は結構いらっしゃいます。逆境を糧として生きていくからこそ人は強くなれるのであって、簡単に容姿を治せるようになると精神的にも成熟しない恐れがある、と。それも正論だなぁと深く頷くんですが、結論はますます遠のいていくという…(笑)。

テレコ!:では、基本的なお話に立ち返りましょう。大石さんのドラマは女性を主人公に据えた作品が多いですが、今回は佐藤隆太さん演じる岸峯太郎という男性が主人公です。

大石:女嫌いの主人公にしたかった、というのが理由の1つとしてあります。綾野剛くん演じる親友の黒崎裕もゲイですから、男性陣は女性を信用していないグループを形成している。対して、彼らを取り巻く女性たちはそんなことをモノともしていない。そういう対立構造を描いてみたかったんです。それと、熱血キャラ以外の佐藤隆太くんを見てみたかった。ちょっと脱力感のある…けだるい感じの雰囲気をまといつつ、心の中で悩みや迷いを抱えている峯太郎という主人公を演じてもらうことによって、新鮮味を出したいという思いが、私にもあったもので。第1話の前半は峯太郎のセリフが少ないので、演じにくそうな印象がなきにしもあらずでしたが、彼はその壁を乗り越える力を持った役者さんであると、私は信じています。

テレコ!:なるほど。これは非常に抽象的な質問になりますが、大石さんが「脚本家で良かった」と思うのは、どんな時でしょうか?

大石:脚本というのは「脚」の本であり、「台」の本でもあるわけです。だから、キャスティングによっても、演出によっても、音楽によっても、仕上がりが全く変わってきます。だけど、その違いを楽しむことができなければ、脚本家という職業を続けることは難しいと私は思っています。とことん自己表現にこだわるならば、小説家や画家を目指した方がいいでしょう。そういった1人で行う表現ではなく、大勢のスタッフとの共同作業によって作品が完成して行く中で、私が想像していたものと違うものになる場合もあります。よくも悪くもそのドキドキ感がたまりませんね。自分の想像をはるかに超える映像に仕上がった時の喜びは、非常に大きなものがあります。ですので、答えになっているかは微妙ですが(笑)、作品に携わった全員で一喜一憂できる仲間のいる喜びを感じられる瞬間が、脚本家で良かったなと思う時、なのかな。若かった頃は「誰の助けも借りるものか」と根を詰めて書いていましたが、最近は行き詰まるとプロデューサーやディレクターと会って意見を募り、突破口を見いだすということが多くなりました。期間の長い作品だと、役者さんの方が役として生きている時間が長くなるから、撮影の後半に差し掛かってくると脚本家よりも深いことを言うこともある。そんなふうに、作品に関わる人たちの言葉に助けられることが、多々あるんですよ。そうやって、一緒につくっていると実感できた時に、この仕事をしていて良かったなと思います。

テレコ!:さらに、こんなことをあらためてお聞きするのも何ですが、大石さんがシナリオを練る上で、常に意識されていることは何でしょう?

大石:昨年末に他界された市川森一先生に言われたことなんですが、「大石、行儀のいいものを書いていてはダメだぞ」と。夏頃、さるパーティーでお目にかかり、料理を取りながら交わした言葉だったんですが、結果的に遺言のようになってしまって…。それはまったくもって的を射たご意見だと思います。大震災の後は特にエンターテインメント全体が、どことなく生ぬるい優しさに包まれた表現に終始している気がしてならないんです。でも、私たちが担っているのは、角があっても深く人間を描くことなのだ、と。そのことを、市川先生はもう一度気付かせてくださった。その言葉は、ことあるごとにかみしめています。ですので、今回の「クレオパトラ~」も単に口当たりがいいだけではない、どことなく危険なニオイのする物語にしているつもりです。それが、脚本家としての矜持であり、使命なのではないかと考えています。

Photo=蓮尾美智子
Interview=平田真人

匠のハードディスクを拝見

大石さんが、どんな番組を見ているのか、録画しているのか、その気になる頭の中(ハードディスク)を拝見します!

  • ホンマでっか!?TV

    フジテレビ系 毎週水曜 午後9:00~午後9:54

    明石家さんまさんの衰えない姿というのは、私にとって一番の元気の素だったりします(笑)。ご本人は第一線にい続けることのつらさや苦しさといったものを抱えていらっしゃるかもしれないけど、微塵も見せないですよね。その姿に励まされます。

  • シルシルミシルさんデー

    テレビ朝日系 毎週日曜 午後6:56~午後7:58

    公共の電波を使って特定の企業と提携する姿勢そのものには、正直疑問を感じえないのですが、構成作家の方々が考えるナレーションの巧さには、思わず感心します。メモしておきたくなるような言葉の宝庫なんです、悔しいけれど(笑)。

  • ほこ×たて

    フジテレビ系 毎週日曜 午後7:00~午後7:58

    確かこの番組を企画されたプロデューサー(石川綾一氏)は朝日放送(ABC)から移ってこられた方だと思うんですが、この方はフジテレビの星だと勝手に認定しています(笑)。「ペケポン」も確か、この方の企画だったと思いますが、これからも楽しませてほしいですね。

匠の仕事

大石さんが“美”をテーマにした新しいドラマにチャレンジ。
物語を追いながら、最新の美容形成についても学べそう!

  • クレオパトラな女たち

    クレオパトラな女たち

    日本テレビ系 4月18日スタート 毎週水曜 午後10:00~午後10:54(※初回は~午後11:09)

    女性の心を理解できない若き医師が、美容外科クリニックで「美」を求める女性たちと出会い、医師として成長する姿を描くヒューマン・コメディー。真面目で偏屈だが、腕の良い形成外科医・岸峯太郎を佐藤隆太が熱演。また、岸と働くクリニックのスタッフとして、院長役の余貴美子や、院長が絶大な信頼を寄せる美容外科医役の稲森いずみ、明るく元気なナースに扮する北乃きいらが出演する。

テレビ自分史

小学生時代から脚本家として活躍するまで、大石さんがこれまで歩んできた「テレビの歴史」を伺いました。印象深いバラエティや、憧れの脚本家が手掛けたドラマなどをたっぷり紹介してくれました!

~脚本家・大石静の場合~

年代 見ていたテレビ番組 その頃、私は… 時代背景
小学~
中学生時代
事件記者
(1958~1966年)
大石静NHKで週に1度放送されていたのですが、放送時間が夜8時台だったんです。当時の子どもにはもちろん深い時間帯ですから、普段は寝ていますけど、このドラマだけはどうしても見たくて。それで、週に1度だけはちょっと夜更かしして、見せてもらっていました。
  • 東京タワーが完成(1958年)
  • 第1回日本レコード大賞が開催(1959年)
  • ビニールの人形「ダッコちゃん」が大ブーム(1960年)
  • 漫画家・水木しげると“ゲゲゲの女房(飯塚布枝)”が結婚(1961年)
  • マリリン・モンローが死去(1962年)
  • キューピー3分クッキング」放送開始(1963年)
  • 東京オリンピック開催(1964年)
  • 日本サッカーリーグ開幕(1965年)
  • ザ・ビートルズが初来日(1966年)
夢であいましょう
(1961~1966年)
渥美清さん、黒柳徹子さん…今考えるとすごい顔ぶれが一堂に会するバラエティ番組なんですが、みなさんチョイ役だったんです。この番組も印象深く残っていますね。
衛星中継 ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件
(日本時間:1963年11月23日)
テレビで見ていて、「これってついさっきに起こったことなの!?」と、すごく驚いたことをよく覚えています。事件そのものも衝撃的でしたが、テレビというメディアのすごさを本能的に感じた出来事だったかもしれません。
11PM
(1965~1990年)
お色気あり、最先端の科学的情報もありというのが新しかった。今となっては当たり前ですが、不妊治療が何たるかを知ったのは、この番組でした。まさに時代の最先端を走っていた番組だったんだなぁと、今にしてしみじみ思い出します。
高校~
大学生時代
天下御免
(1971~1972年)
早坂暁さんが脚本を手掛けられた時代劇なんですが、時の総理大臣の名前が悪人に使われたりと、ものすごくアナーキーな作品でした。しかも、NHKで放送していたというのが、二重にスゴイなと。当時のドラマ部長が後にNHK会長になられる川口幹夫さんで、「すべての責任は自分が負う」とおっしゃっていたそうですが、そういう気概のあるテレビマンが当時いたことに、ちょっと羨ましさを覚えたりもします…。
  • 初代リカちゃん人形発売(1967年)
  • 川端康成が日本人初のノーベル文学賞を受賞(1968年)
  • 三億円事件が発生(1968年)
  • アポロ11号が人類初の月面着陸に成功(1969年)
  • 喜劇王・榎本健一が死去(1970年)
  • 大阪で日本万国博覧会が開催(1970年)
  • マクドナルド日本第1号店が銀座にオープン(1971年)
  • 札幌冬季オリンピック開催(1972年)
  • 沖縄が本土へ返還される(1972年)
  • 桜田淳子山口百恵が歌手デビュー(1973年)
向田邦子作品 向田さんの描かれるエロチシズムというのは、本当に秀逸です。直接的に性を描いているわけではないのに、すごくドキドキさせられる。ミシンを踏んでいる時の「私、ここ(膝の裏側)に汗かくのよ」というセリフが、実にエロチックで…。そういう表現力の豊かさに対する憧れは、いまだに絶えることがありません。あと、「寺内貫太郎一家」で、本筋とは関係なく墓地で女性が用を足すシーンが出てくるんですが、その様子を西城秀樹さんの役が目撃して、以来その女性を狂おしいくらい好きになってしまう話があるんです。今だと絶対に許されない表現ですが、メチャメチャ凄いと思います。人間とはこういうもんだと思って、一生忘れないですね。
お荷物小荷物
(1970~1971年)
下町を舞台にしたホームドラマですが、話の最後にセットをバンと解体して「今のはフィクションでした」ということを明示して終わるといった、ちょっと先鋭的なドラマでした。今となってはわりとよくある表現になりましたが、当時はとにかく新しくて。そういうところに目が向いていたことを考えると、ドラマの仕事をするのは必然だったのかな…と思う時もあります。それと、林隆三さんがまだ新人で、とてもセクシーで、毎週見るのが楽しみでした(笑)。
作り手として ふたりっ子
(1996~1997年)
大石静実はオンエアの最終週、私は過労でダウンしていたんです。本名で入院していたので、他の患者さん達は私が脚本家だとは気付いていなかったのですが、朝食を終えた頃、誰もが「ふたりっ子」を見ているんですね。休憩室でも話題は「ふたりっ子」だし、退院しておそば屋さんに入っても電車の中でも、みんなが話題にしてくれている。世の中が沸騰しているのを直に感じて、すごく幸せな気持ちになれた──以来あまりそういう気持ちになっていない気もしますけど(笑)、そういった点で、やはり忘れがたい一作ですね。
  • 消費税が3%から5%に引き上げ(1997年)
  • サッカー・ワールドカップ、日本初出場(1998年)
  • 嵐が「A・RA・SHI」でCDデビュー(1999年)
  • シドニーオリンピック開催(2000年)
  • 大阪にユニバーサル・スタジオ・ジャパンが開園(2001年)
  • サッカー・ワールドカップ、日本と韓国で共同開催(2002年)
  • 柳楽優弥が映画「誰も知らない」でカンヌ国際映画祭・最優秀男優賞を受賞(2004年)
セカンドバージン
(2010年)
恋愛ドラマは若い人のものとだという常識を覆し、大人達もラブストーリーに熱狂するんだと確信できたドラマでした。どの作品も等しく愛しいですが、私の年齢でもラブストーリーを描けるということを確認できた、1つの曲がり角として思い出深いドラマです。
大石静

大石静(おおいししずか)プロフィール

東京都出身。脚本家。1986年「水曜日の恋人たち 見合いの傾向と対策」で脚本家デビュー。1996~1997年に放送されたNHK朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」では第15回向田邦子賞と第5回橋田賞を、2008年のWOWOWドラマW「恋せども、愛せども」では文化庁芸術祭テレビ部門(ドラマの部)優秀賞を受賞。そのほか、「長男の嫁」(TBS系)や「アフリカの夜」(フジテレビ系)、NHK大河ドラマ「功名が辻」(NHK総合)、「四つの嘘」(テレビ朝日系)、「ギネ 産婦人科の女たち」(日本テレビ系)、「セカンドバージン」(NHK総合)、「蜜の味~A Taste Of Honey~」(フジテレビ系)など、多くのテレビドラマの脚本を執筆している。