第十八使徒・涼宮ハルヒの憂鬱、惣流アスカの溜息
一年生
第三十話 LOST MY PET


<第二東京市立北高校 裏山>

うっそうと生い茂る笹林の中を、キョンとシンジとイツキ、カヲルの4人は息を切らして走っていた。

「手分けして逃げるぞ」

キョンの言葉に3人ともうなずいた。

「俺とシンジは東側に逃げる、古泉と渚は西側に逃げろ!」
「うん」
「わかりました」
「了解」

キョンとシンジは全力で駆けだして、裏山の東端までたどりついた。

「追ってくる気配は無かったし、ここまで逃げれば大丈夫だろう」
「こんなに逃げ回ったのは、ネルフが戦略自衛隊に襲われてミサトさんと一緒に居た時以来だよ」
「そりゃ凄げえ、ハルヒのやつは加減ってものを知らないからな」
「アスカもだんだん体力が戻って来て、ずっと入院してたのが信じられないぐらいだよ」

キョンとシンジは一息ついていたのだが、そこまで話したシンジの表情が思いっきり固まった。
そんなシンジを見て悪寒を感じながらキョンがシンジの視線の先を見ると、そこには満面の笑みを浮かべてバイオ弾を握りしめるハルヒとアスカの姿があった。
本物の豆だと森の生態系を破壊する恐れがあるかもしれないと言う事で、ケンスケから野外のサバイバルゲーム用の土に還るバイオ弾を豆の代わりに使っている。

「何でお前らがここに!?」
「裏山の外周を回って来たのよ」

キョンの言葉にハルヒは自信たっぷりに答えた。

「鬼は裏山から出ちゃいけないってルールじゃないか!」
「アタシ達は鬼じゃないから、そんなのは関係無いのよバカシンジ」

アスカの言い分を聞いたシンジとキョンは青い顔になった。

「鬼は外〜!」
「福は内〜!」
「痛てっ!」
「うわっ!」

至近距離からバイオ弾を投げられたキョンとシンジは反撃が出来ずにハルヒとアスカにやりたい放題にされていた。
あまりにもしつこいのでキョンがハルヒを思いっきりにらみつけるが、ハルヒは手を緩めない。

「何よ、その反抗的な目は!」

ハルヒがキョンにそう向かって怒鳴ると、今度はシンジが目に涙を浮かべてアスカをじっと見つめる。

「やめてよ、アスカ……」
「シ、シンジごめん! そんなに痛かった!?」

アスカは慌ててシンジに駆け寄ってシンジの頬を撫でた。

「ちょっと調子に乗りすぎちゃったわね」
「気をつけてくれればいいよ」

キョンは一気に和んだアスカとシンジの姿を見てポツリと呟く。

「北風と太陽だな」
「あ、あんたが泣いたって不気味なだけなんだからね!」
「俺がそんな事が似合うキャラじゃない事はわかってるさ……」

たじろいだ様子のハルヒの言葉に対して、キョンはため息をついてそう答えた。
ハルヒはすっかりやる気をそがれたのか、バイオ弾を握った手をだらりと垂らして、不機嫌そうに口をとがらせる。

「キョン達はすぐに捕まっちゃうからつまんないわ」
「ハルヒの足が速すぎるんだよ」

ため息交じりでそう言ったハルヒにキョンが反論した。

「僕よりトウジの方がずっと早く走れると思うよ」
「鈴原のやつはサッカー部のレギュラーを取るために練習に一生懸命でしょ」

シンジの提案をアスカがすぐに否定した。
ヒカリも付きっきりでトウジを応援して居るし、ヒカリの親友としてトウジをハルヒの思いつきの遊びに巻き込むわけにはいかなかった。

「それなら、犬や猫相手に鬼ごっこでもすればいいじゃないか」
「お魚くわえたドラ猫でも居ないかしら」

キョンが皮肉のつもりでハルヒにそう言うと、ハルヒもふざけてそう返した。
しかし、ハルヒの願いが実現してしまったのか、それとも神のいたずらか、事件が起こってしまう事になる。

 

<第二東京市立北高校 1年5組 教室>

次の日の学校、ハルヒ達と同じクラスの女子生徒の1人が元気が無さそうに登校し、友人から心配をされている。

「阪中さん、どうしたの?」
「私の家で飼っているルソーが、朝起きたら居なくなっちゃったのよね」
「捜索願いとか出した?」
「ううん、心配だけど大騒ぎして何事もなかったかのように戻ってきたら恥ずかしいし、まだ早いと思うのよね」
「そっか、無事だといいね」
「きっとお腹を空かせてると思うのよね」

その日の阪中さんは、不安そうな様子で一日を過ごしていたものの、特に気になる様子では無かった。
さらに次の日に学校に登校して来た阪中さんは足取りもおぼつかなくて、衰弱しているようだった。

「阪中さん!?」

病人のような阪中さんの様子を見て、阪中さんの親友以外にもクラスの生徒達が周りに集まって来た。

「ごめん、昨日の夜はワンちゃんが心配で全然眠れなかったから」
「えーっ、まだ帰って来てないの?」
「だから、学校から帰ったらポスターとか作って貼ろうと思うのよね」
「俺達も協力して探すよ」
「ありがとう」

そんなクラスの生徒達に心配されて囲まれている阪中さんに、今までキョンと話をしていたハルヒがグングンと近づいて来た。

「ねえ阪中さん、あたし達もその犬捜しに協力させてくれない?」
「えっ、でも……不思議な事件でも何でもないんだよ?」

SSS団の評判はすっかり知れ渡っているらしく、阪中さんは驚いた顔でハルヒを見つめた。

「いいのよ、別に今は特に忙しくないから」

ハルヒは少しつっけんどんな表情でそう言った。

「あれは、困っている阪中さんを助けたいって素直に言えないハルヒの照れ隠しだな」
「まったく、ハルヒもややこしいわね」

そんなハルヒの姿を見て、キョンはそう呟いて、アスカも同意した。

「そうだね」

シンジがチラリとアスカの方を見てそう言ったのを、アスカは見逃さない。

「シンジ! 今アタシがややこしい女だって思ったでしょう!」
「そ、そんなこと無いって! 痛い、腕をつねらないでよ」

シンジとアスカの夫婦漫才も板について来て、いつもならクラスの生徒達の視線を集める所なのだが、今はハルヒに注目が集まっていた。

「ありがとう、涼宮さんって優しいのね」
「あたしが、優しい? な、何を変な事言っているのかしら」

阪中さんが笑顔でそう言うと、ハルヒは顔を真っ赤にしてそう否定した。
自己紹介でのぶっ飛んだ発言から、ハルヒが近づくとクラスの生徒達がさっと避ける光景も何度かあったのだが、今は違っている。

「じゃあ詳しい話を聞きたいから、放課後にSSS団の部室に来てくれる?」
「うん、わかった」

阪中さんがハルヒの言葉にうなずいた。

「涼宮、俺達も協力したいんだけど何をしたら良い?」
「じゃあ、コンピ研の部長にポスターやビラを印刷してもらうように頼む事にするから、その配布をお願い」

指示をするハルヒの姿を見て、キョンが感心したようにため息をついた。

「ハルヒも不機嫌そうな顔で席に座っていたから、クラスで疎んじられていたのよ」
「涼宮さんはあの頃、本当にストレスを抱えていたのかもしれないわ」
「どういう事?」

レイの言葉にシンジ達の視線がレイに集中する。

「涼宮さんは、面白い事を探している自分の気持ちをわかっている人が居なくて、寂しかったんだと思うもの」
「なるほど、そのハルヒの心を開いたのがアンタってわけか」

アスカはキョンの方を見てそう呟いた。
見られたキョンは気まずそうな笑みを浮かべながら答える。

「でも今はお前らだって、ハルヒの理解者だろう?」
「うんそうだね、僕達も涼宮さんの友達だよ」

キョンに問いかけられたシンジは穏やかにそう答えた。

 

<第二東京市立北高校 SSS団部室>

放課後、SSS団の部室を訪れた阪中さんは雑多に物が置かれている事に驚いたようだ。

「あ、これは前に涼宮さん達が着ていた服なのね」
「阪中さんも着てみたい?」
「い、いいわ別に」

バニースーツをハルヒに勧められた阪中さんは丁重に断った。

「それじゃ、本題に入りましょ」
「私、いつもルソーの写真を持ち歩いているのよね」

阪中さんは生徒手帳から、つぶらな瞳をした白い犬が写っている写真を取り出してハルヒに渡した。

「この写真、スキャンしたいから借りていい?」
「ええ」

ハルヒの言葉に、阪中さんはうなづいた。

「キョン、この写真をコンピ研の部長に届けて来て!」
「分かった」

キョンはハルヒにそう答えたが、コンピ研の部長に顔を合わせるのは最近ちょっと気まずかった。
コンピ研の部長が上辺とは違うハルヒの性格を理解して好意を抱いている事を知ってから、どうしてもライバルと意識してしまうのだ。
ルソーの写真を持って部室に訪れたキョンを迎えたコンピ研の部長も、同じように意識して居るのだとキョンも感じ取っていた。
それでも、コンピ研の部長はSSS団の、いや、ハルヒの役に立つために張り切ってポスターやビラ作製の依頼を引き受けた。

「でも、長門さんなら探さなくてもルソーの居る場所が分かるんじゃないの?」
「……今の私にはもう他の異次元同位体から情報をダウンロードする力は無い」

SSS団の部室に残ったシンジがユキにそう尋ねると、ユキはそう答えた。

「私も禁則事項で未来を知る事が出来ないんです」
「多分、我々が努力すれば解決できる事件なのでしょう」

ミクルが呟くと、イツキはそう答えた。

「それで、ルソーが居なくなった原因に心当たりはある?」

ハルヒに尋ねられて、阪中さんは困った顔で話し出す。

「あのね、私の母がね、ルソーとお見合いをさせたんだけどね、相手のワンちゃんの方がルソーを追いまわしていた感じだったの」
「もしかして、ルソーは家出して居るのかもしれないわね」

ハルヒの言葉に阪中さんは青い顔になる。

「お見合いは破談になったのに、ルソーは戻って来てくれないのかな」
「大丈夫、ルソーは説得して連れ戻すから」

不安そうな阪中さんに向かってハルヒは自信たっぷりに言い放った。

「涼宮さんは犬とも話せるのかな、リリンの可能性の力と言うのは凄いものだね」
「そこまでは無いと思うわ。でも涼宮さんの能力が発動すればあり得ないとは言えないわね」

カヲルの呟きに、レイはそう答えた。
そして、部室に戻って来たキョンを見たハルヒは笑顔になり、命令を下す。

「キョン、あんたの家に居るシャミセンを借りるわよ!」

 

<第二新東京市 キョンの家>

「お帰り〜、キョン君! わ〜い、ハルにゃん達も一緒だ〜」
「シャミセンは居るか?」

元気に玄関に出て来た妹にキョンはそう尋ねた。

「うん、今日はお友達が来ているみたいだよ」
「友達?」

妹の言葉にキョンは思わず聞き返した。
すっかりキョンの家の飼い猫になったシャミセンは好奇心を満たすために出歩くことも多いのだが、仲間の猫を連れて来た事は一度もなかった。
不思議に思いながら、キョンを先頭にハルヒ達がキョンの部屋に入るとそこにはシャミセンと白い小型犬の2匹が居た。

「あ、ルソー!」

阪中さんが思わず声をかけると、ルソーは開いていた窓から庭に向かって逃げ出してしまった。

「こらっ、待ちなさい! あたし達の話を聞きなさい!」

ハルヒはルソーを追いかけて、同じように窓から飛び出して行った。
さらにシャミセンも続く。

「うわあ、ハルにゃんって本当にあの映画に出て来た『怪盗猫目石』みたいだねっ!」
「バカっ、あれはフィクションだ! 猫には変身しないぞ!」

妹にツッコミを入れて、キョンとシンジ達は玄関から靴をはいてハルヒ達の後を追いかけて行った。
忘れずにキョンは玄関に置かれたハルヒの靴を持って行く。

「妹も忘れるなー!」

すっかり取り残されたキョンの妹はつまらなそうにそう叫んだ。

「涼宮さんの姿が見えませんね」
「あいつら、どこに行きやがったんだ」

イツキとキョンが辺りを見回しながらそうぼやくと、ユキがある方向をそっと指差す。

「あちらの方向に涼宮ハルヒの生命エネルギーの数値に合致する反応を発見」
「そう言う能力は残っているんだね」

カヲルが感心したようにそう呟いた。

「ねえ、シンジの数値はいくつなの?」
「約2.895。あなたは約3.021」
「僕は体を鍛えているつもりなのにアスカより弱いんだ……」
「アタシってずいぶん体力が落ちた感じがするのに、シンジの方が下なの……」

軽い気持ちで聞いてしまったアスカはユキの答えにショックを受けた。

「涼宮ハルヒは、ここから50m程先の場所を時速約10kmの速度で移動中」
「軽いジョギングだと時速8km位ですから、かなり早いですね」
「やっかいな鬼ごっこになったもんだ」

イツキの言葉に、キョンはため息をついた。
その後、市街地で犬と猫を追いかけるハルヒと、さらにそれを追いかけるキョン達の追いかけっこは10分近く続いた。
そして、シャミセンの呼びかけによってルソーは市内にある公園で動きを止めた。

「ルソー、家に帰って来て、お見合いは破談になったから」

息を切らしながら発した阪中さんの言葉を、シャミセンが翻訳してルソーに伝えた。
そんな様子をハルヒはちょっと驚いた様子で見ていた。

「犬と猫って、鳴き声が違う気がするけど、話せたりするのかしら」
「動物同士だから話せるんじゃないか?」

シャミセンがハルヒの願望によって人間並みの頭脳を授けられた、人の言葉を話せる猫になってしまったと言う事をハルヒに知られるわけにいかないキョンはそう言ってごまかした。
そして、シャミセンの説得が通じたのか、ルソーは大人しく阪中さんのリードに繋がれて家に帰る意思を示した。

「ありがとう、涼宮さん! 涼宮さんってとっても頼りになるのね!」
「今回のお手柄はこのシャミセンよ。あたしはただ追い掛けていただけ」

嬉しそうにお礼を言う阪中さんに対して、ハルヒは照れ臭そうにそう答えた。

「今度、不思議な事件のウワサを聞いたら、涼宮さん達にすぐに教えてあげるね」
「ありがとう」

阪中さんはハルヒ達に手を振りながらルソーを連れて去って行く。
そして、キョン達はビラやポスターの回収、探しているクラスの生徒達への撤収の連絡などに追われた。
ハルヒが事件を解決して阪中さんがとても感謝していると言うウワサが広まって、SSS団の人気はうなぎ上りになった。

「やれやれ、厄介な事になったな」
「涼宮さんが退屈しないように面白い事を用意する僕達の手間が省けるではありませんか、良い事です」
「そういうもんかね」

キョンはイツキに対してそう答えてため息をついた。
さらに数日後、目を爛々と輝かせて部室のドアを勢い良く開けて入って来たハルヒに、キョンはとても嫌な予感がした。

「SSS団で、『首都鬼ごっこ大会』に参加するわよ! TV局の企画で、優勝したチームには賞金100万円だって!」

それを聞いたキョンはいつものアルカニックスマイルを浮かべるイツキに厳しい目を向けて小声で詰め寄る。

「お前の仕業か、古泉」
「まあ、いいじゃないですか」
「ハルヒをダシにして、楽しむのはいいけどな、こんな疲れるイベントに俺まで巻き込むなよ。お前もハルヒの性格が移ったんじゃないのか?」
「そのような事はありません。全ては涼宮さんを退屈させて閉鎖空間を発生させないために、父の会社に頼んでスポンサーになってもらいました」
「俺は日曜は家で寝ていたいのに」

後日SSS団は大会に参加したが、結局は優勝できなかった。
『ネルフチーム』というサバイバルゲームマニアの会社員のチームが優勝してしまったからだ。
彼らはずっとマスクを被り顔を隠し、謎の存在とされたままTV番組に出演したので、ネット上でいろいろ話題になったのは蛇足の話。
ハルヒは大会に参加できただけで、満足だったようだったが……。

「来年は優勝よ!」
「おいっ!」

キョンはハルヒのリベンジ発言に突っ込まずには居られなかった。


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